『靴下』
「ポール。」ステフは甘い声で言った。「ポール。わたし、クリスマス・プレゼントが欲しいわ。」
「おいおい、ステフ。」僕は気難しく言った。「どこでそんな言葉をおぼえたんだい? きみはキリスト教徒だったのかい。」
「キリスト? それは何、ポール。お菓子の名前かしら。」ステフはごく真剣に言った。「クリスマスについては、前からねえ、窓の外で女の子たちが話しているのを、聞いていたのよ。この家の前をとおる子どもたちが、あんまりたくさん、その話をしているものだから、わたしはクリスマスと、サンタクロースのおじさんに、とても詳しくなってしまった。」
クリスマスがイエスの生誕日であること以外には、と僕は頭の中だけで付けくわえながら、ベッドを降りた。
「それならきみはサンタクロースの外見についてもとても詳しいんだろうな。」ステフがうっとりとうなずくのを待って言った。「なあ、僕に白いヒゲは生えていないぜ。赤い服も持っていない。」
ステフの頬がふくれた。
僕は窓の外が見えるように、カーテンを開いてやった。近所とは違って、ツリーもイルミネーションの光もない広い庭だ。
「見ろよ。倉庫を引っかき回せばソリの一つぐらいは出てくるかもしれないが、どこにトナカイがいる? トータルに見て、僕はサンタクロースじゃない。」
シャワーを浴びてくる、そう言って、僕はベッドルームを出ていった。途中ふりかえってうかがうと、ステフは彼女専用の小さなカウチに身を沈めて膝を抱えてしまっていた。ふくれっ面で、何かを考えているみたいだ。大きな声で「一緒に浴びるかい?」と声をかけたが、返事がない。
僕がシャワーを浴びおわって、冷蔵庫から出してきたばかりのビール缶のタブに指をかけたところで、「でも。」と声があがった。僕はびくっとした。カウチからステフは爛々と目を輝かせてこちらを見ていた。
「でも、ポール。あなたがサンタでないとしても、わたしは幼女よ。幼女がサンタを心待ちにして、家じゅうのドアというドアに靴下をさげているとしたら、そこにプレゼントをつめるのは、同居する大人の義務だと思うの。」
サンタクロースの論争がまだ続いているとは思わなかった。彼女が言っているのは、この家のいたるノブにかぶせてある、フリルのついたあの色とりどりの布のことだろう。てっきり、ステフは突然おかしなインテリアに目覚めたのだと思っていた。靴下だとは知らなかった。
「幼女? きみが?」
僕がばかにするようにそう言って、ビールに口をつけようとすると、ステフはキッと僕を睨んだ。
幼女。ふと考えた。カウチの上の白い裸身を見る。そうだ、確かに彼女は幼女だ。考え直そう。ステフが、僕のようにりっぱな大人の男の一物を軽々とくわえこんでしまうような身体の持ち主であるからといって、彼女を幼女と呼ばないわけにはいくまい。
「わかったよ。ステフ。」
僕がなげやりに言うと、とたんにステフの顔にぱあっと笑みがひろがった。かと思ったら、僕が
「いったい何が欲しいんだい。」
とたずねると、頬をばら色に染めてうつむいてしまった。「ええと……。」とつぶやいたきり、膝とにらめっこをはじめる。
僕はビールの缶が空くまで待った。最後の一口をゆっくりと飲み下して、缶をダスト・ボックスに向けて放る。ため息をついた。
「なんだ、決めていないのかい?」
「愛なの。」
ステフは弾かれたように顔を上げて言った。頬はまだ紅い。
僕は“はい?”というふうに片眉を持ち上げた。
「愛よ。ポール。わたし、愛が欲しい。」
ステフは2度目ははっきりと言った。真剣な目をしている。
愛ね、僕は聞きなれない言葉を繰り返してみた。「それはずいぶんと、やっかいなものを選んだものだね。」
「やはり、そうかしら。」ステフは考え深げだ。「そうよね。そう思ったの。」
「ほう?」
僕はクロゼットから赤いパジャマを取ってステフの膝に投げた。ステフはその上に組んだ両手を置いてしまって、着る様子はない。
彼女はどうやら、一度口に出してしまったら安心したようで、もう僕の方をまっすぐ向いて話していた。
「そう思ったのはね、ポール、まず第一に、愛がどれくらいの大きさのものなのかが分からない。ねえ、愛っていうのは、わたしの靴下に入りきるかしら。」
僕は考えた。
「君の足のサイズはいくつだい。」
「7インチよ。」
「むずかしいだろうね。」
僕は、彼女の靴下にエロ本を詰めることを考えながら言った。ステフはうなずいた。
「やはりそうよね。でもそれは、さして問題にならないとは思うわ。大きな靴下をつくればいいんだから。実はもう、けっこうな大きさまでできあがっているのよ。このままの調子でいけば、24日の夜までにはポールでもすっぽりおさまってしまうくらいのものにはなるわ。」
テーブルの上の毛糸の山に目をやった。あのカオスはそのためか。
「他にもまだ問題があるのかい?」
僕は僕がすっぽり入る靴下をいっぱいにするだけのポルノ本がどれだけの金額になるのかを見積もりながら、上の空できいた。ステフはあごに指をあてた。
「わたしはなにせ、愛というものについてこれっぽっちも知らないの。おかしなことだと思うかもしれないけど……。」
そんなことは僕も知らないさ、と言いたくなったが、得策ではないかもしれない。僕は口をつぐんだ。
「だからね、サイズに関してはクリアしたけれど、愛が水や空気みたいなものだったら、どうすればいいのかしら。」
「心配ないね。」
僕はまだくだらない本(それからビデオ)のことを考えていたので、即答した。
「ほんとう!」ステフは両手をぱん! と合わせて喜んだ。「やはり、愛は目に見えるし、手で持てるようなものなのね。ああ、きっととても素敵なものなんでしょうね。」
「そうかな。」
「そうに決まっているわ!」ステフはすっくと立ちあがった(膝の上からパジャマが落ちた)。「わたしの読んだ本のうち8冊で、お姫様が、物にもお金にも恵まれているのに、愛さえあれば何もいらないと言ってお城を出た。歴史の上のいさましい人たちが、いくつもの激しい戦いをくぐりぬけてきたような人たちが、たくさん、愛ひとつのために死んでいった。愛っていうのはそれくらいにすばらしいものなんだわ。」
「そうだな。」と言いながら僕はああ、と思った。ここまで言うステフが、エロ本や無修正ビデオ(や、昔もらった“大人の玩具”)で満足するはずがない。そんなものを靴下に入れておこうものなら、クリスマスの朝にステフはあばれまわって、僕をビデオでなぐりはじめるかもしれない。そんなカオスが目に見えるようだ。口の中でビールの後味が急に苦くなった。
「楽しみにしているわ、ポール!」
ステフはそのまま飛び跳ねながら部屋を出ていった。
「ああ、楽しみにしておいてくれ。」
僕はげっそりとつぶやいた。ステフの軽快な足音が聞こえる。床にはパジャマが落ちたままだ。拾いながら、愛についてを考えた。そんなことは考えたことがなかった。テーブルの上でできあがりかけている、ステフの渾身の作をつまみあげてみた。なるほど、曲がりくねってはいるものの、床から僕の胸くらいまでの長さがある。
24日の夜には、本当に、この靴下に僕がすっぽり入ってしまうしかないかもしれない。ステフがそれで納得するとは到底思えないが。
シャワールームからステフの鼻歌が聞こえてきた。
今年のクリスマスは悩ましいクリスマスになりそうだ、と僕は頭を抱えた。
しかし、僕にとっては、始めてのクリスマスかもしれない。
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