David T. Walker 来日公演番外編 ─ラジオ取材同行記─

大盛況のうちに幕を閉じたデイヴィッド・T・ウォーカー単独名義での来日公演。ライヴの合間を縫って、幾つかのメディア取材も敢行されました。今回は文字としてカタチに残りにくいラジオ媒体のインタビューに密着。頻繁には聞くことのできない、彼の興味深い発言にぜひ耳を傾けてみてください!


唐突な再会

 2007年5月8日。待ちに待ったデイヴィッド・T・ウォーカー来日公演の初日。早朝、名古屋駅に着いた僕は、高ぶる興奮を抑え切れずにいた。ライヴは夕方からだったが、PRのためにデイヴィッド・Tは名古屋地区のラジオ番組に生出演することが決まっていた。その番組出演に同行させてもらうことになった僕は、前日に名古屋入りしたデイヴィッド・Tが宿泊するホテルの1階ロビーで待ち合わせることになった。

 待ち合わせのホテルが見えてくると、興奮のためか急ぎ足になった。予定の時間よりも15分くらい早い。早めに着いて、ホテルのロビーでくつろぎながら、デイヴィッド・Tが部屋から降りてくるのを待ち構えるのも悪くない。昨年10月にロスで会って以来、約半年ぶりの再会をどんな表情で迎えればいいだろう。ああでもなくこうでもない、想像を巡らせながら、僕はホテル入口の自動ドアをくぐった。と、その次の瞬間……。

 目の前にデイヴィッド・Tが立っていた。広いロビーの真ん中にたった一人ポツンとだ。あまりに奇妙な光景に、そして唐突な再会に、一瞬、言葉がでなかった。「デイヴィッド!」と慌てて声を掛けた僕に気が付いたデイヴィッド・T。「オオ〜、シュウジ!」。グレーのスーツにネクタイという相変わらずダンディな装い。なんとまあ、約束の15分も前から一人でロビーをうろついていた御大。4年振り来日、しかも自身がリーダーの初の単独来日公演。はやる気持ちがそうさせたのか、おそらくは本人も緊張と興奮があったに違いない。ロスからの長旅の疲れを微塵も感じさせずに。約束通り日本に来てくれたんだね、デイヴィッド。


リスペクトの気持ちがあれば

 その後、ラジオ局に移動。車中、笑顔でポンっと僕の肩を叩くデイヴィッド・T。こういった心配りが実にニクい。

 FMラジオ局「RADIO-i」に到着し、簡単な打合せの後、すぐさま本番スタート。出演する番組『i Stream Gold』のDJデイヴィッド・ヤナセ氏には「名前が同じだね。どっちもデイヴィッドだ(笑)」と笑みを浮かべてポツリと一言。他愛のない言葉だが、そんな一言が場を和ませる。何回目の来日ですか、とヤナセ氏が問うと「多過ぎて数え切れないよ(笑)」とデイヴィッド・T。スティーヴィー・ワンダー、マーサ&ザ・ヴァンデラスらのモータウンご一行ツアーで初めて来日してから約40年。クルセイダーズの公演や、日本人アーティストとのレコーディングやセッションで何度も来日している彼だが、日本の印象も随分変ったと語る。

「当時は、こんなにゴミゴミしてなかったと思う。今ではアメリカの文化もたくさん入ってきてるだろうしね。昔はちょっと歩けば、日本特有の田舎の風景があった。日本の文化はとても好きだし、そういう文化と触れ合えることがとても楽しかったんだ」



RADIOi『i Stream Gold』の生放送に出演したデイヴィッド・T

 デイヴィッド・Tの日本好きは有名だ。建築学にも興味があると言う彼にとっては、日本の神社・仏閣は昔から興味の対象でもある。

 その40年というキャリアの中で共演した数々のアーティストとも多くのエピソードがあったハズだ。ヤナセ氏は、マーヴィン・ゲイやアレサ・フランクリンといった超大物アーティストとの接点や共演はどのような感じだったのかを尋ねた。

「とても充実した時間だった。彼らはとてもメジャーな存在だったけど、友達のような感覚で接することができた。これはホントに良かった。皆、クリエイティヴだったし、いろんなアイデアを交換したりして、とても楽しかったよ。マーヴィンはイメージ的にはとても派手な印象があるかもしれないけど、実際はとてもシャイで静かなタイプだったね」

 ポピュラーミュージック40年の歴史。そこで起こった真実を語れる人は、今では数少なくなった。デイヴィッド・Tはそんな舞台を裏から支えた重要な生き証人の一人。音楽のあり方も時代によって次第に変容する。日本もアメリカも、ヒップホップを中心としたブラックミュージックのテイストが隆盛しているという音楽界の現状について、少々、過剰な印象を抱くことはないか、とのヤナセ氏の問いに、こんなふうに答える。

A Tribe Called Quest
『Midnight Marauders』
ヒップホップユニットとして90年代初頭から活躍した3人組の93年作。本アルバム収録の「God Lives Through」では、デイヴィッド・Tの「On Love」を微妙なカタチで上手くサンプリングしている。


「そうだね。言いたいことはよくわかる。でも、私の曲をサンプリングしたア・トライブ・コールド・クエストのようなラップグループもそうだけど、彼らは私のことをとてもリスペクトしてくれている。今の音楽界にはいろいろな意見もあるけど、中にはとても優れたアーティストがいるんだ。メアリー・J・ブライジなんかもそうだね。彼らの中には常にリスペクトの気持ちがある。だからこそ、より大きな存在になっていくんだと思う」

 DJヤナセ氏もその場で答えていたが、若いアーティストへのメッセージでありアドバイスとも受け取れるこのコメントは、いろんな意味で重みがある。バッキングという立場で激動の音楽シーンを渡り歩いてきた彼ならではの想いが、この短い言葉に凝縮されているようにも見える。そのキャリアの中でも、かなり久しぶりのリーダー公演が今回の来日だ。

「ライヴでは私のフィーリングやソウルが伝わるようにしたいね。長い間、音楽に携わっているから、その経験を活かしたライブができるといいな、と思ってる」

 結果、その言葉通りの、いや、それ以上の素晴らしいステージが繰り拡げられたわけだ。ステージの内容はここでは割愛するが、その場にいた誰もが、デイヴィッド・Tの奏でる音楽に酔いしれ、そしてその真骨頂を自分なりに感じ取ったはずだ。


自然と沸き上がる感情……愛や哀れみ、寛容さ

 続く東京公演ではステージ以外の時間で幾つかのメディア取材も行われた。そのうちの一つが、NHK-FMの人気番組『ザ・ソウルミュージック』のインタビューだ。

 取材場所は公演会場でもある「丸の内コットンクラブ」の楽屋。取材直前、番組の進行役で今回のインタビュアーでもあるオダイジュンコさんと軽く話をさせていただいた。番組リスナーならご存じの通り、ソウルミュージック入魂のオダイさんは、もちろんデイヴィッド・Tの大ファン。コットンクラブでの初日公演を見て感激されており、テンションも高く興奮気味であった。

 この日も同じくスーツにネクタイでキメていたデイヴィッド・T。ステージではまた違った衣装をまとうのだが、普段の服装もキチンと装ってる。しかも、名古屋で会ったときとは、また違った衣装だ。人一倍健康に気をつかい、自らの体型を維持することに余念のないデイヴィッド・Tのお洒落な一面と誠実さが、こんなところにもよく現れている。



『ザ・ソウルミュージック』のDJオダイジュンコさんのインタビュー取材に答えるデイヴィッド・T。その佇まいは実にジェントルだ。

 オダイさんは、まず2006年末にリイシューされたOdeレーベル3作の話題から始めた。今回の来日公演のきっかけの一つになったであろうこの再発をデイヴィッド・T本人も大変喜んでいる様子だった。

「とってもいい気分だ。30年も前の音楽が、今、受け入れられているんだからね。実は今朝、ホテルのロビーで若い男の人が私の昔のレコードや再発されたCDを持ってサインを求めてきた。父親が彼に私の音楽を紹介したらしいんだ。彼があのロビーでどのくらい私を待っていたかはわからないけど、とにかくサインをしてあげた。彼の父親というのはおそらく私くらいの年齢だと思うけど、とても興味深い出来事だったよ」

 実は僕の父親もデイヴィッド・Tと同じ年齢。僕の場合は父親から教わったわけではないが、意外と親子でデイヴィッド・Tのファン、というケースはあるんじゃないだろうか。世代を超えて支持される普遍的な音色。魅力は尽きない。Ode時代のアルバムから30年経った今、新しい世代を含めて受け入れられようとしてるこの現状を予感していたか、とのオダイさんの問いに、彼は当時を次のように回想した。

「30年後にどう受け入れられるかなんて全く考えてもみなかった。とにかく忙しかったからね。バリー・ホワイトのセッションが終わると、次はレイ・チャールズとのセッション、それが終わるとカントリー&ウェスタン、さらには映画音楽のレコーディング……と、あちこちへと飛び廻っていた。とにかく“今”が大事だった。いい音楽を演奏して気持ち良くなって満足して、それでおしまいさ」

 過酷なセッションワーク。スタジオミュージシャンの場合、できるだけ多くの仕事をこなすことが自身の待遇を含めて求められる能力の一つ。それを考えると、当時のデイヴィッド・Tの環境は、忙しさに比例して、あらゆる要望に応える表現力や技術を自然と身につけていった時期だったとも言える。

 では、ギターを弾く上で特に意識していることはあるのか。オダイさんのその問いに、落ち着いたトーンで彼はこう答えた。

「そう言う事を意識したことはないんだけど、自然と沸き上がってくるのは、愛や哀れみ、寛容さ。そんな感情かな。根底には私の信条である“非暴力”という思いがある。私の音楽には暴力の要素は一切ない。あるのはたくさんの愛と哀れみ。常に考えている事といえばそういうことなんだ。ギターを表現することにこれほど多くの時間を費やしてきた結果、私の性格そのものが自然と音を通じて伝わっていると思うんだ」


David T. Walker
『Ahimsa』('89)


John Coltrane
『My Favorite Things』('60)

 “非暴力”のメッセージは、彼の9枚目のソロアルバム『Ahimsa』のタイトルがズバリその意味を持っている。今回の来日公演でも全ステージで、このタイトルトラックは演奏された。オダイさんも番組の中で語っていたが、まさにこの思想こそ、彼の気品と優しさの源なのだろう。

 そして、オダイさんが最後に聞いた「あなたにとってのソウルミュージックこの一曲は?」の質問。それは、ジョン・コルトレーンの「My Favorite Things」だという興味深い答えが返ってきた。

「私のインスピレーションの源は、他の人とちょっと違うところがある。ジョン・コルトレーンは私にとってはジャズではなくソウルのミュージシャンなんだ」

 そう言われてみれば、コルトレーンの「My Favorite Things」は、ジャズでありながらポップな要素を併せ持つ楽曲。デイヴィッド・Tの書くオリジナル曲の多くには、ジャズテイストで複雑な構成の趣きが感じられるが、よく聴くと実にわかりやすい印象を残すポップ感覚とソウルフィーリングが横たわってもいる。そんなことを思い浮かべながらこの曲を聴くと、この楽曲にデイヴィッド・Tのギターが挿入されてたら……という妄想を抱いてしまうのだった。

インタビュー終了後に記念撮影(を、横からシャッター切らせていただきました)

 というところで、インタビューが予定の時間を超えそうになったため、慌わただしく終了。直後にはステージが控えているという時間帯だったにも関わらず、それでも嫌な顔一つせず紳士的な振る舞いで一つ一つの答えていたデイヴィッド・Tの姿がやはり印象的に焼き付いたのだった。

 その他、「ジャズギターブック」誌、「ADLIB」誌などの雑誌メディア取材もこなしたデイヴィッド・T。思慮深い彼の発言は、彼の音楽を知る上で大変興味深い内容だけに、こちらも掲載が今から大変楽しみである。

 そんなわけで、ライヴ以外の時間に繰り広げられた来日番外編はこれで終了。もちろん、ライヴそのものが素晴らしいものだったので、それだけで僕は大満足。だけど、その人となりを知った上で聴く彼の音楽もまた一興というもの。彼のさまざまな思いが、形づくられる音楽に密接に関わっているからだ。彼の発言を知り、その意味を考えること。その過程は、“音楽”への接し方や在り方を、自分自身のものとして自然なカタチで振り返らせてもくれる。だからこそ、彼の一挙手一投足から目が離せない。そのシンプルで深い思考の一端でも感じとれることができたら、僕は幸せなのだ。


取材協力(※敬称略):
名古屋ブルーノート、RADIOi『i Stream Gold』、
コットンクラブジャパン、NHK-FM『ザ・ソウルミュージック』


2007年5月 名古屋、東京にて
構成・文 ウエヤマシュウジ