ためになることば集
|
![]() |
| HOME|四国遍路行|日本酒の知識|ためになることば集|リポートノート 全60件了|リポートブログ |
![]() |
| 目 次 |
1 八風吹けども動ぜず 2 気は長く心は丸く腹立てず口慎めば命長かれ 3 心の糧七ヶ條 4 面白きこともなき世をおもしろく 5 暗いと不平を言うよりも進んで明かりをつけましょう 6 したいことをするのではなく、いまなすべきことをなせ |
![]() |
| 1 八風吹けども動ぜず |
◆欲望の果て 昔の仏教の経典に、「実に欲望は色とりどりで甘美であり、心に楽しく、種々の形で心をかく乱する。欲望の対象にはこの憂いがあることを見て、サイの角のようにただ一人歩め。」とある。 こんにちの経済の発達、通信販売のカタログを見てもさまざまな物が売られている。私たちが自宅にいても、なんでも買うことができる。これは私たちの日々の消費社会を反映しているといえる。 こういう話がある。物を欲することによってしあわせになりたいと思っている人が、ある人にたずねたところ、その人から次のような答えが返ってきた。 もしあなたが一日しあわせになりたいと思ったら、おいしい物を食べなさい。そうすればあなたは一日しあわせになるだろう。もし一ヶ月しあわせになりたかったら、新しい服を買いなさい。そうすればあなたは一ヶ月しあわせになれる。もしあなたが一年しあわせになりたいのなら、新しい家を建てなさい。そうすればあなたは一年間、しあわせに暮らせるだろう。もしあなたが一生しあわせに過ごしたいのなら、この印鑑を買いなさい。 つまり、私たちは欲望にかられてしまい、モノとしあわせを同じに考えてしまいがちである。物欲を高じさせていくと、モノがしあわせの上に覆いかぶさってしまい、ほんとうのしあわせを見失ってしまうことになる。 ◆ひとりで生きる力 禅宗の言葉に、「八風吹けども動ぜず」というのがある。@得をすること、A損をすること、B陰でほめられること、C陰でけなされること、D面と向かってほめられること、E面と向かってけなされること、そしてF楽しいこと、G苦しいこと、この八つを八風という。こういう風が私たちのまわりにいつも吹きすさんでいるのである。そういういろいろな風にも、自分は動じないという自分作りが大事だということなのだ。 これが実は、さきほど述べたモノとしあわせを切り分ける唯一の方法といえる。ではこの八風に耐えうるにはどうしたらよいかというと、自分ひとりで集中できるようになることである。座禅するということはまさにこの修行なのである。自分が一人でも生きていけるように修行している。八風が吹いてもグラグラせずにいられる自分を作るためである。 人の価値観にあわせるということも大事なことではあるが、その前に自分が人に頼らず生きていける価値観を備えていることが重要なのである。人がなんといおうと、自らが正しいと思う道を進める自分を作れれば、ほんとうのしあわせが見えてくるものである。 エーリッヒ・フロム著『よりよく生きること』に、「集中できるということは、一人きりでいられるということである。一人きりでいられる能力こそが愛する能力の前提条件である。」という言葉がある。 私は地元の道場で、子供たちに少林寺拳法を教えているが、いつも母親たちが付きっきりである。母親が頼もしそうに、あるいは心配そうに練習を見ている。子供は、母親を見つけて安心し、その目を気にしながらがんばる。母と子が一人きりでいようとする努をしていない。これは、愛情とはちょっと違うのではないだろうか。子供は、こどもたちの中に溶けこんで、自分というものを見つけながら創造力を高めることが必要であろう。 ◆貪瞋癡は三毒 貪・瞋・癡という言葉がある。貪瞋癡(とんじんち)というのは三毒といって、私たちが流されてしまうというものの三つの毒のことである。「貪」は貪り(むさぼり)で、ほしい、おしい、にくい、かわいいなど、そういう思いに至ること。「瞋」は瞋恚(しんい)のことであって、怒る心のことである。「癡」は愚痴のことをいう。 つまり、貪りのあげく思いが遂げられないとか、なにかが足りないと怒りとなり、さらには愚痴になる。先ほど述べた八風が吹いているとき、この三毒があるために、私たちの意思が定まらずフラフラと流されてしまう。だから、この三毒を減らしていけば、これから私たちが生きていく上で、しあわせな日々を送れると、お釈迦様も言っておられるのだ。三毒は布施によって解消できる。 『無財の七施』というのがある。「人に笑顔を見せる」、これも布施の一つである。三毒をなくす修行になるので、近所の方に、にこっと笑顔し、やさしい言葉をかける。席をゆずってあげるなど善行を施して三毒を減らしていってほしい。 ◆無財の七施とは 『西遊記』の玄奘三蔵法師が天竺から持ち帰ったとされる大正大蔵経の第二巻、雑宝蔵経に示される「お金がなくても行うことができる七つの施し」のこと。(ウェブ検索調べ) @ 眼施(げんせ) やさしい温かいまなざしで周囲の人々の心を明るく するように努めること。 A 和顔悦色施(わげんえっしょくせ) やさしいほほえみの顔で人に接すること。 B 言辞施(ごんじせ) やさしい言葉をかけるように努めること。 C 身施(しんせ) 我が身の肉体を使って、人のため社会のために働く こと。見返りを求めず無償で奉仕すること。 D 心施(しんせ) 心から感謝の言葉を述べるようにすること。「ありがとう」 「すみません」の気持ち。 E 床座施(しょうざせ) 場所や席をゆずり合う親切をいう。 F 房舎施(ぼうしゃせ) 求める人、尋ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、 その労をねぎらう親切をいう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 鎌倉の建長寺山門にて禅寺修行僧の辻説法に出会った。何人かの参拝客を相手に、短時間ではあるが、内なる仏性を目覚めさせる法話を披露していた。これが禅の心か。そして、つらつらと思う…。 人生は苦しみの中にあり、苦しいのが人の一生である。たまに得られる幸福感も、結局は苦しみの始まりなのである。人間の苦は、気持ちのあり方で、人によって苦しみの度合いがそれぞれとなる。各々の営みの中で、さまざまな知恵を得て、人生の苦を克服しながら生きているからだ。 あらゆる宗教の教えは、この人間苦を解消するための知恵として、人類の歴史の中で培ってきた。釈迦の唱える生病老死の苦は、だれもが一生の中で体験し、その滅する方法を身をもって体得しながら生きている。ただ、人は自らの死についてだけは体験し得ず、もの心がつくころから、死に対する不安や恐怖を増長させて、生きていくことになる。 自らの生涯において、自分の生きる価値を見出すのが、人生の目的であるはずなのに、社会は文化の形成や生産の活性を損なうためなのか、人に考えさせることをためらう。むしろ科学の進歩、文化の発展と称して、思考させない環境を、止めどなく提供してきたのだ。死の恐怖から逃避するために、世の中に強がり、いたわりのない乱暴な生き方ができる人は、その者が無知(未熟)であるからであり、社会の毒に犯され、自欲に流されてしまい、自分を見失っているからだといっても過言ではあるまい。 まさに殺伐とした現実がここにあって、『癒し』とか、『ヒーリング』という言葉がもてはやされ、『スローフード』とか『スローライフ』などという生活スタイルも登場しているのは、こんにちの世情を示しているといえよう。いま、四国巡礼や観音霊場めぐりがブームとなっている。書店では仏教など宗教本が売れている。このような現象を増長させるような時代になっているということなのだ。 |
![]() |
| 2 気は長く心は丸く腹立てず口慎めば命長かれ |
![]() |
幸福の道 家内仲よく ゆずりあい 先祖に感謝 親をたいせつに 空気に感謝 社会に報恩 身体を大事に 仕事に熱心 人には親切 わが身は努力 よく働いて 施しをする 不平不満や 愚痴いわず 人を恨まず 羨まず 口ひかえて 腹立てず 親切正直 成功のもと |
![]() |
| 3 心の糧七ヶ條 |
一、此の世の中で一番楽しく立派なことは 生涯を貫く仕事をもつことである 一、此の世の中で一番さみしいことは 自分のする仕事のないことである 一、此の世の中で一番尊いことは 人の為に奉仕して決して恩に着せないことである 一、此の世の中で一番みにくいことは 他人の生活をうらやむことである 一、此の世の中で一番みじめなことは 教養のないことである 一、此の世の中で一番恥であり悲しいことは うそをつくことである 一、此の世の中で一番素晴らしいことは 常に感謝の念を忘れず報恩の道を歩むことである 京都・嵯峨 小倉山二尊院 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 人生五訓 あせるな おこるな いばるな くさるな おこたるな 京都・嵯峨 小倉山二尊院 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− あれもこれもと欲を出して貪り、望みが達せられないと他人に対する怒りをぶつける。その怒りを絶対なものとするために、権威に頼み威張るようになる。威張ったところでなお満足が得られないと、なんで思い通りにならないんだとくさる。結局自分を失い自ら為すべきことをおこたるところとなって、みじめな生涯を送ることになるぞ。ということなんだろうなあ。 |
![]() |
| 4 面白きこともなき世をおもしろく |
面白きこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり 高杉晋作(1839-67)の辞世の句。晋作が労咳の死に際し、「面白きこともなき世をおもしろく」と書いて力尽きて筆を置いたので、野村望東尼が「すみなすものは心なりけり」と続けたという逸話がある。 上の句だけでも充分理解できる。幕末の混乱にあって、身を賭して一つの目標に向かった晋作の思いが見える。「面白きこともなき世をおもしろく」、つまらない世の中だとくさるばかりでなく、自ら面白く生きようではないかと呼びかける名句となった。「すみなすものは心なりけり」、そのように生きるのは心しだいだ…とつけたされた。 こんにちも面白くない世は同じ。生きることそのものが苦であるからだ。自ら充実させようとする心の持ちようなのだ。残念ながら、向かうべき目標が立てられない世の中になりつつあるような気が…。 (住みなす=〜のようにして住む 古語辞典) |
![]() |
|