当企画の従業員


 

みず
最古参であり 優秀な秘書です。
とにかく 優秀です。
こんな
いい匂いの犬は ほかにいません。
みず の写真館お〜ぷん。

光合成隊員

ほんの一部

ほかにもたくさん控えています。
ほんとにたくさんです。

エコロジー担当


みみちゃん
給料は いらないそうです。
でも 賄い付き。

夏の風物詩


金魚すくいの金魚
近所のスーパーの 夏祭りで200円ですくった。
たしか3匹しか すくえなかったはずなのに
お店のおじさんが 袋に入れて 渡してくれたときには
6匹くらいに 増えていた ふつうの金魚すくいは 逆だと思うのだが・・・・・・・・・。

後日談。

死にました。
赤いワキンが 一匹だけ 生き残っています。
どうやら 水槽の環境が 悪いようなので むすめのバケツで 避難生活を続けています。赤いバケツに 赤い金魚なので どこにいるのかわかりません。

10/03/2001 16:44 追加
写真で紹介した金魚さんたちは ワキンが一匹だけ生き残って
のこりは全滅。
半年くらい 忘れ去られていましたが 暖かくなってから 観察用のプラケースに移して
人目に付くところに置くと どんどん 大きくなりました。
今年も 夏祭りで 金魚すくいをしましたが 一匹もすくえず
だけど 5匹くらいもらいました。
でも ばたばたと お亡くなりになり 今は ワキンが一匹残って
去年からの ワキンと二匹で ちゃんとした水槽で 泳いでおります。

しかし・・・・大きさが すさまじく違う。
写真で 紹介できればいいのだが。なかなか 金魚は うまく撮れないんです〜

 

実家の犬


正確には 実家のとなりの となりの犬。
しかし なぜか つろりれの実家につながれている。つい最近まで 野良犬だったらしい。それを保護した となりのとなりの人が なぜか 実家につないでいるらしい。細かいところは 当事者ではないので 不明 とにかく ある日実家に 帰ってみたら 大きな犬がいて びっくりした。

2002年6月4日
だいぶ前に、お亡くなりになりました。
最初から、咳をしていたので、フィラリアにかかってるよと、飼い主さんにも言っておいたのだけど
「ふ〜ん」で済まされ、だんだん弱って死んだそうです。

あひる

15年くらい前 つろりれが 突然 うずらを飼いたくなって ペットショップに行ったが そこにいたあひるの雛が かわいくて つい 買ってしまった。しかし可愛かったのは 数週間で すぐに 「がぁがぁ」言うようになって 一緒に飼っていた ミニ兎をいじめたりしていた。が 一緒に飼っていた中型犬の さんちゃんとは 仲良しで 一緒に太田川まで 毎日泳ぎに行っていた。
5年ほど前に 犬のさんちゃんの後を 追うように お亡くなりに・・・・。

さん と とりっしー


こちらが 15年くらい昔の写真で 犬は紀州犬系ミックス。
犬は「さん」あひるは「とりっしー」。この犬 この写真の頃 生後数ヶ月。あひるは もうちょっと若い。この頃はとっても仲良しでしたが 徐々に犬が 狂暴化して 一緒に遊ばせられなくなりました。一時期は 猫も混じって 三匹で 遊んでいた頃もあったけど。

シロ


2002年6月4日 記

胴長短足で、白くて、立ち耳巻尾。
写真は、このいぬが8歳くらいの時。ポテチの空き袋をもてあそんでおります。


つろりれが、小学生の時に、近所の犬が産んだ子を毎日毎日、借りては遊んでました。
なにせ、犬の扱い方もよくわかんない子どもだったんで、子犬にとっては良い迷惑だったようですが・・・
ある日、いつものように子犬を借りに行ったら、5匹いた兄弟が、一匹のオスと、私が気に入っていつも借りていた白い子だけになっていました。
ほかの茶色や黒のメスたちは保健所に連れて行かれたそうです。
どうしてオスと、白い子だけが残されたかというと、オスの方は産まれた家の親戚の人が飼ってくれることになってたから、白い子は私があまりにも毎日かわいがるので、飼ってもらえるかもと思って・・・と、その家のおばさんが。
でもうちの家の誰もが、白い子を飼うことに同意してくれませんでした。
「泣き真似でも良いからしてやりんさい」と、入れ知恵されたりしましたが、さすがに泣き真似はできませんでした。
じゃ、もう連れて帰って家に繋いでしまえば?というこで連れて帰って繋いでみたりしましたが、母に叱られ、返しに行ったり・・・・。
そんなこんなで、わたしは毎日毎日「シロを飼わせて〜シロを飼わせて〜」と、母に頼む日々が続きました。
で、苦し紛れに母が言ったひとこと。
「あんたのその、長い髪を切るなら、飼ってやっても良い」
それまで、長い髪が好きで、でも子どもだった私は、身だしなみをきちんとしないので、いつもぼさぼさのその頭が、嫌でしかたなかった母。
何度も、切れ切れと言っていましたが、そのたびに私が猛烈に抵抗していたのでした。
だから、そう言えば、わたしがあきらめると思っていた母。
でもわたしにとっては、長い髪よりも何十倍も、何百倍もシロの方が大切でした。
というか、比較の対象にすらならなかった。
悩む暇もなく即答。
「じゃ、髪切るよ!」
母唖然・・・・・。
でも一度言ってしまったことは、さすがに撤回できなかったようで、その日のうちに、理髪店に連れて行かれ、ショートカットにされました。
そしてめでたく、白い子も私の家に繋がれ、私の家でご飯をもらって、私の家の犬になりました。

17年生きて、わたしがひとの母親になった頃、ひっそりと死んでいきました。