僕のそしり
-MY REPROACH-

てとぅやこむろ(掲載No.27)


 先日、決定的瞬間のテレビを見た。その2時間弱の間に、事件の当事者が、大根役者さながらの危機迫る演技をし、事件の様子を再現し、後日談をかたるというものがあった。実際、再現できるのだから、九死に一生を得たものがほとんどである。

 ここで、そのようにTVに出ている訳だから、はした金をもらっていることは明らかである。(命が助かっただけではもの足らずか!)と僕の辛辣なそしりは免れないだろう。

 まず、彼らの後日談より、僕のコメントを導き出す。まだ小学生にもならない子供がない頭を絞ってレスキューに電話をしたことについてこう言っている。「当たり前のことをしただけだよ。」と。笑わせんじゃねーや。そんな背伸びをした意見なんて聞きたかーねー。

 そもそも、そのような事件が起こるのは少なからず本人の過失が存するのである。

 例えば、ある事件では、ピクニックに行こうと、子供たちを車に乗せ、さー出発だというときに忘れ物に気づき家に戻った。すると、何かのショックでギアが入り、子供を乗せたまま、車が湖に水没するというものがあったが、そもそもエンジンのかけっぱなしが原因である。(馬鹿っちゅーもんずらよ<管理者注:山梨方言「馬鹿と言うものだろうよ」>

 エンジンのかけっぱなしで思い出したが、パチンコ最中子供蒸し焼き事件がある。これは、親がパチンコに熱中のあまり、運悪くエンジンがストールした結果、子供が高温の車内で脱水症状で死んでしまうというものである。しかし、パチンコに1万勝っていればプラスマイナス0でいいんだが、負けてたときはかける言葉すら見つからない。何つってもダブルパンチだからね(モンキーパンチと従兄弟の関係)。

 以上のことから、TVに出るということはそれだけの覚悟が必要だということだ。

 僕のそしりは痛くもかゆくもないがね。

私の奇跡体験

かゆかった