GRUEN History

 

<GRUENの歴史> 

1874年 デイトリッヒ=グルエンが6月12日、改良型セイフティーピニオンに関する特許を出願し、12月22日に承認さる。27才の時。 

1876年 Columbus Watch Manufacturing Company 創立 

1879年 J.D.Savage をビジネスパートナーとして迎える。(1876年説もある)商会の名前は Gruen and Savage だが、工場の名前はColumbus Watch Manufacturing Company であった。

1882年 Columbus Watch Company と改名

1894年 Dietrich と Fred が Gruen Watch Company を創立。

2人は Columbus Watch Company を退職し、D.Gruen and Son を Dietrich と Fred (長男)が創立。S/N は62000から始まっている。Columbus Watch Company は New Columbus Watch Company と改名し続いたが、1903年買収され、South Bend Watch Company となった。

 1898年 カンパニーはコロンブスからシンシナティに移る。Queen City Watch Case Company を買収し、Gruen National Watch Case Company と改名も、DG&S とは経営を分離していた。1900年頃いくらかのムーブメントのドイツ以外での製造を開始。この時期にはDG&S 刻印はドイツ製ムーブメントを用いて製造された時計とスイス製キャリパーのものが存在する。スイス製キャリパーに移行した後2〜3年はダイヤルとムーブメントには様式化した DG&S ロゴが刻印さる。1910年からシンプルに Gruenと刻印された。

 

1922年 The Gruen Watch Company の統合            

フレッドを社長としてD.G.&S とシンシナティーのGruen National Watch Case Company およびスイスのGruen Watch Manufacturing Company of Biel の3社がGruen Watch Company として合併した。

 

以上が懐中時計におけるグルエン時計会社についてのあらましです。

 

<D.G & S について>

 フレデリック=グスタブース=グルエン(1872ー1945)は、シンシナティー大学の機械エンジニアリング科で学んだ後、ドイツのグラスヒュッテ時計協会で勉強。1893年には主席で卒業。在学中はクロノグラフとリピータームーブメントをデザインし作製したといわれています。

 卒業後フレッドは再度ドイツに渡り、アスマン社で製造されたムーブメントをアレンジしてグルエンに供給する契約を交わしました。アスマン社は Adolf Lange の援助を受けて1852年に Julius Assmann によってスタートした時計商会で、特にムーブメントの素晴らしい仕上げで知られています。その後フレッドは1年間ドイツに残り、Paul Assmann を助けながら、アメリカ流に工場の近代化をはかった様です。したがってD・Gruen&Sonラインはアスマン社がプロデュースした最高級品質で出来ています。DG&Sという刻印がムーブにあれば一級品の証拠ですね!ちなみにルクルトのムーブメントを備えた素晴らしいリピーターモデルも販売していたそうです。

 D. Gruen & Son ムーブメントの最初期のものは1894年で、S/N は62000から始まっています。gold poised pallet と gold escape wheel を特徴とする、アスマンによって仕上げられたダマスク模様飾りwinding wheels は伝統的なグラスヒュッテ”太陽”パターンです。これらの初期のグルエン時計は非常にクオリティが高く、美しく作られています。18と16サイズの間が製造され、各々オープンフェイスとハンタースタイルがあり、18と21J バージョンがあります。18J モデルはテンプが容易に取り除けるように extra cap jewel が escape wheel の上にあります。   

 しかし1900年頃、ムーブメントのスイスでの製造にふみきりました。グラスヒュッテの熟練時計師たちは、伝統的な製造方法を変える事を良しとしなかったし、変革は部外者によってもたらされたと憤慨していたためです。1900年後半のムーブメントはすべてスイスで製造されています。これ以降はムーブメントをスイス、ケースとダイヤル類は合衆国で製造しています。この頃から3/4プレートからバーブリッジに変わってます。

 DG&S 刻印のドイツ製ムーブメントを用いて製造された時計とスイス製キャリパーに移行した後2〜3年は、ダイヤルやムーブメントには様式化した DG&S ロゴが刻印されてます。1910年からは単純に Gruen と刻印されています。1900年初頭、グルエンの時計は18から16または12サイズへ縮小させています。次ぎはより薄くする事を目標にしました。  

 普通、時計のムーブメントは4つの異なったレベルで重なりあったホイールとパーツを持っています。VeriThin のムーブメントは伝統的なレイアウトに変化を加えることによって3つのレベルにする事を可能にし、かなりの薄型化に成功しました。1904年頃の事です。サイズでたった7ミリの厚さでした。当時一般的な12サイズ時計に比べ3分の1となりました。初めは珍しかったのですが、ついにはグルエンの最も人気機種になりました。これらの小さく薄い時計は特に18サイズの分厚くて重たい時計に比べるとベストのポケットに入れて持ち運ぶのに非常に快適で、好まれた様です。さらにプレシジョンムーブメントは、レイルロードの精度基準に適合することが保証されていました。

 その他、グルエンで最も高価で有名なのは1924年に50年記念に作られた21Jの10サイズ(40mm)のダイヤモンド2個を受け石に使用した金無垢ブリッジ!で出来たペンタゴンケース(5角形)のものでした。製造個数は600個(ムーブメントが余ったためさらに50個金張りケースで追加製造した)でした。

 稀少で特に高品質なものは1894〜1900年代前半に21J〜23Jのアスマン仕様グルエン(DG&S)を作っていますが、資料ではその特徴でもある4分の3プレート式ムーブのみです。19Jと21Jのスイス式ムーブは1905〜1910年頃のもので、スイスのバイエル付近へ工場を移動した後の作品と思われます。非常に丁寧な作りで、しかもクロノメーターバランス仕様は想像を超えるほどすごいものなので、とても満足できる一品です。

 

<姉妹シリーズについて>

1;SemiThin

 いくつかの古く分厚いムーブも生産は続けられ、SemiThin pocket watch シリーズとなり、当時25〜35ドルであったようです。これらにはプレシジョンムーブは供給されませんでしたが、なかには21J 6調整の機械でケースには ULTRA QUALITY と書かれたものもあります。面白い事に、SemiThin モデルの多くは非常に華麗なケースとダイヤルを持ち、より高価なVeriThin モデルの多くは非常にノーマルと言うかプレーンです。当時で25ドルは安くはありません。Ingersoll 製の様な安い時計は1ドル位で売られていました。

2; UltraThin

 ベリシンのコンセプトにのって作られた非常に高価な UltraThin は5ミリの厚さです。1929年のカタログでは UltraThin は18Kケースでは375ドルから、プラチナ、ダイヤモンドケースでは1250ドルとなっていました。 

3;Ultra-VeriThin

 ウルトラベリシンはウルトラシンに比較するとそんなに高価では無く、UltraThin と普通のVeriThin の間に位置するラインでした。Ultra-VeriThin は Precision グレードで、価格は当時で $100 位です。他のモデルと同様、高価な金属ケースものは跳ね上がります。

4; Very-VeriThin

 良く解っていません。資料を入手しましたら編集しますね。

 

 VeriThinシリーズのおかげで、Gruen はアメリカにおける最も高価で名声のある時計ブランドの1つとなりました。が、日本には紹介されなかったためアメリカと日本でこれ程評価の違う時計も珍しいです。と言う事で日本では比較的安価(同じ機械レベルのパテやバセならゼロの数が1つ違います)に購入出来ますので、みなさんも狙ってみては如何かでしょうか。

 

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