屁の国へようこそ 〜小学校編〜
-WELCOME TO "FART WORLD" Chapter 1-
| 「屁の国へようこそ」 比較的がっちりとした体つきの男は、片尻をあげながら厳格な面もちで誇り高く言った。 確かにそれは日本語ではなかったのだが、そういった小さなことはこの際問題ではないんだな、と、その一言を聞いた瞬間に直感した。魂のレベルでの会話が既に成立していた、とでも言おうか。とにかく俺はその男と5時間ほど話し、ここは俺のいるべき場所ではないのだ、と思うに至った。 5時間の間、彼は相槌変わりに屁を焚いていた。 何でも、その男は愛国心が非常に強く、祖国のためになら命をかけることはいとわないらしい。 こんな話をしてくれた。 かつて小学校時代(日本にいたころ)、彼はいじめられっこだったのだそうだ。 彼は祖国の習慣にしたがって、授業中発言したいときは片尻をあげていた。 教師も、また周りの児童達も困惑の表情を隠さなかった。 みんな思っていた。 「片尻あげるならひれよ、ひらないんだったらあげるなよ」 でも民族土着の文化はそうそう抜けるものではなく、業を煮やした教師は廊下に出してしまった。 彼は自分の国が恥ずかしく感じるようになったという。 誇りを持つことができなかったのだ。 悔しさに涙がでた。 「何で俺だけがこんな目に、、、、」 彼は恥ずかしさと失意のあまり自殺まで考えるようになっていた。 帰りたい。家にはやく帰りたい。 いつしか彼は全てのことに対して無気力になり、アパートに閉じこもっては薬草をふかし、養命酒に明け暮れる毎日を送るようになっていた。 酔うほどに強烈なノスタルジアが彼の胸を締め付け、ある日思わず父親に電話をかけた。 「パパ、僕もうだめだよ。帰りたいよ。」 「息子よ、お前は今国を恥じているだろう。しかし私には分かっている。お前が恥じているのはこの国ではなく、祖国をさげすむお前自身じゃないのか?思い出せ、お前の育った故郷を、出会った友を、そして家族を。はずべきものが一体どこにあるというのだ?」 彼は頭をガーンと殴られた気持ちでいた。 日本へ出発する日、電車の窓から見た友--涙を流す者、黙ってうなずく者、いつまでも走って追いかけてきた者--を思い出すと、涙が止まらなかった。 それまで抱いていた祖国を卑下する気持ちはそのまま悔恨へと姿を変え、自らの精神の根幹を築き上げた祖国での生活、友との交流は、屁僑としての責任感として、強く心に刻み込まれていった。 彼が変わったのはそのころからだろう。 シャワーを浴び、散髪をし、髭を剃り、洗濯をし、部屋を掃除した。 彼は学校に復帰する。 誇りに満ち溢れた彼をもはや誰一人軽視することはなくなっていた。否、むしろその変わりように惚れ惚れするほどであった。 っていうか同一人物だと思ってはいない者が多かったようである。 彼は日本の文化も理解しようとつとめ、屁の国の文化も理解してもらおうと必死だった。 まわりの者も、彼が誇る屁の国の文化とはどんなものかと興味を持ちだし、相互理解に至ったという。 そんな小学校時代の歴史をもつ彼に今年の4月、出会った。 最初に出てきた言葉は、この夏に彼の故郷を訪ねた時のものだ。 彼の話はまだまだ続くのだが、それは追々話していきたい。 無邪気に笑う彼に、前歯はない。 |
つづく |