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じみちに2002
しみじみ2002 Part 2
2002年12月18日
ビーチで読むつもりの判例付き六法。重い、かさばる、持っていきたくなあいっ!
でも、勉強が予定より微妙に遅れ気味で、嗚呼、またもう一冊、持ってかねばならぬ参考書が増えてしまった! 徹夜で読めると思っていたのに、荷造りやら何やらで時間が消えテク。コラムの更新なんかしてる場合のはずがないのに、自業自得の年の暮れ……。
うぎゃあーっ!
おそらく今度こそ、今年最後の追伸、でした。ちゃお!
2002年12月17日
『スター・ウォーズ』シリーズに登場する恐怖の大陰謀の黒幕、シスの暗黒卿ダース・シディアスの正体が、わからずにいるという、
あの友人。今、卒論締切直前である。その苦境に楽しく幸せな花を添えてあげたいと思い、また、常日頃いろいろお世話になっているお返しと、ちょっとした頼み事のお礼にと、「エピソード1」と「2」のDVDを差し入れ代わりに貸すことにしたのだが、何と、何と、何と! つい先日、この友人、出来心で「Google」で検索し、即座に正体がわかってしまったのだとか! 何たることだっ! 「Google」はもちろん、あの恐るべき暗黒卿の正体を「わーるど・わいど・ウェブ」でバラして平気な怖いもの知らずのサイト運営者がこの銀河に存在するとは、私はしょーじき仰天、ひっくり返ってしまった。
皆さん、間違っても検索エンジンなんかで暗黒卿の正体を突き止めようなどとなさいませぬよう。せめて
『週刊スター・ウォーズ』(『STAR WARS THE OFFICIAL FACT FILE』)か、映画第一作のノベライズでお調べになりますよう。ウェブなどで調べたら、エンロンよりもエシュロンよりもはるかに恐ろしいシスの魔の手があなたの足跡を辿り、どんな禍々しい手段であなたの未来に迫ってくるか! 嗚呼、想像するだけでも背すじが凍てつく!! 心臓が口から飛び出しそうにビヨンビヨン暴れ回る!! しかも時まさに、銀河共和国末期の腐敗と堕落を彷彿させる世界の有り様! シスに操られる類の連中が権力の座にわんさかとふんぞり返っているではないか! たとえば、イージス艦派兵をたわけた口実で決行した死神どもは、私たちをどこへ連れていくのだ、一体!? えっ、ブッシュさんと一体!? そーではなくっ!! 目先の欲に駆られて憎悪と怨恨に染まり上がり、まるでシスの陰謀に絡め取られたかのように短絡的に暗黒面に落ちていくこの国、この社会の運命は一体どーなるってゆーんだよーっ!?
真夏のビーチで太陽エネルギーを充填しつつ、ゆっくりと考えてみることにいたします。じょわっ!(ウルトラセブンのかけ声)
と言うわけで、本年の更新はこれが最後だと思います。
『ちへいせん』「電子本ルリユール教室」の「TTZ ベーシック講座」は年内も更新が続きます。いよいよ佳境を迎えつつもあります。どうぞご参照ください。
それでは皆さま、良いお年をお迎えください。そして来年も、うきうき書房とこのコラム・シリーズを、どうぞご贔屓に!
2002年12月11日
友人が貸してくれた『戦争中毒 アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由』(原題:Why the U.S. Can't Kick Militarism、著:ジョエル・アンドレアス、合同出版。一三〇〇円+税)をパラパラと読む。ふむふむふむ。
よし。アメリカ政府の罪業はわかったとして、こういう漫画の日本政府版がないものかな、と考えて、思い浮かんだのが、逆方向の小林よしのりだったとは! 暗澹。
『戦争中毒』を貸してくれたこの友人、
『スター・ウォーズ』シリーズに登場する恐怖の大陰謀の黒幕、シスの暗黒卿ダース・シディアスの正体が、わからずにいるという。何ということか!
もし、あなたもまだお気づきでないのなら、先週発売された「エピソード2」のDVDか、「エピソード1」のビデオあるいはDVDを観て、謎解きにチャレンジしてみてはいかがだろう。わかった瞬間、「エピソード1」と「エピソード2」の新しい見所・見方が生まれて二倍楽しめるはず。
して、その正解は……命が惜しいので、と言うのは冗談ですが、私の口からは言えませぬ。二〇〇五年公開予定の「エピソード3」でどうぞ!
別の友人がレバノンにあるパレスチナ難民キャンプの訪問体験記を連載するという月刊誌
『記録』を取り寄せた。全一六ページ。月刊誌と言うよりは、雑多な原稿からなるニュース・レターといった感じだ。お目当ての記事は、出だしからしていい感じで、取り寄せた甲斐、十分。次回が楽しみなので、さっそく購読申込みをした。
ところで、この記事「レバノン 9.11」を書いた友人、中村一成氏とは外国籍の子どもたち、いわゆる「非国民」の教育に関する取り組みがきっかけで知り合った。某紙の記者をしており、私の知る限りでは昨今珍しく、事の本質を見抜こう・捉えようとする姿勢を忘れぬ、信頼できる新聞記者だ。落ち着いた雰囲気もあり、てっきりきっかり同年輩だろうと勝手に決めつけていたのだが、いやはや、『記録』を読んで、予想よりもちょっとだけ私の方が年寄りなことが判明した。むむむ。後生畏るべし、とまで言うのは、まあ、ちょっと大袈裟か。同年輩と言えぬこともないし。先の友人など八〇年代生まれだったりするし。
後生畏るべしと言えば、NGO関連でウロウロしていると、驚くほどしっかりしている大学生や高校生に会うことがたびたびあり、我が学生時代を振り返ってはもちろん、今の我が身を省みても、恥じ入る他なきこともまた、たびたび。いけませんねえ。
この連載コラム・シリーズ。読者が少ないからか、あるいは突っ込みを入れにくい独り語りの連続だからか、ほとんどまったくと言っていいほど反響はないのだが、先週、珍しくメールをいただいた。ちょっと小躍り。
昨日お昼過ぎ。パタパタと
雹(ひょう)だか霰(あられ)だかが降ってきた。珍しいことは続くもの、かも。
来週、ブラジルへ。その前に受験勉強をどどどっと進めておかねばならぬわけで、苦戦している。自業自得。ポルトガル語もかなり忘れてる。これまた自業自得。ここ数日の真冬なみの酷い寒さは……さすがに自業自得じゃあないよね?
2002年11月21日
昨日の本コラムで、
『週刊金曜日』編集部に寄せられたという「売国奴」とか「日本から出て行け」とか「北朝鮮の代弁はやめろ」といった類の抗議は、最近よく見る排外的・扇情的ナショナリズムの流れのようで、別に驚くに値せず。
と斬って捨てたが、やはり一言書いておこう。
こういうお馬鹿さんたちは、北朝鮮政府が起こした拉致の悪辣・非道ぶりを採り上げてその点を声高に糾弾するのもいいが、まず何よりも、せめて我が身・我が政府の一九世紀、二〇世紀そして現在に渡る行いの姿を、きちんと省みてからにしてほしい。そのくらいの暇はあるだろ。
憎悪と怒りを煽るばかりのマスコミ関係者たちにも、同じ台詞を贈りたい。
ここ二カ月余りの北朝鮮関連報道を見ていると、どうも、何としても北朝鮮政府に悪役として今しばらくは健在でいてもらわなくては困る連中、有り体に言えば有事法制を推進する連中や日本の核武装なんかを目指す連中の「走狗」、プロパガンダになってるとしか思えない。
しかし、そうした連中にとっては「おあいにく様」なことに、逆に、世襲制の独裁政権を嫌い自由を愛する者から見れば喜ばしいことに、北朝鮮現政権はすでに厳しく追いつめられている。その証拠に、小泉貧乏死神首相との九月の会談では、拉致疑惑という国家犯罪を認めた他、これまでの成り行きからはちょっと信じられないような大きな譲歩をした。在中国大使館への相次ぐ難民駆け込み事件も、国内の疲弊の何よりの証だ。
今、北朝鮮現政権は、崩壊の際にじわじわと追いつめられている。
だからこそ、日本政府も日本で暮らす一般市民も、もはや今は、北朝鮮現政権のやがて訪れるだろう崩壊を見越して、その後に何を残すかを真剣に論じ対策を準備する、そうすべき時だと思うのだが、さて。
前振りが終わったところで、あらためてお馬鹿さんやマスコミ人たちに問いたい。
あなたたちは北朝鮮現政権の崩壊の後の日朝両国の人びとの間に、憎悪を残したいのか? 怒りを残したいのか? 恨みを残したいのか?
残った憎しみは武力で鎮圧する? ブッシュみたいに? 馬鹿の枢軸みたいに? 金で押さえ込む? ODAがやってきたみたいに? そんなもので抑えきれるか? そんな状態で、極東のこの地域に平和と安定が訪れるか? あんたらが言う「国民」を守ることができるのか? そんなものが二一世紀の東アジアの姿でいいのか?
先月一六日付の本コラムで書いた、
日朝首脳会談で合意された、日韓条約と同じ経済協力方式、すなわちODAの原点になったと言われる形式による「過去の清算」は、倫理的に見ても、政治的に見ても、やっぱやめとくべきだと思う。個人補償をきっちりやっておかないと、それも戦争・植民地政策被害者たちにきちんと手渡しできるような形でやっておかないと、どうなるか。
というのは、つまりまあ、こういう視点からの危惧なのだ。
こんな話、どうせどこかで誰かが書いてるだろうし、忙しいし面倒だしで、書く気はとんとなかったのだが、『週刊金曜日』騒動の馬鹿馬鹿しさに強く煽られ、ついつい長々と書いてしまった。しかも、ここまで一時間二〇分もかかっちゃった。勉強時間の大いなる浪費か。むう。修行が足りん。
最後にもう一つだけ、北朝鮮を批判するばかりの日本の自由なマスコミ人たちに問いかけをして、またしばらく受験勉強の世界にトンズラしてこもるとしよう。
人の世の生き血をすすり、民族間そして国家間の憎悪と怒りを煽るだけの不埒なプロパガンダ三昧を続ける、醜い浮き世のマスコミ人どもよ。
大勢の世襲議員に操られたこの国の姿が、そいつらに取り入りながら北朝鮮バッシングで商売してる己の姿が、本当に恥ずかしくはないのか? 己の所業の罪深さ、罪の重さに打ち震えぬのか? 桃太郎侍に斬られろとは言わんから、せめて恥を知れ、恥を! 己の罪深さに怯え、所業をあらためる気がないのなら、とっととメディア業界から消え失せろ!
あっ、罵声になっちゃった。
反省して、私がトンズラ!
しかも、光の速さで、ピカッ!(消え失せました)
2002年11月20日
沖縄県知事選、現職知事が大方の予想通り、再選された。
対立候補の一本化もできない体たらくでは、実利を鍵にがっちりと結びついた現職支持層に勝てるわけがない。今回分裂選挙になっちまった革新政党群の方々は、自分らの信念だか信仰だかに殉じたつもりなのかも知れないが、もしそうなら、政治家・政党を名乗る価値も資格もない気がする。なぜかって言うと、前回のこのコラムで書いたような理由から。
まあ、沖縄県民でも革新政党群の党員でもないのにあれこれ批判するのは野暮だし、失礼かも知れない。選挙では私にも関係のある国政に目を向けるとしよう。あっ、主義主張がバラバラの寄り合い所帯、野党第一党の民主党の無惨な姿が……!
何ごとも加減が難しいようで。ハイ。
『週刊金曜日』No.436に掲載された、曽我ひとみさんの北朝鮮に残った家族へのインタビュー記事。読んだ後、このインタビューを載せたことが問題になっている、という噂をメーリング・リストやメルマガで知った。しかし、あの記事の一体何が、なぜ問題になっているのか、まったく理解できず、かと言って、自分であれこれ調べ回るのも時間がなく、何となく世間から取り残されたような気がして寂しく思っていたところへ、週明け、今回の騒動についての記事が載った『沖縄タイムス』(一一月一五日版と一六日版)が届いた。
で、その記事を読んでみたのだが、まあ、何と言うか。
皆さんも上記サイトで検索して読んでもらえると嬉しいのだが、『週刊金曜日』編集部に寄せられたという「売国奴」とか「日本から出て行け」とか「北朝鮮の代弁はやめろ」といった類の抗議は、最近よく見る排外的・扇情的ナショナリズムの流れのようで、別に驚くに値せず。「言論の自由のない国のインタビューで判断材料になるのか」とか北朝鮮のプロパガンダに協力するのかといった類の抗議をした人たちには、この記事に掲載されている大谷昭宏氏や田原総一朗氏らジャーナリストの言葉と、小針進静岡県立大学助教授の言葉の前半を贈りたいし、ついでに、「巷にあふれる反北朝鮮プロパガンダについてはどう思うの?」とか「あなたたちは9.11後、アメリカ政府のプロパガンダに一貫して協力してきたNHKはじめ諸々のマスコミ各社にも同じ抗議をしたのか」なんて突っ込みも真っ正面から入れてみたい。
ただ、「正しいことだと言って、人を傷つけてもよいのか」という抗議には、今回のインタビューには意義も価値もあったと思ってはいても、どう応えていいのか、難しい。
そこでともかく、当事者の気持ちを、無謀とは思いつつも、『沖縄タイムス』の記事から探ってみることにした。
まず、曽我ひとみさん。彼女が動揺するのは、当然だと思う。ただ、どういう理由で動揺するのかまでは、神ならぬ私にであれば、さすがにわからんので、件のインタビューを読んだ彼女の反応を記した記事(一一月一五日版に掲載)を頼りに分析しようとしたが、役には立たず。なにせ全体が短いし、しかも、どこからどこまでが支援者からのまた聞きで、どこからどこまでが記者が直接聞いた言葉かも、はっきりしない。すべて支援者経由のまた聞きの可能性すらある。「私は怒っている」という曽我さんの言葉の向く先も謎に包まれており、『週刊金曜日』に向けられたかのように読めないこともないが、私にはむしろ、在北朝鮮の夫や子どもが嘘を言っているか、あるいは言わされていることに対して怒っているように見える。「向こう(北朝鮮)は帰れと言い、日本は残れと言う。わたしは真ん中に立ち、引き裂かれそう」は、当初の予定を違えて日本残留を決定した何者かに向かって発せられた言葉のように私には思えるのだが、これもやはり、なにぶん言葉が断片的で、はっきりしない。記事を書いたヤツがアホなのか私がアホなのか。前者であれば有り難いが、はてさて。
次に、拉致被害者の家族連絡会が反発するのも、何となくわかる。これまでずっと被害者だったはずなのに、いつの間にやら自分たちとは別の家族を引き裂く、ある意味、加害者側に立っていたという思いがけない現実に、件の記事のせいで直面させられたとすれば、動揺するのも無理はない。『週刊金曜日』は「北朝鮮の意図を代弁」とか「北朝鮮当局の走狗」などという感情的な声明まで出してるあたり、この残酷な事実が広く認識されることへの危機感と焦りもあるのかな、と思う。あるいは、どこぞの政治勢力のそそのかしを受け、それこそプロパガンダにうまく利用されてるだけで、本心でそこまで反発している被害者家族ばかりではないんじゃないかなあ、などと想像してみたりもする。
とまあ、結局やっきょく、肝心のことは何もわからぬままなわけではあるのだけれど。
曽我ひとみさんを傷つけるのは、たしかに避けたい。しかし、そもそも、北朝鮮で家族を持つに至った拉致被害者らの幸せは、日朝国交正常化交渉を進め両国の交流と友好を促進していく中でこそつかめ、守れるものではないか。そしてそのためにも、今はいろいろな角度からのより多くの情報が必要な時ではないのか。
拉致被害者の北朝鮮に残された家族は日本に来て暮らせばいいじゃん、などと思ってる人もいるだろうが、一言に北朝鮮に残された家族と言っても、子ども、そして夫もしくは妻だけではなかろう。曽我さんの場合は夫が米国出身なのでちょっと事情は違うとしても、子どもの祖父母や叔父・叔母、いとこたちも、また家族だろう。そのあたりの家族関係を一体どうするのか。
家族の重みは、国籍や政治体制なんかで区別・差別できるものではない。その尊厳の普遍性に、今こそ思いを馳せるべき時だと思う。
だいたい、国交正常化が進めば、約束違えて拉致被害者たちを今この時に日本に残留させずとも、遠からず被害者も家族も共に暮らせる時が来たであろうに。消息不明の拉致被害者も一人、また一人と「見つかる」時が遠からず来たかも知れないのに。
そんなことを思うにつけ、拉致問題にのみ頑迷にこだわる日本政府の方針には、さすが貧乏死神内閣、さすがは戦犯三代目のアホ官房副長官、などと悪態の一つや二つもつきたくなるわけだ。マスメディアの一面的で画一的な報道の嵐に対しても、「前の戦時中と同じかい!」「知恵はないのか!」なんて具合に。挙げ句にストレス溜まって、また虫垂炎。痛。
『週刊金曜日』と言えば、たしか今年夏頃の記事で、市販されている勝海舟の『氷川清話』に事実関係の間違いがいくつもある、との記事が載っていた。教科書検定の絡みの話だったのだが、それはさておき。
記事によれば、そもそも『氷川清話』は勝海舟の談話を吉本襄という人物が集めたものなのだが、そのリライト・編集段階で吉本襄があれこれ勝手に改竄しており、しかもそれが巷に広まってしまった、というのだ。そして去年のこのコラムで紹介した角川書店版も、実はその改竄版だったとかで……!
まあ、本コラムで紹介した部分は問題なかったようだし、この角川書店版、勝海舟の父親・小吉の自伝『夢酔独言』の監修なんかもしてる勝部真長氏の解説が読み応えあるので、ここへのリンクを張る他、あらためて紹介文を削るつもりはないのだが、吉本襄による改竄部分を徹底検証し修正を施したものが出版されているので、そちらを追加紹介しておく。江藤 淳・松浦 玲編の『氷川清話』(講談社学術文庫。税別九二〇円、ISBN4-06-159463-x)だ。こちらの解説も、面白いよん!
2002年11月13日
友人が一足先に試験に合格!
おめでとう!!!!
しかしやはり、来年は一緒に受験してくれないのだな、とちょっと寂しくもあり、嬉しくもあり、でもやっぱり結局、素直に喜んで舞いす。じゃなくて、ます。
来年、石にかじりついてでも後に続いたるぞおっ!
「ひつじ市民新書」の第一弾、『市民の日本語』(加藤哲夫・著。ひつじ書房。六九五円+税)を読んだ。
著者の加藤氏は、出版社やエコロジーショップの設立・経営を経て、一九九七年には「せんだい・みやぎNPOセンター」を設立した人だそうだ。この加藤氏が、市民エコロジー事業のネットワーク化やNPO活動の支援のために開催してきた星の数ほどのワークショップ、そして行政機関とのプロジェクトに関わる中などで体験し、気づいてきた、新しい時代のためのコミュニケーションのコツ・手法を紹介・提案するのが本書のテーマで、副題は「NPOの可能性とコミュニケーション」。
こういう現場の中から生まれてきた知恵は、先月二九日付のこのコラムでも書いたように、やはり興味深い。「現場の・現場から生まれてくる知」こそが、これからの時代に切実に必要とされていくものであり、ある意味では必要とされねばならぬものだと思う。そして、こういう方向に、これから求められる出版があるんじゃないかなとも思う。ひつじ書房の松本社長の視点には、やはり共感するところが多い。
しかし、この松本社長。こういうものを出版する人が自分は「ドゥークー伯爵」になっちゃいそうなところがあると自認しているというのは、自戒の意味もこめての出版なのかもと推察できて、なかなか面白かったりして。うん。
これまた先月二九日付のこのコラムで紹介した「アフガニスタン国際民衆法廷」実行委員会のウェブ・サイトがオープンした。
現在の国際法的には、ブッシュ政権が強行した対アフガン攻撃に大義名分などあるはずもなく、それどころか無法・違法のオンパレードであり、法廷の結果は、ある意味はっきりと予見できる。
個人的には、そんな法廷をわざわざ一年もかけて、しかも全国各地で公聴会を開きながら進行させるというのは、かなり冗長な気がする。ブッシュの下っ端として共同戦線をとった、爆弾雨あられの戦地から遠く離れた「平和な」属国・日本で法廷を開く意義にも、ちょっとピンと来ないところもある。
ただ、こんなシニカルな見方をひとまず横に置くとすると……たぶん、この法廷の意義は、二〇世紀を経て国際法が到達した理想と水準、国家による戦争を封じ込める可能性さえ持つその論理と力、これらについての日本社会での認知度を高めることにある。
こう考えると、成功はかなりおぼつかなくなる気がして、あらあら、目眩……。
やはり先月二九日付のこのコラムで、『「市民のための戦争犯罪論入門」講座』を聞きにいって、参加者の構成にちょっとビビッた、と書いた。
あの後、長年組織だって政治活動をやってきただろう人たちとの心理的距離がどこから生まれるのか、それがはたして健全なものなのか、折に触れては考えてみたのだが、よくわからん。
テーマを決めていろいろ議論すれば彼らと一致する点はたくさん出てくると思う。「ブッシュは許せん!」はもちろん、戦後補償の問題や日朝交渉の話にしても。かなり似通った政治意識を持っている気がするのに、どこか近寄り難く感じてしまう。ライフスタイルの違いが原因かもとは思うのだが、確信には至らない。
「普通の若者たちがインターネットを通じて集まった平和運動」みたいな形で以前雑誌に紹介されていた「CHANCE! 平和を創る人々のネットワーク」を覗けば何かヒントがあるかもと思い、そこのメーリング・リストに参加してみた。すると、どうやら「CHANCE!」は一度終了しているうえに、その継続体(?)も
今や怪しげな暗雲に覆われている。あれあれ。
でもまあ、この暗雲は野次馬として読むには面白かった。上記の謎の解答ははっきり見えなくても、いろいろ参考にもなった。「アフガニスタン国際民衆法廷」実行委員会の母体はたぶんこの組織なのかなあ、というのも見つかったし。
それよりも何よりも、今さらながらにあらためて気づかされたのは、十人十色、蓼食う虫も好きずき、てな具合に個性も感性も激しく違う大勢の人たちが、協力し合い、あるいは対立しつつも議論を深めて何らかの意思決定をしていく。それが、民主政治の基本だという、当たり前すぎる事実だ。そして、この民主政の世の中での政治的な活動においては、感性や感情ももちろん大切だが、それを越える理性や目的が何よりも重要だということ。
……。何となく立派な発見をした気がして自信満々書いてみたが、読み返してみると、学生時代の学祭運営事務局の雑務や、編集プロダクション時代の色んな共同作業と何も違わん。機能的に動く職場ならどこでもやってるはずのことだ。しかも、今思い出したのだが、これって去る九月に某NPOの主催する教育関係の集まりに参加したとき、知人が語り、私も思い知らされたのとまさに同じことではないか。「子どもたちのために、政治的な強さ、したたかさを身につけよう」と。世紀の発見どころか、やっぱ当たり前すぎ!
ま、で、あるからして、私の頭がすっかり惚けはじめているとしてもぉ。
具体的な争点で共通の目的を持つ人や組織とは、その争点限りでいいから、どんどん協力していく。そして、その目的達成以外のものは特に求めない。ひとまずそれが、無党派を任ずる個人として私ができるせいぜいなんだろう。
謎は未解明でも忘れていたことを思い出し一人納得したところで、気分を変えて、法律の勉強、勉強。いや、その前におやすみ、かな。
2002年11月5日
先月一六日付のこのコラムでチラとふれた渡辺武達氏の文章が、氏の大学ゼミのHPに掲載されているのを発見。未読の方はどうぞ。
「メディアリテラシー概論」の講義レジュメも合わせて、ぜひ。
国際人権法学会の年報やら憲法学の本やら『沖縄タイムス』やらを読んであれこれ考えてみるのだが、やはり日本という国では法務省や裁判所までも含む政府・官僚組織による人権蹂躙が構造化し諸々の現場では日常的に多発しているわけで、しかも国連人権委員会からあれこれ大量の勧告を受けても素知らぬ顔を決め込みトボケつづけている悪辣ぶりは堂に入ったものだよなあ、などとつい感心しそうになり、だけれども、東京外大の前学長だか何だかの中嶋嶺雄なる人物が「中国みたいな人権侵害の国とつきあえるか」てなことを『沖縄タイムス』に書くか話すかしていたのを思い出し、あれはいつだったっけと同紙サイトの「シーサーくん」で検索すると先月二日版で、あらためて読み返してみると、何とまあ、もう愚劣な思い込みと嘘以外は読みとれない小林よしのりあるいは石原慎太郎的な話の羅列がアホらしく、たとえば、この中嶋氏、「戦後の日本は、武力で人を殺したことはないが中国は違う」などと、昨年末に海上保安庁の船が不審船をわざわざ領海外に追い出してから先制攻撃し相手の乗組員を皆殺しにしちゃったなんてことなど素知らぬ顔で偉そうに強弁している蒙昧ぶりで、さらには「人権を無視し、環境を破壊し、金もうけに走る、現在の中国という国家のありよう」などとほざくに至っては、ちっとは自分の国の現実を自省してみるなんて恥の心はないのかね、などと罵倒したくもなるのだが、ひょっとするとこいつって実はほんとに無知な爺さんであるだけかもなどと憐れみをおぼえ、コレは太っ腹に笑って見過ごしてあげるのが粋というものともチラと思ったが、いや、待てよ、百歩譲ってよしんばそうだとするにしても、無知な思いこみに塗り固められたバーチャルな虚妄を前提に世の事象を声高に熱弁されてもはた迷惑かつ災いの元になるだけであり、その辺り歴史修正主義者なんかに通じる罪を犯している爺さんだと断ずる他はないわけで、そう気づいた我が身としては、こんな粗末で醜悪で愚劣なモンがのさばる世の中の行く末を憂い、同じ大学関係者でもこんなに違うんだねえと前述の渡辺氏の文章と講義レジュメのありがたさをかみしめ、さあ、我は何をかすべき、答えを今こそ導こう、それはすなわちなんじゃらほい、などと思考に集中しようとしたそんなところへアホ官房副長官の名がラジオから聞こえてきて、ラジオを踏みつぶしたい激情に危うく駆られそうになったのだが、それはさすがに修行を積んだうさちゃん騎士団、怒りを抑えて暗黒面の誘惑から遠ざかりつつあらためて思考を巡らして、いったい何を考えたかと言うと、お腹すいた、であったりして、小難しい話は受験勉強の中身だけで十分、という心境なのかなあ、などと物思いにふける振りなどしてみると、炉開きの日である本日旧暦一〇月一日、相棒がお茶会でお茶菓子をもらって帰ってきて、あなうれし、夕食後には美味しいお茶を煎れてのむべし、さあ、いっぷく。幸せ!
2002年10月29日
朝、ゴミ出しに出て、息の白さにあらためて思い知らされる、冬の到来。
えっ、まだ秋なの!?
『月刊むすぶ』今月号(No382)の特集は、『「それはおかしい」正々堂々と働きたい─公益を守る内部告発─』。
内容は、「結局、人間らしく生きたいのです〜薬害の加害者にはなりたくない」と題された、大鵬薬品工業の研究者への巻頭インタビュー、雪印食品偽装牛肉事件を告発した西宮冷蔵・水谷洋一社長の、告発までと、現在に至るまでの経緯など。先日のデモに触れた記事では、写真にこっそり私も写ってたりして。照れ照れ。
ここのところ、NGOが主催する集まりにちょこちょこ出かけているのだが、そうした場で手に入る「ISBNコードなど付いていない冊子」(そう言えば『月刊むすぶ』にも付いていない)が、かなり面白い。今の社会が抱えるさまざまな問題に最前線で格闘している人たちでなければ見えてこないものが読みとれるうえに、法制度や行政システムについての勉強にもなるのだ。こういう刺激って、最近の書店ではなかなか得にくいものの気がする。
最近読んだお薦めは、『包括的外国人政策の提言・2002年版「多民族・多文化共生社会」に向けて』(一〇〇〇円)と『M─ネット』2002年10月号(三〇〇円)。共に移住労働者と連帯する全国ネットワーク発行。
読みかけで止まっているが、続きが楽しみなのが、『ストップ! 子どもの強制収容・強制送還』(全国在日外国人教育研究協議会。電話〇七五・二一二・一三三八。五〇〇円)、『外国籍市民の参政権を考える連続講座』(民族差別と国籍を考える京都の会。五〇〇円)。
ジャンルが偏っているのは、まあ、仕方がないということで。
アフガン攻撃における「ブッシュ、小泉、ブレアらの国際法違反を裁く」国際民衆法廷が、前田朗東京学芸大学教授が音頭をとって、始まろうとしている……。
そんな噂を耳にして、先週末、大阪で開かれた『「市民のための戦争犯罪論入門」講座』に出かけてみた。講師はその前田朗氏。主催は「ブッシュを裁く!国際民衆法廷キャンペーン・関西」。
国際法の講義、中でも戦争法廷の歴史が興味深かった。戦争に明け暮れた二〇世紀を通して、時代は大きく動いてきたのだが、それを大きく巻き戻そうとしているのが、ブッシュとその郎党どもというわけだ。
国際民衆法廷の方は、今年一二月から来年一一月まで、各地で公聴会を開き来年一二月に判決、というスケジュールで進めるそうで、間もなくウェブ・サイトが立ち上がるらしい。そのサイトでは、ベトナム戦争時のラッセル・アインシュタイン法廷に始まった国際民衆法廷の歴史なんかが紹介されるんじゃないかと思う、たぶん。確認できたら、あらためて紹介するつもり。
それにしても、男性が圧倒的に多い集まりで、しかも、いかにも「活動」の世界の住人然とした参加者がほとんどで、ちょっとビビった。元はどういう集まりが中心になって立ち上げたものなんだろうか?
「一般」世界の人らしき人たち(学生っぽい女性数名も含む)もいるにはいたが、残念ながら、ごく少数。
この先、参加者の範囲をどれだけ広げられるかが、「アフガニスタン国際刑事法廷」の政治的・社会的な意味での成否を左右する気がする。戦争犯罪資料の収集という歴史的意義は別として。ちょっと心配だったりして。
帰路、旧知の某氏とその新しい友人の某氏らと、喫茶店で話し込む。いとたのし。
『風雲児たち 幕末編』第二巻。
天皇家の人々に対して敬語が使われはじめていて、絶句。
こうした世間のしがらみ、あほらしさから自由に、人を人としてとらえる視点こそがこの作品の魅力だったのに……。発行元が変わった影響だろうか。
コンピュータが修理から帰ってきて間もなく、リイド社に抗議のメールを送ったのだが、今のところ返事も何もなし。ま、そんなもんだろうね。
2002年10月25日
「うきうき書房ニュース」冒頭の例のアニメーションを手直しして、アップロード。して、その結末は!?
最後を言葉に頼らざるをえないのが今の私の限界かも。ため息またひとつ。
ともあれ、英語版『UkiUki TRUE? LIES! JOURNAL』トップともども、お楽しみいただければ幸いです。
2002年10月24日
「うきうき書房ニュース」冒頭ですでにご覧になったと思うが、例のアニメーションが一応完成した。どうもこの手の才能には恵まれていないようで、何ともぎこちのない仕上がりになってしまい、ため息こぼれまくり。やれやれ。
まあ、そんな個人的なぼやきはともかく、もっとやるせないことがある。「こんなもの作って良かったのかなあ」という思いが、完成品を見れば見るほど、じわりじわりと強まってくるのだ。
このアニメーションでは、本コラムシリーズで「馬鹿の枢軸」と呼んできたブッシュ、シャロン、小泉政権と、イラク攻撃に狂ったように突き進むブレア政権とを象徴するつもりで、国旗を使った。しかし、こんな風に描いてしまうと、四カ国の国民全員が「戦争中毒な馬鹿の枢軸」を支持しているかのごとき印象が生まれてしまう。アフガン報復攻撃に反対していたアメリカ市民も、イラク攻撃反対デモに参加しているイギリス市民も、軍の残虐さに軍務拒否したイスラエル市民も、ブッシュの戦争に反対してきた諸々の日本市民も、皆、国旗の後ろに覆い隠されてしまう。人々の現に存在する多様性が奪われ、国旗に塗りつぶされる。ジミー・カーター氏もブッシュ大馬鹿大統領も、同じアメリカ人であるがゆえに、十羽一唐揚げにまとめられてしまう、この奇妙さと理不尽さ!
はたしてこんな危なげなものを公開してもいいものか。
しない方がいい気もする。
しかし、国旗・国家という概念がいかに凄まじく暴力的なものなのか、そしてさらには、人を属性でラベル付けして扱うことがいかに危険で恐ろしいことかを実感してもらう一助になればと思い、公開に踏み切った。
まあ、こんな調子での公開なので、いずれ公開停止し、引っ込めてしまうかも知れない。面白いと思った方には、素早くダウンロードし保存しておくことをお薦めする。
2002年10月16日
九月一日、突如としてコンピュータが作動しなくなった。
翌日、以前幾度か修理を頼んだことのある市内の修理センター「Quick Garage」まで自転車で運んでいったが、空きテナントになっていて、脱力。寺町電気店街でアップル修理センターの情報を仕入れ、帰宅後ただちに、電話。
そして三日、修理センターに向けて発送した。
以後、週に一度か二度は修理状況の確認を繰り返し……。
修理がすんだコンピュータが無事に戻ってきたのが、一週間前、一〇月も九日になってのことである。
この修理期間を長いと見るか、短いと見るか。
修理センターのオペレータが言うところを信じるならば、どうも海外、シンガポールあたりからドンブラコ、ドンブラコと、交換用CPUを船で運んできたらしい。しかも、部品発注から出荷されるまでに約二週間かかっている。
スピード勝負のコンピュータ業界で何やってるんだ、バカップル! 旧型パソコンは諦めて、とっとと新型に買い換えろって嫌がらせか?
などと叫んでみたくなりつつも、ひょっとすると、G3アクセラレータ用 CPUを探してくれてて、でも見つからずに遅くなったのかも知れないなあ、なんて具合に、好意的な解釈もしてしまう、アップル贔屓の大馬鹿者とはこの私、いとをかし。
まあ、とうの昔に生産打ち切りされた機種だったので、部品の調達に時間がかかった面は否めまい。新型iMacは二、三日で修理がすんで返ってきた、なんて友人もいるし。
ともあれ、コンピュータもメールもない生活って、わりかし快適かも。などと長閑な暮らしを満喫した四〇日間だったが、同時に、大手メディアの諸々の狂騒を眺めるにつけ、インターネットの有用性もあらためて認識した次第。嗚呼、アンビバレント。
さらに。
コンピュータが復活してみると、何と当サイトが消滅していて、そこから私は、住所変更手続きの大切さ、そして、諸々の引落用預金口座の残高確認の大切さをも、強く強く、実感した次第でもありました……(あまりの アホらしさに事の顛末の詳細は秘密……。)
コンピュータが帰ってきて、早速、GIFアニメの制作に取りかかる。
白地に赤の●があり、それが実は赤色のデス・スター(『スター・ウォーズ』エピソード4に出てきた、銀河帝国の恐怖政治を象徴する宇宙ステーション)で、しかもその周りには五一個のデス・スターが並び、いつの間にやら背景は青色になっていて、さらに視点を遠ざけていくと、赤と白のストライプも見えてきて、それはあらあら、星条旗でした!
という落ちの、題して「DEATH STARS AND STRIPES」(死の星条旗)。
完成したら、ブッシュ政権への異議申し立ての一環としてネットで配布するつもりだったが、二時間の苦闘の後、私には「デス・スター」を描く才能がないことを思い知り、断念。残念だンねン……。
一昨日の午後。知人の呼びかけを受けて、生まれて初めてデモに参加。休日で賑わう河原町通あたりをふらふら歩いた。
あの辺の車道を大手を振って歩いたことって、思えば、学生時代に学園祭の宣伝を兼ねた仮装行列に参加した時以来、になる。当時はセーラー服を着せられて歩きもした。足下がかなり寒く、スカートの恐ろしさを味わったよなあ……。
今回のデモのタイトルは、「朝鮮学校生徒などに対する差別暴行事件に反対する行動」。
このデモへの参加の呼びかけに対し、お馴染み「2ちゃんねる」で嫌がらせや脅迫めいた書き込みが相次いでいたとかで、何か妨害があるのではないかと、主催者たちはスタート前、かなりナーバスになっていた。「2ちゃんねらーらしき人が参加者の写真を撮っている」とか心配して。
そういう話を聞くと、やはり気持ちのいいものではない。
無論、匿名でこそこそ蠢く連中に何ができるか、などと思いもするが、それはやはり私が当事者でないから抱ける余裕だろう。当事者、すなわち朝鮮学校の子どもたちは、こういう匿名の暴力や嫌がらせが生む不気味な圧力の中で日々暮らしているのかなと、思いをめぐらす。デモに参加してきた在日の若者たちの姿が、頼もしくも見え、同時に、かなり無理して気張っているようにも見える。日本人の大人として私に、何ができるか。
デモ行進スタート前に、文部科学省がインターナショナル・スクールの卒業生に大学受験資格を認めたが、朝鮮学校卒業生については相も変わらず除外した、という新情報を耳にした。日本政府によるいけずな構造的暴力!
さらに、在日コリアン住民の多い地域で、例の「心のノート」を使った公開学習だか何だかが今週、開催されるなんていう話も聞いた。ここにもまた、日本政府による犯罪的な暴力が姿を現す。河合隼雄って、こんな愚劣なことを進めるオッサンだったのか?
それはさておき。
いざ行進が始まると、道行く人々はかなり好意的な感じで、ビラもどんどんはけていった。
嫌がらせは、四〇代くらいのオッサンが一名、顔を真っ赤にして「帰れ!」とか怒鳴りつつ歩き去ったのを見たぐらいか。そのくたびれた風体に哀れみを覚え、やるせなくて、失笑。
デモ終了後は、ブラジルからの友人のライブを聴きに、法然院へ。ふぇりーす!(幸せ!)
ただ、歌詞に落ちがあるなど面白い歌が多いので、ポルトガル語がもっとわかれば、もっともっと楽しめ、もっともっと、ふぇりーす! だっただろう。勉強しなくちゃ。
北朝鮮との国交正常化交渉について。
『週刊金曜日』No.429で、姜尚中氏と山口正紀氏とが書いていること、特に山口氏の『「拉致一色」報道が隠す日本側の侵略責任』の内容に強く共感する。
せっかく日本の近現代史の現実に真正面から向き合えるチャンスが報道関係者にも訪れたというのに、拉致、拉致、拉致、拉致の一色っていうのは、もう、馬鹿丸出し。
報道に関しては、某所で読んだ渡辺武達氏の文章にも、同感、同意、「そうだ、そうだ」の間(あい)の手の嵐。どこで読んだかは、ひ・み・つ!
ところで、日朝首脳会談で合意された、日韓条約と同じ経済協力方式、すなわちODAの原点になったと言われる形式による「過去の清算」は、倫理的に見ても、政治的に見ても、やっぱやめとくべきだと思う。個人補償をきっちりやっておかないと、それも戦争・植民地政策被害者たちにきちんと手渡しできるような形でやっておかないと、どうなるか。そしてまた、きちんとそういう方法でやっておけば、どうなるか。で、そのための具体的方策とは……!?
まだしばらく忙しいので、いつか暇ができたら、書いてみます。なあんてネ!
人種差別・民族差別などマイノリティへの差別を禁止する法律について調べていて、『緊急出版 人権擁護法案・抜本修正への提案──どこを、どう、変える?』(編集/社団法人部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会、発行/解放出版社、1200円+税)を発見、購入。ざっと見たところ、同意できるところが多く、コンパクトな資料集としても重宝しそうだ。
なお、同書の第1部を執筆した友永健三氏のコラム「部落差別撤廃の視点から見た人権擁護法案の問題点」が、部落解放・人権研究所のサイトに掲載されている。長くないので、ぜひ、ご一読を。
いけない! 受験勉強しなくちゃ。
2002年8月18日
八丈島が、東へ移動開始!
二日間で東に五センチ程度移動しているって、いったい何が起きたのか。年に数センチ西進し数百万年後には日本列島にくっついちゃうと言われるハワイさんに、一刻も早く会いたいとの意欲の表れなのか。だとしたら、微笑ましい。
とまあ、冗談はさておき。
八丈島の地下でいったい何が起きているのか、『日本沈没』(小松左京・著。光文社文庫、全二巻)に登場する天才科学者にして、前例のないことでも「直感とインスピレーションだ!」で予測してしまえる田所博士に尋ねてみたいところだが、架空の人物では無理というもの。異変はともかく、大きな災害にならぬことを祈るばかり也。
ところで、この『日本沈没』。「さいとうプロ」が劇画化したもの(講談社漫画文庫。全三巻)を、かなり気に入っている。
ややこしい科学理論の解説を、見事なコマ割と登場人物の表情、そして的確なイラストの組み合わせで、強烈な説得力を醸し出しながら、すらすら読ませる。「これぞプロ!」と称えるに値する職人芸を、存分に堪能できる仕上がりなのだ。
人物描写も魅力的だ。たとえば、件の田所博士。冷静に見ると、「こんな髪型のヤツいるかあ?」というぐらいに怪しい外見なのだが、全編を通して実にいきいきとしていて、存在感はもちろん、目を見張らせるばかりのリアリティーがある。まさに「迫真」だ。
中でも、第一巻二七八ページの右下コマの博士の表情。
「こんなことぐらいは中学の時にならったろう?」
と、読者に睨みをきかすと言うか、くだけて言うとガンを飛ばすシーンなのだが、博士の性格と人格がにじみ出た、全卷随一の、白眉である。未見の方は、何かの機会に、ぜひこの時の博士にご対面ください。けっして損はさせません。たぶん。
小松左京氏は、日本列島消滅に際し難民として世界各地に受け入れられた人々の運命を描く、続編『日本漂流』を構想していたそうだ。
興味をそそられる内容だが、世界情勢があまりに激しく変転するので、さすがに小松氏も舞台設定が定められなかったようで、幻の企画になってしまった。残念。
しかし、事実は小説より奇なり、とかで、列島沈没はともかく、将来、この列島の大半が人の住むのに適さなくなり、『日本漂流』よりも壮絶で悲惨な未来がやって来る可能性も、大いにある。そう。 原発震災が原因で。
「日本沈没」は自然現象によるものだったので、世界中の同情を買えたけど、核兵器欲しさの原発乱造が原因となると、どうなることやら。
メルマガ『「その時どこに逃げますか?」東海地震と浜岡原発の危機』 第六号の特集、「読者からの質問‥‥電力会社もホントは原発を止めたい? ・迫る電力市場の自由化の波 ・放射性廃棄物の処理コストは誰が負担する?」が、田所博士の上記表情と同じく、お薦めだ。
私はこの特集を読んで、あらためて叫びたくなった。
「こらあっ、小泉貧乏死神内閣! 軍事費だの住基ネットだのに国家予算をつぎ込む前に、もっと優先すべき課題が山ほどあるだろうが! 嘘っぱちの改革詐称ジジイどもめ。まったくもって、度し難し!」な〜んて。
でも、貧乏死神首相ごときには、そんな危機意識も発想の転換も、まったく少しも、望めなくて、野党にもそんな発想は期待できそうになく、いと虚し。せみせみ。
同じメルマガで知ったのだが、「朝日新聞がボツにした地震学者の『警鐘論文』」も、なかなかゾッとさせられる内容だ。マスメディアを巡るホラーな現実が、暑気払いにもなりましょう。ぞぞぞ〜っと!
何と! 愛媛県の公立学校が、歴史改竄主義者「つくる会」の嘘八百歴史教科書を採択してしまった! 嗚呼、度し難し!
採択に関わった教育委員会委員や県知事の名を刻んだ碑をどこかに立てるべきだと思う。同姓同名の人がいたら気の毒だから、名に、生年月日ぐらいを添えて。本人たちは誇りに思って満足だろうし、見る人が見れば、不幸な歴史の繰り返しに至る扉を軽々と開いた愚挙の責任者たちを晒しているのだと、はっきりわかるだろう。みんな満足の、素晴らしいアイデア!
前の戦争では昭和天皇をはじめ多くの責任者がマンマと敗戦を生き延びたが、今度はそうは問屋に卸させてなるものか、絶対!
2002年8月10日
一昨日が立秋だったとか。
昨日までは夜中まで聞こえていた蝉の鳴き声が、今日は日が暮れると、やんでしまった。
秋の気配。
桜も例年より早かったし、猛暑の到来も早かった。蟻さんの台所への出現とその黄昏も、やはり一月ほど早かった気がする。
嗚呼、温暖化!
これから、長い残暑が始まるのか……。
などと、怯えたふりをしてみるが、まあ、エアコンを先月末に一日しか使わず(それも設定二八〜二九度!)ここまで来れたのだから、後はもう、余裕、余裕。
田中眞紀子氏、辞任。
これでまた、国粋的あるいは対米追随、そしてアジア蔑視、女性蔑視、非欧米系外国人蔑視、人権無視の勢力が図に乗って、歴史を騙り憎悪を煽るダーク・サイド、暗黒面の力が、より一層強くなっていくのか。
くわばら、くわばら。
田中康夫氏とその支持者たちの踏ん張りに、期待。
先日のこのコラムで辺見 庸氏宛に「読むべし!」と挙げた書の数々、どれもこれも物凄くマイナーなものだったと、後になって、気づいた。
私って、マイナー嗜好だったのかしらん!
『風雲児たち 幕末編』第一巻を読んだ後で、『雲竜奔馬』をざっと読み返してみた。
やはり、『風雲児たち』の方が格段に面白い。
『雲竜奔馬』ではよくわからなかった、フィルモア米大統領のペリー提督への「対日開戦禁止命令」の背景や、黒船対策について老中・阿部正弘が意見を募ったとき、彦根藩から勝海舟と同じく「開国して貿易を行い、国力をつけて欧米列強に対抗していくべきだ」なる提案がされたことの意味も、はっきりとわかった。新選組ものの小説や記録を読んでもトンとわからなかった「蝦夷共和国構想」の背景も、ようやく腑に落ちた。『風雲児たち』で詳しく描かれた田沼意次による蝦夷地開拓調査の話は、五稜郭の戦いへつながる壮大な前振りでもあったとは……。おそるべし、みなもと太郎氏!
やはり歴史は、いろいろな立場の人のさまざまな視点から合わせ見てこそ、面白い。学ぶべきもの、他山の石とすべきものが、見えてくる。
江戸期の日本に通商・開国を求めてやって来たのは、ペリー艦隊が初めてではない。『風雲児たち』で描かれたように、ロシアはペリー艦隊の半世紀以上前から日本との交渉に臨んでいた。一九世紀に入ると、アメリカやイギリスなどの船が通商を求めて次々に来航するようになった。帝国主義の最盛期であり、日本にも国際社会の動きの中に否応なく置かれているのに、幕府は鎖国をしていれば大丈夫とばかりに異国船を追い返すだけ。欧米列強やアジア諸国の動きと現状をわずかでも知っているのは、中心的な幕府閣僚と蘭癖大名、そして一部知識人くらいで、庶民や下級武士たちは、何も知らない。
ペリー来航の前年には、アメリカ政府が「開国交渉のための艦隊を来年日本へ送るのでよろしく!」と長崎出島のオランダ領事経由で伝えてきたが、その情報を幕閣たちは握りつぶした。庶民はもちろん、幕臣のほとんどもアメリカ政府の予告・通告を知らされぬまま、衝撃的な黒船出現を迎えることになった。そして、これは野蛮なアメリカ人による無礼な不意打ちだととらえ、恐怖と憎悪が入り交じったその感情が、水戸黄門を始祖に持つ狂信的な尊皇攘夷思想の爆発的広まりの起爆剤となり、血なまぐさい幕末期の混乱につながっていく。「知らしむべからず」という幕府の政策が、あたら惜しい無数の命を散らす遠因となった。
情報がきちんと伝わり、人々が諸外国との関係の推移について知っていれば、どれだけの混乱が避けられ、どれほどの命が救われたことか。
情報化社会と言われる現代でも、同様の危険性はある。
たとえば、韓日共催ワールドカップの時、予選リーグの試合で日本が勝てなかったという知らせ(うろ覚えだけど、ともかく、そんな知らせ)を受けた韓国スタジアムの韓国人サポーターたちが歓声を上げた、とのニュースが流れた。
そうした歓声が上がるのは、日韓の近代史を振り返れば無理がないことと思う。たとえそこまで遡らなくても、ここ数年の両国の関係を思い起こせば、やはり同じ結論にたどり着く。
ワールドカップ共催決定後、韓国では対日友好ムードが高まり、日本文化に対する開放、受け入れが進んできた。にもかかわらず、昨年から今年にかけて日本政府は、冷や水をぶっかけるような、ちゃぶ台をひっくり返すような、手酷い仕打ちで応えた。小泉・森派幹事長が支えた森内閣時代には、歴史改竄主義者たちの間違いだらけの歴史教科書(市販された後にも、第一次大戦で地中海に派遣された日本軍艦船の捏造された手柄話の削除など四九カ所の修正があり、他にも二〇カ所以上の間違いが放置されたままだとか。『週刊金曜日』No.411)を無理矢理、検定合格させた。森内閣の閣僚をほとんどそのまま引き継いだ小泉内閣では、貧乏死神首相は昨年八月、今年四月、靖国参拝を強行。そして、その貧乏死神首相と内閣を、日本国民の大多数が支持してきたこの現状。韓国人サポーターの間に反日感情があったとして、何が不思議か。至極当然ではないか。
にもかかわらず、このニュースを聞いて、韓国チームを応援してたけどもうやめた、韓国とはやはり仲良くやっていけない、などと、まるで自分たちの誠意が一方的に踏みにじられたかのようにのたまう人がいたりする。わずか数ヶ月前の間の出来事すらすっかり忘れて、そんなことを言えるのは一体なぜなのか。
きっと日韓関係についても政治についても、ろくに関心を持たずに来た人たちなのだろう。そんな彼・彼女らのピュアでナイーブな心が、かつての攘夷思想の如きダーク・サイド、暗黒面の力によって扇動され、利用されたら……嫌になっちゃう。
ともあれ、現代は江戸徳川期とは違い、曲がりなりにも情報化社会。そして、海外情報の限られていた江戸時代にあっても、わかる人にはわかっていたのだと、勇気づけてくれるのが『風雲児たち』。
幕末、そして明治・大正・昭和と続いた過ちが、昨今のグローバリズム進展の反動たるナショナリズム勃興を受けて、繰り返されぬことを、強く願う。
と、切実なる願いを述べたところで、あらためて、皆さまに宣言することがあります。
私、浮世絵太郎こと、☆ ☆☆(今さら伏せてどうする、ってのはナシ!)は、受験勉強に打ち込むべく、小説の続き執筆も電子出版の新しい活動への取り組みも、受験合格まで、休止いたします。
もうずうっと休眠状態じゃないか!
と言われそうですが、頭の中ではあれこれ策謀していて、このままでは勉強も「うきうき書房」の活動も中途半端になりそうです。もう若くはないですし、これまで勉強に費やした労力を無駄にしたくはありません。
ただ、電子出版関連として、『ちへいせん』の「電子本ルリユール教室」だけは、きちんと最後まで続けるつもりです。(八巻さん、A5パンチについての寄稿の件は、ごめんなさい! もし良かったら、来年末まで待ってくれます?)
このコラムの更新も控え目にするつもりです。
こう宣言しておかないと、勉強から逃避して、ついついこんな長文を書いてしまいます。こんなことでは合格など、いつになるやら。相棒の負担を少しでも早く減らすためにも、早期合格を実現したいのです。
まあ、何か面白いこと、急を要することがあれば、このコラムは随時更新します。でも、万一、更新が頻繁になったり長文になったりしたら、「ちゃんと勉強しろ!」などとお叱りのメールをいただけるとありがたいです。
実を言うと、司法試験にはまったく向いていない気がしています。まったくトンデモないものに足を突っ込んじゃったなと気を失いそうになってばかりなのですが、法律を使ってのもめ事解決という仕事自体は、性格的にけっこう向いている気もしています。後者の気持ちを支えに、人事を尽くして何とやら、受験勉強羅刹の意気で、いざ、勉強三昧の日に突入します。
では、皆さん!
皆さまにも、Boa sorte!
そして、May The Force Be With Us!
2002年8月9日
名前の変わった京都ホテル、欧米系の名前がついたのではなく、「オークラ」がくっついていたのでありました。取り急ぎ、訂正いたす次第であります。
昨日は夕刻より、友人たちと、五条の陶器市へ。
昼間の猛暑が嘘のように、日没後は涼しい。去年まではいつも、ぶらぶらと見て回るうちに冷たい飲み物が欲しくなったものだが、今年はそれがない。最後まで快適に、歩いて回れた。
しかし、値段が手頃にしてピンと来る作品に出会う、などという虫のいい願いは残念ながら叶わず、何も買わずに帰宅。今必要な食器はどういうものか、ちゃんとわかってはいるのだが。最終日の明日、もう一度出かけてみるか。思案中。
今年は例年に比べて人出が少ないようで、早じまいする店が多かった。これはきっと不景気の影響、なのだろうねえ。
2002年8月7日 (8月8日、若干補修)
先日出会ったジュラシック・パーくん!
トカゲさんだとばかり思っていたが、今日網戸につかまっていたヤモリくんと、どう見比べても形が同じ。ヤモリさんだったようだ。ただし、色違い。先日のはコーヒー色で、今日のは真っ白。なぜだ。
ひょっとすると、ヤモリさんは、忍者のようにカメレオンのように、周囲に合わせて体色を変える力を持っているのか。たしかに、コーヒー色のを見たのは濃い茶色の廊下の上。白色だったのは、網戸の上ではさすがに周囲の色を抽出できなかったからだ、と。おおっ、つじつまが合いまする!
ヤモリさん、見くびっていたよ。ごめんね。
みなもと太郎氏が描く、歴史大河ギャグ漫画の最高傑作、『風雲児たち』!
その「幕末編」第一巻が発売されている!
そう『Publicity』三五五号で知り、あちこち探し回った結果、本日、ようやく入手できた。嗚呼、感無量也。
あれは今を去ること二〇年近く前、高校時代だったか中学時代だったか、横山光輝氏の『三国志』目当てに購読を始めた『月刊コミック・トム』という潮出版社発行の激しくマイナーな雑誌に、『風雲児たち』は掲載されていた。
最初に読んだのは、前野良沢が長崎留学から江戸へ帰る時に後ろ髪を引かれまくるエピソードだったと思う。以来、読めば読むほど面白くなり、ついには単行本を集めるようになった。
連載当初のみなもと氏と編集部は、関ヶ原を前振りにして幕末期の動乱を描くことを考えていたようなのだが、作者の凝り性と誠実さは、関ヶ原の合戦から一足飛びに幕末に流れ込むことを許さず、その前振りとなる江戸期の歴史とキラ星のごとき「不運児たち」群像のエピソードを、丹念に丹念に、念入りに執拗に追い続け、描き続け、連載開始から二〇年近く経ってもとうとう幕末には至らず、単行本にして三〇卷(番外編一卷を含む)、高野長英が死んだあたりで一段落し、遂に続刊が出なくなった。数年前のことである。
代わって、やはり潮出版社から、同じ作者の『雲竜奔馬』が続編として登場したが、主人公を坂本龍馬に絞り、龍馬の行動を主軸として展開させていく構成となったがゆえに、他の人物の描き込みが薄くなり、さまざまな人物群像が織りなす『風雲児たち』の世界に魅了されていた私には今イチ、物足りなかった。そして、その『雲竜奔馬』も五卷で止まって、あれれのれ。寂しいなあ……。
と、寂寥感を感じていたところへ、今回の『風雲児たち 幕末編』発刊開始の知らせなのである! もう、嬉しいのなんのって!
今回、単行本を探す最中にちょっと調べてわかったのは、発行元がリイド社に代わり、同社から「幕末編」以前の部分の愛蔵版が出ているということ、そして、同社の時代劇専門コミック月刊誌に、この『風雲児たち 幕末編』が連載されているらしいとのこと。
今後も掲載媒体や発行出版社が変わることは大いにありそうだが、とにもかくにも、再開、めでたい! 作者・みなもと太郎氏の健康を祈りつつ、あらためて、祝杯!
『沖縄タイムス』に連載されていた、共同通信配信のシリーズ「テロ・戦争・世界 21世紀を生きる」。今週分に「おわり」の文字。トリは、辺見 庸氏だった。ジョージ・ルーカス氏ではなく、残念。
しかし、この最終回、ショボい感が否めなかった。
辺見氏の言うことはもっともなことが多いのだが、ナイーブ過ぎて、迫力が感じられない。たとえば、
もっとがくぜんとするのは、とうの昔に終えんしたと思っていた植民地主義、あるいは近世や中世という過去の闇が全くふっしょくされていないことだ。歴史の古層が実は相当、力を持っていた
などと述懐をするあたりには、ジャーナリスト出身の辺見氏にしてそんな認識だったのかと、こっちが愕然とさせられた。
植民地主義や近世、中世の闇が払拭されただなんて、いったいこの社会のどこをどう見て思っていたのか。まるで公教育の教える「キレイな社会」しか知らないみたいな、この無邪気さは何なのだ! 日本軍性奴隷として働かされていた女性にインタビューしたこと、あったんじゃないのか? 世界のあちこちに出かけて取材してもいたんじゃないのか? その結果が、こんな無邪気な世界認識だったのか?
ああ、辺見氏よ!
『沖縄タイムス』や『琉球新報』でも読みなさい! パイナップル畑被弾の後も、まだまだ米軍の横暴は続いているぞ。日本政府も金に飽かせてやりたい放題だ。こんな近くに、植民地はあるじゃあないか! しかも我々も当事者だ。そのくらい、知っているだろ?
あるいは、『大食い姫』でも読みなさい! 『〔新版〕在留特別許可〜アジア系外国人とのオーバーステイ国際結婚』(サーム・シャヘド、関口千恵・共著、明石書店、二〇〇二年六月一〇日発行)でも読みなさい! 『人身売買と受入大国ニッポン その実態と法的課題』(京都YWCA・APT編。明石書店。一八〇〇円+税)でも読みなさい! 『包括的外国人政策の提言・2002年版 「多民族・多文化共生社会」に向けて』(移住労働者と連帯する全国ネットワーク)でも読みなさい!『月刊むすぶ』5月号や7月号を読みなさい! もっともっと身近に、本土の、まさに私らの暮らす同じ町中、同じ村中に潜む植民地主義や中世の闇が、くっきりと見えてくるはず! そしてそれが、この地球上の違う地域につながっているのが見えてくるはず!
さらには、『週刊金曜日』でも読みなさい! 『風雲児たち』でも読みなさい! さあ、辺見氏よっ!
なんてことを、面と向かって言ってやりたい感じぃ。
……。でも、よくよく考えたら、辺見氏も、9/11以後には、もう気づいてるんだから、余計なお世話だったね。ちょっと激昂してしまいました。反省。
やっぱり、こんな意地悪なことを、「さわやか月間実施中!」の身としては、言うべきではないのだろう。
好意的かつさわやかに解すれば、辺見氏の上記の言葉は単なる言葉足らずだったか、あるいは、ちょっと心にもないことを言ってみただけなのかも知れない。日本人の大半の抱いていたであろう認識を、代弁してみたつもりなのかも知れない。編集者が変な風にまとめてしまったせいかも知れない。
ただ、たとえそうだとしても、今回のインタビュー全体に、現実から乖離した場所であれこれ思考し言葉を発しているだけのような、上っ滑りな印象が漂っているのは否めなかった。
これって、意外と、日本の言論界大半について言えることかも知れないなあなどと、ちょっと大袈裟に考えてみて、その恐ろしさに、暑さを忘れる。ひゅ〜。
『沖縄タイムス』八月三日付の共同通信配信の記事によると、国連開発計画(UNEP)の『人間開発報告書 2002年版』が、反テロ名目で人権が犠牲にされている現状について、基本的人権を犠牲にしたテロ対策に強く異を唱えたそうだ。
読んでみたい。日本語版もいずれ刊行されるだろうか。
街頭で、京都市の住基ネットからの離脱を求める署名をしてきた。
住基ネットからの情報漏洩がいつ発覚するか、どこかのブック・メーカーが賭けをしてたら、面白い。なあんて、ね。
2002年8月2日
さわやかな、八月!
でも、最近、ヤモリさんの姿を見かけなくなった。さみしい〜っ!
などと思っていたら、先日の午前中。玄関前の廊下のど真ん中を堂々と駆けてゆく、コーヒー色のトカゲさんを発見!
どこから入ってきたのか、「なかなかヤルじゃん!」と深く感心。
その大胆不敵な面構えから、恐竜映画が想起され、ジュラシック・パーくんと名付けてみた。
靴棚の裏に消えていったジュラシック・パーくん!
また、会えるよね、きっと。ねっ?
七月二六日の本コラムで紹介した、『沖縄タイムス』七月二五日朝刊の一面コラム「大弦小弦」の内容について、八月一日付の同コラムで訂正が載っていた。
パイナップル畑の被弾事件について、東京新聞の他に日本経済新聞も記事を掲載していたとのこと。
日経新聞、意外なところでヤルもんだ。
『週刊金曜日』八月二日号(No.422)を読んで、長野県知事選についに立候補した例の女性弁護士の正体が見えてきた、かな。
彼女、長谷川敬子氏は、田中前知事の前任、吉村午良・元知事の県政下で、公共事業評価監視委員会の委員を務め、ダムはもとよりほとんどの公共事業に「継続答申」をしたメンバーの一人だったそうだ。本当に前回の県知事選挙で田中氏を支持していたのか、ちょっと疑わしい経歴だ。
また、長谷川氏の夫も弁護士らしいのだが、その夫は、今、「物見遊山の旅行を海外視察と称して公費で出かけるなんて、おかしい!」と県民オンブズマンが五人の県会議員相手に起こしている公費返還請求訴訟で、県議側の弁護士を務めているのだとか。
そしてやはり、県議や県庁幹部OB関係者が、長谷川氏出馬の背景で蠢いている、と。
……。
でもまあ、他の記事を読んでいると、東京の大手マスコミ(もちろん『週刊朝日』も含む)経由ではまず見えてこない長野県民の動向もうかがえて、かなり心強かったりする。『K嬢の長野県政ウォッチング日記』のアクセス数の話とか、保屋野初子氏の記事とか。他府県の人間があれこれ心配する必要はないのかも知れないなあと、安堵の気分に浸りそうになる。
でもやはり。時勢が時勢なので、油断せずに、そしてあくまでさわやかに見守ってみよう。
さわやかをもって貴しとなす。
そして、今月は、怒らないぞ!
えっ、それは無理?
2002年7月31日
「個人情報保護法」とやらが成立しなければ住基ネットは稼働しまい、などと油断しきっていた己の不明を深く恥じ、遅ればせながら本日夕方、京都市宛に、
「マジで来週から接続すんの? 不安すぎるよ〜。問題起きたら、損害賠償してくれるよね?」
との趣旨のメールを送ってみた。たぶん効果はないと、諦めているが。
送信ボタンを押す時にふと思ったのだが、防衛庁の「クレーマー・リスト」の件なんかが明らかになった今、ちょっと気の弱い人はもう、政府・行政関係へ問い合わせをしたり注文をつけたり苦情を言ったりとか、民主主義社会ではごくごく当たり前のそんな権利すら使えなくなっていたりして。
『週刊朝日』で、長野県知事選の立候補した長野県初の女性弁護士(名前は失念!)の所信表明みたいなものを、読んだ。
たしかに彼女の言うとおり、田中前知事にも至らぬところはあるだろう。でも、この弁護士、どうせなら知事選とかじゃなく、次回の県議会選挙に出馬した方が県の将来にとっても好ましいんじゃないかと思ってしまった。
なにせ、驚くべき長期政権下、長年に渡って積もりに積もった県政の汚濁は、知事が田中康夫氏に替わったくらいでキレイサッパリ流しきれるものではない。県民が変わり、議会が変わり、そして県庁まで変えていかなくては、元の木阿弥になるのが目に見えているのだから。
彼女も田中前知事の元・支持者なら、田中前知事と現・県議会のどちらが県民にとって厄介な存在なのかを知っていたと思うのだが、それでもなおかつ前知事を追い落とすべきだと、本当に確信しての出馬なのか。わずか二年足らずの間に田中氏にそれほどの失政があったとは、ちょっと信じられない。
『週刊朝日』の記事からは、この弁護士、知事さえ替わればすべてが変わると安易に期待していた人のようにも見えてしまった。この分析が正しければ、彼女は法律家としてのセンスや実績はともかく、政治の問題点を見抜くセンスに欠けていると言えよう。
まあ、反・田中康夫を掲げる候補が乱立すればするほど、田中氏は有利になるだろうから、もしそれを見越しての「隠れ」田中支持者としての出馬なら、政治家としてのセンスは凄まじいと言うほかないのだが……まさかそんなことはないだろう。
以上、せっかく見えてきた好ましき変化の兆しが、このまま圧殺されてしまいそうに思えて、他県のことながら心配になり、ついつい毒づいてしまった。辻元清美氏に続いて田中眞紀子氏までもが、薄汚いオヤジどもに潰されちゃったみたいな昨今の状況に鑑み、
「哀れなヤツよ」
と、我が無礼と醜態、見逃してやってくださいな。ぐっすん。
沖縄の米軍普天間基地。移転して、名護市海上に永久固定されることがほぼ確定した感じ。
稲嶺県政の成果だね。
私としては残念で残念で悔しくて悔しくて仕方がないけれど、稲嶺知事支持者の皆さん、そして霞ヶ関の皆さん、
「おめでとう! み〜んなあなた方の思い通りになっていますね! 実に羨ましい!」
ああ、また毒づいてしまった……。
いけませんね。
明日からは爽やかに生きるようがんばりますので、今日のところはご勘弁を。ねっ!
2002年7月30日
『沖縄タイムス』七月二七日夕刊によると、CNNテレビが二六日報じたところでは、米陸軍のアフガン帰還兵がそれぞれ自分の妻を殺害する事件が最近四〇日余りの間に四件も相次ぎ、戦争による極度のストレスが事件の背景にある「アフガン症候群」の可能性が指摘されはじめているのだそうだ。合掌。
今週発売の『サンデー毎日』八月一一日号に、湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾の影響で生まれた奇形児の写真が掲載されていた。以前にもやはり『サンデー毎日』かあるいは『週刊朝日』かの週刊誌と、『週刊金曜日』でも幾つか写真を掲載していたが、今回のもまた凄惨で、どうコメントして良いものか、言葉が見つからない。馬鹿の枢軸の一人ブッシュ馬鹿大統領はきっと、「イラクの化学兵器か何かの影響だ」なんてトボケるんだろうけど。
ここからちょっと日本に目を向ければ、たしか『週刊金曜日』の今年六月二一日号に掲載された「劣化ウラン研究会」の山崎久隆氏の文章で、米軍の劣化ウラン弾の原料に、日本の原発の核廃棄物が使われている可能性が指摘されていた。その憂慮が事実なら、罪業、深すぎ。事実でなくても、そんな危ないものを吐き出し続けているこの国の未来は、闇が深すぎ。真っ暗け〜。
昨夜のニュース番組で、桜井よし子氏が出演。住基ネットの危険性を訴えていた。
桜井氏は基本的にトンデモない人物だと思うが、ことこの問題に関しては、いいことを言っている。
とあとえば、住基ネットを使って国民のプライバシーを覗ける者は、握った秘密をネタにして、敵対する相手の言論行為に圧力をかける、なんてことがすぐにも可能になる。そうなれば、民主主義ももう終わりだとか。
桜井氏が民主主義の運命を憂うるなんてチャンチャラおかしいぜ!
と鼻で笑ってしまいそうになるが、この指摘自体は正しい。思えば、通商連合の総督ヌート・ガンレイも、シスの暗黒卿に秘密を握られたのがきっかけで、邪悪な陰謀にずるずると引きずり込まれていったのだ。『週刊「スター・ウォーズ」』(『STAR WARS THE OFFICIAL FACT FILE』)によるならば。
「スター・ウォーズ」話はともかく、そんな暗黒時代を迎えて喜ぶのは、自分たちが最初に実権を握ることができるなどと脳天気に思っている奴らなんだろうが、そういう方々には仏教由来の懐かしい台詞をお贈りしてさしあげよう。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
おごれる人も久しからず 唯春の夜の夢のごとし
たけき者も遂にはほろびぬ ひとへに風の前の塵に同じ
以上、『平家物語』からでした。ちょっと辛気くさいかな?
ともあれ、「惑星を破壊する科学力も」個人のプライバシーをのぞき見る力も、「フォースの力に比べれば微々たるもの」(byダース・ヴェイダー)であり……結局つまり、「エピソード2」をもう一度観に行きたい、つーことでした。暑い! 暑さで錯乱!! 悪しからず!
2002年7月26日
見えます、見えます!
小泉貧乏死神内閣は絶好調。それゆえ、この国に暮らす人々の将来は大凶。
なあんて、ね。
去る七月二三日、沖縄本島名護市のパイナップル畑に、米軍演習場から発射されると見られる銃弾が飛来、農作業中の男性から約二メートルの至近距離に着弾した。
星の数ほど起きている米軍不祥事の一つとはいえ、基地との共存の危なっかしさをあらためて考えさせる生々しい事件であり、沖縄の新聞では連日、米軍の対応なども含めて大きく報じられているのだが、『沖縄タイムス』七月二五日朝刊の一面コラム「大弦小弦」によると、二四日付の東京版の新聞でこの被弾事件を記事にしたのは東京新聞のみ。それも三段五〇行という小さな扱いで、全国紙では一行も報じられなかったという。
コラム執筆者の銘苅達夫氏は、全国知事会で先日決議された日米地位協定の改定要求についても、東京発行の主要紙は掲載していないことを併記して、基地問題を巡る沖縄と本土の温度差に愕然としている。そして、「全国の人々に基地被害を伝えることの難しさ、もどかしさを感じる」とコラムを結んでいる。
やるせなく、言葉に詰まる。それでも、論理的かつ理性的な言葉を紡ぎだすべく努力してみるならば……。
私が分析するに、中央政府の政治家、中央の大手メディア、そして本土国民の多くは、前回の沖縄県知事選の時かあるいはそれよりも前から、沖縄県民は基地のない暮らしよりも米軍基地を理由に補助金をもらえる暮らしを選んだのだと、おそらく、感じている。
何せ、沖縄好きがこうじて『沖縄タイムス』を購読するようになった私でさえ、理性をもって沖縄の現状を見つめようと微力ながら常に意識している私でさえ、現知事の顔写真を新聞紙上で見るたびに、沖縄県民の前回知事選での選択をそんな風に解釈してしまいそうになるくらいなのだ。本当はそんな単純な選択がなされたわけでは、ないはずなのに。
わずかばかりとはいえ心の持ちようを律すべく努力している私でさえこの体たらくなのだから、沖縄の過去、現在、未来にとりたてて関心のない本土の人たちにとっては、沖縄の人々のアンビバレントな苦衷なんて、見えているはずがないと思ってしまう。金さえ出せば、基地問題は沖縄に押しつけられる。しかも、もう解決済みの問題なのだ。そのくらいにしか考えていないのだと邪推してしまう。
この意地悪な推察が、沖縄の現状に毒づいてしまいそうになり、でもそれを潔しとしない私の心の罪悪感が生んだ妄想であれば、それに越したことはないのだが。
結局やっぱり結論は、「嗚呼、やるせん!」
以前紹介した『〔新版〕在留特別許可〜アジア系外国人とのオーバーステイ国際結婚』(サーム・シャヘド、関口千恵・共著、明石書店、二〇〇二年六月一〇日発行)のあとがきに、今、施行を目前に控えて物議をかもしている住基ネットのベースとなる改定住民基本台帳法(住基法)について、同法は要するに「外国人登録法の日本人版」である、との指摘がある。
言い得て妙だと思う。
私は昨年末、ブラジル人の相棒との婚姻届を日本の役所に提出したのだが、その後、ブラジルの領事館に届けを提出する際、婚姻届受理証明書だか何だか名前は覚えていないのだが日本の役所が保管している書類が必要だとのことで、相棒ともどもその書類をもらうべく、地方法務局へ出かけた。
するとそこには、何と、相棒一人のために厚さ一〇センチ近くはあろうかというファイルが保管されており、しかもその中には、相棒が日本に留学してきていつからいつまでどこそこに住んでいた、その後、○○に転居しそこには××まで住み、さらにその後は……などという細かな履歴が集められ、綴じられていたのである。
私たちが目撃できたのはファイルのほんの一部だったが、他にどんなデータが蓄積されていることか。
やはり外国人は治安取締の対象ということかいなと、もう笑うしかなかったのだが、あれを、あるいはあれをさらに精細化したものを、全国民版で作成し、しかもネットでつないでしまおうというのが、改定住民基本台帳法であり、住基ネットのようだ。
いよいよ私ら日本人も、すべからく治安取締の対象となる時がやって来るのか。
しかも防衛庁のクレイマー・リスト作成や、公安調査庁のNGO関係者リスト作成など中央行政府の実績、地方自治体からの個人情報流出事件の数々などを思うと、いったいどんな情報が登録され、全世界に公開されることになっちゃうのか、あまりにスリリングでエキサイティングで、やはり笑うしかない。
笑い話ついでに想像力をたくましくしてみよう。外国人登録法で収集されていた情報内容を一瞥した経験から察するに、住民ネットの情報を活用できれば(「個人情報保護法案メモ」などの情報を総合すると、セキュリティー突破が実に容易な、「クラッカーに優しい」仕上がりになりそうだ)、実在の誰かを対象にしたドキュメンタリーやルポルタージュを執筆するとき、経歴調べに思いっ切り役立つだろう。『東電OL殺人事件』(ゴビンダさん事件とも)などで知られる佐野眞一氏なんか、個人情報保護法案には反対しているが、実は大喜びの結末になったりして。
ジーコ氏が日本選抜チームの監督に就任した。
鹿島アントラーズのようなチームを目指すそうだが、Jリーグ開幕以来のアントラーズ・ファンの一人として、不安を禁じ得ないでいる。情けないことに。
何せアントラーズは、常にブラジル選抜経験者らが中心のチームだった。素晴らしい日本人選手も輩出してきたが、彼らの活躍も、多くはブラジル人選手たち〜ジーコ選手、サントス選手、アルシンド選手、ジョルジーニョ選手、レオナルド選手、ビスマルク選手、ファビアーノ選手、アウグスト選手ら〜の存在があってこそのものだったと思う。目指すならむしろ、日本人選手が中心にも関わらずリーグ屈指の強さを維持し続けている最大のライバル、ジュビロ磐田だと思うのだが、違うだろうか……。
最近、アントラーズの試合を観戦する機会がないので、これは杞憂かも知れない。
最後に見た試合、すなわち今シーズン初頭の負け試合の印象では、本山選手と小笠原選手がそれぞれの特長を活かした形で機能しはじめれば、これまでのJリーグ・チームにはあまりなかったタイプの、エキサイティングで面白いチームになる予感がした。両選手が、ちょうどブラジル選抜の3Rの二人、ホナウジーニョ選手とヒバウド選手みたいな役割をこなすチームを想像して、無念な負け試合にもかかわらず、すごくワクワクした。
もしアントラーズのチーム・カラーが既にそちらへ進みつつあり、あるいは今後そちらへ向かうのなら、大歓迎なのだが。
ところで、コーチに就任するジーコ氏実兄のエドゥー氏は、アントラーズの監督時代、若手の育成に成果を残した人だったと記憶している。記憶違いでなければ、彼は期待できると思う。
ともあれ、新生日本選抜チームに、幸運の願いをこめて、
「Boa sorte!(ボア・ソルチ!)」(Good luck!)
2002年7月18日
去る日曜、友人の経営するタコス屋「Taqueria Pachanga」が、叡山電鉄、元田中駅上ル東側にオープンした。
美味しいよ!
と、宣伝モードでした。
昨日、一昨日の祇園祭宵山、山鉾巡行へ、韓国からの留学生三人を案内した。
宵山は、去年より涼しく、山鉾見物にはもってこいの気候だったが、私は疲れがたまっていたのか、豆腐料理屋で食べたキウイとトマトと椎茸とエビの入った怪しげで二度と挑戦したくない味の料理か何かがあたったのか、帰宅後、気分が悪くなり、倒れた。留学生たちも相棒も平気だったのは、良し。
山鉾巡行は、相棒は仕事の都合で同行できず、私のみが案内することに。
開始前は土砂降りと雷、開始後しばらくも雨は降り続け、どうなることかと危ぶまれたが、やがて雨も上がり、曇天の下、涼しげな風が吹き抜ける、これまた見物日和となった。
巡行見物は、知人に紹介してもらったビルの三階からと、沿道からの二本立て。
ビルで一緒に見物した初老の男性二人が、巡行に参加した時の苦労話も交えて、祇園祭についてあれこれ説明してくれた。京都の人だけあって、さすがに詳しい。
たとえば、祇園祭は八坂神社の祭なのだが、八坂神社には、インドから朝鮮半島を経て伝わった牛頭天王が祀られており、それゆえ、韓国の国花でもあるムクゲの紋章が、祇園祭でも使われているのだとか。さらにたとえば、祭が生まれた当初は、鉾を持って練り歩くだけだったのが、だんだん大規模になって今の祇園祭になったのであり、鉾を持って歩き回る原初形態の厄除け祭が今も残っているお寺もあるのだとか。たとえば、山鉾に飾ってある絨毯に古代ギリシアの詩人ホメロスがうたったトロイ戦争の絵が飾られているのはなんら宗教的な意味ではなく、祭を支えた町衆が自分たちの経済力を、地方から招待した得意先などにアピールするために豪華なものを飾った名残なのだとか。それが今では国の補助をもらわないと車輪の修理もできないくらいになっていて、情けない、とか。さらに余談で、大岡越前は、天下の台所だった大坂から経済の実権を奪うためにあれこれ働いた人だったとか。
実に勉強になりました。感謝!
宵山の夜は、早めに韓国人留学生らと別れて、内モンゴルからの留学生を我が家に迎え、彼女が持ってきた馬頭琴のCDを聞きながら、雑談。
音楽が心地よく、「きれいな音楽だね」と相棒と共に誉めていたら、彼女はそのCDを私たちのためにと、置いたまま帰っていきそうになった。
「そういうつもりじゃないから」と、慌てて、手渡した。文化・習慣の違いを実感。
ぼんやりしていて見過ごしていたニュースが、『沖縄タイムス』七月一六日朝刊の文化面で、簡潔にまとめられて再登場。「沖縄から見える米国と日本 国際刑事裁判所設立」と題した上村英明氏の解説だ。
去る七月一日に発効した「国際刑事裁判所(ICC)規程」(ローマ条約)の批准をアメリカが拒んでいるのは知っていたが、まさか日本も批准していなかったとは!
「国内法との調整が難しい」のが理由だそうだが、アメリカに気をつかってなのが、あまりにも見え見えではあるまいか。
もしそうではないと主張するなら、それはそれで、将来日本兵が海外で国際法違反をする場合に備えての未批准なのだな、と勘ぐられるのが落ちだろう。核武装を目指してるのも、ほぼ明らかだし。
まったくもって、度し難し。
田中康夫長野県知事の不信任決議が『沖縄タイムス』一面で大々的に取り上げられるなど、国からの補助金目当ての地方政治に対する失望感が沖縄でも強まりつつあるのかなあと期待を持って眺めていたが、どうなのだろう。
日本政府と一体化することにより経済援助を乞う植民地執政官タイプの現職知事が、県知事選に再出馬を表明した。対立候補はまだいないようで、このまますんなり再選されてしまうのかと思うと……。
ジョージ・マイケルがブッシュ大馬鹿大統領とブレア馬鹿馬鹿首相をからかい、「テロを支援するのか」と英米両国で大顰蹙を買ったという新曲、『SHOOT THE DOG』。先週、河原町あたりで探したけど、見つからず。いつか日本でも発売されるのか。期待してます!
2002年7月12日
『沖縄タイムス』の去る日曜日版にも、共同通信配信のシリーズ「テロ・戦争・世界 21世紀を生きる」が掲載されていた。すぐに終わる連載だと思っていたら、何ともう二六回目だ。この先、どこまで続くかわからないが、最終回は、ぜひジョージ・ルーカス氏に語ってもらいたいと思う。『スター・ウォーズ』の世界と現代世界のあれやこれやは、このコラム・シリーズで何度も取り上げてきた通りであるし、「エピソード2 クローンの攻撃」がこの馬鹿げた「テロ合戦」の最中に公開されるのも、きっとフォースの導きに違いない。日本でもいよいよ明日からロードショーなので、インパクトは大きいはず。どうだろう? 皆さん、この連載を掲載している新聞社か共同通信社に、よかったらお願いのメールをしてみてね! 私もします!
ところで、共同通信配信のこの連載、新聞社によって扱いがかなり違う。見出しも補足記事も違うし、扱いの大きさも違う。
中でも、『沖縄タイムス』での扱いは抜群の素晴らしさではないかと思う。一ページのほぼ半分かそれ以上の紙面を割り当て、チョムスキー氏の「米国こそテロ国家」など、見出しも的確だ。しかも、話者を写したカラー写真が、何と今回の場合で言えば、横八センチ、縦一二・五センチの巨大サイズで、話者が今そこで語りかけてくるような臨場感があり、ついつい、引き込まれる。レイアウト、編集の力、そして編集部のセンスと問題意識の高さが見事に結実した紙面になっている。京都新聞での地味な扱いと見比べるにつけ、この感想は確固としたものになっていく。京都新聞でのチョムスキー氏の回では、「米国こそテロ国家」なんて言葉、見出しのどこにもなかったと記憶している。
地方紙も、やっぱり色々ということなのか。それとも本土と沖縄の違いなのか。見出しなどを地方紙ごとに比較してみたら、面白いかも。そんな時間、ないけどさ。
2002年7月10日
例年より台風到来が早い気がする。
地球温暖化による異変なのか!?
と、叫んでみたいあなたのために、もう一つ、耳よりな情報をお送りしよう。
ところは、京都、南禅寺。
湯豆腐が有名で、あの大盗賊、石川五右衛門が、山門からの展望を「絶景かな、絶景かな」と称えたと伝えられるのに、今はその壮大な景観も、無粋な京都ホテルが見下ろす町の真正面に建設されてぶち壊しになってしまった、悲劇の南禅寺!
その山門前の林の中に、なんともトロピカルな大木が一つ混じっているのを、私は先週、目撃した。しかもそれが、どうもバナナの木のようなのである!
バナナ、バナナ、バナナ。そんなバナナと言うのはたやすい。
だがしかし、私は見たのだ。バナナ、バナナ、バナナ。力強くそびえ立つ、バナナの巨木が、そこにあった。
嗚呼、バナナよ、底冷え凄まじき京都の厳冬をいかにして越すことができたのか。すでにお前は、この京の地で繁殖するだけの耐寒力を手に入れたのか。これからもっと増えていくのか?
もし、そうならば! 「鴨川に珊瑚礁を!」の酔夢も、「京都御所にマングローブの林とヤシガニを!」の粗野望も、放っておいてもいつかは自然に実現するやも知れぬ。そう考えると、嬉しいような、でもやっぱり、それでいいのかと責任者を呼び出したいような、気分はちょっと、トロピカル・ブルーな納豆の日。
納豆が飛び出たついでに、豆知識を軽く補足しておこう。石川五右衛門の存命中は南禅寺山門はなかったそうで、例の台詞は後世の創作だとのこと。また、景観をぶち壊した京都ホテルは、経営難に見舞われたのか、今では看板に、どこか欧米系のホテルの名前がくっついている。ご愁傷様。(欧米系ではなく、「オークラ」でした。2002/0809)
2002年7月8日
京都三名水のうち、残存していた最後の一つ、梨木神社。
京都御苑、いわゆる御所のすぐ隣にある最後の名水も、ついに失われてしまったようだ。
この春、たぶん四月か五月あたりだったと思うが、水の味が変わった。徐々にだったのか突然だったのかはわからないが、はっきりわかるくらいに味が悪くなった。包み込むよなまろやかな感じがなくなり、平板な口当たりになった。ありていに言って、味気なくなった。
受験勉強疲れもあり、私自身の体調が悪いのかなと、解釈していたのだが、神社近くに住んでいる友人から昨日、こんな話を聞いた。現在、京都御苑内に迎賓館とやらを建設する工事が数十億円だったかをかけて進行中なのだが、その工事に際して、「地中かなり深くに及ぶ何やら作業を行います」旨の投げ込みビラがポストに入っていたのだとか。以来、その友人は、水質が変わるのではと不安を覚え、梨木神社の水は使っていないという。
私もひとまず、梨木神社の水にはサヨナラしよう。味、元に戻ってないし。
しかし、嗚呼! また一つ、お馬鹿な工事のおかげで、古都の貴重な財産が失われてしまったのか……。
度し難し!
2002年7月3日
ろくに会ったこともないのに畏友である、と、私が勝手に敬愛している御仁が一人、この世界から旅立った。
寂しさを禁じ得ないのだが、何だか元気そうで、楽しそうだ。
こっちにおいでと手招き猫?
ともあれ、今後ともよろしくお願い申し上げます。またメールしますので。
以上、私信モードでした。
一九七一年秋の、周恩来中国首相(当時)・キッシンジャー米国大統領補佐官(当時)会談録が公開されたと、七月二日付『沖縄タイムス』が報じていた。
内容はと言えば、なかなか辛口の日本評・日本人評が飛び交っており、いちいち納得させられるものばかり。たとえば、「対日本人観」では、
周恩来首相「ものの見方が狭く、とても変わっている。島国の国民だ。」
キッシンジャー補佐官「中国は伝統的に普遍的な視野があるが、日本は部族的な視野しかない。日本人はほかの国民がどう感じるかに何の感受性もない。日本に何の幻想も持たない。」
てな具合だ。
『沖縄タイムス』では他に、「日本経済」「日本の防衛政策」についての発言を「会談録要旨」としてピックアップし掲載しているが、両氏の対日本の視線が非常に似通っており、興味深い。
「アメリカ人と中国人って気が合うんじゃないかなあ」
昨年九月、初めて訪れた北京のあまりの広大さに呆気にとられ、ロサンゼルスの広々とした風景を思い出して感じた、あまりにも安直な妄想が、実は妄想でもなんでもなかったようで、嬉しくはあるも、この国、この社会の将来を思うと、不安を覚えもする。米中国交正常化に向けて、単に日本の悪口で互いに話を合わせ連帯感を強めているだけ、ならまだしも、対日本の認識がお互いあまりに似通っているので思わず話が弾んでしまった、のだとしたら、もう終わってますぜ、って感じぃ。
両氏の日本人観について、異議を唱えるべく、
「たしかに戦後の日本を牛耳ってきたのは、両氏が語るタイプの人間たちの集団だが、日本人だって、そんなのばかりじゃないんだよ〜」
……と言いたいのだが、わかりやすい例が、有名どころでは勝海舟氏(無理矢理リンク! この前後を参照してネ)くらいしか思い浮かばぬようでは、やはり、あきませんわな……。
ちなみに、この記事、共同通信配信のものなので、読まれた方も多いと思う。未読の方は、明日あたりには『沖縄タイムス』のサイトで読めるようになると思うので、検索して、お読みください。
ワールド・カップでのブラジル優勝を報じるサッカー雑誌を二冊、購入した。ブラジルに住む相棒のご両親に送ろうかな、などと考えて。
そのうち、『サッカーマガジン』7/13増刊(No.879)の、「締め切り5分過ぎ〜本誌記者のざっくばらん〜」という、なかなか恐ろしげなタイトルの座談会記事に、嬉しい発言を発見した。曰く、
C 韓国と日本の応援の違いについて、語られているよね。「韓国のファンはサッカーが好きなのではなく、韓国代表が好きなだけ」とか、「イングランドやイタリアのユニホームを着ている日本人はヘン」とか。大切なのは、相手を「ヘン」と決めつけることではなくて、「こういう応援の仕方、サッカーの見方もあるんだ」と認識することでは。互いの違いをどう認識し、理解できるか。それができれば隣国同士の理解にもつながっていくし、「共催」が成功したと言えるのでは。
こういうことを言ってくれる記者がいると、実に嬉しく、雑誌まで応援したくなる。
「こんな簡潔にしかも見事にまとめられたら、私の書いた先月末の長ったらしい文章の立場はどうなるっ?!」
と、叫びたくなるのも、まあ、事実ではあるが。
ともあれ、この記事、今回は最終回を記念して拡大二ページの豪華版だとか。面白い情報がいろいろ掲載されていて、お薦めです。
高校生チームと親善試合をしたのはカメルーン代表だけだと思っていたが、ドイツ代表もしていたようだ。先日、テレビ・ニュースで報じていた。切り口は、「GKカーン選手は、ここでもまったく手を抜かず!」というもの。MVP選手、恐るべし!
ワールド・カップ期間中、私はキャンプ地も競技場もない京都・滋賀にいたので、静かなもんだなあと感じていたのだが、大分市にある私の実家の近くには、海外サポーターのためのキャンプ村ができていたそうで、非常に賑やか、かつ「外国みたい」(母談)な状態だったらしい。
羨ましい!
『週刊「スター・ウォーズ」』(『STAR WARS THE OFFICIAL FACT FILE』)、今週号から「エピソード2」の話も登場しはじめた。映画をまだ観ていない購読者の方は、 ネタばれにご注意!
2002年7月1日
「ぺんた・かんぴあおん! ペンタ・カンピアオン! ペンタ・カンピアオン! ペンタ・カンピアオン! ペンタ・カンピアオン!」
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