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日本の大衆娯楽の王者として長年君臨してきたパチンコ。 「フィーバーブーム」(昭和56年)以降、急成長を遂げたパチンコ業界 ですが、黎明期から、現在の隆盛を極めるまでには、幾度かの 危機的状況にも見舞われています。 ではなぜ、それらの危機が回避されてきたのでしょう?その背景には、 業界人各位の多大な努力があったことも事実ですが、何と言っても 大きかったのは、「正村ゲージ」「チューリップ」「電動式発射装置」 などの開発、及び「フィーバー」「ゼロタイガー」…といった傑出した 「名機」に代表されるパチンコ台の大幅な改良が業界の「救世主」と なってきたことです。 しかし、現在まで、以上のような経緯や、パチンコ台の変遷といった 「パチンコの歴史」を次世代に正しく伝えようという努力は、業界内外を 問わず、充分に行われてこなかったというのが実情で、この事態を放置 し続ければ、資・史料の散逸が進み、いざという時、パチンコ業界の 歴史経緯を内外に示すことが叶わなくなってしまうことは必定です。 「今、何とかしなくては」の思いから、当館館長・牧野哲也は、昭和62年、 「日本遊技機保存協会」を結成し、以来850種(平成20年11月現在)もの、 すでに散逸してしまっていたパチンコ台を全国を巡り、収集・保存・研究 して参りました。 そして、平成16年、株式会社山下商会の東京本社ビルが上野に新築 されましたことを機に、同社山下光男社長の御英断により、当館の開設を させて頂ける運びとなり、又、その際、株式会社ベイブリッジの御支援を 賜り、晴れて「パチンコ博物館」は、パチンコのメッカと称される上野の地に 誕生する運びとなりました。 そこで、開設4周年を過ぎたことを機に当館は、大きな組織改革に 乗り出すこととなりました。 具体的には「日本遊技機保存協会」を改組し、当館の育ての親でもある 八幡会長に代表をお願いし「日本遊技史研究協会」を新たに発足。 そして同会には、パチンコ業界の歴史と文化の伝承を志すという 共通認識を持たれる、株式会社N・P・I総研、NEXUS株式会社、株式会社 平成観光、株式会社セキネネオンの皆様のご参加を新たに賜ることで、 協賛企業各位の強力な支援体制を樹立。 新生「日本遊技史研究協会・パチンコ博物館」として再スタートさせて頂く運びとなり、 さらに、平成21年5月より、且O慶商事様よりご支援賜っております。 以上の経緯のもと、当館では、正村ゲージから始まり、人気機種・思い出の名機、 総台数148台を取り揃えました。是非ご覧下さい。 今後、当館は、上記関係各位の多大な御理解と御協力に深謝しつつ、 皆様に愛される博物館として運営して参りますので、更なる御指導をお願い申し上げます。 平成21年5月 牧野哲也 |