![]() 現愛器エドワーズと |
基本データ
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<序幕>(昭和46年〜61年)昭和46年2月に愛知県でこの世に生を受ける。 名古屋市から、小学校2年の時に豊田市へ。 2年生の終わりに豊田市立大林小学校の鼓笛隊(マーチングバンド)に入る。 トランペットを吹くが、途中からトロンボーンへ転向。 豊田市立竜神中学校入学で吹奏楽部へ入部。大坪先生にしごかれる。 才能があったか!?上級生をさしおき1年生からコンクール出場! <高校編>(昭和61年〜平成元年)高校は、その年新設校の県立豊野高校へ。 単に家から近い(自転車10分)&先輩が居ないという安易な選択。 部活も、当然吹奏楽部。ただ、開校1年目故、楽器が何も無い。 仕方なく、村田先生(顧問)のすすめによりBACH42BGLを購入。 当初はかなりキツイ楽器だったが、どんどん慣れてくる。 部活自体は、コンクール中心で、楽しい中でもかなり厳しかった。 それでも、3年間で、結局県大会止まり。(近年は、東海大会の常連となっている。) でも、金管楽器の吹き方をみっちりと教えてもらいました。 勉強も結構頑張った。 その甲斐あって、○都大の滑り止めに気軽に受けた早稲田大学法学部へ入学。 なんと言っても、受験で、どの科目も半分の試験時間で終わってしまい拍子抜け。 <大学編>(平成元年〜6年)豊田から所沢へ転居。 大学では、やっぱオーケストラでしょう!という軽い乗りで、ワセオケへ入団。 新練オケでは、先輩にかなり?期待されたものの、あまりの体育会的なスタイルに音を上げ、2年生の時退団。 (あの時、早稲フィルor早稲吹に入っていれば違ったかもしれない。) 以後、楽器を封印。たまに開けて磨いてはいたが、ヘタになってるのが恐くて吹く気がおきない。 よって、学生時代は、専ら民法研究会というサークル活動で肝臓を鍛えるとともに、第○家電の配送・工事バイトで体力増強にいそしむ。 就職は、国Tと決め、3年生から勉強。 4年生の時は、試験に受かったものの官庁訪問に出遅れて希望官庁の内定がもらえず、自主留年を決意。 埼玉県庁の内定を取り消したつもりが入庁式数日前まで生きていて、担当者から電話で答辞の要請と所属を内示されびっくり。 5年生の時に、目出度く、希望通り某省へ内定。 <社会人駆け出し編>(平成6年〜12年)入省1年目はK局へ配属。ひたすらコピー取り。不謹慎だが、落ちたり揺れたりの対応でいろいろ大変だった。 入省2年目春にT局へ異動。ここは、某鉄道会社関係のかなり面白い仕事を任せてもらえる。 入省4年目夏にJ局へ異動。わりとのんびりした日々を過ごす。 入省5年目夏に中央省庁再編のタコ部屋へ。2年間かなり死ぬ。 そういえば、入省以来タクシーとお・と・も・だ・ち。 <音楽活動再開編>(平成10年〜)
<出向生活?の補佐時代>(平成12年〜)入省7年目の平成12年7月に他府省へ出向。仕事では国際平和を希求しつつ、現実は、専ら家庭平和の維持に追われる。 遠方&時間上の制約から平成12年7月に泣く泣く北吹退団。 平成13年7月、運命(注:ベートーベン)を経験。一回り成長したかも?! 出向先では、シリア、イスラエル等、東チモールに出張の機会があり、貴重な経験をする。 平成13年9月18日、衝撃の異動で省庁再編後の親元から呼び戻される。 でも、戻り先は、今は同じ役所になったとはいえ元他省の元出向ポストだった。 |