できごと
1922年 8月19日 東京日本橋矢ノ倉の商家に生まれる。
1943年 9月 東京女子大国語専攻部を、戦時のため繰上げ卒業する。
1943年 文部省教学局国語科勤務。
1944年 NHKの第16期アナウンサーとなり、空襲下のマイクを守る。
1945年   敗戦を機に退職。
1946年 5月 近藤新治と結婚。
1963年   「週刊朝日」のルポに特選入選。
1968年 7月 『永井荷風文がたみ』を宝文館より刊行。これが最初の著書である。
1974年 10月 『文壇資料 本郷菊富士ホテル』を講談社より刊行。
1975年 9月 『文壇資料 田端文士村』を講談社より刊行。
  3月 『十二単の世界』講談社の企画編集に参加し執筆。
  10月 『文壇資料 馬込文学地図』を講談社より刊行。
1977年 9月 財団法人「民族衣裳文化普及協会」の設立に参加し、理事となる。
1978年 5月 『花蔭の人』を講談社より刊行。
1979年 10月 『なぜ自立なのか』を海竜社より刊行。
  11月 「王朝継ぎ紙研究会」を設立し、主催者となる。
1980年 10月 『鹿鳴館貴婦人考』を講談社より刊行。
  12月 『大正のきもの』民族衣裳普及協会を責任編集する。
1981年 10月 『枯木に花の物語』を講談社より刊行。
    NHK朝の連続ドラマ「本日も晴天なり」のモデルとなる。
1982年 4月 『服装からみた源氏物語』を文化出版局より刊行。
  5月 『相聞』を中央公論社より刊行。
1983年 3月 女流文学賞を「東京創作集団」より受ける。
  11月 『モナ・リザは歩み去れり』を講談社より刊行。
1984年 4月 『愛 一通の手紙』を主婦の友社より刊行。
  6月 『色かくし』を文化出版局より刊行。
  11月 『宵待草殺人事件』を講談社より刊行。
1985年 2月 『王朝継ぎ紙』を毎日新聞社より刊行。
  11月 『装いの女ごころ』を講談社より刊行。
1986年 4月 武蔵野女子大学教授となる。
  7月 『鹿鳴館殺人事件』を中央公論社より刊行。
1987年 7月 『待てど暮らせど来ぬひとを』を講談社より刊行。
  11月 『愉しい王朝継ぎ紙』を海竜社より刊行。
1989年 5月 『夢二暮色』を講談社より刊行。
1990年 2月 『自分を磨く女の心わざ』を海竜社より刊行。
  4月 『信濃追分文学譜』を中央公論社より刊行。
1991年 1月 『きものがたり・今昔』を講談社より刊行。
1992年 12月 『紫式部の恋』を講談社より刊行。
1993年 3月 武蔵野女子大学を退職。
  9月 『ロスコ』講談社に「うつろひの美学」を執筆する。
  10月 『移り行く姿』を彩樹社より刊行。
1995年 3月 『矢ノ倉は水の匂いにつつまれて』を都市出版より刊行。
1996年 2月 『永井荷風の愛した東京下町』JTBに監修執筆する。
  6月 『近藤富枝の王朝継ぎ紙』をハクビ出版局より刊行。
  7月 『近藤富枝と読む源氏物語』を主婦の友社より刊行。
  11月 『文豪の愛した東京山の手』JTBに監修執筆する。
1997年 6月 『色に聴く』をハクビ出版局より刊行。
  9月 九月より翌年一月までNHK趣味悠々「きものを楽しむ」に連続出演。
  11月 『夫と妻の元気な老い支度』を海竜社より刊行。
1998年 11月 「本郷菊富士ホテル」が「芸術座」(東宝)により上演。
  12月 『近藤富枝のきもの優遊』を講談社より刊行。
1999年 3月 北区区民文化賞を受ける。
  12月 『老いのくり言、笑うなかれ』を講談社より刊行。
2000年 1月 『江戸の花女御』を毎日新聞社より刊行。
  2月 『近代日本文化論 第八巻 女の文化』岩波書店に「近代女流とレスビアニズム」を執筆。