概説


 イリアン・パイプとは、アイルランドのバグパイプ(バグ=Bag袋、パイプ=Pipes管。袋に管のささった楽器。バッグパイプと書くのが理屈に合っているが習慣に従う。)です。さしあたって、以下のWebの記述をもとに、この楽器について簡単に紹介しますが、追々オリジナルな部分を広げていきたいと思います。(以下、デアル体で記述します。)
http://bambi.t.u-shizuoka-ken.ac.jp/~tsuruhas/

 発音原理

 イリアン・パイプは、ふいごから排出された空気を袋の中にため、そこから各パイプを通じて外に排出する。各パイプには「リード」が付いており、ここを通過する際に音が出る。
 発音源であるリードには、二種類ある。クラリネットやサックスのように、一枚の板が振動するシングル・リードと、オーボエやファゴットのように、向かい合わせになった二枚が振動するダブル・リードとである。(ストローの先端を平らにして、脇を切ったりして作る笛はダブル・リード楽器である。)
 イリアン・パイプには、上記二種類が使われる。


 ハイランド・パイプとどう違うか

 バグパイプというと、キルト(巻きスカート型の民族衣装)をはいて演奏するスコットランドの楽器が有名である。アイリッシュを演奏する人は、これを「ハイランド・パイプ」と言うことがある。(スコッティッシュでは単にバグパイプと称するようである。)
 先ず大きな違いは、ハイランド・パイプの音階は基本的に5音階であるのに対し、イリアン・パイプは7音階である。これは、演奏する音楽の違いである。
 バグパイプは、バッグに空気をため、バッグに付けられた管から間断なく音を出し続ける。ハイランド・パイプは、無音状態を作ることはできないが、イリアン・パイプは可能で、スタッカート奏法ができる。演奏のスタイルは、無音状態を多用するか否かで、クローズ(タイト)・スタイル、オープン・スタイルに分かれる。
 音域について言うと、ハイランド・パイプはおおよそ1オクータブであるが、イリアン・パイプは2オクターブである。
 ハイランド・パイプは、口から息を吹き込むことによりバッグに空気を供給するが、イリアン・パイプはこれを脇にはさんだふいごによってする。また、ハイランド・パイプはドローンを上向きにするが、イリアン・パイプは下に向ける。外形上の大きな違いは、他にイリアン・パイプにはレギュレーターがついていることである。

 イリアン・パイプ小史

 今日のイリアン・パイプの直接の祖先は18世紀初頭に出現したと言われている。18世紀中葉、最初の教則本 John Geoghegan "The complete Tutor for the Pastral or New Bagpipe" がロンドンで出版された。この当時の楽器は、ドローンが二本のふいご式のものであった。チャンターは、継ぎ足し管が付いた、今日のものより長いものであった。
 19世紀に入り、1本のレギュレーターが加えられたものが、スコットランド及びイングランド北部で使われた。これはアイルランド人によってもたらされたものと伝えられている。
 3本のドローンと3本のレギュレーターの、今日の構成になったのは19世紀初頭のことである。当時のメーカーとして著名なのは、Timothy Kenna、Thoma Kenna 親子である。当時の楽器はチャンターの内径が小さく、音が小さいものだった。音程は低く、B♭・B・C・C♯管が作られていた。
 19世紀には多くの改良が加えられた。米国フィラデルフィアのテイラー兄弟は、コンサート・ホールでつかえるように、チャンターの内径と穴を大きくした、大きな音のでる楽器を作った。今日一般的な、コンサート・ピッチ(D管、単に「コンサート・ピッチ」「コンサートD」とも)と呼ばれるものの嚆矢である。それ以前のものは、現在、フラット・セットと呼ばれている。

  参考文献:キアラン・カーソン著、守安功訳『アイルランド音楽への招待』(1998.10、音楽之友社)

 パイプの音程について

 イリアン・パイプは、平均律ではなく(いわゆる)純正調で調律されている。例えば、F#・B・D#の音程が平均律よりかなり低く、古い音楽のスタイルをとどめている。
 聞いた話では、ドローンと調和するためには、周波数が単純な整数比でなくてはならないので、そうなっているらしい。

 パイプのモデルについて

 

 NPU

 Na Piobairi Uilleann (The Uilleann Pipers)。イリアン・パイプ協会。この読み方について、クレアの踊りの名手エーデン・ボーハン氏に訊ねてみたところ「ナ・ピブリ・イルン」と聞こえた。なお、このページも含め本webのアイルランド語は、本来付けるべきアクセント記号(ファーダ)を省略している。
 1968年、アイルランド、ダブリンに創設された。パイパーの指導と活動の支援、特に若手の育成を目的とする。機関誌は"An Piobaire"。日本人会員は、私が入会した96年当時4、5名であった。現在はもっと増えているはずである。

   住所 15 Henrietta Street, Dublin 1, Ireland