実機のシミュレーター
時々TV等で旅客機のシミュレーターが紹介される事があるので、コクピットが再現された大きな筐体が油圧ジャッキみたいな物で グリグリ動いている映像をご覧になった方も多いと思います。
1990年から1993年まで使用された Dryden Flight Research Center |
シミュレーターも グリグリ動くモーションコントロール付きのものばかりではなく、計器飛行訓練専用や特殊な訓練の為に作られたものも数多くあります。
基本的にシミュレーターは パイロットの飛行訓練の補助として、実機では危険な領域での飛行訓練や緊急事態を再現した訓練などに利用されますが、最近のフライバイワイヤで飛ぶ 電子計算機的な航空機等では、フライトコントロール用ソフトウエアの開発にもシミュレーターが活用されているようです。
X-29 シミュレーター Dryden Flight Research Center |
航空機ファンなら 一度はシミュレーターによる操縦を経験してみたいと思いますよね〜
特に各国空軍で使用されている ドーム型の筐体に ほぼ360度の視界を再現したACM訓練可能なシミュレーターは
PCゲームファンならずとも、戦闘機に興味がある人なら一度はやってみたいはず!(…そう思うのは、わたしだけでしょうか?^_^;)
ここで フライトシミュレーターの歴史を わたしが知っている範囲で簡単に紹介したいと思います。
History
1929年、アメリカで世界初のフライトシミュレーターが エドウィン・A・リンク氏によって発明された。彼の創設したリンク社のフライトシミュレーターに お世話になったパイロットは世界中に数え切れない程おられる筈。
Dryden Flight Research Center |
そのリンク社が最初に作ったシミュレーターは オルガンの風袋を利用し、操縦桿の動きにあわせて姿勢を変えるだけの簡単なものだった。
しかし本格的な操縦訓練に入る前の初歩課程でのシミュレーターの訓練効果は大きく、1934年に米陸軍に正式採用され、第2次大戦中には50万人近くの訓練生が
このリンクトレーナーで訓練する事になる。
このリンクトレーナーも 改良が加えられ、爆撃や天測航法の訓練機能も付け加えれていった。
だんだん訓練内容が複雑化してくると、その作業の進行状況や周りの風景などを表示する必要が出てきた。
最初に風景の投影に使われたのは映画と同じフィルムだった。(この当時にはまだTV画像を録画する技術が無かった)
しかしあらかじめ撮影した風景では 操縦操作によって変わる視界をカバーしきれないという大きな欠点があった。
1956〜1958に使用された アナログコンピューター式で 機体の反応を確かめる為に使用された Dryden Flight Research Center |
フィルムを利用する方法とは別に 模型を使ったシミュレータも開発されていた。
これはレールに沿って動くコクピットから、天井に貼り付けられた立体地形モデルを潜望鏡のような覗き窓を見ながら操縦するというものだった。
しかしこの方法も 視界を自由に変える事はできるが、航空機用シミュレーターとして満足なものではない。
そこで閉回路テレビジョン方式のシミュレーターが開発される事になった。立体模型をTVカメラで撮影し、ブラウン管モニターに表示すると言うもので、この方式で最初にフライトシミュレーターを完成させたのは
シミュレーター界 最大手のリンク社だった。DC-8を模したコクピットには、機体の姿勢にあわせて上下左右に動くTVカメラの映像が映し出された。
このシミュレーターは充分に効果を上げ、15時間のシミュレーター訓練でスムーズに実機の飛行訓練に移行できたという。
シミュレーター技術は1961年 アポロ計画スタートと共に大幅に飛躍する事になる。
アポロ計画用に制作されたシミュレーターは 司令船用と着陸船用がそれぞれ製作され、地球軌道のシミュレーション用に直径2mと大気圏再突入時用に45万分の1でつくられた平らな地球の模型が用意された。
この地球模型は打ち上げ予定の8月の雲の様子と地上の精密な色合いが再現されていた。
また天測訓練の為にプラネタリュームと同じ機構で船体の姿勢にあわせて星が投影されている。
Firebee IIなど無人機の遠隔操縦を 習得する為に使用された Dryden Flight Research Center |
このアポロシミュレーターでは 飛行士の視界40度をカバーする為に 6mの巨大スクリーンが使用された。
この大きな映像を鮮明にするために現在実用になったハイビジョンカメラよりも解像度の高いカメラが使用されている。
この模型式シミュレーターはリンク社が製造し、訓練のメインに使用されていたが、もうひとつGE社がコンピューターグラフィックスを使用したシミュレーターを制作していた。このCG方式のシミュレーターは現在の主流であるが、当時最新の大型コンピューターの性能でも初期のファミコンなみの処理能力しかなく、肝心のグラフィックに至っては光点で状況を表示する程度だった為、殆ど使用されなかった。
(アポロ司令船に搭載されていたコンピューターの処理能力は現在の車についている燃料制御用のモノと同程度だったと言う話を聞いた時 かなり驚いた記憶がある)
しかし閉回路テレビジョン方式に限らないが、この当時のシミュレーターには大きな欠点があった。それはパイロットとスクリーンのまでの距離である。
スクリーンまでの距離が近いと、ちょっと頭が動いただけでも画面が動き、歪んでしまう。
それによってスクリーンに映る風景がいくらリアルであろうと人間の目は簡単にスクリーンまでの距離を判別し、近くを見ているという実感が風景の立体感を奪ってしまうのである。
アポロシミュレーターが6mの大型スクリーンを使用したのもこれを防ぐ為で、なるべくスクリーンまでの距離をかせぐ苦肉の策だった。
この問題について 興味深い調査結果が提出された。それは シミュレーターには厳密な立体感は必要無いというものだった。
人間の立体視には二つの目の距離による物理的な限界があり、滑走路上から見る視線距離は約20m程度。
これだと地面の1番近い所から地平線まではピントも含めて、ほぼ同じように見えている事になる。
と言う事は、スクリーンからの光が全て平行になって目に入射してくれば、目は無限遠にピントを結ぶことになる。
同機の運用時機全般で使用された Dryden Flight Research Center |
計画の初期に使用された |
1970年にこの調査結果をもとに レディフォン社がビームスプリッター方式の投影装置を完成させた。
これはパイロットとスクリーンの間にハーフミラーを45度の角度で設置し、ミラーの焦点部分にプロジェクターから映像を投影する物である。
ビームスプリッター方式は以後、シミュレーション画像の標準投影方式として主流となっていった。
こうして完成の域まで到達した模型を使ったシミュレーターは、更に加速度や振動を再現するなどの機構を追加しつつ改良されて行ったが、10mX20mの巨大な立体地形模型を使っても 滑走路周辺しか再現できず、驚異的にグラフィック性能が向上してきたCG方式にその立場を徐々に譲っていくことになった。
そして日本でも興味深いシミュレーターが実用化されている。
世界で初めて実用化に成功した「バーディゴ・シミュレーター」である。
正式名称は「空間識失調対処訓練装置」と言い、航空自衛隊で使用されている。
本来の生活圏を離れ空を飛び出した人間は、時として3次元の空間で自分の位置や方向を見失ってしまう。
人は視覚情報と三半規管、それと重力による体感をまとめて自分の位置と姿勢を判断している。
そのどれかの感覚器が他の感覚器と違う情報を出し始めた時、3次元空間での空間識が失われてしまう。
これは健康な人間なら避ける事の出来ない厄介な問題で、さらに厄介なのは空間識を失った時にそれを自覚する事が少ないと言う点だ。
ここでは空間識失調の詳しい説明は省略するが、バーディゴ・シミュレーターが完成したことによって、空間識失調に陥った場合にパイロットがどのように対処すべきか、どのような状態でバーディゴに陥ってしまうのかを地上で再現し訓練する事が可能になったのである。
このシミュレーターはT-2ヴィジュアルシミュレーターを手がけた三菱プレジョンが開発したもので、CGによる極めてリアルな視界を再現している。模擬コクピットは最大で15回転/分の速度で回転し、遠心力は筐体をバンクさせる事で打ち消し、 三半規管が感知できない 2〜3度/秒2 で回転させ始めることでコリオリ錯覚を生じさせる事ができる。
空間識失調は8種類の現象に大別され、それらが複合的に重なりバーディコに陥るのだが、このシミュレーターではバーディゴ体験者のエピソードを元にシナリオが作成され、その殆どが再現できるという。
安全に危険を再現できるシミュレーターは、パイロットの技量向上をはかるだけでなく、命を守る手段を学ぶ事のできる大切な存在ではないだろうか。