私はここ最近、国際刑事裁判所規程の独自翻訳と研究とにとりかかっていたわけだが、条文を読むうちに、どーもやはり、これに先立ついくつかの条約も勉強せねば、ちょっとワカランことがあるようだなあと考え、ハーグ陸戦規程とかジュネーブ諸条約とか、あるいはその追加議定書とか、名前だけは聞いたことのある戦時国際法なるものをウェブのあちこちから英文版、日本語版ともにダウンロードしてきて、たらたらと眺め比べてみた。
中でも特に気になったのが、日本政府が有事法案にからめて批准しようとしているという、ジュネーブ諸条約の第1追加議定書だ。
この批准に合わせて、日本政府は「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」案などというものを国会に提出しているらしいのだが、その法案では、第1追加議定書が禁止する行為のうち、
1)重要な文化財を破壊する罪
2)捕虜の送還を遅延させる罪
3)占領地域に移送する罪
4)文民の出国等を妨げる罪
に関する処罰規定が置かれているのみで、他の行為については知らぬ存ぜぬか、あるいは一般刑法で対応できる分だけすればよい、ことになっているらしい。
これでは結局、かなりの部分が不処罰か、罪の質に比べて軽い罰に終わっちゃうおそれがあるのではないか?
どうも怪しげな香りのする法案なので、考察の資料とすべく、末尾の表を、ミネソタ大学のサイトからダウンロードしてきた日本語訳を元にアレンジして作ってみた。
急いで作ったので、英文との参照は十分にできていない点、ご了承いただきたい。
表の右端の欄には、刑法をどうにか適用できるかな、という場合の適用罪名と法定刑を挙げてみた。
また、青字は、右端の欄には適用できそうな罪名が並んでいるのに、その行為についてだけは適用できる条文が見つからなかったものだ。
ちなみに、表中に出てくる罪のうち、日本人が国外で行った場合に不可罰とされているのが、
暴行罪(2年以下の懲役、拘留、30万円以下の罰金または科料)だ。(追記:これらの罪も、刑法4条の2で、ひょっとすると国外犯でも処罰できるのかも。詳しく正確なところはジュネーヴ第1〜第4条約を参照しないと、わからないみたいだけど時間がないので……どなたかお願い!)
侮辱罪(拘留30日未満、科料1000円〜1万円)
脅迫罪(2年以下の懲役、30万円以下の罰金)
建造物損壊罪(5年以下の懲役)
器物損壊罪(3年以下の懲役、30万円以下の罰金または科料)
水利妨害および出水危険罪(2年以下の懲役、禁錮、20万円以下の罰金)
また、日本の刑法では、
懲役刑または禁固刑のある2つの犯罪を時を違えて行った場合は、その重い方の罪の最大1.5倍の長さまで(と言っても最大30年まで)懲役刑または禁固刑を重くできるシステムがある(刑法47条)。そんなこんなを頭に入れて、いろいろ考えてみてください。ぜひ。
さらに、1つの行為が複数の罪にあたる場合は、重い方の刑のみが適用されることになっている(刑法54条)。
| 禁止されている行為、課せられている義務 | あえて日本の刑法を適用するなら? | |
|---|---|---|
| 11条 | 身体・精神の健康の完全性を危険にさらすな! 特に、次のことは重大な違反行為として禁止(医療水準に合致しない医療措置。身体の切断。医学的または科学的実験。移植のための組織または器官の切断。:正当な治療目的があれば可能) | 傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年) |
| 12条 | 衛生部隊を攻撃の対象にするな! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年)/器物損壊罪(3年以下の懲役、30万円以下の罰金または科料) |
| 14条 | 占領軍は、文民たる住民の医療上の必要を満たせ! | ?? |
| 16条 | 医療倫理に合致した医療活動を行ったものを処罰するな! | ?? |
| 20条 | 傷病者、難船者を、敵の違法行為に対する報復攻撃の対象とするな! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年) |
| 28条 | 衛生航空機を軍事利用するな! | ?? |
| 35条 | 過度の傷害または無用の苦痛を与える兵器や手段を使うな! | ?? |
| 37条 | 背信行為を使うな! | ?? |
| 38条 | 識別標章を悪用するな! | ?? |
| 39条 | 敵の旗や制服なんかを悪用するな! | ?? |
| 40条 | 「生存者を残すな」という命令出すな! こういう命令で敵を威嚇するな! 生存者を残さない方針で敵対行為をするな! | 脅迫罪(2年以下の懲役、30万円以下の罰金) |
| 41条 | 捕虜になったり投降の意思を明示していたり意識不明・行動不能になっていたりする敵を攻撃するな! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年) |
| 44条IV | 敵対行為に参加する者を捕まえた場合、スパイでないなら、第4条約に基づく通信の権利があるものとして扱え! | ?? |
| 48条 | 文民たる住民と戦闘員を区別せよ! 民用物と軍事目標を区別せよ。文民たる住民や民用物を攻撃するな! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年)/建造物損壊罪(5年以下の懲役)/器物損壊罪(3年以下の懲役、30万円以下の罰金または科料) |
| 51条 | 文民たる住民、文民を攻撃対象にするな! 文民たる住民の間に恐怖を広めることを主目的とする暴力行為による威嚇は禁止! 無差別攻撃も禁止! 軍事目的に比べて過度の巻き添えを文民や民用物に与えるだろう攻撃も禁止! 文民たる住民、文民を、敵の違法行為に対する報復攻撃の対象とするな! 文民たる住民、文民の所在や移動を軍事目的に(人間の楯みたいに)利用するな! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年)/建造物損壊罪(5年以下の懲役)/器物損壊罪(3年以下の懲役、30万円以下の罰金または科料)/暴行罪(2年以下の懲役、拘留、30万円以下の罰金または科料) |
| 52条 | 民用物を攻撃対象にするな! 敵の違法行為に対する報復攻撃の対象とするな! | 建造物損壊罪(5年以下の懲役)/器物損壊罪(3年以下の懲役、30万円以下の罰金または科料) |
| 54条 | 文民たる住民を飢えさせることを戦闘方法にするな! 食糧や農業地帯、灌漑設備など文民たる住民の生存に不可欠なものを攻撃したり破壊したり、使用不能にしたりするな! 文民たる住民の生存に不可欠なものを敵の違法行為に対する報復攻撃の対象とするな! | ?? |
| 55条 | 自然環境を破壊するな! 自然環境破壊によって住民の健康や生存を害するような方法を使うな! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年) |
| 56条 | ダム、堤防、原子力発電所は攻撃するな!(一応例外あり) | 水利妨害および出水危険罪(2年以下の懲役、禁錮、20万円以下の罰金)/建造物損壊罪(5年以下の懲役) |
| 57条 | 文民や民用物を巻き添えにするおそれがある攻撃の前には、最大限の予防措置をしろ! | ?? |
| 75条 | 捕虜条約なんかで保護されない者に対しても、次のことをするな! a)生命・健康または肉体的・精神的福利に対する暴力、とくに、(i)殺人、(ii)あらゆるタイプの拷問、(iii)肉体に加える刑罰、(iv)身体の切断。 b)個人の尊厳に対する侵害、特に、屈辱的で体面を傷つける扱い、強制売春、あらゆる形態の強制わいせつ行為 c)人質にすること d)個人責任によるのではない、集団に対する刑罰! e)以上をするぞ、という威嚇! | 殺人罪(懲役5年〜無期、死刑)/傷害罪(15年以下の懲役、50万円以下の罰金または科料)/傷害致死罪(懲役3〜20年)/暴行罪(2年以下の懲役、拘留、30万円以下の罰金または科料)/侮辱罪(拘留30日未満、科料1000円〜1万円)/強姦罪(3年〜20年の懲役)/集団強姦罪(4年〜20年の懲役)/強制わいせつ罪(6月〜10年の懲役)/脅迫罪(2年以下の懲役、30万円以下の罰金) |