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課題 12 会社にいる限りビジネスマンは出世を目指すきか
これも どうぞお好きに
が しゅうおじさんの回答である
かつての同僚で(彼はもう辞めちゃったが)
上司との人事面接で
君も早く係長にならなきゃいけないし
そのためには・・・・・
という話を上司がしたところ
?????
という反応を示した人がいた
彼にとっては
係長になるために何かをやるという概念は
信じられなかったものだったのである
要は
その会社で何をやりたいのか
であると思う
これをやりたい
けどこれをやるためには係長にならなきゃやらしてもらえない
だから係長になりたい
と思うのであれば
係長を目指せばよい
やりたいことが
課長でなければできないことであれば
課長をめざせばよい
部長でなければできないことであれば
部長をめざせばよい
社長でなければできないことであれば
社長をめざせばよい
問題は
何でもいいからとにかく
係長になりたい
漠然と
課長になりたい
ある程度の年齢で
部長になりたい
部長になった以上
役員になりたい
という とってもサラリーマンな考え方である
すくなくとも それはビジネスマンの意識ではない
ビジョンのない者が権力を握ったとき
ビジョンの実現のために権力を行使することはない
上から言われたことを実現するためにか
あるいは 自分個人の優位性を示すためにか
せいぜい そんなところであろう
ただ
終身雇用が前提となっている
日本企業の多くでは
出世しないと
給料が上がらないのが普通である
一般に
バリバリの営業マン(正しくは営業パースン)でも
支社長(管理職)より給料は少ない
セールスにかけてはピカイチで
セールスをするために生まれてきたような人でも
管理の仕事に就かなければ給料が上がらない
よって
その人材は
ピカイチであるセールスの仕事を離れ
管理の仕事をするようになる
このシステムが変わらない限り
ビジョンもないのに 管理の職を目指さざるをえない
本来 仕事とは
私は 営業をやりたい
私は 製造をやりたい
私は 総務をやりたい
私は 経理をやりたい
私は 労務をやりたい
私は 管理をやりたい
そんな人々がそれぞれの道を極めることによって
成り立つのではないか
かつて
マネーゲームが流行っていたころ
テレビのインタビューで
東京銀行(現在の東京三菱銀行)のひとが
外為ディーリングについて
所詮我々は生粋のディーラーではなく
一銀行員ですからね
昨日まで銀行の支店にいた人が今日はここでこれをやっているし
今こんなことしてますけど
いつまでもディーリングをやれるわけではないですから
と 言っていた
なんか すべてを物語っているような気がする
出世
という言葉についても抵抗がある
実は私は子供の頃から
出世 という 単語には何か好きになれないものを感じてきた
近所のおばちゃんたちが
しゅうちゃん 頑張って勉強して出世しなさいよ
なんて声をかけてくれたりしたが
それは
勉強して どっかの会社の お偉いさん になって
この村で農業なんてするな ってことか
と反問したくなったりした
それは 山村の農業をバカにしていることになりはしないか
一流企業や官公庁に入って出世する
それは町工場をバカにしていることになりはしないか
ホワイトカラーになって出世する
それは ブルーカラー一筋に頑張っている人をバカにすることになりはしないか
たとえば
農作物が品評会で日本一になったとする
けどそれは出世したとは言わない
それがもとで 農業指導員になり
さらに全国農業共同組合連合会の会長になったとする
このとき人は出世したという
何の職をしているか
会社の職位がなんであるか
職業でランク付けがされ 職位でランク付けされ
そのランクを上に上っていくことを出世という
そして暗黙のうちに
その出世ができている者のほうが 偉い とされる
なんかおかしい
会社のなかで
出世を目指すのは勝手だが
そういう曲がった職業観、偉い観は
排除して行きたいものである
士農工商ではないが
誰かが こっちの方が偉いと勝手に決めて
それを国民の精神に植え付けたのではないか
という気がする
せめて
英語ふうに
成功 とか 昇進 とかに
ボチボチ 用語を替えていきませんか
とりとめのない回答になってしまいました
すみません
(FEBRUARY
12, 2001)