[インターネットテキスト快適活用ソフト『T-Time』]


おすすめシネマ






第1回 『マタンゴ』(2005/05/30)

書 籍 編
コミック編



第1回(2005年5月30日)
『マタンゴ』
(1963年 東宝)


 小学校低学年か中学年の頃だったと思う。ある日、午後7時半くらいからテレビ放送されているのを、観たことがあった。怪獣映画と思いわくわくして観はじめたのだが、思いがけない内容だった。引き込まれて観ていったが、なんだか感情移入ができぬままストーリーは進展していき、恐ろしい話のはずなのに、怖さとは違う何かを感じ、結局、ラストシーンばかりが印象に残った。
 ウェブで映画評を観ると、やはり怖い映画だとの評判がある。ストーリーを思い起こせば、当然だと思う。しかし、基本的に恐がりでチキンハートの私が、あんな小さな年齢でそれほど怖いと思わずに観てしまえた。なぜなのか? 不思議だったが、今回、あらためて観て、理由がわかった。造形や撮影技法がどうこうという問題ではなく、あれだ、つまり、人間に対してシニカルでいながらも突き放して見捨てることはしない、制作者たちの姿勢がそこにはあったのだ。

 三〇年近くを経て、あらためて『マタンゴ』を観てみようと思い立ったのは、『絶望書店』での、この文章を読んだのがきっかけだったが、最後の後押しをしたのは、坂中英徳、前・東京入管局長(「ミスター入管」などと呼ばれていたらしい。なるほど、「ミスター人権侵害」を遠回しに言うとそうなるのかも知れない。実際、坂中が東京入管局長の時代には、国連マンデート難民を追い返したり、石原都知事や警視庁と組んで「不法滞在者狩り」を強力に推進したりしていた)が、最近、北朝鮮帰国事業で朝鮮半島に渡った日本人妻の救援活動を始めたと聞いことだった。そのニュースを聞いた私は、2003年にこの前・入管局長が、在日コリアンの人たち対象の講演会で、「在日はこのまま数が減って消滅していくんだから、早く日本国籍を取って日本人になったほうがいい」という趣旨のことを話していたのを思い出し、その発言が何となくマタンゴ的ではないかと、ある日突然、連想しちゃったわけである。
 そしてさらに、ひょっとすると『マタンゴ』は、マジョリティに同化を強いられる、あるいは、マジョリティに同化せねば生きることを許されぬ境遇の中で、マイノリティが抱く恐怖や不安、嫌悪感を描いた作品ではないか。さらには、世渡りしていくうえで、どうしても譲れない一線を越えざるを得ない「究極の選択」を強いられることの残酷さを描いた作品ではないか。そんなふうに、連想がぐんぐんぐんぐん伸びていき、はたして実体はどんなものか、確かめてみたくなったのだ。
 そしてついに、再度『マタンゴ』を観てみたのだが、その連想というか考えは正しかったかというと、それは皆さん、観てのお楽しみ。

 それにしても、非常に強烈に印象に残っていたラストシーンで、肝心の「落ち」をすっかり忘れてしまっていたとは、私の記憶力はいかがなものか。ちょっと不安になったが、新鮮な感動を得られて、ラッキーだったかも。

 また、この映画を観る前は、「坂中ミドルネームはマタンゴ英徳」などという呼称も考えたりしていたのだが、マタンゴに申し訳なかった。マタンゴの皆さん、ごめんなさい。

 最後に、老婆心ながら、一言。
 この恐るべき前・東京入管局長が始めたという、日本人妻の救援活動。それを支援する在日コリアンもいるのだとか。その意気やよし!
 だが、この在日コリアンの方々が、気がついたら在外邦人救出などの名目で朝鮮半島に戦火を巻き起こすきっかけづくりに利用されていた、などという、拉致被害者の家族会の轍を踏むことのないよう、切に祈るばかりである。南無三!
 

うさちゃん騎士団ここにあり!
[うきうき銀河案内板]


左側に目次フレームがない時は
この「うきうき銀河_案内板」を
クリック!



著作権者:浮世絵太郎/仲 晃生