2000年2月のトークページです。
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2/1 オイラ 「衝動買い」 2/12 オイラ 「バレンタイン」 2/3 オイラ 「オーディオは別世界」 2/14 オイラ 「仙台より」 2/6 オイラ 「豊かな生活」 2/17 オイラ 「オイラ的緊張解消法」 2/9 オイラ 「不完全人間」 top |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links
今日はステージに付き物の「緊張」について書いてみたいと思います。皆さんの生活にある「困っている緊張」の解消に少しでも役立つといいんですが。
最初に結論をいっておきます。「緊張は回避・解消できませ〜ん!」(オイオイ、それじゃ終わっちゃう (^_^;))しかし共存し、楽しむことは出来ます。
皆さんも今までにたくさん緊張した経験があると思います。緊張するということはそれ自体とってもストレスを感じる物ですね。だから大体の状況において「緊張するなよ」なんていわれます。緊張することが悪いこと、あるいは不自然なことだという観念がありますよね。
緊張には大別して2種類あると思います。【フリーズ的緊張】と【武者震い的緊張】(今オイラがつけた (^_^;))です。
自分の想像以上のことが起きているときにおとずれる緊張。情報が脳内で処理しきれなくなって思考や行動が停滞してしまう状態がありますよね。これを【フリーズ的緊張】と呼びます。友達だと思って気軽に電話に出たら、恐い田舎のおじいちゃんだったときに一瞬固まるやつですね。これが演奏中に起きると非常にやばい。腕なんか硬直してしまって、音を出すことすら出来なくなります。この緊張は予期せぬ出来事で発生するので、いつなるか見当が付かないのが恐いです。いっつも思うんですが、パーカッションは【フリーズ的緊張】になってもごまかしが効きやすいけど、管楽器のみんなは本当に大変だと思います。息は浅くなるわ、口は渇くわ、耳は遠くなるわの中でピッチ(音程)を作りだしてロングトーンとかするんでしょ。凄いことです!
もう一つは【武者震い的緊張】。この緊張はあった方がいいばかりか、ないと困ります。自分で自分にプレッシャーをかけて【武者震い的緊張】状態に持っていくことも出来ます。もちろん経験を積むことによって体得することもできますが、先天的に得意な人と不得意な人がいるような気がします。
オイラ思うんですけど、緊張することを防ごうともがくことの方がよっぽど不自然じゃないでしょうか?緊張するときは緊張すればいいんですよね。「あ、今オイラは緊張している!」ってことが自分自身で分かっていればそれが一番自然に行動できるんじゃないかと思ってます。
緊張するというのは、動物の本能だと思います。昔人間が生きていくために獲物となる動物を狩りにいったり、戦うときに万が一負傷しても出血を最小限に抑えるための機能が遺伝子の中に残っているんじゃないかと思います。血管が収縮し、危険に対して敏感になっている状態が緊張するという現象の正体だと思います。
だから、決して身体が硬くなってはいけません。ライオンが目の前にいるのに固まっていたらやられてしまいます!矛盾しているようですが緊張していても身体を自然に使うことは訓練によって可能となると思います。つまり身体が自分のしようとしている行為(例えば演奏など)について「危険ではない」ということを覚えることが必要です。避難訓練がとても重要だということにもなるなぁ。【武者震い的緊張】のときは耳も敏感になっているので、よく聴こえていると思います。プロ野球のある大打者が絶好調の時「ボールが止まって見える」といったことがありますが、これこそ【武者震い的緊張】の極致ではないでしょうか?
つまり皆さんが今緊張することで悩んでいるとしたら、【フリーズ的緊張】を【武者震い的緊張】に変えるトレーニングをすることをお勧めします。【フリーズ的緊張】は訓練と経験を積むことによりなくすことが出来ます。逆に言えば初めて取り組む物事にはつきまとうものでもあります。でも「緊張(フリーズ)するかもしれない」って最初っから自覚していれば乗り切れることもたくさんあるでしょう。【武者震い的緊張】は物事が終わった後の達成感を考えたり、何があっても冷静に且つ前向きに乗り越える姿勢をもつことで、だんだん体得できるでしょう。信号が赤に変わる瞬間にアクセルを踏む(ただし冷静な判断でね)時の感覚にも似ています。そう、気持ちの中に「思いっきり」があるときは気持ちのいい【武者震い的緊張】を味わう事が出来ると思います。
音楽は緊張と緩和、ストレスと達成感からできています。人生も一緒だよね。昼と夜、睡眠と覚醒と同じようにどちらも楽しめばいいんです。ほらほら、緊張したくなってきたでしょ!
2000.2.14 オイラ 「仙台より」今仕事で仙台に来ています。
数年前まではよく仙台に来ていましたが、最近では久しぶりなので気持ちが高揚しています。仕事ももちろんたのしみだけど、仙台は美味しい物がたくさんあるし、なにより街並みが好きなんです。タバコも東京に比べてずっと美味しいのはこの季節の空気がそうさせています。
だけどおとといから風邪気味で、悪寒と頭痛がかすかに襲っているので、ちょっと残念です。今週いっぱいいるのではやく治してしまいたいと思ってます。
今日はからだのだるさを押して、仙台名物の牛タンを食べました\(^o^)/。最近は美味しいと噂の店も増えたようですが、オイラのイチ押しはなんといっても「太助」です!国分町通りのひとつ裏にある牛タンの老舗です。焼き肉やさんで食べるタン塩の倍の厚さなのに柔らかくて歯ごたえのあるお肉はみなさんも一度は味わった方がいいですよ!一緒にでてくるテールスープは牛の尾の肉をゆっくりと煮込んでいるので、濁らずに透き通っています。これも最高に美味!!うらやましいでしょ!
しかし風邪をひいて一番きついのはなんと言っても仕事です。
音を出す行為は、多少の具合の悪さでもなんでもありませんが、音楽をするにはベストの体調でないといけません。ましてプロとして活動している身としては、風邪をひくこと自体健康管理を怠ったことなので許されません。お客さんには関係ないことですからね。本番までには治さないと。
風邪をひくと耳が聴こえなくなります。正確に言うと、普段とはちがって聴こえてきます。他の楽器の音が聴こえすぎたり聴こえなかったり、自分の出した音が判断できなかったりします。これではサウンドメイクもバランスも取れないので非常にやっかいです。集中力も当然切れやすくなりますが、これは1時間や2時間のコンサートなら気力で持ちこたえられます。集中力はそういう意味では瞬発力の範疇に入ります。本番後は死体のようになっちゃうけどね。
これからの時期、花粉症の人は大変なようですね。オイラはラッキーなことに花粉症ではないけど、ポカは花粉症でグシュグシュしはじめています。花粉症の人はこれから数カ月間ずっと風邪ひいているのと同じなんだと思うと、同情しちゃいます。仕事となれば職種を問わず辛いでしょう。大きなミスをしでかすこともあるかも知れませんが、「花粉症なもんで」なんていいわけは通用しませんからね。
今日はホテルの近くのダイエーでポカリスェットとパイナップルとプリントヨーグルトほか風邪に効きそうな物を大量に仕入れてきました。風呂入ってぐっすり眠るとします。
皆さんも気を付けてくださいね。
明日はバレンタインですね。
オイラ、個人的にはバレンタインでいい想い出はほとんど(というか全く)ないんだけど、それでもこの日は特別な日でした。特に小学生の頃はなんだかとっても意味深な日だったです。
クラスにはモテモテの男の子が1人や2人いましてもう女の子たちは彼等が算数を答えたり、国語の本を読んだり、体育で走っているだけでキャーキャー言っちゃうんだよね!まったくうらやましー。こっちは身体張ってやっとひとつ笑いをとるのが精一杯なのに、彼等は生きているだけで、存在そのものが女の子にとって必要不可欠な人物な訳です。(そうそう!何でもありだった。パンツ脱いだりスカートめくったりなんて日常茶飯事でやってました (^_^;) (^_^;)。)
小学生の頃は友達と日が暮れるまで野球やっていたり、ガンコオヤジで有名なじいさんの家にイタズラに行ったり、とにかく腕白な毎日だったので、女の子が好きとか、そういうのは恥ずかしいし汚らしいというのがオイラの中の常識でしたが、バレンタインの日だけはなぜかそわそわしていました (^_^;)。
結局小学校時代の6年間はひとつのチョコももらうことなく終わってしまったんだけど (:_;)、毎年2/14は早めに家に帰って、万が一チョコ持った女の子が訪ねてきても大丈夫(っていうか逃さない)なようにスタンバってました (^_^;)。ハズカシーヨー!
バレンタイン・デーはチョコレイトメーカーが作ったものだと思っていましたが、実はそうではないことを知りました。中世ヨーロッパのある国に、聖バレンタインという司祭がいました。この国では兵役についた男性は恋愛を硬く禁じられていましたが、恋に落ちた兵士を助けたのが聖バレンタインさんだというのが話の始まりです。で、これがばれて聖バレンタインさんは死刑になってしまいます。
「女性が男性に告白する日」っていうのはその後チョコレイトメーカーがつけたんだとおもいます。それにしてもアイディアですよね。チョコが売れるだけでなく、ちゃんと夢を与える行事になってしまいました。「耳の日」とか日本は365日毎日なにかの記念日になっているほどたくさんありますが、その中からみんなに知れ渡るメジャーな存在になるのは大変なことなんですね。どの業界もたいへんだわ。
最近気に入っているテレビ番組があります。それは、
「手話ニュース845」 です。
NHKの番組です。夜8時45分から毎日やってます。とてもいい番組ですよ。オイラが気に入っている理由のひとつめは内容。国内を問わず、トップニュースを非常に分かりやすく伝えてくれます。ニュースステーション以来定石となった、出演者の見解は何もありません。事実をなるべく忠実に伝えようという意志が画面全体から伝わってくるのが印象的です。かといって単なる報告に留まらず、短い時間の中で「こういう意見もあります」「こんな側面も持ち合わせています」とニュースソースの奥行きを広げる努力が随所に見られます。
次に静かであること。聴覚に障害のある方にも分かる番組ということもあるでしょうが、BGMはほとんどありません。たまに季節を伝えるコーナーで流れる音楽もうす味で、美しい映像を壊すことはありません。現在のテレビ番組の中で無音の時間を大切にしているのはNHKだけですが、この番組の醸し出す沈黙はまるで新聞をめくるときのような、文庫本の行間に込められた「間」のような時間を演出しています。凄く単純な技法だけど、必要かつ充分な無音時間が前後のニュースを混同させない役割を果たしていると思います。多分この無音時間は1秒程度なんでしょうが、視聴者の思考回路をリセットするには決して短かすぎません。
最後に手話をなさる方々のキャラクターです。
失礼ながら名前はほとんど分かりません。大体1回の番組で4人くらい(おそらく全員で6人くらいのアナウンサーがその日のニュースによって出演したり、しなかったりしているようです)のアナウンサーが出演しますが、全員素敵な個性を持っています。ニュースをしゃべりながら手話をする女性は、その表情と手話アクションを見ていれば、「ニュースを正確に分かりやすく伝えたい」誠意が伝わってきます。もみあげを蓄えたおじさん(この方は手話の語りべとして有名な方です。でもお名前存じ上げません、失礼。)は、おそらく口語的手話で、細かいところは他の方よりわかりにくいですが、一挙手一投足から溢れ出る優しさと温かさが見る者を引きつけて離しません。そしてオイラが皆さんに是非ご紹介したいのが、那須さん(だったとおもいます)という、30才前後の男性です。さえない顔で、寝癖がついているままテレビに出てきたような(いわゆるあか抜けていない)キャラクターが新鮮です。彼はただひとり、一言もしゃべらずに手話のみをなさっています。音はナレーションの方が話していて、それに合わせて手話を続けます。彼の手話は誠実さと正義感、美しさと情熱を帯びています。手話をしているときの表情と身体のシャープさは、ロボットのように正確でキレ味があります。また手話で伝え終わるとスッと電源オフになるように無表情にかわります。最初は笑ってしまいそうになりましたが、今では彼の紹介するニュースが一番心に深く届くようになりました。
手話はごく一部の人しか使わないコミュニケーション手段だし、オイラも分かりません。だけどこの番組を見ていると、15分の間他のどの番組よりもニュースについて深く理解しようとする自分がいることに気付きました。障害を持った皆さんと健常者(健常者という言い方、キライです。何が障害でなにが健常なんでしょうか?眼鏡をかけている人は障害者だし、花粉症の方々も障害者ですよね。他に何て言葉がいいか見つからないので便宜的に使わせていただきます。不勉強ですいません)の間には同じ社会を暮らすために、人としてつながりを持つために乗り越えなければいけない障害は何にもないんだと思いました。
しかし実際はたくさんありますよね。盲目の方は外出することがとても大変だと思います。横断歩道もこわいし、自動改札なんて最悪のシロモノでしょう(昔の改札はハサミの音で場所を知り、切符を出せば駅員さんがハサミを入れてくれたと思うんです)。耳が聞こえにくい方々は、いつ後ろから車が迫ってくるか、いつも他の感覚を総動員していないければ危険きわまりありません。
でもよく考えると、これらは全て人が創り出した社会です。障害者の皆さんが快適な人生を過ごすことを前提とした社会ではないことの方が大問題だと思いませんか?
バリアフリーなんて言葉がやっと取りざたされてきた昨今ですが、こんな言葉や「手話ニュース」なんてものがあるうちはやはりどこかに、障害者と健常者を区別するボーダーがあるんだと思います。それでもここから始めていくしかないんだと思いますが。
医療の進歩、障害者との共存社会の確立、そして僕らの心が豊かになることこそ、進むべき道だと思います。障害者のなかにも悪い人もいると思うし、健常者の中にも思いやる気持ちをたくさん持った人がいます。弱者、強者ということを身体のハンディで決めつけることが間違っています。同じ高さで同じ人として、お互いを補える関係が築けると素晴らしいと感じます(これは全ての人間関係に対してです) 。みんな不完全な人間なんだもんね。
とにかく皆さんも一度見てください。「手話ニュース」。ひとつのニュース番組として見応えがありますよ!
先日B&Oのステレオについて書きましたが、B&Oの電話機が1/28に開店したアシスト・オン(a++)というお店で取り扱っているのでご紹介させていただきます。このお店はアップルのNewton製品をあつかう「ニュートンショップ」の元店長がはじめたお店で、たくさんの美しいデザインのモノをとりそろえているようです。
アシスト・オンで取り扱うB&Oの電話機は、日本未発売のもので、オイラも一目じかに見たいとずっと願っていた電話機です。留守電機能がついているようです。今までの電話機よりも設置面積が随分と狭くできています。受話器がそそり立つその姿は、電話でつながる友人との会話にあたらしい喜びを付加してくれるでしょう。こうやって書いているとどんどん欲しくなってしまいます。イカン!
通販も完璧のお店ですが、一度お店を覗きにいきたいとおもっています。原宿・明治通り沿いのようですね。(詳しくはサイトをごらんください。)
安いことがいいことな時代にはやく終わりを告げましょうよ。バブル崩壊後の日本は、安いことが一番みたいな風潮がさらに強まっていますが、少しずつそうじゃないことにみんな気付いてきているでしょ?もちろん節約とかケチなのはいいと思いますよ。「安いから」と無駄な買い物をオイラはいくらすれば気が済むのだろう?という自己反省をしているんだけど、皆さんも自分の生活を見直してみてはいかがですか?
資本主義の落とし穴というか、目先のコストを下げることや効率を上げることを優先したために、今までに僕らはたくさんの代償を払ってきていると思います。「今とりあえず安いモノを」これでは心も生活も豊かになることは難しいですよ。B&Oは機能面ばっかりで電話機をえらんでいるオイラに喝をいれてくれました。
東海村の放射能漏れ事故は、事の重大さを知らない事の、重大さを知らないひとたちが、時間とコストをかけることを放棄した結果です。絶対人災。
(今日のテレビで知りましたが)明治の頃建造されたコンクリートは質が良く、いまでも現役なのに高度成長期に建造されたコンクリート建造物ははやくも崩れはじめています。水分量を増やすことでコンクリ強度を犠牲に効率を優先させた結果です。海砂利はいわずもがなですね。
リサイクル法がやっと始まりそうですが、ペットボトル・缶・ビン・廃車・廃コンピュータ・廃携帯電話などの処理までをコストとして考える時代が来ました。遅すぎるけどね。これで原発事業も採算割れが露呈してストップするといいのにな。
コーヒーを飲み終わったマグカップを洗うときの気持ちよさ、オイラ感じます。コンビニ弁当の容器を捨てるときの気持ち悪さも知っています。醤油やソースが付きっぱなしのまんま捨てることに違和感を持つことから、自分の身の回りを見直していきませんか?(そう考えるとてんやもんの出前や、牛乳瓶の配達・回収はいいシステムだったですね。天丼の器を軽く洗って玄関先に出しているオフクロの姿が思い出されます。)
この国に本当の意味で音楽が心の支えになるために、それぞれが豊かな生活をおくる努力が必要だと思います。お金をかけることが豊かなことではありません。自分に素直な生活をおくることじゃないかな?
生活を自分のために。自分を癒す時間と空間は自分でもつ努力が必要だと思います。
先日仕事が予定より早く終わったので、ポカと友人の3人で秋葉へフラフラと出かけました。平日の秋葉は土日に比べると人通りが少なく、ブラッと出かけるにはいいですよ。あ、ちなみに秋葉というのは東京の秋葉原のことです。昔は「あきばはら」と読んでいたようですが、いつのまにか「あきはばら」となったそうです。「あきば」という読み方はその名残でしょうか?割と普通につかいます。
数件パソコンショップを見ながら歩きましたが、どの店もそうかわりばえしない商品と価格でした。ちょっと飽きたのでステレオを見に、ヤマギワのビルに行きました。
バング&オルフセン(B&O)という音響機器メーカーをご存じでしょうか?素晴らしいコンセプトとデザインで有名なメーカーです。日本のメーカーはB&Oを少しずつ模倣しながら生きながらえているとさえ、オイラは感じています。
このメーカーのCDプレイヤーは外見が美しいだけでなく、使う人に優しい配慮が散りばめられています。音楽を聴くという行為を喜びと癒しの儀式にまで高めてくれるCDプレイヤーは、高価なためにとても購入には踏み切れませんが、店頭でその姿を見ているだけで「オーディオ・リスニングも捨てたもんじゃねぇぞ!」と思わされるのに有り余るフォルムを備えています。
このプレイヤーに手を近づけると、センサーが感知してガラスの扉が自動的に開きます。同時に使用可能なボタン類が光り、CDを聴くための操作を楽しくフォローしてくれます。まるでステレオという友人と会話をしているような錯覚にも陥ります。
挿入したCDは縦置きでその盤面を正面にむけているので、今自分が聴いているCDが回転し、スピーカーに音を送っているイメージがごくごく自然に伝わる仕組みです。また挿入されているCDがなんなのかも一目瞭然なので、前回聴いて入れっぱなしにしていてもストレスなく次の操作をおこなえます。挿入したCDは挿入したときと同じ角度でいつも停止してくれるので、インテリアとしても、視認性の面からも美しさを保っています。使用しないときはあくまで控えめに、それでいてCDのある音源部とスピーカー部の機能美をみごとにデザインし、使用しているときは浮き出るように主役であるCDとそのサウンドをサポートするプレイヤーです。今日はまさに目の保養になりました。
ちなみにB&Oの電話機も美しいです。テレビのドラマではおなじみの電話となっていますが、「電話をかける・会話をする」というシンプルな機能を突き詰めた機能美がそこにはあります。コードレス子機や留守電機能など一切なく、耳に障害のあるかたにも極力会話がしやすい工夫(さすがは音響メーカーです)にこだわっている姿勢は、日本の電話業界では絶対にマネのできないコンセプトと割り切りがみてとれます。贅肉を削ぎ落とした外観は使う人を選ぶ逸品です。この電話も買ってしまうと部屋中のインテリアを見直さなければいけなくなりそうで購入できません (^_^;)。
一本100万円以上もするスピーカーに見とれ、1時間で1000円くらい電気を食いそうなアンプに驚愕し、「オーディオ・マニアも底なしに金が必要だ!」と自分の貧乏耳に感謝するほどの店内でした。
その店内の一角に「スーパーオーディオCD」を発見!以前トークでも書きましたが、既製のCDではカットされている帯域まで再現するCDです。ソニーが商品化しています。セットで120万円くらいするその機械で視聴させてもらいました。
貧乏耳の (^_^;)オイラには良さがわかりかねましたが、たしかに素晴らしいサウンドでした。少なくとも普通のCDよりはずっと密度の濃いサウンドを聴かせてくれました。聴いたCDはピアノ曲でしたが、まるで目の前にピアニストが存在するかのような錯覚を覚えることが出来ました。しかし、やはり生演奏のサウンドにはほど遠いとも感じました。UHFチャンネルからハイビジョン映像に切り替えたような衝撃は確かにありますが、本当に見えている映像と比べるべくもないようなものです。美しいサウンドではあるけれど、ノイズなどほとんどゼロに近いサウンドだけど、プレイヤーの呼吸まで聴こえてきそうなサウンドだけど、リアルで美しいほどに冷たさもクローズアップされているような印象を持ってしまいました。もちろん他のCDも聴いてみないと判断は難しいですが、圧縮・コンパクトが音楽メディアの大勢を占める中で、サウンドを追求した新しい規格だったのでもっと期待していたのに少し残念でした。
スーパーオーディオCDのソフトはほとんどない状態ですが、その中に「PUFFY」のジャケットを発見しました!120万のオーディオで聴くパフィが生パフィのライヴ200回分の価値があるかどうか?オイラには見当が付きません (^_^;)。少しでも早く普及して価格が下がるといいと思います。
先日久しぶりに衝動買いをしました。
愛機であるPower Book 2400 のG3カードを購入しました。現在は400MHz版しか店頭には売っていなくて12万円くらいするのでG3化は諦めていましたが、性能と価格のバランスが最も良かった320MHz版があったので速攻で買ってしまいました\(^o^)/
もともと10万円以上で売られていた物が8万円だったし、在庫が2つしかないという店員さんの言葉で落ちてしまいました。理論値で3倍以上のスピードアップです。これであと1年半は使い倒せるでしょう。なけなしの(まさになけなし (:_;)!)お金を握りしめ、買い物をするというのは自虐的行為に苦しむストレスと物欲を満たす快感の狭間で揺れ動く己の心と対峙できるスリリングな時間を買うという側面も確実に持ち合わせていると思います。この日は320MHz版に遭遇してしまった偶然にはじまり、お金を払った後も寝るまでからだのどこかが興奮しているような感覚に陥ることが出来ました。子供の頃よく感じた感覚に似たものをなつかしく受け入れていました。
G3に換装後は、感動するほどではないものの、キビキビとした処理に気持ちも晴れやかな毎日です。
マックユーザーには自分の機種に愛着を持つ人が多く、それはiMacやiBookにも綿々と引き継がれています。Power Book 2400ユーザーは特にその傾向が強いです。アップルから2400よりも軽量のノートが発売されないことも原因ですが、2400ユーザーはメーカーや販売店に意見や要望を働きかけて、今までにたくさんのオリジナル製品を作ってきました。G3/400はすでに2年前に発売された2400では売れないという判断だったのに、現在でもしっかり売れています。キーボードはUS版いがいにもオイラの知る限りで3種類はでています。
今回G3化したことで、今まで以上に愛着が出てきました。ハウジング(本体をカラーリングしたり、木目調のカバーにかえちゃったり)はお金がかかるけど、自分だけの2400にいろいろといじりたい欲望がふつふつと湧いているところです。iBookみたいにとって付けたり、首から下げれるストラップもいいなぁ(首折れるかも)。スケルトン化は趣味じゃないのでボツ。ちょっとやそっとの衝撃にも堪えられるバッグでも買ってあげたくもなるなぁ(今は1500円の投げ売りバッグ (^_^;))。
愛着が湧けば、Power Bookにむかってする仕事もはかどるっちゅうもんです!イヤ、はかどらせねば!!
これからもオイラをサポートしてください>2400サマtop |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links