課題 43 週末や休暇にボランティアをすべきか
   

    先日 かのテレビドラマ
    「渡る世間は鬼ばかり」 を観ていて
      (基本的に私は
       こんな番組を真剣に見ていると
       性格が悪くなるから見るな
       と家族には言っているのだが この時は
       偶然 家族全員で見ていた)
    こんなシーンがあった
    受験生である息子が夏休みにボランティア活動に精を出していて
    帰って来ると
    母が言う
    ボランティアをやったって志望校に合格するわけじゃない
    それに応えて息子がいう
    評価されるとか 内申に影響するとか
    考えてやるのはボランティアじゃない
    もしそうだったら 世の中 みんなボランティアをやるようになって
    ボランティアじゃあなくなってしまう
    ・・・・ と
    (記憶なので正確ではないかもしれない)
    
    これがすべてを語っていると思う
    
    本課題の前提として
    週末や休暇を利用してボランティアをやりたいか
    という命題があると思うのだが・・・・・
    その上で
    ボランティアをやりたいがどうしたらいいか
    と来るのが本筋であろう
    そもそもボランティアは すべき でやるものではない
    それでやったって長続きしないし
    やっても面白くもないと思う
    たしかに ためになることは多いし
    充実感も味わえるが
    大切な人生の時間を割いてまでやるにはそれなりの価値観が必要だ
    
    ボランティアをすべきか
    と聞くような人は ボランティアをすべきではない
    それよりは 己の得になる自己啓発に時間を割いたり
    ウィークディの仕事に備えて
    休息をとったり
    または 日頃おろそかにしがちな
    家庭サービスに精を出すほうが その人のためであると考える
    
    私自身、ボランティアのボもかじっていないような身であるが
    ボランティアの人たちはすごい!!
    一口にボランティアというが
    実際のボランティア活動は
    甘い気持ちで取り組めるようなシロモノではない
    私の年齢でさえキツイと感じるのだから
    高齢者の方々は精神的にも肉体的にも相当ハードであると思料する
    それにもかかわらず
    彼らは自己の喜びと責任感でちゃーんと全てをやりとげる
    
    私が今携わっているワールドカップの関係だけを見ても
    ボランティアをするために
    身銭を切って 英会話レッスンに通っている先輩がいる(複数)
    ボランティアをするために
    転勤を制限する願いを会社にしている人もいる
    他にもいろいろ個人の血を流している人たちがたくさんいる
    彼らは すべき という べき論でボランティアをしているわけではない
    ボランティア活動に 参加させていただきたい
    参加させてもらえるなら これだけの犠牲は払いますというスタンスなのである
    先にも述べたが
    そうまでして参加する活動は かなりハードな世界である
    それでも彼らはやりたいのである
    そんな人たちだから怒りはしないだろうが
    べき論でもって いい加減な気持ちでくる人たちと一緒に仕事をすると
    心中穏やかではないものを感じるにちがいない
    
    要は
    プレジデント誌を読んで
    すべき と書いていたから俺もやってみようかなあ
    と 思うような人とは
    活動に対して求めるものも違うし
    喜びも違うのである
    これから参加する人はその違いをはっきりと認知すべきであると思う
    
    極論めいた言い方をすれば
    あなたは そこまでしてボランティアをやりたいですか?
    
    私の英語学習仲間の年配の方に
    (彼は とうに定年退職している)
    将来は (その年齢になって 「将来は」 ですよ!!)
    ボランティア通訳をしたい
    という志で
    一生懸命勉強なさっている方がおられる
    彼の英語力は大したもので一般的には英語のできる人
    に分類される実力なのであるが
    ボランティアとはいえ
    そこで関わる人々に迷惑をかけてはならないので
    プロ または それ以上の能力をつけなければならないらしい
    
    プレジデント誌を読んでいる多くの読者は
    バカじゃないか
    そこまでやるんならなぜビジネスとしてそれをやらないの
    と おっしゃるに違いない
    けど 彼にとっては それをボランティアでやることに意味があるのである
    この価値観の違いを知って欲しい
    
    今 テレビでは
    公共広告機構が
    指先一本でできるボランティアがあります
    という CM を流している
    上述の価値観を超えられない方々は
    なにも 週末や休日を返上しなくても
    指先一本でできる 身近なボランティア活動から
    始められたらいかがなものであろうか
    
    余談になるが
    先般 キリンカップの試合当日
    私の所属するパートで
    ボランティア登録していながら
    連絡もなしに姿を現さなかった人がいる
    大会の運営をボランティアに頼っている問題点はあるものの
    来るべき人が来ないと運営自体が危うくなる
    それでなくてもハードな仕事を
    メンバーは その人の分を全員で補って頑張っていた
    前課題で堀場会長が 勝手に休まれると会社はたまったもんじゃないと
    いっておられたが
    ボランティアの世界も運営上は会社と同じである
    ただ 違うのは
    ボランティアの世界では その場合
    メンバーが積極的にその穴を埋める
    欠席した人を非難しても始まらないから・・・・
    自分たちの目的は 個人の非難や自分の評価ではなく
    大会の運営にあるから・・・・
    
    来なかった人の仕事を分担して頑張った人たちは
    だから 自分は来なきゃならないし
    もし来れなかったら 早めに連絡しなければみんなに迷惑がかかる
    ということを 身をもって感じていた
    来なかった人に対する非難は ほとんどなかった
    
    この違いは 大きい
    
    さて 
    あなたは ボランティア活動に参加したいですか?
    
    
       
                      (SEPTEMBER 27, 2001)