■2007.10.26.
「古畑任三郎」の骨董鑑定人の回だったと思いますが、「物の価値は各々によって違い、例え贋作であろうと自分にとってはそちらの方が本物より価値がある」という様な台詞がありました。そう、「価値」というものは、それそのものよりも、あらゆる事象が影響し合って個人の中で形成されるものなのです。
国仲涼子さんがドラマの宣伝で「くりぃむナントカ」と「ぷっすま」に出演なされておりました。最近、国仲さんは髪をバッサリいかれたようで、ショートカット好きの僕の心にどストライク、かわいさ大爆発の様相。そんな様相の国仲さんが、バラエティで様々なバリエーションの笑顔された上、「ぷっすま」に至っては必殺のカウガールコスプレまでされて、僕としては今週はほくほくの国仲さんウィークだったわけです。
その国仲さんが宣伝なさっていた「男の子育て」というドラマ自体は、多分テレ朝以外の民放が全部倒壊でもしない限り観ないですし、例え何かの間違いで観たとしてもその 1 時間を未来永劫後悔し続けることは恐らく間違いないのですが、それでも「どストライク状態の国仲さんを『宣伝』という名目でバラエティに出した」という一点に於いて、この「男の子育て」というドラマは、僕の中で「存在する価値があるドラマ」と言えるのではないでしょうか(問いかけ)。
そういう風に考えていきますと、しっかりと「毎週予約」をした上、がっつり観続けているにも関わらず、2 週連続で 1 時間を後悔し続けているドラマ「ハタチの恋人」に関しましても、どんなにドラマが面白くなかろうと、どんなに間延びしていようと、「このドラマの番宣番組でさんま師匠と鶴瓶師匠が共演するきっかけを作った」という一点に於いて、価値があるドラマと言えるのではないだろうか? と思えてきて、どんなに演出家が「アドリブ」という名のサボリを続けていようと、「あの共演の機会を作ってくれたんだ……」と思えば、笑って許せるというもの。
……………という風に考えてまでさんまシンパを続けようとする自分って健気! と自画自賛するのが最近の精神安定法です。早く終わっちまえ「ハタチの恋人」。


