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June 2001
Exchange: Workshop and Performance Arts Japan-Indonesia 2001
Peformance Art Indonesia-Jepang
Bandung
Yogjakarta
Jakarta

Artists_Anggiat Tornado, Deden Sambas, W.Christiawan, W.A.F, Isa Perkasa, Mimi Fadmi, Tisna Sanjaya, Yoyo Yogasmana (Bandung) Iwan Wijono, Jompet-Ag.Kus Widananto-, Venzha, Geber Modus Operandi -Performer=Ari Wayang, Indra Gendhut Creative & Technician crew=Amrizal Sulaiman, Sigit K. Pius (Yogjakarta) Arahmaini, Yayan Hs -k-Cung- (Jakarta)(INDONESIA) KURODA Osamu, NISHIJIMA Kazuhiro, OKADA Yumiko, SAEGUSA Yukio, SHIMODA Seiji,TANIKAWA Mari, TSUBAKIHARA Akiyo (JAPAN)
Catalogue_
Text1_ DR.I.Bambang Sugiharto, "Peformance Art Indonesia-Jepang : Kejujuran Menelanjang Diri" Pikiran Rakyat, Bandung News Paper, June 2001 : p.19, INDONESIA
Text2_TSUBAKIHARA Akiyo "Indonesia-Japan Performance Art Exchange tour in Indonesia" NIPAF'02 catalogue, February 2002, pp.51-53, ill.

catalogue
total _page
A5 size
category__ performance
key words

Peformance Art Indonesia-Jepang : Kejujuran Menelanjang Diri
文章_ DR.I.Bambang Sugiharto, Pikiran Rakyat

Bandung紙(新聞) 2001年6月14日木曜

正直は自己をむき出しにする

 ひとつの新しいイベントがバンドゥンで開催された。 インドネシアと日本というふたつの国の相互協力によりつくられたパフォーマンス ・アートのイベントである。これは2001年6月6日-8日、バンドゥンのバラック・ギャラリー で行われた。このイベントから、このふたつの国に現在つきつけられているいくつかの 隠された事情をのぞき見ることができる。
 テアトル(演劇などを示す)と比較すると、パフォーマンスアートはずっと簡潔で短く圧縮されている。 だが、より不可解であり、その内容あるいは意味に対する観客の興味を引きやすい。 なぜなら、物語的な方向へ向かうテアトルと比べると、パフォーマンスアートの形態はよりメタフォリカル であるからだ。パフォーマンスアートのこの完全な簡潔性は、意味の広大な可能性のスペクトラムを 開くことができる。
インドネシアのプロフィール
 それが同時的なことかどうなのかは明確ではないのだが、このフォーラムに集まった インドネシアのアーティストは、困難をかかえたインドネシアの社会文化の状況をパ フォーマンスを通して示す。興味深いのは、例えば現在この国の価値観が普通では考 えられないほどにひっくりかえされていることがはっきりしていることである。頭は 性の部分となり、性は頭に移動する。すべての思考は快適さの追求に隷属され、すべ ての欲望は生活の思考を支配している。
 クリスティアワンは「ハイク」というかざりを排したひとつの形をとおしてそれを示す。赤と白のアンダーウェアを脱ぎ、それを頭にかぶる。イサ・プルカサは、彼の前 に立つ空の皿を持ち目隠しをされた人々を放っておきながら、メラプティのインドネシア国旗のテーブルクロスをかけた机の上でひとり食事をする。空の皿を持たされ目 隠しをさせられた彼らは感覚を遮断され、食欲をそそる魚の干物とペタ(豆の一種)のにおいを嗅ぐことしかできない。これは「互いにつばをはきかけるデモクラシー」 だ。デデン・サンバスはこの極度に不安定な状況からの、そのシリアスな衝撃により迷わされている。彼の表現は劇的だ。ひとつのイスを動かし、それを壁に向かって突進させる。続いて、輪ゴムで縛られた舌と顔で「美しい私のインドネシア」という歌 詞のインドネシア国歌を歌う。暴力を受けたイスの軋む音とその破壊、苦しそうで悲しい彼の歌声にしたがって、つつましく簡潔にこの不安定さが充満する危機の中でな んの力も持たない犠牲者である私達を怒りへと直面させる。この「不安定の論理」と名付けられた作品は本当に衝撃的だ。
 いずれにしろ、もっと深い階層での私達の問題は、揺れ動く自身のイメージと自身の 価値や、人々が突然気付いた、お互いが義務を持つもとにとまどいを感じながら宗教 を信じることとなる。この今日の葛藤と同族意識はそれを問題化する自身のイメージと価値を示す。アンギアト・トルナドは緊張と裸でこれを描写する。何人かの彼の友 人が衣服を脱ぐように命じられる。続いて彼がコーヒーを飲み煙草を吸う間、彼らは 観客によってニーチェやマルクスの写真を貼られるか顔になにかを殴り書かれたりす る。これは分類化に対するひとつのパロディだ。ミミ・ファダミはまた異なる。彼女 は自身を「手術」の上にほうり出す。彼女の透明な服には、なにが彼らに自己の価値 を持たせるのかについての文章を縫われる。セッティングは病院のようであり、縫い 糸は彼女自身の髪の毛である。「自己の価値の移植」と名付けられたこの手術は「す べてのあなた自身の価値を私にください」と終わる。これは、今危機に見舞われてい る自己の価値の問題化である。皮肉ではあるが知的で、彼女のより深い次元を開くポ テンシャルを持っている。おそらく自己の価値とは、私達が近づき影響を与える他人 の目の中の私達のイメージにすぎないのだ。
 私達がいる状況は常に必ず失望の視点から見られているわけではない。幾人かはまだ 未来をのぞき見ることができる。ヨヨ・ヨガスマナは花をつけた彼の子供と気持ちよ さそうに遊ぶ。その遊びは、子供をロープで巻くという実は危険なものである。この 作品「next generation」は、私達の悪意によってわなにかけられ重荷を背負わされ ることを強制される次の時代の世代に対する私達の不安をたちまちのうちに浮かび上 がらせる。アラフマヤーニは時折火のついたロウソクを観客に配りながら、床をはい まわり息を床に吹き付けることで床をきれいに掃除していく。「Violence no more」というこの作品は、しばしばそれが途方もないものに感じられる努力となかなか大き くならない希望の無力さの間のせめぎあいを力強く悲劇的に描く。兵舎に種をまくティスナ・サンジャヤは儀式的でミステリアスだ。その柔軟と成長の希望は硬直した冷 たい兵舎という文脈に置かれることによってより切迫し心を動かされる。
日本の不安
 日本のアーティスト達は、より個人的に自分自身へと向かう。
 このフォーラムには、黒田オサム、設楽玲子、谷川まり、サエグサユキオ、椿原章代、霜田誠二、岡田ゆみこ、 西島一洋の8人の日本人アーティストが参加した。およそ15分の間、ただ何も声に出さずに椅子に座るのみという サエグサのパフォーマンスが興味深い。彼が何を考えているのかは明らかにされない。以前の彼の発言によれば、 パフォーマンスアートは「頭上の紙製の地球儀と足下の空を飛ぶ泥のボールとの遭遇だ」という。 彼の意図するものを推測してほしい。椿原章代もとてもおもしろい。彼女の友人の顔が描かれている幾つかのクッションの 間に横たわり、自分自身と他人との関係を描写する。その後、彼女は透明な買い物袋を通して観客を覗き、 向こう側の彼らを描く。買い物袋は、私達は今までに会った様々な人達を様々な領域に分類していることを思い出させ、 そして私達自身をもその分類の内へ入り込ませている。買い物袋は、 今日の美術の商業的世界の中の自身を理解するための格好のイディオムになっている。霜田誠二は、セロテープを選び、 頭にアラームを設置し、裸になり踊るといった多くのアブノーマルな行為を行うことで自分自身を理解しようとしている。 彼は私達を超私的で困難に満ちた世界へと誘い、複雑な均衡を探して奮闘する。彼は個人的な痕跡をここに残した。 西島は、私達を根本的に内省させる地点にまで運び全てを終わらせる。彼が生まれる以前からおそらく存在する 原記憶という形を与えられた古い記憶を掘り起こす。電球を揺り動かし、電球の下に氷を溶けるまで置き、光を発する 小さな物をひねり曲げ、全ての服を脱ぐ、等のスペクタクルを見せた。
 これらのパフォーマンスアートのイベントで、インドネシアのアーティストは混沌とした社会文化の存在の中で、 日本のアーティストは個人的な困難の存在の中で、むき出しの自身を映すようなものに向かっていた。これは カタルシスの瞬間で、意味を超越する瞬間でもある。
Translation_ 大久保

Balak Gallery, Bandung

magazine,
TSUBAKIHARA's performance
INDONESIA

magazine(other month)

Tisna Sanjaya

Arahmaini

Yoyo Yogasmana

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