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| 祗園NEXUS Last up data 03/09/2000 |
DATA
建物名 |
祗園NEXUS 一昨年の夏の日、アルバイトをしていた僕の携帯に上里氏が危ない、との連絡が入り、北白川の氏の入院されていた病院に急いでお見舞いに行ったことがある。それまでにも病気が重いと言う話は聞いていたが、そのときに、そのことは実感を持って観ぜられた。しかし、最後に触れたその手には、何か、まだまだ消えない何かをもたれていたように思う。僕にとって、今の僕が持っている建築家という言葉に対してのほとんどは氏の生き方をみて得たものだ。建築家とは女好きで酒好き、そして生き方として何者にも縛られず、それでも誰かがついてくる。僕の中では上里氏のそんな印象が、建築家とはこんなのだ、っていうイメージになっている。 |
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NEXUS この建物はもう計画から十三年も経ったこともあり、上里氏のデザインによるものからはかなりの手が外観にもインテリアにも入っている。しかし、まず注目に値するのが、これは新築の建物であるということである。そして地下一階、地上三階の建物である。よく建築の授業では、外観は町のもの、内部で建築をするべきだ、とかいわれることも多いと思うが、それをそのまま具現化したような建物である。 |
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上里氏ほど、玄人好みされる建築家はいないかもしれない。京都の建築家、または文化人と呼ばれる人たちは、その自分たちがよりよく京都を知っていると言う証拠のように上里氏を知っていることを口に出すことが多い。 |
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辰巳神社 彼が一番、はじめに空間の表現に興味をもたれたのは、おそらく彼の父親(上里義三氏)の影響であろう。大映の大きな作品の美術として、活躍され、上里氏もよく撮影現場に足を運ばれたらしい。建築家として影響を考えるならば、おそらく白井晟一氏であろう。彼も何度か弟子入りを試みたようだけれども、結局それはかなわかったようである。しかし、聖拙社の事務所にはいつも白井晟一全集はあったようで、本人もそのことを言うことをはばからなかったようである。 |
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この建物は、当初の上里氏の意図とは少し離れた物となっているかもしれない。しかし、氏の性格を考えると、それに対して何も言わない人だと思う。ここを訪れる人は、こんな人も京都にいたんだな、ってことは思いながら訪れて欲しい。
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