HPD教団とは

 
一線を画した真摯な姿勢でありながら、異常に熱く愛を叫ぶ集団。
その熱さで各現場を席捲し、一部では一目置かれてるという噂の超現場系集団www

設立から現在に至るまで

 
現場的には1999年3月からヲタ活動をしていた団長ひろにぃ。
かたや、2000年9月からヲタ活動をしていた副長(当時つ○じ○)
団長側にはき○の(東京支部長、現ペキ)、監査役(引退)、副長側にはの○じ、で○君が居て初遭遇。
そのいきさつを少々w

2003年8月31日に名古屋で行われたごっちんのプリゴーでの握手会。
計6回廻しで行われたイベ。
2回目イベの際、偶然にで○君と通路挟んでヨコ連w
お互い負けじとガンガンに燃えててw
話を聞くと同じ兵庫から来たと。
で、同じく大阪からも連れが来てると。
そこで、副長、の○じと初対面。
初対面なのに延々話し込んで意気投合w
おかげでぺキ、監査役をほったらかしてる始末w
この辺は今も変わらずかなwww

俺は2回目と6回目の参加券を押さえてて、副長は2回目のみで帰る事に。
ただその時点で6回目の券を手に入れるチャンスはあって、
ご存知のように初対面の人間にケツ叩きwww
「(6回目)逝けるのに、逝かなあかんやん!」ってw
でもその場はそのまま解散。

しかし副長の心に何か感じるものがあったのか、その後1本の電話が。
「やっぱり参加したいんですけど、なんとかなりませんか?」
俺のケツ叩き、副長の決断、これが今に至る今後の流れの全てを決めたと言っても過言では無いかもw

早速交渉し、無事6回目の参加券GET。
でもこの6回目に入ったのは俺と副長だけやったけどw
後は帰ったやつは除いて、ぺキらは外で待っててくれたわけでw

最初6回目は追加で急遽決まった事もあり、
曲披露も無く、握手のみって事やったけどそこはさすがごっちん。
プリゴーもちゃんと歌ってくれたよ。
しかもそれまでの回とは違って私服でw
まさに至福の時www

話は逸れたけど、その後副長とは一緒に帰って。
そこからは後の予定を聞くと参戦する現場もほぼ全て同じw
当然の如くほぼごっちん絡みw
そうこうしてるうちに気も合うし、考え方、方向性も同じだったので、
これは一つの形として何か出来るんじゃないかと。
そこで2人で討議に討議を重ねてwww

HPD教団設立

HPDは“ハロプロ大好き”の頭文字を取った略w
教団はそれぞれに愛する女神(推し)の存在がいて
崇拝するって意味も込めてw

それを決めた日が、2003年10月9日

その後、ぺキ等他の人間に連絡して事後承諾w
こういう形で作って、これで逝くってww
この姿勢も今も変わらずw

その後は各現場へガンガン参戦し、今に至ると。

余談やけど作成したものの代表作にD3、D3Cなどw
D3とは“誰でも、大好き、ドンジャラ”の頭文字を取って。
ハロメンをモチーフにして麻雀とドンジャラを融合させたゲームを
ちゃんと牌で作って作成w
D3Cはそのカードバージョンw

何かに付けていろいろ作成してるけども、
図式で言うと、俺が案を考えて、副長が製作するといった感じ。
それを表すのによく使う表現やねんけど、
北斗の拳でいうところの、団長=武論尊、副長=原哲夫、と言った感じwww

各現場で会い、波長が合った者、
或いは俺が強引に引き込んだ者w
等で構成された集団。
俺がメロン、ごっちんを主体に参戦し、先陣切ってガンガン逝ってたんで、
そこからの流れでの面子が多いのはご愛嬌w
兵庫本部を拠点として全国各地に支部が存在し、
メロン組、ごっちん組、娘。組、ガッタス組等各組から成り立っている。

この集団にいるのに必要なものは何かと言われればただ一つ。

“熱い気持ち”

ただそれだけ。

今も各々が各現場で熱い気持ちと共に走り続けてる。。。

団訓 (団長のポリシー)

 

“迷ったら、逝け!”

“無理せず、無理して”

“推しは被せて、なんぼ”