吹奏楽をやっていた高校生がレッスンにやって来ました。その学校は吹奏楽コンクール全国大会の常連校で、もちろん金賞を受賞したこともありますし、その地域の吹奏楽をやっている中学生の間では憧れの高校です。
早速聞かせてもらったところ完全に粘膜依存型アンブシュアで、音を出すのに大変気を使っているのがよくわかりました。限られた音域を限られた音量で、なんとかミスの無いように音を並べている状態です。ちょっとでもしくじろうものなら「すみません」と軍隊調で謝っています。「あなたのレッスンの時間だし、わざと失敗したではないのだから謝らなくてもいいよ」と言うのですが、どうも体に染みついているようです。音を外すのを極度に恐れますし、息も思い切って使うことが出来ません。どうにも楽器が鳴ってくれないし、フォルテで吹いて欲しいところがフォルテにならないので、「バンドでフォルテの時はどうしてるの?」と聞いたところきっぱりと返事が返ってきました。「フォルテは汚いので出さないようにしています。」私の口がしばし開いたまま塞がらなかったのは言うまでもありません。その学校ではそう教えられているそうです。これって何かおかしいと思いませんか?フォルテは汚いって誰が決めたんでしょう。指導者は美しいフォルテを聞いたことがないのでしょうか。それではピアノは?
吹奏楽という形態で音楽をやっているわけですから当然フォルテやフォルテシモの表現があるはずですし、表現しようとするのが音楽ではありませんか?確かに汚い音は困ります。それならばフォルテでも汚くならない方法を、フォルテでも美しい音で吹くためにはどうしたら良いかを指導者は教えるべきではないでしょうか。幸いその生徒さんは、繰り返し沢山練習することはたたき込まれていますので、数回のレッスンで喉の状態、息の流れが歌う状態に近くなるにつれ、アンブシュアも粘膜依存で無くなってきて、思い切って音を出せるようになりました。「その方が気分良くない?」と尋ねると「はいっ!」っと今度は軍隊調でなく明るく嬉しそうな顔でした。技術的なことを改善しようとする時には、失敗を恐れずにという、勇気を持った心が不可欠だと思います。音楽をするのか、ミスをせずに音を並べるのか、目的が違えば技術も変わってきます。吹奏楽コンクールというのは音楽のコンクールだと思っていましたが、どうやら音楽をしなくても金賞は取れるようです。かつて全国大会へ導いたこともある中学校の先生がおっしゃっていました。「どうも近頃は吹奏楽とは別の”吹奏楽コンクール”というジャンルがあるようだ。」と・・・。