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作品総数は100点以上です。トップページに作品総合案内があります。
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シンプルなライン・・・単純化された形と線
バランス・・・人の置物として違和感がない。
右の大人のコンサートは両腕を省略していますが、ほとんどの方が違和感を感じないとおっしゃいます。
素朴な土色
素材の土の色をそのまま使用しています。
自然の色なので人の心に優しく、あでやかな極彩色に比べて飽きが来ません。スーパードラゴンはその代表例です。
オリジナル釉薬
200種類を調合した釉薬の中から、数種類を選択して使っています。
幸せを運ぶ天使に使用しています「銀河釉」はその代表例です。
黒っぽい青色の中に白っぽい緑の点が浮かんでいます。
博多陶遊窯の成り立ち
日本の伝統工芸、博多人形の伝統と洗練された技術を受け継ぎ、未来へ進む窯元です。
土の香り豊かな、創作雛人形、創作五月人形、花器、オブジェなど、
シンプルでモダンでユニークな作品を創作しています。
1975年より、15年間の博多人形師の修業を経て、汚れに弱い博多人形から陶人形の世界へ移るために、独学で陶芸を勉強して、 1990年に起業した窯元です。 |
成形方法
石膏型
初期の作品は、ほとんど石膏型を使用しています。
原形(石膏型を取るための作品)製作、石膏型製作、素地作りから本焼きまで、全て一人で作業しています。
大人のコンサートや幸せを運ぶ天使、スーパードラゴンなどは石膏型を使用しています。
紐作り一品作 と その歴史
1999年の波 動は最も初期に作った紐作り一品作で、手の跡を出来るだけ残さないようにしています。
2006年頃からは、新しい形を求めての紐作り一品作に取りかかります。まだ確固たる自身の無い状態が揺らぎのオブジェとして残っています。アマテラスは揺らぎののオブジェです。
この時代までの一品作はほとんど遠くの宇宙へ旅立ちました。ただ、天使の不安と孤独な小便小僧はスーパー還暦ブランドへ移って頂きました。
頑固一徹は2011年の紐作り一品作ですが、スーパー還暦ブランドの作品です。
手びねり(2006年から開始)
紐作り一品作は比較的大きい物を目指しますが、手びねりは手のひらサイズの作品作りに利用します。手びねりのお地蔵様が代表例です。
成形方法の詳しい内容は製作過程のページに掲載していますので、ご覧下さい。
今後の博多陶遊窯
2012年2月
スーパー還暦ブランド設立(2011年夏)
1949年生まれの私は2009年に還暦を迎えました。
スーパードラゴン・頑固一徹がスーパー還暦です。
2011年3.11東北大震災の影響が多分あると思います。
2007年頃からの変化が際立って表に出てきたのでしょう。
心をリセットして新しい気持ちで作品を作っていきたい、ということでこのブランドを立ち上げました。日本一ユニークな人物オブジェの創作を目指します。
スーパー還暦とは
型押し独特の美とは
型押しの反対側にあるのが、手びねりでしょう。
手びねり人形はかなりの所で作られています。
マリンメッセで開催される「陶磁器フェアー」を見ると、一般の窯元でも手びねりの人形が 茶碗の横に並んでいます。
なぜ、手びねりの人形かと言いますと、型を作るには、また、別の技術が必要となります。 手びねり人形は、即興性の面白さと、そのタッチで表現し、
型押し人形は、計算された美しい線と完成されたフォルム(形)で表現します。
次に掲載します、世界の磁器人形は全て型による成形です。
世界的文化遺産であります中国の「兵馬俑」(へいばよう)も、基本的な形は、石膏型で作り細部を変更していったようです。2千2百年前にすでに石膏型があったんですね。
型を使用しないと数千体の大きな素焼き人形は作れなかったでしょう。
世界の磁器人形

マイセン人形
◆マイセン磁器人形(ドイツ)
17世紀、ヨーロッパでは中国の磁器や日本の伊万里などが盛んにもてはやされていました。
純白で薄く、硬く艶やかな硬質磁器はヨーロッパでは未だにつくりだすことのできないものであり、列国の王侯貴族、事業家たちはやっきになって製法を見つけようとしていました。
約300年前、ドイツのザクセン選帝候アウグスト2世の時代、マイセン窯はヨーロッパで初めて硬質磁器を生みだしました。
マイセンの日本公式ホームページ
博多人形の歴史は約400年なので、マイセン磁器人形より博多人形のほうが100年古いことになります。(博多人形の歴史)
◆アイリッシュ ・ドレスデン・レース磁器人形(ドイツ→アイルランド)約110年の歴史
1895年、アントン=ミューラーがチューリンゲン・ルドルシュタット伯爵の庇護を受ける。
ドイツのチューリンゲン地方のウォルクシュタットにミューラー社を設立。
1962年、アイルランド=ドロムコリハに工房を完成し、1963年に生産を再開。
アイリッシュ・ドレスデンの日本公式ホームページ
◆フンメル磁器人形(ドイツ)約100年の歴史
1909年、ベルタ・フンメルという名の女の子が、ドイツのババリア地方に生まれました。
少女時代から才能は明らかでしたが、18歳の時に芸術に造詣の深い父親と共に首都ミュンヘンを訪れたことが彼女の芸術的発展の重要な一歩を決めることになりました。
ミュンヘン芸術応用アカデミーに入学して4年の間に驚くべき創造力を伸ばし、偉大な将来性が認められたのです。
しかし、ジーセン尼僧院の戒律のみならず芸術にも大きな重点を置いて修行を進める尼僧たちの影響を受け、1931年にアカデミーを卒業後、尼僧院に入りました。
マリア・イノセンティアと名前を変えた彼女は、貧しい尼僧院の収入を助けるべく、絵を展示・販売するようになりました。
動物に話しかける子供、ソリで遊ぶ子供、お手伝いをする子供、友達と戯れる子供達を描いた魅力的なポストカードがフランツ・ゲーベルの眼にとまり、絵の中の子供達が立体化され、1935年フンメル・ドールとなりました。
シスター・M.I.フンメルは、37歳であまりにも短い生涯を終えましたが、彼女の非凡な精神は、今も世界中の人々の喜びのためにゲーベル社のアーティストにより、見事に立体的な作品として輝き、生活の詩として豊かに生き続けています。
フンメル磁器人形の日本公式ホームページ
◆リヤドロ磁器人形(スペイン)約55年の歴史
リヤドロの始まりは、1950年代に、バレンシアの近く、アルマセラに建設された小さな工芸工房でした。
ここで、リヤドロ・ファミリーの三兄弟、ホアン、ホセ、ビセンテは、芸術的な創作への意欲と、より豊かな生活への憧れに動かされ、ポーセリンの新しい制作技術を探求していたのです。
リヤドロ磁器人形の日本公式ホームページ
博多陶遊窯と世界の磁器人形
アイリッシュ ・ドレスデン・レース人形、フンメル人形、リヤドロ人形は、マイセン人形の伝統を受け継いでいます。
4者とも製作技法、表現方法に大きな差はありません。共に人形を小さなパーツに分けて、型を取り成形しています。
博多人形との共通点
陶遊窯との共通点は成形に型を使用している所ですが、現実を忠実に表現する細かい作り方、模様の繊細さは、博多人形に似ています。
博多人形も有田焼きと手を組めば、世界の磁器人形になれます。
博多陶遊窯と世界の磁器人形との違いは
陶遊窯が陶土を使用し、世界の磁器人形は磁土を使っています。
世界の磁器人形の場合、規模が大きいので細かい分業制度が出来ています。
世界の磁器人形が、非常に写実的に対して、陶遊窯はシンプルな豊かさをモットーにして、デフォルメをしています。現実にはありえない形が多いです。
博多陶遊窯 西 正道
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