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ジェンネはマリ旅行のハイライト。土で造られた「グランドモスク」が世界遺産として登録されている。数年間のある日、グランドモスクの写真を偶然見かけ、この不思議な建物に驚き、深く目に焼きついた。それ以来「いつか必ず行ってやる」と決めたのがその時。ついに目の前に立つ日が実現したわけだ。
この日は、ドゴンのカニコンボレ村を朝8時に出発し、ジグイゴンボという村まで約4キロの道程を歩くことから始まった。ドゴンの村へは断崖絶壁を下って来た。ということは、ドゴンを抜け出るには、断崖絶壁を上りきる必要がある。道という道のない岩場をひたすら登り2時間。汗だくになりながらジグイゴンボに到着。約束どおり、チャーターしておいたタクシーが待ち合わせていた。ここからバンディアガラを経由し、いったんセバレまで戻り小休憩。その後すぐにチャータータクシーに乗り込み、2時間半。昼過ぎにジェンネに到着。
ジェンネへは、毎週月曜日にモスク前で開催される青空市場「月曜市」に合わせてスケジューリング。月曜日はマリの各方面から商人やら買い物客やら人々が大勢集まるようであり、ジェンネの町は大変賑やかだった(ちなみに月曜日以外は閑散としているらしい。行くなら月曜日を強くお勧め)。
ジェンネは恐らく西アフリカで最も多くの(マニアな)観光客を惹きつける場所。といっても、観光化されているわけでもなく、泥臭い雰囲気の漂う町は、アフリカの雰囲気を存分に味わえる。さすがに、ここまで来る外人は少ない。でも、宿や併設されたレストランは「外人仕様」であり、ビールやワインも飲める。パラパラといる白人に、それをお目当てとした自称ガイド達が群がる。
バマコ、セグー、セバレ(モプティ)を繋ぐ道路は、長距離バスが行き来する幹線道路。ジェンネは、セグーとセバレ(モプティ)の間にあるT字路を北上する。ただ、このT字路に目印となる何かがあるわけでもない。また、ジェンネへのバスは市場の開催される月曜以外は殆ど走っていないらしい。つまり、ジェンネへ行こうとするなら、目印のないT字路で幹線道路を入るローカルバスを降り、いつ来るか分からないローカルバスなり、流しのタクシーを拾うしかない。
やはり、公共交通機関の仕組みが良くわからないマリでは、短期間に効率的に旅行をするには、乗り心地は決してよくないが、タクシーチャーターが必須であろう。
ちなみに、ローカルバスは、40度を超える灼熱の大地の上を、満員のお客を乗せて走る。最悪なのが窓が空かないこと。もちろんエアコンなんかある訳ない。地元の人々も汗だくになり、つらそうな顔をして乗っている。バスの中で用を足す子供も・・・。ローカルバスに乗るなら、劣悪の車内環境であることを覚悟の上で。
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これがグランドモスク。これを見るために遥々日本からマリにやって来た。
この日はマーケットが開かれた月曜の翌日、火曜の朝。マーケットがないと、こんなに閑散としている。昨日の賑わいはどこへやら。
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グランドモスクの前で毎週月曜日にマーケットが開かれる(通称:月曜市)。せっかくなら月曜日に合わせて来たい。
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モスクに向かって左に立つ建物の屋上からの景色。写真を撮るベストポジションである。ここへ立つのは、もちろんタダではない。
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この建物の管理人は観光客を見つけては、こに誘導する。そしてこうやって写真を撮る。くどいが、もちろんタダではない。
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イスラム教徒しか入れないというのは建前で、裏カネさえ払えば入れてくれる(でも入らなかった)。
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モスクを取り囲むように露天が並ぶ。欲しいものは売っていない。
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ここを歩くと目立つ。しかし、露天商は意外と観光客に無関心。売っているものは食料やら生活用品。観光客が買うような、土産物の類は売っていない。だから、誰も声を掛けてこない。
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現地人はカメラを向けられることを嫌う。素早くカメラを構え、気づかれる(怒られる)前に素早く立ち去る。もしくは、少し離れて撮影。
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夕方6時近くなると、店じまい。こういったトラック達は、遥々バマコなどから来るらしい。
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これだけ賑わっている広場も、数時間後には閑散となる。
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路地裏の様子。まるで迷路のようだ。どの家も土でできており、マリ独特の景色である。
家の上の壁から突き出ているのは雨樋。歩行人にかからないのだろうか・・・。
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民家の屋根の上に上らせてもらった。どこを向いても、土、土、土。
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ジェンネを発つ日。ワゴン型タクシーに乗って幹線道路まで出て、そこでバスを拾うこととなった。交通手段が少ないため、このタクシーは逃せない。
ところでこの(屋根の上に人乗っている)ワゴンに12人も乗り込んだ。大丈夫なのだろうか・・・。
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トンブクトゥは世界遺産に登録されたサハラ砂漠の南端に位置する町。バマコ、セグー、セバレ(モプティ)、ガオを結ぶ幹線道路は、長距離バスが行き交うため、時間が掛かるということ意外に不自由はない。しかし、トンブクトゥは、この幹線道路から大きく離れていることから、行くには至難の業である。
では、トンブクトゥに行くにはどうしたらいいのだろう。時間に余裕のある人はニジェール川の船旅という手もある(らしい)。一番いいのは車(4WD)をチャーターすること。言い換えると、普通の旅行者は車(4WD)をチャーターしないと行けない。セバレ(モプティ)からトンブクトゥ往復をチャーターするとなると、最低2日かかるし、ドライバーも手当てしなくてはならないため、日本円で万単位のお金が掛かる。マリでは車、特に4WDはとても高価な乗り物らしい。たが、時間と貴重な経験を買うと思えば、高くない。
今回の旅行は、4WDを利用することとなったが、マリ到着後翌日バマコで知り合った自称ガイドと、交通費も含めた10日間の全て工程を一括料金で握っていたため、このチャーター代が幾らだったのかは不明である。
セバレを出発したのは朝9時。飛び込み参加のバックパッカーのアメリカ人女性2名とガイドとドライバーと自分の計5名を乗せて出発した。セバレから東(ガオ方面)へ幹線道路をひたすら走り、ドウエンザという小さな村に到着。小さなドライブインでチキンのぶっかけご飯(←どこで食べてもこれが出てくる)を食べた。この村で幹線道路から外れ、今度はひたすら北へ走った。ドウエンザから北は舗装されていない土の道である。ここからは、ドライバーの腕の見せどことである。土煙を上げながら、サハラの乾いた大地をぶっ飛ばす。対向車なんて1時間に1台いるかいないかといった孤独な道である。ちなみに、今回の旅は乾季であったから問題ないが、雨季になると道路が分断されている箇所も多いらしく、走行は困難を極めるらしい。
何時間か走ると、うっすらと緑の大地が見えてくる。ニジェール川の畔である。道なき道を走ってきたわけだから、ニジェール川に橋なんて架かっているわけがない。渡し舟に車と乗り込み、川を渡る。ここからトンブクトゥまではもう少しである。
トンブクトゥに到着したのは15:30。たいした休憩なく走って6時間半、走行距離700キロのドライブであった。トンブクトゥは世界遺産に登録されている。歴史は良く分からないが、遥か昔、サハラの交易の拠点として栄えたらしい。だが、到着してすぐ気づくことはこの町が大層廃れていることだ。サハラ砂漠のサラサラな砂が年々町全体を覆い続けているようで、町が砂の海に埋もれてしまっているのである。そんなトンブクトゥは危機遺産に指定されていると言う。
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レンガ乾燥所。この様な手製のレンガで家が建てられる。マリでは、建物の殆どが土(レンガ?)でできている。
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14世紀に建てられてというモスク。現在も使用しているとのことで、イスラム以外の人間もこの中に入ることができる。歴史に興味がないから、何にも感じない。ただ単に「変な建物やなぁ」ぐらいか。
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トンブクトゥはサハラ砂漠の中にある町。町中砂まみれである。実際、町が砂で埋没する危険があるとか・・・。路地裏もやはり砂まみれである。
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40度を超えるの炎天下、ラクダも足休め。
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せっかくサハラ砂漠に来たのだから、ラクダにでも乗ってみよう。往復1時間のキャメルライド。ホテルで手配してくれる。「乗車料金」はガイドに払わせたので不明。
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キャメルライドで向かった先は、砂漠の中に暮らすトゥアレグ族の村。村といっても、キャメルライドの客目当ての村である。
いきなりゴザを敷かれ、座らされ、お茶を飲まされ、土産物を押し売りされた。買わなかったけど。まぁ、よくあるパターン。
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セバレ(モプティ)からトンブクトゥに向かう途中の景色。ドウエンザを越えると道路は舗装されていない。高級車に乗らない限りエアコンがないため窓を開けて走ることになる。気付けば、車中(顔も体もカバンも)赤砂まみれになること間違いなし。
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トンブクトゥへ行く途中、ニジェール川の前にてバマコで雇ったガイドのママドゥと。完全フリーの自称ガイド。現地語の他、仏語、英語がペラペラ。スペイン語も勉強中とかで、喋ってた。ガイドとしては優秀。
10日間のマリ旅行では、このママドゥの昼夜ともに過ごすこととなった。
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