祗園NEXUS

Last up data
03/09/2000

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DATA

建物名
祗園NEXUS
祇園NEXUSのホームページ

 設計者

聖拙社
(上里義輝氏主宰)
上里氏経歴と作品リスト

所在地

京都府京都市東山区
縄手通新橋東入ル


用途
当初はギャラリーなどを含んだ複合施設。今は、レストラン、バー。内観はお客としていけば、問題なし。

周辺地図
祗園新橋

交通手段
三条京阪の駅から徒歩十分。
花見小路から新橋通西入リすぐ。


このページの作成者

炉扇庵
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Itineror
すりらんかなぺえじ

祗園NEXUS

 一昨年の夏の日、アルバイトをしていた僕の携帯に上里氏が危ない、との連絡が入り、北白川の氏の入院されていた病院に急いでお見舞いに行ったことがある。それまでにも病気が重いと言う話は聞いていたが、そのときに、そのことは実感を持って観ぜられた。しかし、最後に触れたその手には、何か、まだまだ消えない何かをもたれていたように思う。僕にとって、今の僕が持っている建築家という言葉に対してのほとんどは氏の生き方をみて得たものだ。建築家とは女好きで酒好き、そして生き方として何者にも縛られず、それでも誰かがついてくる。僕の中では上里氏のそんな印象が、建築家とはこんなのだ、っていうイメージになっている。


NEXUS

 この建物はもう計画から十三年も経ったこともあり、上里氏のデザインによるものからはかなりの手が外観にもインテリアにも入っている。しかし、まず注目に値するのが、これは新築の建物であるということである。そして地下一階、地上三階の建物である。よく建築の授業では、外観は町のもの、内部で建築をするべきだ、とかいわれることも多いと思うが、それをそのまま具現化したような建物である。


巽橋

 上里氏ほど、玄人好みされる建築家はいないかもしれない。京都の建築家、または文化人と呼ばれる人たちは、その自分たちがよりよく京都を知っていると言う証拠のように上里氏を知っていることを口に出すことが多い。
 結局、僕は上里氏とは、僕の記憶のある中では二度しか会ってないことになる。一度目は、彼が今津にもっていた別荘に遊びに言ったときと、その最後に病院にお見舞いに行ったときとである。今津では、彼について、鮎とりに行った。それはそれは上手にとられたのを覚えている。昔、聖拙社は、周山で自給自足の生活をされていたらしく、鮎が一匹取れたら食事をもらえ、ダメなら、飯抜きという生活をされていたらしい。そのような環境の中で、個性にあふれた聖拙社のメンバーは次に向けての自己生成を行ったのだと思う。 


辰巳神社

 彼が一番、はじめに空間の表現に興味をもたれたのは、おそらく彼の父親(上里義三氏)の影響であろう。大映の大きな作品の美術として、活躍され、上里氏もよく撮影現場に足を運ばれたらしい。建築家として影響を考えるならば、おそらく白井晟一氏であろう。彼も何度か弟子入りを試みたようだけれども、結局それはかなわかったようである。しかし、聖拙社の事務所にはいつも白井晟一全集はあったようで、本人もそのことを言うことをはばからなかったようである。


NEXUS 夜景

 この建物は、当初の上里氏の意図とは少し離れた物となっているかもしれない。しかし、氏の性格を考えると、それに対して何も言わない人だと思う。ここを訪れる人は、こんな人も京都にいたんだな、ってことは思いながら訪れて欲しい。
 元聖拙社の方々は今は、それぞれ個人で仕事をはじめられている方も多い。今後は上里氏の他の作品のほか、彼らの作品を紹介できたら本当にうれしいことだ。

 

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