2002年4月-9月オランダの社会変容とSTS:EU小国の「内向き」現象 (塚原東吾)
以下、東京大学・藤垣研での報告(10月)へのつけたしなどを記す。
(経済状況)
ユーロの導入があり、ヨーロッパの小国が、「(大)ユーロ圏」の構成部分になっている。
オランダは、好況(ドイツのかつぎやさん・EUの流通の拠点)であり、インフレ傾向が続いていて、不動産の高騰・物価の上昇がみられる。しかし、一般の民衆のあいだで、これは不満を生むというより経済に適度な活性を与えていて、若年層への住宅政策の成功していたオランダでは、不動産の高騰も、可処分財産の増加と解釈されている。また長年の問題であった、失業率は現在、ほぼ0の状況になっており、数字のうえでの社会状況は好転している。これは、通貨の転換による、ある種のユーフォリズムの蔓延であるかとも考えられる。
それであるがにもかかわらす、市民のあいだには、ある種の「不満」が募っている。経済に特定されない、「もっともっと症候群」・「過剰な消費志向」かとも分析できる。
ワーク・シェアリング(オランダ・モデル、ポルダー・モデル)の成功とゆきづまり、失業保険(労働不能手当て)のばらまきの問題点などが指摘されている。
また、外国人による犯罪・詐欺の増加、そして実質的な社会主義体制による教育・医療の質(と量)の低下は深刻化している。これらは、いわゆる、「長いウェイティング・リスト」の問題であり、一般的な経済指標では表れてこない、お金ではままにならない社会生活の問題として、大きな問題となっている。
(政治状況)
5月には、総選挙がおこなわれたが、それに先立つ新右翼のカリスマ・リーダー、ピム・フォルタインの暗殺が、オランダの政局に大きな衝撃をあたえた。彼は、Ph.D.で社会学者、元マルキスト、ゲイで洗練されていて人種主義をとらず、移民政策も「人権」「女性解放」を旗印に「フル・イズ・フル」の同化政策をとるなど、一概に、「新右翼」や「極右」とは言えない複雑でネオ・リベラルなスタンスをとる政治家であり、彼の出現は、オランダの21世紀の政治状況の難しさを端的に表している。彼の暗殺に引き続くフォルタイン党(新右翼政党)の躍進は、大きな変化を与えたが、これは、一エピソードとして、重要であると考えられる。このことは、労働党がこの10年間の国家運営・経済政策に、成功をしてきていたが、その社民路線の労働貴族・官僚的な側面が批判を受け転落したことと対になって理解されよう。
このことにより、あらたな中道右派キリスト教民主主義路線のバルケンエンデ内閣が成立した。
この内閣は、環境政策などに、きびしいスタンスをとるものである。これは、「素人の内閣」とよばれており、発足当初から、運営能力に問題点が指摘されていたが、報告者の帰国直後、フォルタイン党内での内紛で崩壊との情報が入っている。年内にも再選挙との情報もあり、政局は混迷している。
このことは、一エピソードとして、重要である。特に、外務大臣ポストの地位と重要性の低下が顕著となっている。また、開発協力担当相や環境大臣のポストの実質上の消滅は、オランダのSTSに大きな影を投げかけている。要職の位置づけの変化は、またユーロ・ビューロクラットへの人材の流れともなっていることが指摘されている。
これらのことは、オランダのセルフ・イメージの変容かと考えられる。いわゆる、小国・直接民主主義から大ユーロ圏のブルジョア(市民)層にという、オランダ市民層の意識変容の反映かとかんがえられる。
(外交および、対外政策の状況)
9・11の後遺症はオランダでも大きいが、イギリスのプードル化への批判も鋭い。伝統的な親米・親英路線に変化が見られる兆しかとも考えられるが、自由主義経済、特にヨーロッパ大陸での貿易に関する自由主義を標榜する先端であったオランダにとって、難しい選択が迫られているところであると考えられる。
また、伝統的な親イスラエル・シオニズムの退潮は、激化するパレスチナ問題を軸に、ある種、見て取れる。
オランダ国内で、国際的なテロの温床になっているという指摘のある、マスジットやイスラム学校に対しては、厚遇政策への見直しが、フォルタイン党、VVD(自由民主党)を中心に主張され、オランダの世論を動かすにいたっている。
これは、オランダへの移民への同化政策の強化、特にモロッコ人をターゲットにしたものとして展開されている。しかし、あるエスニック・グループへの同化政策、犯罪の取締りの強化などといった政策の推進が、「女性解放」とか「市民的権利の拡張」とかいうレトリックをとっているところがオランダ的である。
また、難民にも厳しい基準が適応される方向性にむいている。
これは、ヨーロッパ各国での社民の敗北のなかで踏みとどまったドイツとの関係を対照にしてみると、オランダの特色がよく現れている。
(社会・文化状況とSTS)
本年は、オランダでのVOC 400年にあたるが、植民地的過去、奴隷貿易、武器商人などの負の側面を徹底的に覆い被せるかたちで、「地球上初めてのマルチ・ナショナル」、「エキゾチズム」や「オリエンタリズム」が称揚され、これらの表象形態が無邪気なまでの自己賞賛として展開していることは、自制と自省の国であるはずのオランダは、すでに存在していないのではないかというほどであった。
もちろん、カウンター・ムーヴとして奴隷解放モニュメントや「死の商人」の展覧会があり、新聞各紙(高級紙)では、これらの自讃的な歴史観を批判する論評がじゃっかん見られたが、しかし、全体には盛り上がりに欠け、大衆紙では、露骨なナショナリズムの鼓舞があらわれ、「ウィッグ史観」が全開の観があった。
これは、イギリスのクイーン・ジュビリウムのケースを参照にすると、ひとりオランダのみならず、世界的な「内向き傾向」のひとつとも考えられる。イギリスでは、大英帝国への臆面もない賞賛が繰り返され、あまりに恥ずかしいポップ・コンサートや「ミック・ジャガーへの爵位」まで、ブラック・ジョークとみまがう状況がうまれている。これら、いわゆるウィッグ的な歴史解釈は、世界共通の流行現象であるという考え方も成り立つかもしれない。
(STSの状況)
上記のオランダ社会の変容をふまえ、大枠でいうなら、「市民社会型からユーロ提言型へ」という転換が生まれていると考えられる。これは、もしくは直接的なアマチュア・生活者の発言から、プロフェッショナル・専門家の政策関与になっている状況がうまれている。
これはある種の成熟であるとみるか、ユーロ圏へのスケール・アップにともなう変容であるとみるのか、解釈は多様に可能であると考えられる。
科学技術をめぐる意思決定で、オランダが先進的に展開してきた、直接民主主義の状況は、崩壊とまでいわないにしても、かなりの停滞状況をむかえている。たとえば、サイエンス・ショップなど、市民運動の停滞は、資金面でのカット(国内への直接の流れから、ユーロ圏を通じての流れに転換している)による。
またよく知られた環境問題への取り組みについても、すくなくとも、オランダでは、停滞しているという印象がある。これは、国内向けの資金が、ヨーロッパ経由になったことで、ある意味、競争的になっていること、それによって、競争的な資金を取れるだけの「市民グループ」、もしくは、アカデミック・グループのみが資金などにアクセスがあるというかたちになっていると分析できる。これは、ある意味で、プロフェッショナル化しているものとも考えられる。
オランダで、プロフェッショナル化(その問題点)として指摘されている事件として、ヴァーチャル・データをめぐるコントラヴァシなどが、スロイスによる秀逸な論文となっている。
また、バルケンエンデ内閣の自由民主党ロビーは原発を再度計画化するなど、いままでの環境政策は後退を余儀なくされている。
(STSと教育)
理科教育の再編は、STS的な試みとして「一般理科」(中等学校向け)でのSTS教育として、行われているが、端的にいうと、どうやら、失敗のようである、もしくは、それほどの成果を上げてはいないようであると考えられる。多くの問題点、たとえば教員の資質や専門的な背景、さまざまなディシプリンからの寄せ集め的な編成、さらに科学史・科学哲学などのティーチングマニュアルの欠如、などなどが指摘されている。
(大学とSTS)
その結果、さまざまなMAコースで、STSがテーマとされて、速成的なSTS教育が展開されている。これは、マネジメント・モデルにそったもの、いわゆるMBA的なものをSTSの名の下で展開しようとしているものと考えられる。すなわち、2年のパッケージでのヴォケーショナル・トレーニング、資格の付与、教育の産業化、産業の教育部門の代替え、などが目指されているものと考えられる。
これに対して、科学史・科学哲学は、ある種のアカデミック・プロフェッショナル化している方向性がある。これは、オランダ科学史の成果を英語でのパブリケーションにするという「パブリケーション・インダストリー」としての再編でもあると考えられ、社会運動へのコミットメントは、ちょっと、ここを拠点にしては、やりにくくなっている。
以下に、STS関連のオランダの諸大学・諸機関の事例をあげる。
科学哲学がSTSのMAコースに介入している例:ライデンSTSセンター、もともと、科学計量学などが強く、社会学の系統と、ユトレヒトと同様、なぜか、化学の系統が強い。
技術倫理:デルフト。デルフトの技術倫理は、ヨーロッパの中心的な位置にある。
マネジメント:マーストリヒト(ユーロクラット)とアイントホーフェン(フィリップスのマネジメントスクール)
ユトレヒト:化学を中心にしたSTTS
アムステルダム:サイエンス・ダイナミックス。反体制的な傾向性の強いSTS
(オランダのSTSで特に指摘すべきポイント)
オランダのSTSで、特に注目すべきなのは、「ミッション・オリエンテッドネス」としてアカデミックSTSの再編がなされていることである。例としては、ユトレヒト大学のSTS が挙げられる。ここは、従来の大学のディシプリンというより、サステイナブル・ディヴェロップメントをめざすプロジェクトの寄せ集めである。
ここでの若手の注目株としては、ファン・デア・スロイス(b.1965)があげられる。同氏は、政策提言型の研究プロジェクト、特に「不確実性のマネジメント」を標榜したいくつかのプロジェクトの中心人物であり、特に環境問題、なかでも地球規模での気候変動をどのようにマネジメントするかを研究するプロジェクトを運営している。(以下の論文を参照。)
Uncertainty
assessment of the IMAGE/TIMER B1 CO2 emissions scenario, using the NUSAP method
(2001), Dutch National Research Program on Global Air Pollution and Climate
Change.
同氏らの依拠する理論的な枠組みは、ジェレミー・ラベッツらの「ポスト・ノーマル・サイエンス」、いわゆる『フューチャーズ』誌のグループの提唱するものである。
日本では、これら、「ポスト・ノーマル・サイエンス」の理論的な枠組みは、あまり紹介されていないので、今後、検討してゆきたい。ラベッツによると、哲学的にはクーン的なノーマル・サイエンスでは計りきれないものとなっている現代の科学のあり方を論じるもので、社会学的には科学をめぐる政策決定のあり方に「拡大されたピア・コミュニティ」を持ち込むことが「ポスト・ノーマル・サイエンス」の概念である。これらの基礎理解のもとに、科学技術の問題のなかの、「不確実性 uncertaintity 」や「閑却視 ignorance」を、いかに運営management し、統治governanceしてゆくかを論じている。
ポスト・ノーマルの一連のグループは、ユーロ圏の環境・科学政策に深くコミットしている。(以下の論文を参照。)
Anchoring
amid Uncertainty: On the management of uncertainties in risk assessment of
anthoropogenic climate change (1997)
「ポスト・ノーマル・サイエンス」派については、サルダールなどの緒論にも、ヨーロッパでの科学論の現在の到達点であるとして中心的に論じられていたものであり、今後、注目をしてゆきたい。
(結語)
これらをまとめると、オランダのSTSでは、以下のことがいえる。
@ 直接民主主義的な科学政策への市民によるコミットメントの活動は停滞している。
A 研究の内容は、ユーロ圏レベルでの政策提言を意図したものが顕著になっている。
B 制度化・教育面では、試行錯誤、ユーロ圏での調整の段階であると考えられる。
C 全体の潮流は「ユーロ内向きかげん」といえる。
D 「ポスト・ノーマル・サイエンス」などの枠組みを利用した具体的な政策提言などに、顕著な先進性が見られ、日本からの対応が望まれている。
(以上)
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