課題 44 男は、「見た目」にどこまでカネを使うべきか
   

    服飾費は実年収の1割を目安にすること。
    これが ファッション評論家 出石尚三 氏 の回答である
    
    しかしながら
    いわゆるおしゃれな人を除けば
    おじさんサラリーマンはそんなにカネをかけてはいないと思う
    年間実年収500万円の人で 50万円 である
    下着や靴下やワイシャツや普段着で10万かかったとしても
    毎年20万円のスーツ2着
    10万円のスーツなら4着を買うという計算になる
    
    面白いデータが同時に掲載されている
    20代から60代に聞いた「紳士服を買ってよかった店」
    1位  洋服の青山
    2位  高島屋
    3位  コナカ
    4位  大丸
    5位  メンズプラザアオキ
    6位  伊勢丹
    7位  イトーヨーカ堂
    8位  タカキュー
    9位  丸井
    10位 そごう
       (日経産業消費研究所調べ 2000年)
    全部 量販店・デパート系ではないか
    デパート系がやや高級系 量販店系が低価格系 ってところか
    
    毎度のことで申し訳ないが
    なんでこうまで画一的な回答を求める課題に
    いい大人が真剣になるのか
    不思議でならない
    最低限
    不潔で他人に迷惑をかけなければいいのであり
    それから先は個人の職場環境や嗜好に任せればよい
    人に見られる芸能人などは当然服飾費の割合が大きくなるであろうし
    研究室で研究に没頭する職種は服飾にカネをかける必要などない
    食事にカネをかけたい人は必然的に服飾費を削らなければならないであろうし
    服飾にカネをかけたい人は必然的に食費を削らなければならないであろう
    
    恐ろしいのは
    有名なファッション評論家が
    会社の研修か何かで
    ビジネスマンたるもの 実年収の1割を服飾費の目安にすべきです
    と 発言した途端
    研修に参加した人すべてが
    せーの ドーンッ!!
    で 電卓をはじいて 給料をもらったらその1割をきれいに
    服飾費に消費するようになることだ
    チャップリンのモダンタイムスの風刺そのものである
    
    そもそも
    こんな課題が うけるのは
    サラリーマンのおじさんたちが
    何をしても
    常に これでいいのだろうか と
    自分の行動に疑問を持ってしまい
    自分の行動でありながら 
    自分の行動に自信を持てず
    自分の行動が不安だからである
    
    1着 1万円のバーゲンスーツを買った
    これでいいのだろうか
    みすぼらしくないだろうか・・・・・
    1着 30万円のブランドスーツを買った
    これでいいのだろうか
    行きすぎてはないだろうか・・・・・
    自分自身のモノサシを持っていないから
    人がどう見るか とか
    人に何と言われるか とか
    が 行動基準となり 判断基準となってしまう
    
    今度出た新型のパソコンがどうしても欲しい
    だから今回は スーツは 1万円のものを並んで買うことにしよう
    それでいいじゃないですか
    ファッション雑誌でみた あるブランドのスーツが素敵で
    どうしても それを着たくて
    30万円で買っちゃった
    それでいいじゃないですか
    100人いれば100通りのカネの使い方があるはずです
    
    プレジデント誌のこの企画をマジで読んでいる
    おじさんたちは
    あー やっぱり俺は もっと 「見た目」 にカネをかけなきゃいけないんだー
    とか
    あれ? 俺は 「見た目」 にこだわりすぎたのかなー
    なんて 思ったに違いない
    
    あなたは 「見た目」 を犠牲にして 
    何か他のモノを追求したのではなかったのですか?
    あなたは 他のモノより 「見た目」 が大事だと思い
    「見た目」 に力を注いできたのではないですか?
    ホントにひとりひとりに聞いてみたい
    
    あなたは
    これまで そして これから いったいどうしたいのか 
    それを先に言ってごらん
    と いいたくなる
    
    ジャパニーズ・サラリーマン
    どうして こうまで 自分自身に標準を求めるのか?
    一億総中産階級
    会社に勤める人みな中流家庭
    おそらく
    自分は上流階級ではない
    でも 下級階層にはなりたくない
    そんな心理が 誰もを標準化してしまったのだろう
    
    落ちこぼれたくない
    仲間はずれにされたくない
    あの人は変わってる と言われたくない
    一億人全体が高度経済成長を一丸となって支えてきた背景に
    一億総同一化心理があったと思う
    
    最近では
    俺は 労働力を提供して給料をもらうしか生きていく術がない
    何も持たないプロレタリアート である
    と 自分でいう人を全く見ない(聞かない)
    完璧に 一億総標準化してしまったのではないか と
    懸念を抱くのは 私だけであろうか
    
    
                     (SEPTEMBER 29, 2001)