帝都に平和が戻り、ようやく結婚も秒読みに入ったころ。時折見かける、マリアの沈んだ様子に大神は気づいた。
女心に疎いと、ようやく自覚した大神は、かえでに相談した。
「それは、きっとマリッジ・ブルーね。心配することないんじゃない?」
返ってきたかえでの言葉に納得のいかないまま、自室で考え込む大神。ひとりで悩んでいたところで解決する筈もなく……。
「どうしたんだ? 大神ぃ〜」
いつものごとく、天井から現れた『親友』の加山。普段なら、追い払うところだが、藁にも縋りたい心境の今、かえでに相談したことを加山にも話す。
「マタニティ・ブルーだったりしてな」
そう言って笑う加山。しかし、心当たりがあるのか、大神は笑わない。
―――結婚前に子供が出来たことに悩んでいる。
勝手にそう結論を出した大神は、マリアの部屋へと急いだ。加山をその場に残して。
『Быль』
作:Маня
「マリア…… ちょっと、いいかな?」
そう言って、部屋へ入ったものの、なかなか話を切り出せない。
「お話があるのでは?」
いぶかしむマリアに見つめられ、意を決する。
「何か、ひとりで悩んでるんじゃないかって思ってね。俺でよければ、相談にのるよ」
軽く、何気なく言ったつもりだったが、マリアは言葉もなく、じっと俯いてしまった。
―――やはり、何か悩んでいたんだな。
一瞬のような、永遠のような沈黙。机の上の時計の音だけが響いていた。
「あの……」
ようやく、話す気になったのか、マリアが声をかける。
「本当に…… 本当に、私なんかと結婚されてよろしいのですか?」
詰問に近い、硬い口調で問いかけてくるマリア。
「……」
思いがけない内容に、大神は息がつまる。
「前途有望な貴方の将来に、私の過去が影響するかも知れないんですよ。それでも…… それでも、私と結婚すると仰るのですか」
今にも泣き出しそうな、そんなマリアの言葉に大神は、
「マリア……。 君の過去なら、ある程度は知っているよ。 もし、それが俺の将来に影響するとしても、君と一緒にいられることを俺は望む。 だから、マリア…… 結婚しよう」
真っ直ぐな気持ちで応えた。
「今まで、きちんとお話したことがありませんでしたね。私にとっても、いい思い出ではありません。でも…… この際です。全てをお話しますので、聞いていただけますか? それから、答をだしてもらってけっこうですから……」
沈んだ表情のまま、話し始めるマリア。
「私が生まれた翌年、母にスパイ容疑がかかりました……」
シベリアの奥地、シュシェンスコエ村へ家族揃って流刑されたこと。慣れぬ農作業に従事した両親。マリアが9歳の時、風邪をこじらせ肺炎を引き起こして父親が亡くなったこと。翌年、同じように母親も亡くなり、村を飛び出したこと。そして、レジスタンスへ参加したこと。
今まで、誰にも話したことのない過去を語った。
流刑地とはいえ、自分にとっては故郷ともいえる村。つましい生活ながら、両親の愛に育まれた家。しかし、両親を亡くした少女に手を差し伸べる者もなく、風の噂に聞くレジスタンスへ参加することを決めた。心のどこかに、政府へ対するマイナスの感情があったのだろう。着の身着のまま、とるものもとりあえず、ボルガ河を目指した。
命を惜しむ気はなかった。子供ゆえに、相手の油断を誘うこともできるだろう。言葉の限りをつくし、仲間に入れてもらうべく売り込んだ。相手にされず、追い払われもした。めぐりめぐって、出会ったのがユーリー・ミハイル=ニコラーエビッチ隊長だった。幼い自分に銃の扱いを始め、様々な知識と経験を与えてくれた。数年の月日が流れ、銃の腕前は格段にあがった。もって生まれたものもあるのだろうが、14歳の少女とは侮れないほどの革命家として成長した。「クワッサリー」と呼ばれ、畏怖されるようにもなった。死と隣り合わせの毎日。そんな中で、頼れる隊長を兄のように慕い、いつしかそれは、淡い恋心へと変化していった。
―――この戦いが終わったら、一緒にアメリカへ行こう。
その言葉を胸に、戦い続けた。
しかし、その約束は果たされなかった。
1917年11月。ボルガ第3大隊はモスクワにいた。雪の中、夜の市街戦。分断された仲間たち。路地に身を潜め、合流しようと周囲をうかがう。響き渡る軍靴の音。やり過ごしたと思ったのに……
突然、襲い掛かった銃弾。待ち伏せされたのか?
敵の前に飛び出した隊長。援護射撃をしなければ…… 頭では解っているのに、目の前に並ぶ銃口を見て、体が竦む。
轟く銃声。目の前で、ゆっくりと倒れていく隊長……
真っ白な雪の上に咲いた真紅の花。いくら呼んでも返事をしてくれない隊長。
その後の記憶はない。どうやって、落ち延びたのか……
市街を抜けた平原に隊長を埋葬し、後を追おうと思った。が、できなかった。逡巡したあげく、ひとり渡米した。
絶望を道連れに、破滅を求めて辿りついたニューヨーク。自分の腕だけで生きていた。いや、死にきれなかっただけ……
マフィアの用心棒。いったい、どれだけの血を流したのだろう。
その頃填めだした赤い手袋―――己への戒め。
「……そして、あやめさんに命を救われ、帝都に来ました。あとは、隊長もご存知のとおりです」
冷たく重い空気の中、マリアは語り終えた。
「………」
「ですから、私と結婚するということは、貴方の出世の妨げになるだけなのです」
乾いた口調で続けるマリア。その瞳からは、輝きが失われていた。
「マリア……。 俺は、出世なんて望んじゃいない。君とともに歩み続けることを望んでいるんだ。だから、そんな悲しいこと言わないで……」
ベッドに腰掛けたマリアの横へ移動し、そっと肩を抱く大神。
レジスタンスに参加したからこそ、霊力の発動を賢人機関が知ることになったこと。ニューヨークで裏社会に生きていたからこそ、日本へ来ることになったこと。その過去をふまえた上で、マリアを愛していること。そして、マリアだからこそ、一緒にいたいのだということ。
大神は、真摯な態度で語った。そして―――
「それとも、マリアは俺のことを愛してくれてないのかい?」
いたずらな表情で問いかける大神。
「それは、もちろん……愛しています……」
頬を染め、消え入るような声で返すマリア。
やがて、ふたりの影は重なり、隊長室は主不在のまま、朝を迎えた。
――― fin ―――
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Маняから、かような1周年記念のお祝いを頂戴しましたっ!! 心の葛藤に悩むマリアは、やっぱりいいですなぁ…(病気)
さすがМаня、短くまとめて想像の余地がたくさんある、綺麗な小品を作ってくれました。ありがとねっ☆

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