ママの育児日記(0歳編)

 このページは,多胎児出産を控えている家族の皆さんや双子・三つ子・・・などの子沢山一家の皆さんの参考になればと思い,公開しています。この文章は一部プライベートな部分を除き,ほとんどが当時の日記を元に作成しました。
 これらの文章の無断転載・配布等を禁じます。Copywright(c) by オリオン星雲の父

目       次

1995.10〜

10/28(我が家は朝から大運動会!!)
11/01(町長さんがやってきた!!)
11/03(ママは手抜きを覚えてきたゾ)
11/05(減数堕胎について)
11/22(1ヶ月検診)
12/13(どうしてこんなに忙しいの?)
12/25(突然、私のひざに水が?)

1996年(平成8年)

1/12(育児ノイローゼ!)
1/23(結構金がかかるものだ)
1/31(ママのバースディ)
2/05(ストロイド剤で植物状態・・・新聞記事から)
2/22(3ヶ月検診に行って)
2/26(パパが風邪を引いて、ダウン)
3/04(4つ子全員が高熱を!)
3/27(6ヶ月検診)
3/29(保育所に入れない?!)
4/02(「おはよう」が言えない日々)
4/07(子どもは泣くのが仕事だって!?)
4/14(初めてのお散歩!)
4/24(ママの欲しいもの!)
5/14(4つ子ももう8ヶ月)
5/16(ママの一日)
6/14(口内炎が・・)
7/12(ひざに水がたまった・・)
8/22(一人一人の個性がきらり)
8/26(もうすぐ1才)

1995.


10/28(我が家は朝から大運動会!!)

 

 さあ朝です。今日も大運動会の始まりです。ママはスズメの声を合図に駆け出します。昨晩飲んだミルクのほ乳瓶を12本から16本まとめてかごに入れ、台所に置きます。続いての種目は『ゴミ集め』。一日の紙おむつの量は長男のまさひろの分も含めて40枚!!かなりのゴミです。だからゴミの日には必ず出さないと・・・。続いては、『ご飯の支度』。その間に洗濯機のスイッチをON。朝食はちょっと手抜きが多い(パン食が中心になってしまった。)が、これも仕方がない。せめて、果物や野菜を取り入れなければ・・。まさひろには、ご飯のおにぎり・卵ご飯・大好きな梅干し・漬け物(ちょっと塩分が多いかな?)。パパを起こして一緒にご飯。まさひろと一緒にパパの出勤を見送ったら、ほ乳瓶の洗浄と消毒。食事の後片づけ(ここまで、朝の8時に通過します)。部屋の掃除を始め、洗濯機が止まったら、洗濯物干し(これはお義母さんが手伝ってくれる)。ここから、メイン種目の「お風呂入れ」ベビーバスにお湯を入れる前に手際よく着替えられるように準備をしておきます。4つ子全員が終わるまでに1時間はかかってしまう。それでも、だいぶ要領がよくなってきた・・・。お風呂の後片づけ・脱いだ物の洗濯と干し、ほ乳瓶を4つセットし、授乳。ここまでで午前中の種目が終了。その間にまさひろと一緒に遊んであげなければ。ママは走る。トコトコ・トコトコ。
 でも、ママは昼食をとってお部屋の片づけをした後は、少し休むんだ。パパがママの体を心配してその時だけはお義母さんにくれぐれもお願いしますと頼み、午後は少しでもいいから自分の体をいたわるようにと言われているからなんだ。その間は、お兄ちゃんのまさひろも一緒にお昼寝タイム。実は、まだママのおっぱいをさわりながら寝ている。
 あっという間に、至福の時間は過ぎて3時になると午後の種目が始まる。洗濯物を取り込んで、たたむ。そして、授乳をしたら、夕飯の支度・・・。ママには夜、みんなが寝てからも3時間おきに授乳しなければならないから、深く眠れるのは1時間30分ぐらいで、続けてぐっすり寝てみたいというのが、今の一番の夢なのである。
 それでも、家族の協力があり、実家のお母さんは午前中毎日通ってきてお風呂入れの手伝いや、洗濯干しまでいろいろ手伝ってくれる。お義母さんも2才の長男の面倒やお風呂洗い、授乳・食事の後片づけなどいろいろ手伝ってくれる。とてもありがたく、ママは大変ではあるが、5人の子育てを楽しんでいるのだ。

 


 

11/1(町長さんがやってきた!!)

 

 家には、子どもたちの泣き声に加えて4つ子出産の噂からお客さんが急に多くくるようになった。そんなとき、2才の長男はここぞとばかりにハッスルするが、4つ子の方は猫をかぶったようにおとなしく寝ているのだ。決まって
「おとなしい、お子さんですね。」
と、言われる。そういう人に聞かせてあげたいよ。3人娘の泣き声のコーラスを。いつの間にか、私の友達にの4つ子出産の話が伝わっているらしく、しばらく音沙汰のなかった友達からも電話があったりしている。なんと偉大な4人の赤ちゃんだろう。

 今日は、我が家に町長さんがお祝いを届けに見えられた。中味はジャスコの商品券3万円と、フィルム20本です。ありがたや。そのときに茨城新聞社の方が私たちの家族と町長さんとの写真を撮ったり説明を聞いたりしていた。有名になりたくて4人を生んだ訳ではないが、これだけ反響があると、4つ子のみんなはもちろん、まさひろお兄ちゃんに対しても周りの目が気になってしまう。これから先、一生『四つ子ちゃん、四つ子のお兄ちゃんだ。』と言われ続けるかもしれない。そんなプレッシャーを物ともしないように強く、そして子どもたち全員が団結して仲のよい兄弟として成長してほしい。くれぐれも生まれるんじゃなかったと思われるような子どもにならないようにしたい。

 


11/3(ママは手抜きを覚えてきたゾ)

 

 まず、買ってきたのは60℃に保温できる湯沸かしポット。我が家では、容量4リットルのものを購入した。1.5万円ぐらいだが、これが便利。夜中でも、お湯の温度を下げずにそのままポットからお湯をほ乳瓶に入れることができる。これで、ずいぶん授乳の時間が短縮された。
 次にほ乳瓶を16個以上買いそろえた。夜の10時、午前1時・3時・7時の4回の授乳の時に台所に行かないで寝室の湯沸かしポットから直接ミルクの準備ができるようにし、飲み終わったほ乳瓶はかごにまとめて朝まで寝室に置きっぱなしにしておくようにした。
 お風呂入れについても一工夫。今まではお風呂場の床にベビーバスを置いて赤ちゃんのお風呂入れを行っていたが、ベビーバスを台所のシンクにすっぽりと入れ、すぐ隣のダイニングテーブル上で赤ちゃんを着替えさせることにした。これだと、腰を曲げずにお風呂入れができ、裸の赤ちゃんを運ぶ距離も短くてすむのだ(ちょっと食器洗いに似ている)。ベビーバスのお湯は一人が終わる度に取り替えていたが、2人ずつ同じお湯を使うことにした。別に用意した上がり湯は、クリアケース(これでも、赤ちゃんが入る)に入れ、そのお湯で顔などを洗うことにした。なおクリアケースは流し台のまな板で食材を切る台に置いてある。この方法だと、まるで料理をするシステムキッチンのように、シンクで体あらい、キッチントップで上がり湯、そして隣のダイニングテーブルで着替えというように移動する距離が短くなり、腰や腕の負担が減った。
 ミルクを飲むときは、タオルを丸めてゴムで止め、それにほ乳瓶を立てかけて赤ちゃんが一人で飲めるようにした。4人の赤ちゃんが同時にほ乳瓶を逆さにたてた状態でゴクゴク飲んでいる状態はちょっとした見物だ。

 


11/5(減数堕胎について)

 

 テレビでやっていた。今、不妊治療で、多胎児になることが問題になっていると。そんな人のために減数堕胎をする病院もあるという。私も実際悩んだ時期もあった。でも、今4人の寝顔を見ていると、4人のうち1人でも欠けていたらなんて想像するだけでつらい。やっぱり全員産んでよかったと、思っている。

 4つ子の妊娠が確認されたとき、医者は言っていた。減数堕胎といって、お腹の中にカリウムを注射して体内の赤ちゃんを数名堕胎してしまうこともできると言われたとき、パパは言った。
「4人のうち、1人でも脳や身体に異常が確認されたのならともかく、みんな元気に育っていて、胎児の大きさも同じくらいなら、どの子を産み、どの子を堕ろすのか?。そんなことはパパでも、ママでも決められないのではないか。」
「ただ、お腹の中の赤ちゃんより、大事なのが妻だ。妻さえ健康ならまたやり直しができる。それに、今のままでさえ一児の母なのだから・・・。妻の母胎を第一に考えて妊娠を継続させたい。」
と。
 テレビに出ている人が言っていた。4人を身ごもったが、4人なんて産むことも育てることも絶対無理と。でも、私は思った。人間やっても見ないで絶対に無理なんてことはないと。私は、身長は151cm、体重は45kg。体は小さいけれど、4つ子たちは9ヶ月までお腹の中で育てくれたし、子育てだって他の人より大変だけど、私がやっている。『絶対に無理』という言葉はやった人がいえることで、やっても見ないで最初からあきらめた人の言う言葉ではないと思う。お兄ちゃんと4つ子ちゃんたちは私の大切な宝物であり、数が多いから一人ぐらいどうなってもいいというものではない。一人一人が大切な私の宝なのである。

 


11/22(1ヶ月検診)

 

 今日は1ヶ月検診の日。普通ならば、母親一人で病院へ連れて行けるのだろうけど、4人一緒となればそうもいかない。長男のまさひろはおうちでお義母さんとお留守番。パパは職場を午前中で切り上げて早退し、12時半に自宅に戻ってきてもらった。私の実家の父母にも来てもらい、大人4人赤ちゃん4人という形で県立子ども病院へ向かった。出かける準備もベビーかごが4つと、ミルク4人分、ほ乳瓶4本と、60℃のお湯を入れたポット、着替え2組、紙おむつ10枚、母子手帳4冊、ガーゼのハンカチ4枚、タオル2枚、お金に保険証というかなりの大荷物だ。用意するだけでも大変。
 病院へ一人ずつだっこして連れていくと、みんなが集まってきて見に来る人がたくさん。こんなに注目されてしまうものかと、びっくりしてしまう。みんな眺めに来ては「かわいい。」「大変でしょうね。」「顔が違うね。」などいろいろなことを言っていく。しばらく外に出なかっただけに、こんなに注目されることにびっくりしてしまう。改めて、私は普通ではないことをしたのだと思い知らされた。茨城県ではあまり例がないことだから余計にである。私たち親は強い気持ちを持って、周りの好奇の目や反感に立ち向かっていかなければならない。けれども、子どもたちにとっては、親以上に一生4つ子としてのレッテルを貼られて生活していかなければならないのだから私たち親より、もっとつらいことが多いと思う。周りの興味本位の目や言葉にとらわれない強い意志で人生を歩んでほしい。自分が生まれたことを後悔しないでほしい。パパもママも子どもたちが元気で生まれたことを喜びに思っているのだから。

がんばれ、私の子どもたち。

 


12/13(どうしてこんなに忙しいの?)

 

 どうして休む暇のないくらい毎日忙しいのだろう。実家のお母さんが毎日来て洗濯物干しやお風呂入れ掃除などを手伝ってくれているのに、それでも休む間がない。夜ぐらい十分眠りたいと思うのだが、夜でも赤ちゃんたちはお腹を空かせる。
 パパが仕事を終えて帰ってくると、私の期限を観察する。気もそぞろに「お帰りなさい。」と言うと、すぐに察して「今日は昼寝をしたのか?」と、聞いてくる。疲れているとどうしても態度に出てしまうようだ。まさひろの昼寝の時間に合わせて一緒に寝るときしかゆっくり休めない。どこかで、手抜きをしなければ、私の体が参ってしまう。がんばらねば・・・。

 この頃3時間おきの授乳が、3時間半から4時間おきになってきた。でも、あんな一人が飲むペースが速く3時間しか持たない。いくら一度に飲む量を増やしてもだめ。時々母乳を与えるようにしているが、十分な睡眠がとれるようになるのはまだなのか?

 まさひろは2歳を過ぎた頃からブロック遊び・積み木・車などに興味を持ち、遅くて心配していた言葉もずいぶんと出てくるようになった。5人兄弟の一番上だから、お兄ちゃんとしてしたの4人をリードして仲良く遊んでほしい。

 


12/25(突然、私のひざに水が?)

 

 今年は家族が一気に8人に増え、にぎやかなクリスマスだなあと思いきや、ママは朝から足を引きずりながら歩いている。トイレに行っても座ることができないほどの痛み。よくよく足を見てみると、膝のところがパンパンに腫れ、足を曲げることができないほど。このくらい何でもないと朝から動いていたが、パパに話してみると、すぐに病院に行ってみてもらった方がいいと言うので、石岡市の友部整形外科へ行く。見てもらうと、足に水がたまっていると言われ、すぐ注射で水抜きをしようと言われ、大きな注射器で45ccの水を抜かれた。医師にどうしてこんなことになったのかと聞かれたので、2才の子どもの下に3ヶ月の4つ子がいて、朝から座る間のないほど忙しく動いているからかもしれないと言ったら、病院の先生は、「4つ子は恐ろしいな。」と、言い、一応リューマチの検査をしてみようと言われた。体にだけは自信があったママだったから、ちょっぴりがっかり。足を曲げないようにと包帯を巻かれ、湿布薬をもらった。
 その3日後には痛みもなくなり、足もだいぶ曲げられるようになった。病院の検査結果も、リューマチではなく、一時的な疲れからであると言われ、一安心。

 毎日のお風呂入れで腕が腱鞘炎になったり、足首が痛くなったり、肩が凝ったりと、ママの体は老人になってしまったような・・・。でも、足に水がたまるなんてびっくりしたなあ。

 


1996

1/12(育児ノイローゼ!)

 

 夜の11時、授乳の時間だ。4人に飲ませ終わったら、やっと眠れるぞと、思ってなおやに180ccみさと・あんな・よしみに170ccのミルクを作り、泣いている子どもたちの口に入れる。やっと泣きやんだと思っていると、まさひろが眠くなりながらも「ママ、抱っこ。」と、言って私のそばを離れない。いつも授乳の手伝いをしてくれるパパは今日は仕事で疲れてしまい、早くから休んでいた。
「ママ、ママ。」
と、まさひろにせがまれても、ミルクを飲ませてからでないと、一緒に寝ることができない。
「もうちょっと。」
と、言いながらママは4人のミルクを飲ませる。あんなが終わった。抱き上げてあんなの背中をポンポンたたき、げっぷをさせる。寝せたとたんに『ブブブブブー。』と大きなおなら。『あー、うんちだ。』仕方なく、あんなを仰向けにしてうんちをきれいに掃除してあげる。そのとたん、あんなの口から勢いよくミルクが吐き出た。服から布団からびしょびしょ。
『あー。』と、思っていたら、もうすぐ、ミルクを飲み終えようとしていたなおやとみさとまでもが、あんなと同じように口からミルクをピューと、吐き出してしまった。顔も頭もミルクで真っ白けだ。
『まいったあー。』みんな服の取り替えだ。まさひろはぐずって赤ちゃんをたたいた。まさひろをしかりながらも、4人の顔や頭を拭いて、よしみにげっぷをさせて・・・。
「あー、だめだあ。パパ助けてー、起きてー。」
と、パパをたたき起こし、3人の濡れた服の着替えを手伝ってもらう。おくるみや衣服・バスタオルの山ができた。今日は洗濯を3回もやってやっと終わったのに、また、洗濯物が・・・。なんて言うことだ。まさひろを急いで寝かせるが、さっき吐いてしまった3人はお腹が空くのも早く、3時間たたずに泣き出した。たっぷりミルクを飲んだよしみとみさとはずっすりと寝てしまい口を開かない。でも、4人一緒に飲ませなければ、授乳時間がずれてしまい、私は寝る時間がなくなってしまう。昼間の授乳時間のずれはまだ見ていられるが、夜中に何度も起きるのはつらい。何という日だ。朝になっても寝不足の疲れが残っている。でも、パパが仕事に行くのでご飯の用意をしなくては・・・。昨晩のほ乳瓶が山のように残っている。

 ママはそれ以来、ミルクの時に吐かれるのが怖くなった。飲み終わってくれると、『あー、よかった。』と、胸をなで下ろす。夜に、ミルクを吐かれると、吐いた赤ちゃんの方がつらいはずなのに、その気持ちになる前に、自分の仕事が増えてしまうことにがっくりとくる。『何という親だ。』と、自分自身が情けない。私は4つ子の子育てに向いていないのではないかとも思ったが、適している人などありえない。

 パパが休みの日に、ママはもう育児に疲れ果て、お義母さんに4人の1回分の授乳を頼み、まさひろとパパと3人で、水戸市の森林公園にお弁当を持って出かけることにした。
 行き先までの車中でも、私は苛立っていた。当たるところがないので、パパに八つ当たりした。なんと言うこともない、ただ私が疲れているのである。夜にせめて4時間でもいいから寝たいのである。パパに言った。
「私がやらなきゃ、誰がやってくれると言うの?。みーんな、ママ・ママ・・・。」
パパは優しい口調で言った。
「俺は頼りないかもしれないが、できる範囲で手伝ってあげる。だから、できるだけひとときでいいから(ママが)コーヒーを飲む時間を持つように努力してほしい。ママの体が元気であってこそ、子育てができるのだから、子どもたちが泣いたり少しばかりおむつかぶれをしていても、そんなことは小さなことだ。ママがストレスをためていらいらしている精神状態でいることの方がよくない。」
と。まさひろとおにぎりを食べて恐竜を見ていると、もう、ママの頭の中は家においてきた4つ子のことでいっぱいになった。早く家に帰りたいと。

 


1/23(結構金がかかるものだ)

 我が家はつつましく生活しているが、ミルク1缶(2000円)で、2日間ももたなくなってきた。昼間は布おむつを使っているが、それでも、4人分の紙おむつ代も馬鹿にならない。生後4ヶ月ともなると、子どもたちの飲む量も増え、果汁・ミルトン(ほ乳瓶の消毒に使う)・おむつライナーなど、お金をかけないようにと思っても、薬局で買うものは結構あるもんだ。

 まさひろ一人の時はもらっていた、児童手当(月5000円)が、子どもが5人になったら、もらえなくなった(本当は、月4万円ももらいたいよー!)。「マル福」がもらえたが、私一人では病院に行くこともないし、連れていくのも大変だ。

 


1/31(ママのバースディ)

 今日はママのバースディ。でも、親戚の葬式で5万円も出費があり、家計はピンチ。自分の誕生日なんて祝っているどころではない。そうでなくても、毎日の生活に忙しく、自分のことより子どもたちのことで頭がいっぱいで誕生日など忘れていた。パパが帰ってくるまでは・・・。
 今日のパパの帰りがいつもより遅い。どうしたのかと心配していたら、午後7時頃に帰宅。
「遅くなって、ごめん。」
と、言いながら子どもたちのお風呂入れをしてくれる。私が台所に行くと、私の大好きなピンクのバラの花束が・・・。
「わあ、きれい。これどうしたの?。」
と、聞くと、ママの誕生祝いを選んでいて遅くなっちゃったという返事。今年で結婚8年目なので8本のバラをかすみ草で包んで花束にしてくれたのだ。私の疲れたからだに、じんわりと安らぎがしみ込んでいくようだ。お風呂入れを終えて、寝室に行ってみると、私宛にトレーナーがある。紺色でちょっと大きめだったが、パパは汚れが目立たない色を選んでくれたようだ。

どうもありがとう、パパ。

 


2/5(ストロイド剤で植物状態・・・新聞記事から)

 ママは今日の新聞を見てびっくり。私はなんと言うこともなしに順調に4人を出産し、今現在も赤ちゃんたちは順調に育っているが、私と同じ時期に東大病院で3つ子を受胎した人が産む2日前にストロイド剤の投与により胎児は全員死産。お母さんの方もショック状態から植物人間になってしまっていたなんて!。しかも、その投与された薬は私が注射で投与されたものと同じなのだ。
 私は医師から、子どもたちが未熟児でもこの注射(ステロイド剤「リンデロン」)を投与することによって、胎児の肺機能を強くし、人工呼吸器をつけなくても育つようにするためであると説明を受けた。毎週3回、8時間おきにするのでその日は一日で3回の注射を行っていた。肩の筋肉のところに打っていたので、かなり痛く、私の入院生活の中でもいやなものの一つだった。

 もしかすると、私も同じようなことになっていたかもしれないと思うと、注射の副作用というのもかなり怖いものだったんだと思う。
 子どもがほしいと言う人の願いは本当に切実だ。中にはアメリカまで行き、体外受精をしてやっと授かった大切な宝物であったに違いない。それも、47才という高齢で・・・。きっと最後のチャンスだと思ってがんばっていたのだと思う。妊娠が確認されたときはどんなにかうれしかったろう。本当に悲しい出来事だ。でも、私の人生と紙一重だったのかもしれない。もし、子どもをほしいと思わなければ、何事もなく生活をしているはずだったのだ。

 私が今こうしていられることが幸せだったのだ。毎日忙しくてストレスがたまるだの、疲れただの言っているのが恥ずかしい。今、こうしてみんなが健康でいることが幸せなのだ。

 


2/22(3ヶ月検診に行って)

 我が家では私の悪戦苦闘の日々が続く。でも、赤ちゃんたちはそんなことにはお構いなく、すくすくと成長してくれている。我が家の4つ子は幸いにして皆、健康であり、大きな病気もなく至って良好。心配していた、なおやとみさとのそけいヘルニアも自然と治ってしまった。
 3ヶ月検診を受けに水戸市にある県立子ども病院に行ったとき、私と同じ頃に双子を産んだTさんに出会った。Tさんは早産のため30週で2子をもうけたが、たいじゅうは1600gと1700gだったそうだ。私の4つ子から見れば大きい方だ。それでも、2子のうち一人が未熟児網膜症になってしまい、足の関節もおかしいらしいと言うことだ。私は、パパと実家のお母さんと一緒に4つ子の検診に来ていたが、Tさんはたった一人で2才のお姉ちゃんと双子を検診に連れてきていた。その上、4才のお兄ちゃんのお迎えにこれから幼稚園へ行かなければならないと、忙しく動き回っていた。
 Tさんは、私に
「何か、障害はなかったの?。」
と、聞いた。私は、
「軽いヘルニアが2人いたけれど、治ったよ。」
と、言うと、
「治るものならいいけど、うちは大変よ。」
と、言っていた。30週での出産と、32週の出産。たった2週間の違いが赤ちゃんにとっては大きな違いなのだろうか?。そう言えば28週で2子を出産したKさんも、一人が未熟児網膜症になってしまったと言っていた。私は本当は単に運が良かったのかもしれない。赤ちゃんたちの健康なことも含めて神様に感謝した。

 


2/26(パパが風邪を引いて、ダウン)

 

 いつも健康で、自分の体を自己管理できているパパが、38.3℃の熱。元々熱には弱くて、37℃でも、ぐったりしてしまうパパ。子どもたちのお風呂入れの際、私がベビーバスで体をあらい、パパがお風呂の湯船に浸かったままで赤ちゃんの上がり湯をやっていたけれど、4つ子の上がり湯が終わるまでに20分以上もかかるので、その間中お風呂に入っているパパはのぼせてしまう。しかも、4人同時ではなく順々に上がり湯の仕事があるので退屈らしく、私が一生懸命赤ちゃんをベビーバスで洗っている間中、頭にシャンプーの泡をつけたままでいたのだ。これでは、風邪を引いても仕方がないというものだ。

 こうなったら、明日からは、ママ一人で昼間に赤ちゃんのお風呂入れをしよう。ママは風邪なんかには負けないぞ。なにせ、ママ以外にママの代わりはいないのだから・・・。そう決心したのも束の間、その夜1時に赤ちゃんたちのお腹が空いたの大合唱。急いで飛び起きると、ミルクの準備、順番にげっぷをさせ、パパの熱を計る。まだ37.7℃。冷蔵庫からアイスノンをもってきて、パパのおでこにのせる。まいった、まいった。早くよくなれ、私と5人の子どものパパ。頼りにしているんだから。

 


3/4(4つ子全員が高熱を!)

 今日で生まれて、6ヶ月と言うときに4つ子そろって咳をしている。最初はみさと、続いてなおや・よしみ・あんなと、ミルクを飲んでは咳込んでしまう。おまけに鼻水を吸い込んでしまい、のどの奥が詰まってしまい、苦しくて吐いてしまうという悪循環。ママはどうしてあげることもできず、『がんばれ!がんばれ!』と、背中をさすってあげるだけだ。赤ちゃんの具合の悪いことがこんなにも嫌なものか!。しかも、体が小さいだけに咳をすると疲れて、ぐずったりミルクを飲まなくなったりしてしまう。

 本当に痛々しい。2〜3日たつと、下痢気味になりお風呂も用心して入れなかった(お風呂で下痢をしてしまう)から、オムツかぶれがひどくなってしまった。よしみは頭にできた湿疹がひどく、病院からもらった薬を塗っているが、一向によくならない。ミルクを飲んだ後に吐く日が何日も続いた。みさとは38.3℃の高熱が出たが、他の子はそれほどでもなかったので、熱冷ましの座薬はみさとだけで済んだ。誰も笑い声をあげずに、苦しそうにママを見ている。そんな目をしないで!。見ているママもつらいのよ。

 そんな日が1週間も続いて、あれほど苦しんでいた4人もだんだんよくなってきて、ケラケラと笑う声がでるようになった。良かった。こんなにみんなを苦しませていた、風邪だったが、ママは薬を飲んだだけでへちゃらさ。

 


3/27(6ヶ月検診)

 4つ子とまさひろ・パパとママ・実家のお父さんお母さんの9人でそろって、県立子ども病院へ「6ヶ月検診」に行く。これだけの大所帯で出かけるのはなかなか大変。午後の検診に間に合うように家を出る。道中の車の中でまさひろが眠ってしまったのでパパはまさひろが起きるまで車の中で待つことに。わたしとお父さんお母さんの3人で病院のドアをくぐり、かってしったる待合室へ。相変わらず、多くの人が見に来る。
 まず、検測室で身長体重を測る。なおやは、一番身長が低く、体重が一番重いという結果になった。これでは、カープ指数が高いのも無理はない。なおやだけだよ、夜中にお腹が空いたよと、泣いているのは・・・。どうしても、他の子よりなおやだけがミルクの回数が多くなってしまう。

なおや 身長60cm 体重7539g
みさと 身長61.4cm 体重6600g
あんな 身長61cm 体重6610g
よしみ 身長61.4cm 体重6500g

 4人とも順調な成長ぶりで一安心。まさひろが目を覚ましたらしく、パパと一緒にやってきた。4つ子のうち、2人ずつ先生から話を聞き、ママの質問にも答えてもらった。

 


3/29(保育所に入れない?!)

 長男のまさひろは2才6ヶ月。保育所に預けようとも思ったが、まだ3才に達していない。保育所に預けてしまうと、集団生活の中で病気が移ることも多い。それが、家の中で4つ子に移るのが怖い。それはどうしても避けたい。また、まさひろはまだオムツがとれていない。私自身が幼稚園の教師をしていた経験から、集団生活にはいるのはオムツがとれ、排泄が自分でできてからにすべきだとかねがね思っていた。それにまして一番に保育料だ。一月3万円近い保育料を毎月払っていけるだろうか?。最近4つ子の学資保険に入ったので、毎月2万5千円もの出費が増えた。ミルクは1ヶ月に3万5千円。紙おむつ代が1万8千円。しかも、今は児童手当もない。我が町では、3歳児の保育料は1万8千円にまで下がる。何とか、それまでは家で育てていきたい。しかし、下の4つ子がハイハイしだし、歩き出したりするのももう間近。私一人で、この5人の面倒を見られるだろうか?。それを思うとちょっぴり不安に駆られる。まさひろは日増しにいたずらが激しくなってきて、ママが注意をしてもおさまるところを知らない。これから先、どうなるのだろう???。

 


4/2(「おはよう」が言えない日々)

 パパが、
「おはよう。」
と、元気に声をかけてきた。めずらしいことだ。いつもなら何度声をかけても起きないパパなのに・・。でも、今日はママはおはようの言葉が出なかった。
「なんで、おはようなのよ!!。ママは寝てないのに!。何で朝になっちゃうのよ。疲れているのに。」
パパに当たっても仕方がないのに・・、私の泣き言は止まらない。パパはお仕事に行かなければならないのに。-------昨晩は、午後11時に全員がミルクを飲み終え、11時半に寝てくれた。ホッとして眠りに入ったのも束の間、午前1時半に1人が泣き出した。やっと寝付いたというのに、ナンダヨ!と、起きてみると、なおやがうんちをしている。急いでオムツを代えて寝かせたがなかなか泣きやまない。やっと寝付いたと思ったら今度はわたしが眠れなくなった。寒い中ずっと起きていたせいだ。布団にくるまってようやくまどろみ始めたら、今度はあんながお腹が空いたとミルクの催促。仕方がない、ミルクを飲ませて、飲み終わったらと思ったら、なおやが・・・。げっぷをさせたら、みさと・よしみと続いてしまった。全員終わったあ!!。さあ、寝ようと思ったら、
もう朝だ。もう寝られない。また一日が始まってしまった。

 


4/7(子どもは泣くのが仕事だって!?)

 今日で春休みも終わり、明日からはパパの仕事も大忙しになる。せっかくの日曜日なのに、4つ子たちは朝からぐずっている。10時のミルクの後も寝てくれない。それぞれ起きてはもごもごしゃべっていたり、隣の子のエプロンを引っ張ったり、指シャブリをしたりと様々。ママはまさひろをやっとお昼寝させ、ゆっくり寝ようと思っていたのに、4つ子たちは大きな声で泣き出している。もう、ミルクの時間か。ママは離乳食を用意し、合わせて、ミルクを180ccを4本作る。大泣き状態の4つ子たちに離乳食を食べさせるが泣きやまず、ミルクを飲ませても、よしみは大暴れ。仕方なくよしみを抱っこしてあげるけど、泣き声は増すばかり。少しぐらい泣いても仕方がないなと他の子を見ると、なおやはミルクの入ったほ乳瓶を落としたまま。あんなはと見れば、全然ミルクを飲んでいない。おかしいなとオムツをみれば、うんちがはみ出して服まで汚してしまっている。急いで服を着替えさせ、オムツも取り替える。よしみはまだ泣いている。みさとは、ミルクの瓶を倒して瓶の周りをなめて遊んでいる。
 ママは心の中で思った。隣の部屋でパソコンをして遊んでいるパパは、これだけみんなが騒いでいて、ママの声がしているのに、どうして、子どもの様子を見にも来ないのだろう?。『どうした?』の声ぐらいかけるのが当たり前ではないか!!。でも、パパは知らんぷり。

 ママが、
「パパ、よしみが大泣きしているから、ミルクを飲ませてよ。」
と、言うと、黙ってやって来て、
「飲まないね。」
って、一言。
「これだけみんなが騒いでいるのに、よく平気でいられるわね。」
って、ママが言うと、
「子どもは泣くのが仕事だろう?」
と、パパの返事。
 いくら泣くのが仕事といっても、ちょっとぐらい心配して見に来てくれたってばちは当たらないだろう。うんこするのも仕事かもしれないけれど、それを分かってあげるのも親の役目だろう。たまたま、うちの子は4つ子だから、全員をいっぺんに抱っこすることはできないけれど、ママはできる範囲でやっている。全員一度にはできなくても、時にはやってくれてもいいじゃないか。おんぶひもは人からいただいたのがいっぱいあるけれど、やってあげる人はママだけ。協力することのできない人(パパよ)は、産もうなんて口先だけの言葉は言わないでほしい。産むのも育てるのも私一人なんだから・・・。私は6人子どもを産んだ。一番上のお姉ちゃんを亡くしたことは一生後悔しているが、4つ子を産んだことは後悔していない。でも、どうしても手が足りないときがあるんだよ。助けてよ!!。

 


4/14(初めてのお散歩!)

 常陸風土記の丘に4人を連れてお散歩に出かける。双子用ベビーカー2つに、お弁当・ほ乳瓶4本、果汁1本、水筒にお湯を入れ、離乳食とオムツ8枚、着替え4組、バスタオル4枚と、用意するだけでも結構大変。でも、チャイルドシートがみんな使えるようになり、こうやって連れて出かけられるようになったのでうれしい。お天気もよく、ちょっと風もあったが、子どもたちは心配していたより元気いっぱい。まさひろはパパと滑り台やアスレチック遊具で遊ぶ。ママは風のないところを探して4つ子を置き、みんなに果汁を渡して、2人ずつベビーカーでお散歩をする。
 11時の授乳時間になったので、持ってきた離乳食をスプーンで一人ずつ口に運ぶ。ミルクを4本作る。一人120ccでいいので、熱湯をほ乳瓶4本に11cc入れてある(これで、1時間たつとちょうど良い温度になる)。ミルクが飲み頃になったので、一人ずつバスタオルを置き、ミルクを飲ませる。子どもたちは思ったより世話なく、みんなしっかり飲んでくれた。飲んだ後にお散歩をしていると、4人ともぐっすり眠ったので、パパを呼んでお弁当を3人で食べる。その後、パパと交換し、ママはまさひろと遊び、午後1時半ごろ帰る。ほんの少しの時間だけど、ママにとっては5人一緒に連れて歩けたことがとてもうれしい。

 


4/24(ママの欲しいもの!)

 ママにはほしいものが2つある。一つは子どもであった。ママは子どもができないんじゃないかと悩んでいたので、子どもが欲しかった。ママは子どもが大好きだ。幼稚園の先生をしている頃、人の子どもの面倒ばかりを見るより、自分の子どもの面倒をみれるように、早くなりたいと思っていた。だから、5人の子どもの子育てをするようになるなんて夢にも思わなかった。自分が4つ子を産むなんて思いも寄らないことだったけど、ママにとっては5人の子どもたちは誰一人かけてはいけない大切な宝物なのだ。
 もう一つ、欲しいものがある。それは家だ。ママは家が欲しい。今住むところがないわけではないのだが、ママは明るい新しい家が欲しい。だから一生懸命お金を貯めていた。結婚してから、服も車を買わずにずっと貯めてきたのだ。
 今の家はパパにとっては愛着のある家かもしれない。でも、ママにとってはただ広いだけ。網戸もないし、エアコンだって・・・。ママの多くの友達は家を新築したりしている。そんな家に呼ばれると、改めて家が欲しいと思った。今のままは疲れている。毎日ストレスがたまってしまう。パパにも文句を言いたくなる。時々なにもかも放り出したくなってしまう。ママはこのまま今の家で我慢していたくない。生きているうちに自分の願いを叶えたい・・・。


5/14(4つ子ももう8ヶ月)

子どもたちも順調に成長し,早8ヶ月となった。これまで一度3人そろって1週間ほど風邪を引いただけで,たいした病気もなく大きくなってくれて感謝している。でも,このごろはみんないっせいに寝るということが少なくなった。いつもは,誰かしらぐずっているので私もペンを持つことができなかった。今日は,まさひろも一緒になって寝てくれたので,久しぶりにホッとしている。
 寝相もみんな違う。よしみは,寝相が悪くいつもゴロゴロと体を回転させて布団の上を回っていく。一度ならず,隣の部屋まで転がっていった。一番重そうななおやも手足をばたばたさせながら結構動けるようになった。
 朝には,子供たちのにぎやかな声で目が覚める。見ると,布団はぐちゃぐちゃでよしみはあんなの足の指をしゃぶっていたり,みさとはなおやの枕を引っ張って枕投げをしている。なおやはベッドの後ろに下がっているカーテンを引っ張ったり,布団の中に顔を隠しては「バア。」とやっては,喜んでいる。
 見ていると,思わず吹き出しそうになるが,急いでミルクを作らなくては・・・。

 


5/16(ママの一日)

 最近,朝はママよりも子供たちの方が早い。子供たちの元気な泣き声と笑い声で,目が覚める.パパはまだ寝ている.『この,幸せ者!。』と怒ってみても始まらない.早速,4人のミルクつくり。哺乳瓶4本に200ccずつ作り,飲ませる.最近は4人とも手を使って飲めるので楽になった.でも,飲み終わった順に『ゲップ』を出させるために順に抱っこして抱えあげる.それから,オムツの交換.オムツは,手間がかかるけれど紙オムツは経済的に無理なので布オムツでしている.それから朝ご飯の用意.朝食は自分が食べたのかどうかも忘れてしまって片付けてしまったりもしたことがあった.朝食の後片付けの後に哺乳瓶を洗いミルトンで殺菌する.オムツなどのごみを集めてから洗濯.軒下に干し終わったら,今度は新しく,離乳食つくりが始まった.ママの作る離乳食は栄養満点.家にある野菜はキャベツ・にんじん・ピーマン・納豆・シラス干し・豆腐・たまご・味噌汁・・何でも入れてミキサーでご飯と混ぜる.結構たくさん作ったなあと思っても子供たちはぺロット平らげてくれるのが何よりうれしい.
 4つ置いてあったベビーベッドも3つに減らし,その代わりコンビラックを4つそろえた.その方が,ラックについている小さなテーブルが離乳食を食べるときに便利なのだ.
 よしみなどは,ぐずっていても,コンビラックで200回ほど揺らしてあげると眠ってしまう.眠ると,部屋の真中に敷いてある布団に寝かせていくが,眠っていても体が自由に動けるようになってきたのでゴロゴロと動いていく。結局見ていないと布団の上で寝ている子がいなくなってしまう.子供の成長している様子がわかるのはうれしい限りだが,わたしの子育て戦争はまだまたこれからが本番のようだ.

 


6/14(口内炎が・・)

 口内炎がいっぱいできている.のどちんこにも,舌にも,歯ぐきにも・・・これでもう5個目.一週間も家に閉じこもりっきりだとストレスがすぐにたまってしまう.

 


7/12(ひざに水がたまった・・)

 このごろ毎日が忙しい.まさひろが昼寝をしなくなったこと,下の4人がつかまり立ちを始め目が離せなくなったこと,寝る時間帯がみんなバラバラになっていてママが寝る時間が取れないことなどのせいかな?.それに今,パパとママで新しく家を建てる計画を進めているので休むひまがないせいだ。
 今,パパは学期末の成績処理で仕事が忙しい.当然5人の子のお風呂入れはママ。ミルク・夕食・布団に寝かせと休むひまがない.
 最近,自分がぎりぎりまで動きづめだと感じるようになった.左のひざに水がたまってきたようで,痛み出してきた.寝る前に湿布を当て包帯をしている.寝るころは足を引きずらないと前に進めない.でも,翌朝にはがんばるしかないという意気込みで気力だけで持たせている・・・。
 でもかなり疲れてきた。ママが疲れをとるのは、実家に5人の子どもを連れていき、お母さんに面倒を見てもらって、一人でパーマ屋さんに行ったり、おいしいものをごちそうになったりするときで、ママは実家にはかなりお世話になっている。

 子どもたちはめざましい成長を遂げ、みんなでハイハイをしている姿はおもしろい。他の人は大変でしょうと口先では言ってくれるが、確かに大変である反面、一人っ子よりも子ども同士でおもちゃの取り合いをしたり、顔を見るだけで笑い合ったり、と結構子どもたち同士で遊んでくれるようになった。
 なおやは、手でシャンシャンと手ばたきしたり、お辞儀の真似をしたりする。みさとはおしりを高く持ち上げてつかまり立ちをする。あんなは足をばたばたさせたり、笑い上戸でちょっとしたことでケラケラと笑い出し、ママの疲れを吹き飛ばしてくれる。よしみは運動神経抜群で、つかまり立ちも一番早く、滑り台を下から登ってしまったり、コンビラックを次から次へと乗り換えたりしている。まさひろもお兄ちゃんらしく、みんなの前で踊ったりして楽しませてくれる。「トンボ取りの名人・カタツムリ取りの名人」とママが言うと、大はしゃぎで喜んでいる。

みんな大好き、私の宝物。

 


8/22(一人一人の個性がきらり)

 この頃、4つ子たちにも個性が出てきた様子。なおやは寝返りもなかなかできなかったのに、いざ体が動けるようになると、つかまり立ちや伝い歩きもよしみに次いで2番目に早かった。食欲旺盛なのに加えて、一番の甘えん坊でもある。
 みさとは、なぜかパパによく似た動作をする。一人でじっくり遊びに取り組み、気に入ったものは手にしたらなかなか離さない。一日中プリンのカップを手にしていたときもあった。本を見る(?)のも好きで、新聞などを一人でじーっと見ている。
 あんなはよくべそをかく。自分の気に入ったものを人にとられてしまうと、べそをかき、私に知らせようとする。つかまり立ちも一番遅かったが、一番のノンビリやさんで気持ちの優しい子だ。
 よしみは動く動く。ママの行動をよく見て、ママが台所へ行けばついてくる。洗濯物を干していれば、廊下まで出て私を呼んでいる。また、眠いときのぐずり方は一番だ。そこへいくと、あんなとみさとは一人でもコロンと寝てしまう。
 紙を一枚、みんなの前に置くと、なおやはびりびりに破き、みさとはジーと見ている。あんなとよしみは何でも口に入れて食べ始めるといった具合だ。4人ともママのお腹から一緒に生まれたのにみんな性格が違っていておもしろい。

 


8/26(もうすぐ1才)

 もうすぐ、4つ子ちゃんたちも1才の誕生日を迎えようとしている。長男のまさひろは3才になろうとしている。ママは双子用のベビーカーを使って前にに2人、後ろに2人の4人を乗せ、まさひろと一緒にベビーカーを押して近所を散歩に出かけられることがとてもうれしい。これまで、ママは家に閉じこもった生活が続き、そのためのストレスがたまって、いらいらしてしまったことが度々あったのだ。ママの軽乗用車にも4人まで乗れるようになり、何とか5人まで乗れるようにとママは考えている。

 このごろ、子どもたちもだいぶいたずらを覚え、目が離せなくなってきた。今日も4人にご飯を食べさせていると、みんなでテーブルのところにつかまり立ちしているなと、思っているうちになおやとよしみが、テーブルに登ってきてしまう。急いで二人をテーブルから下ろしたら、電話。ちょっとの話の間に二人はまたテーブルへ。なおやはご飯を手づかみして周り中ぐちゃぐちゃ。ティッシュでなおやの手と顔を拭いていると、まさひろ用の麦茶入りのコップをよしみがこぼしてしまっていた。テーブルの下では、あんながティッシュボックスからちり紙をいっぱい取り出してしまって喜んでいる・・・。やっと後片づけが終わったと思ったらみさとが眠いからと抱っこの要求。やっと二人を寝かしつけると、今度はまさひろがママと遊びたいばかりに、「起きろー。」を大声で叫ぶ。
「あーあ、せっかく2人が寝たところだったのに・・・。」
まだまだ、ママは忙しい日々が続くなあ。

 

 

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