2001年12月31日

さいたま→高崎→渋川→伊香保→渋川→
高崎→さいたま
 
 伊香保温泉−−−僕にとっては憧れの温泉であった。「温泉には坂道と石段がよく似合う」と誰かが言ったように(誰だ)、石段のある伊香保は一度は行きたい温泉だったのだ。そこで弟を連れて行くことにした。
 
 前日は忘年会と称した飲み会で遅くまで酒を飲んでいたにもかかわらず、爽やかな朝を迎えて8時半に出発。ところが最寄駅、さいたま新都心駅で高崎線がなかなか来ない。寒いのに。どうやら遅れているとのこと。20分ほど待ってようやく乗車。
 
 次の駅、大宮でなぜか長時間停車。いやな予感がする。放送によると6時ごろに線路の欠損が発生してダイヤが大幅に乱れていると。今9時だぞ。
 ようやく出発したと思ったら各駅で5分から15分停車。しかもドア開けっ放し。他の客もあきらめたのか、話声はほとんどなかった。
 
 結局、高崎に着いたのは10時半。ここまでで疲れた。上越線も遅れていたらしく、うまい具合に乗り換えた。渋川までスムーズに進む。
 ローカルな渋川駅からバスに乗る。客は6人、伊香保温泉のすぐ近くのバス停で降りたときは僕らだけであった。
 

笛演奏機(?)

大道芸人が使ったという、
縦笛演奏機(?)。
竹久夢二が伊香保を気に入っていたらしく、記念館があったので見に行った。「黒船屋」という絵を見たかったのだが、あいにく展示されていなかった。隣接されていた「音のテーマ館」ではめずらしい古いオルゴールを実際に演奏してくれた。世界的にも貴重なディスクオルゴールなど、現在の技術でも同じものを作るのは困難なところがあるらしい。おまけ的なものと思っていた、「音のテーマ館」の方が見ごたえがあった。
 
 昼時になっており、腹が減っていたので、近くにあった清芳亭という店で湯の花饅頭を購入。おばちゃんがあつあつのやつを選んでくれた。

弟とまんじゅう。

言ってしまえば普通の温泉饅頭なのだが、蒸したては格別。そのあと坂道を登り、峠の茶屋を目指す。変わったカツ丼を出してくれる店なのだ。...が、閉まってた。大晦日なので文句は言えない。仕方なく石段の方へ歩いて食堂を探す。

 バスターミナルを通り過ぎて脇の通りから石段へ向かったのだが、予想外に寂れていた。崩れかけた、もしくは崩れた建物など、アジア旅行で見かけたことのあるような雰囲気だ。人もそれほどいないし、伊香保も不景気でやばいのかと心配してしまった。
 メインストリートとも言える、石段街はまあまあ店が開いていた。とは言え、食べ物屋はラーメン屋とそば屋くらいしか開いていなかったので仕方なくそば屋にする。僕らが行ったそば屋は気づかないようなところにあり、かなり場所で損をしていた。やる気45%といった感じのオヤジが「うちはそばもうどんも手打ちだよ」と言った。
  
石段の脇のまんじゅう屋

石段の脇の
まんじゅう屋。

昼飯を食べて満腹になったので、余裕を持って石段街を楽しむ。伊香保の石段街は戦国時代に作られた、石段を中心とした初めての計画都市だという。
 石段の一番上から500mほど行くと露天風呂があるので、たらたら歩く。それにしても、廃ホテルや営業してるのか分からない店がやたら目に付く。この町は夜歩くと怖いだろう。いっそのこと廃屋は壊して更地にしてしまったほうがイメージが良いと思うのだが。
 しばらく歩くと飲泉所に着いた。一口飲んで思った。錆び水みたいだ。きっと鉄分が含まれているんだろう。大人1日500ml飲むと良いと書かれていた。無茶なことを言う。
 
 途中の道は人とすれ違わなかったが、露天風呂にはけっこう人がいた。雰囲気はぼちぼちと言った感じ。
露天風呂

露天風呂。

しかしながら冷えた体を充分温めることが出来た。帰り道は観光客が増えてきたのか、多くの人とすれ違った。
 神社に寄った後、うろうろしたが寂れているところばかりでつまらなかった。飽きてきたのでバスターミナルに行くと、渋川から来たバスは超満員だったので驚いた。やはり新年を伊香保で過ごす人も多いらしい。
 
 伊香保温泉はあこがれの温泉だったが、石段街以外は、暗いというか汚いというか、悪いイメージが残ってしまった。大晦日という特殊な時期に行ったのもいけなかったかもしれないが、とりあえず今はもう一度行きたいとは思えない。あこがれはあこがれのまま、想像の世界にあったほうがよい場合もあるようだ。

 
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