2000年6月のトークページです。

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6/2 オイラ 「植松対談その4-吹奏楽編<延長戦>」 6/21 オイラ 「選挙にいこう!イェーイ」
6/5 オイラ 「節操なくとも日は昇る」 6/27 オイラ 「MASATAKA HIRANO」
6/9 オイラ 「現代略語指南」 6/2 オイラ 「平野のCD、気持ちいいよ!」
6/20 オイラ 「ポカがマイカー持ちましたの報告」

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2000.6.28 オイラ 「平野のCD、気持ちいいよ!」

昨日紹介した、芸大同級生のサキソフォン奏者、平野公崇氏の初CD「Millennium」を聴きました。明日も早起きなのに一気に聴いてしまった!あぁ、気持ちよかった!奴のことだから、そんじょそこらのCDとは次元の違うアプローチをすることは想像に難くなかったけど、これほどまでにトランスさせてくれるとは思わなかったよ。実に素晴らしい!!

オイラ、武藤賢一郎氏のCDを聴いたのは中学生の時で、その時は「サックスってこんなに美しい音なのかぁ!!」と驚愕したけれど、平野のCDはそういうことを超越しているし、超越させようという意図が見事に結実しています。みなさん、必聴の価値アリですよ!気に入ったので思いっきり宣伝モードで書いちゃう!

CDジャケットはこんなんです。興味をお持ちになった方は是非聴いてみてください!ちなみに新宿タワーでは試聴できますよ。

オイラのもつ一般的なサキソフォン奏者のイメージは、現代音楽の最前線を行く(本人は行っているつもりである)唄を知らない(サックスという狭い世界で完結してしまっている)輩。あるいはウィスキーロックを片手にアルマーニの背広を脱ぎ捨て、火のついたタバコを灰皿に残したままライヴステージに立つジャズの申し子(と本人は勘違いしている)を気取るコロンまみれ。

確かに我々がサックスの音に求める安易な形態は人生を知った吟詠詩人だったり、好色一代男だからそのニーズを満たすには上記のようなプレイヤーは必要であるけれども、平野は全然違う。久しぶりに聴いた平野の音楽は『芯』を保ち続けたまま、己の生命を精製していて、それはまさに学生時代の平野が悶としていたものの答えであり、平野という人物と平野という音楽が変わらず今も存在し続けているという奇跡を伴ってここにあります。

循環呼吸やら、スラップやら、重音やら、コンクール優勝やら、「ジャンルを超えた」やら、やたらと書いてあるけれどそんなことを気にするのはバカだし、平野は気にさせない。奴の持つ唄の強靭な意志に勝る肩書きはこのCDに見あたりません。技術も作品も、本来あるべきカタチに活かされながらこのCDはひとつの形態を保っています。そう、 このCDには平野の『芯』がはっきりと見てとれる。どこを聴いてもいくら聴いてもアルデンテ。一瞬たりともサキソフォン奏者の持つバタ臭さが一切関与していない。

クラシック・サキソフォン奏者として、一流であることをひけらかさず、イヤ、大風呂敷でひけらかしながらもそれを忘れさせる生命力を感じる1枚です。初めてのCD、レコーディングが思い通りに行かないことなど容易に想像が付くけれど、いろんなストレスの中からこれだけのサウンドを創りあげた平野に大拍手!

しかし同時に平野がこのCDではやりたかったことがほとんど実現できていないのではないかという思いも強く持ちました。本人に聞いてみないと分からないけれど、きっとこのCDは平野の中ではあと数年後には「恥ずかしくて聴けないよ」的な類の1枚になるんじゃないか?それは好きな女性に告白の手紙を書いた翌日、ポストに入れる前にもう一度読み直そうと試みるも、読めずに投函してしまったような。後で彼女に「手紙に書いてあったでしょ?」といわれても「覚えてないよ」とあしらってしまう部の悪さのような。それだけ今の自分にまっすぐ対峙している音楽がこのCDには刻み込まれているように思います。どうかね?平野よ。

最後にありがとう。ひさしぶりにお腹の下にストンと入ってくる音楽を聴けたよ。


2000.6.27 オイラ 「MASATAKA HIRANO」

今日本のサックス界をもっとも賑わす人物がいます。1996年にJ.M.ロンデックス国際コンクールで衝撃の優勝を勝ち取った若き精鋭、平野公崇(ひらのまさたか)氏です。半年ほど前に仕事で久しぶりに逢うことができました。 何を隠そう平野は芸大の同級生です。管打楽器はみんな仲がよかったけど、平野はオイラにとって一番しっくりくる同級生でした。

芸大では芸祭(学園祭)でMt.VIVOというビック・バンドを結成して、管打楽器で運営する野外居酒屋を盛り上げるんですが、その時から平野はオイラにとってよき仲間であったと思います。

彼はいつも他の人とは違うところを見ていました。何を考えているのかワカラン、奇人の部類に入っていることは誰もが認めるところです。突然芸大に来なくなったり(これは女を追っかけてどっかへ旅立ったという噂)、練習室にこもると48時間吹きっぱなしだったり(これは練習室の中で女とイチャイチャしていたという噂)、決して誰ともつるまず、決して自分の信念をゆがめない平野は、オイラも少なからず尊敬しています。

しかし平野の最大の魅力は、「人」として愛を知っていること。同級生に向かってこんなこと書くのはコッパズカシイけれど、頑を張っている裏側にはたくさんの悩みと情熱が悶々としている平野は、自分に厳しい姿勢を貫くことができる反面、ムチャクチャ弱い部分をもっていたことを覚えています。だから優しい。平野へのオイラの印象はその一言につきます。

9/16には久しぶりに平野と共演することになっていて、今から楽しみです。ピアノの中川氏はオイラ初顔合わせなので、それも含めてどんなインプロヴィゼーションが繰り広げられるのか、オイラも腕の見せ所です。きっとうまく行かない(笑)。ケンカして憎悪とむかつきが蔓延したリハを重ねることになる気がします。

そんな外の世界に向かって、いつも鋭利なセンスをギラつかせていた若い平野に逢いたいと思っています。平野もそれを望んでいるでしょう。奴の真ん中にある弱いところに向かってボディブローを打ち続けることがオイラの役割だと認識しています。でもきっと平野もオイラにボディブロー打って来るんだろうなぁ。楽しみだ!ステージで共倒れも悪くない。

彼のHPをリンクしました。最近できたばっかりのページです。興味のある方は覗いてください。CDも発売中だってさ。


2000.6.21 オイラ 「選挙にいこう!イェーイ」

6/25が『第42回衆議院議員選挙』投票日となっていますが、オイラはその日行けそうにありません。そこで不在者投票に行ってきました。

なんともこのページには似つかわしくないテーマですが、「みんなで選挙に行きましょう!」という気持ちを込めてのトークです。

投票率が低いことはこの国の存続にとって重大な問題だと思います。選挙権を持つ国民のみんながもっと真剣に考えるいい手だてはないものかと思います。こう書いているオイラだって、机上の論理的なところが多々あって、投票率が80%だからって議員さんの質が大幅にグレードアップするとは思えない現状では、リアリティに欠けていることは否めません。

でも、野党と与党をひっくり返すことは割と簡単なようです。連立政権でないと成り立たないご時世ですから、無党派層の投票率が3%上がるだけで与野党逆転が起きる可能性が大きくなるという説もあります。どちらにしろ、「朝のラッシュ、なんとかしろ!」とか「首都高速の料金高すぎる!」なんて文句を言うことが一度でもあるのなら選挙権を行使する義務があると思いますがいかがでしょうか?まぁ、文句なくて今の生活に満足している人が仮にいるとしても、「現在の平和な生活を守るために」選挙権は行使すべきだと思いますが。

で、ぐぅたらなオイラ思うんですけど、「選挙に行きましょう」と叫ぶばかりでは、投票率は上がるわけありません。インターネットで車が買えて、コンビニで飛行機のチケットがとれるこのご時世に、指定された地元の小学校にいかないといけないのは不便きわまりない。コンビニで投票とはいかなくても、郵便局や通りすがりの交番なんかで投票できれば、もっと気軽で身近な問題として選挙に足を運べると思います。

もちろん問題は多々あります。不正のない選挙に必要な最大の問題は「本人の確認」作業で、例えばコンビニでバーコードによる登録で投票だと、選挙権の売買がじゃんじゃん行われてしまうからダメ。インターネットでの投票なんてのは夢の夢でしょう。声紋分析やDNA分析などの個人認識技術の確立を待つしかありません。

それでも不在者投票をもっと規模拡大するとか、投票時間を36時間に延長するとか、投票すると「消費税千円サービスチケット」くれるとかすればもっともっと投票率も上がると思うんだけどなぁ。お金もかかるんでしょうけれどね。

「このままじゃいけない」と思う気持ちが生活を向上するための原動力だとするなら、投票に行かないということは決して認められないことだと思います。今のシステムはよくないけれど、投票拒否もアリだと思うけど、参加せずに外から文句言っているだけでは変えられるものも変えられないですよね。

それにしても同時に行われる「最高裁判所裁判官国民審査」って、意味あるのかなぁ?裁判官の過去の実績の公表くらいしてくれないと審査も何もできないよなぁ。


2000.6.20 オイラ 「ポカがマイカー持ちましたの報告」

ここ最近は仕事に追われ、自分の時間が持てない日々が続いていまして、ピッチャーが中2日で先発しているような感覚です。身体のキレもなくなり、筋肉は疲労物質を蓄積していく状態で、これでは気持ちのいい演奏もなかなかできずに自分自身が嫌になりそうな日々です。

そんな中、唯一気持ちのいい仕事が先日ありました。山梨県・富士吉田市での仕事でした。ポカとN響の植松さんも一緒でしたが、ナント、ポカが自前のクルマで登場しましたので猛烈なうちわネタですが、ここで報告いたします。

イプサムを購入し、その足で富士吉田に乗り込んできました。「オイラのクルマ乗ってく?」と誘っても「イヤ、電車でのんびり行くよ」なんて言ってやがったのに!

帰りの高速でのショットです。

安全運転バリバリ(つまり、安全ではない運転)でトロトロ走るポカ号を追い抜きざまにとりました。イヤー難しかった!

梅雨のハザマで快晴だったので、気持ちもリフレッシュしましたこの仕事、身体の疲れをとるほどの余裕はなかったけど、いい気分でした。もっとも一番気持ちよかったのはポカだけどね。


2000.6.9 オイラ 「現代略語指南」

日本人は言葉を省略するのが大好き。

ミスチル・ドリカム・モームス・東名・名神・阪神・中京・N響・読響・東響・東吹・パソコン・ケイタイ・メル友・バリサン・駐禁・発禁・ 禁煙・金欠・番宣・宣材・キムタク・ゴクミ・ウンナン・勝新・やすきよ・ヨシギュウ・ファミレス・コンビニ・・・ニッポン全国津々浦々略語三昧覚えてねさもないと乗り遅れるよ的症候群(略して略語コンプレックス、略して略コン)は今も昔も変わらぬ気質でしょうか。

略語は悪くない。「おはよう」は「あらまぁ!お隣のお米さん、今日もこんなに朝早くからご苦労様です」だし、「ありがとう」は「こんな箸にも棒にもひっかからないような私メに、手厚い愛情とお手数をかけて頂くなんて、他の人ではあり得ないほどのご厚意、感謝感激!」だし、「さようなら」は「それでは(左様ならば)またお逢いいたしましょう」で、さらに「では」「じゃぁね!」となったわけです。そして短い言葉に多くの情報を圧縮・詰め込む作業はデジタルの世界になってもなんら変わることのない行為だし、漢字なんて多くの意味を包含し、使われていく間に生まれる新しい意味さえも吸収しながら、巨大なデータベースとなっていく。まさに漢字は中国人・日本人が誇る、すばらしいアイコンに他なりません。

日本人の名前が美しいとするなら、それは音の響きだけでなく、間違いなく漢字から薫る圧縮された物語をも身にまとうことができるからです。オイラは「雅雄」が本名ですが、「雅」にも「雄」にも多くの意味がこめられています。きっとオイラが知らない意味もたくさんある。たった26文字の記号で表される外人には決してない美しさを親からもらって生きているわけです。「心も体も健やかに育って欲しい」親の子供に対する純粋な願いが、漢字の力を借りて過去を背負い、語れば一晩で終わらない想いをのせて僕らの未来へ続く名前ができているんです。

また隠語・スラングは一般の人にはわかりにくい言葉をあえて使うことで仲間意識を高めていく言葉です。すごく人間臭く、ダサくていい。「チィーッス!」と叫ぶお兄さんも、「チョベリバァー!」とわめくお姉さんも(もういないか (^_^;))、仲間との連帯感を保持するために必死な行動をとっているわけで、まわりがとやかく言えばいうほどスラングは存在意義を見いだしていきます。

漢字や名前やスラングなどの略語。略語が略語を呼び、それらが新しい言葉と結びついては新語が生まれる。そのくり返しは言語が持つ宿命的な変化なのかも知れません。春の杉花粉状態となって蔓延していることこれ間違いない、あらゆる集団にはびこる略語。業界用語はどの業界にもあって、それは多くの場面でうまく機能し、人間関係を潤滑に保つことにつながるので、それを取り立てて「けしからん!」と否定するのは意味がなく、無駄なことかも知れません。

しかしそれでも、非常に個人的ではありますが、オイラが気にくわない (^_^;)文句のある略語が存在します。「最近の若いもんは!」とのたまうじぃさんのように口うるさくなってきている自分もイヤだけど、思い切っていくつか挙げさせていただきます。カッコ内は普段使われている呼び名(正式名称?)です。

  • ティンパ(ティンパニ)
    「ニ」ぐらいつけようよ。「ニー」でなくていいからさ。せめて「ニ」ぐらい。大体「ティンパ」ってさ、業界用語的にいったら「パンティ」のことだよ。
  • ビブラ(ヴィブラフォン)
    少なくともプロは使いません。マクドナルドを「マクド」と訳す関西系では知りませんが、「フォン」までつけたって電車に乗り遅れるようなことはないと思うんだけど。「ヴァイブ」は許すよ。「ジャズヴァイブ」っていうけど「ジャズビブラ」は言わないし。
  • パーカス、パーカ、パー(パーカッション)
    「パー」は論外。タイコ叩くのばからしくなる。「パーカ」は気持ち分かります。でもやっぱりダメ。「パーカス」?パーのカスはないっしょ!『みなさん初めまして。パーカスのオイラです』・・・オイラは使えない。

楽器の名称は国籍も違えば同じ名称でも違う楽器をさす場合があり、とにかく複雑怪奇になっているのが現状です。略語、あるいは無理矢理カタカナに押し込めた楽器名は、混乱の極致をさまよいながらその呼び名を増殖させていると言っても過言ではありません。みなさんも使ってる人いるでしょ。

  • クレス、デクレス(クレッシェンド、デクレッシェンド)
    他にもアクセル、ロール(アッチェレランド、ラレンタンド)など。確かにそう読めなくもないけどさ、どうしてもイヤだよ。
  • タコ(ショスタコーヴィチ)
    これに付随して交響曲第5番は「タコゴ」、交響曲第8番は「タコハチ」となる。
  • ベト(ベートヴェン)
    これに付随して交響曲第5番は「ベトゴ」、交響曲第8番は「ベトハチ」となる。しかし何故か交響曲第9番は「第九」なんだよね (^_^;)。
  • ぶたかん(舞台監督)
    この言葉オイラ大っキライ!主に芝居の世界では一番エライ人が舞台監督だから、無理難題を要求したり、器の小さい監督に対して皮肉を込めて「ブタカン」というのはアリアリだとも感じるけど、そういう意味もなく省略しているのが現状(にみえる)。品がなさすぎ。ちなみにダメ出し(リハや稽古後にうまくいかなかったところを指摘して明日以降の改善目的とするミーティング)もすっごく嫌悪感。「ダメ」ってアンタ、身も蓋もないいいかたしなくてもいいじゃんか!

大体お分かりかと思いますが、要するに音楽というものを楽しむために必要な「品格」や「センス」が感じられない略語はキライだということです。

アナタがパーカッションをやっているなら、自分がやっている楽器に対して愛情とか誇りがあるでしょ?だから呼び名にその想いをしっかりとのせて欲しいと思うんです。自分の楽団のスネアを「梅さん」、シンバルを「ジョン&パンチ」などと親しみを込めて使うのと、上に挙げた略称とは全然意味あいが違うと思うんです。

世の中には変な略語が反乱していて、そこには知性も遊び心のセンスも感じられないものが多々あることを覚えておくべきだと思います。オイラはオイラの尺度で、アナタはアナタの物差しでいいから、「自分流」のアイデンティティーを守る努力が必要です。

また、TPOに応じて使っていい時とそうでない時を判断する感覚を忘れないことが大事だと思います。会話は人と人のコミュニケーションですから、相手が不快に思ったことが意図するところでないのなら、もっと適した表現を選択・使用するべきだと思います。またその言葉に「品格」がない呼び方は音楽に携わっているのなら使わないような判断と意識を持ち合わせて欲しいと思います。フォルテを「デカく!」と叫ぶ指揮者のいうことをオイラは聞きたくありません。美しさは人それぞれだけど、少なくとも自分の名前に恥じない想いや品格を(せめて)音楽用語の中には漂わせるようにしませんか?

いろいろツラツラと書きまくりましたが、いいたいことはひとつです。
オイラには上記した略語の数々、使わないでください。あえて使うのなら皮肉を込めて使っている意志が伝わるように使ってね。そういう空気を読んだり雰囲気を醸すことは演奏に直結している大事な大事な(きっと基本練習の1000倍大事!!)感覚だからね。


2000.6.5 オイラ 「節操なくとも日は昇る」

前回の「植松対談」シリーズ、お楽しみ頂けたでしょうか?数名の方からは、ご感想のメールを頂きました。この場をお借りしましてお礼申し上げます。

うんざりとは直接関係ないことも、これまで以上に取り上げながら、オイラ自身の糧としていきたいと思っております。それがひいてはこのページの活性化にもなると信じています。細心の注意を払いながら更新を行って参りますが、失礼なところやミスも多々あると思いますが、これからもよろしくお願い申し上げます。

吹奏楽雑誌「バンドジャーナル」の今月号(7月号)には、期せずして植松さんが原稿を掲載しています。夏の吹奏楽コンクールをにらんだ「パート練習」という企画での文章です。このページの対談をお読みになった方なら、さらに深く植松さんの意図するところがつかめると思いますので、どうぞご一読ください。(って植松さんに「書いて。」って言われました (^_^;)。)

しかし植松さん、このページのまんまの生き様をバンドジャーナルでも繰り広げています。

植松さんはパール楽器のアドバイザーをしているので、付録BJシリーズの裏表紙にすかした顔して登場しております。パールのスネアをかかえ、憂いを帯びた表情をさらしている様はなかなかカッコよく見えますが、「イモが違うんだ!!」と叫んでいる方がよっぽどいいのに。と突っ込みを入れたくなります。

しかもそれだけではなく、本誌P63の新製品紹介ではナ、ナントプレミアスネアまで褒め称えてしまうという、節度のなさ!!今日思いっきりいじめておきました。

ミスドでバンドジャーナルを肴に話をしましたが、パート練習ひとつ取ってもいろんな問題が浮き彫りになりました。オイラも植松さんも基本的に「コンクール不要論」を持っているので、「嗚呼、パワーブック持ってきてたら対談シリーズがあと2つは書けるのにね」っていう内容でした。もう忘れちゃった (^_^;)!!

それにしてもオイラも植松さんも一演奏家として、音楽とタイコを愛する仲間として、まだまだやらなければいけないことがたくさんあることを痛感することになったわけです。このページでオイラが書きたい放題にデジタル世界を汚すことも少しは意味のあることかも知れない。そういう想いをいつもどこかに抱きながら、これからも行くつもりです。

そう。それがたとえ節操のない行動だとしても、それが間違っているかも知れなくても、影でグチグチいうのでは何も変わらず、何も始まらない。うんざりの活動で身につけた武器はオイラの中で形を変えて動き続けています。肩書きにしばられずに無茶苦茶なことを続ける植松氏にあたらめて、拍手!


2000.6.2 オイラ 「植松対談その4-吹奏楽編<延長戦>」

前回が最終回のはずでしたが、A.M3:00をまわってやっと音楽の話が盛り上がってきましたので、延長戦突入です。

☆オイラは吹奏楽をずっとやってきました。植松さんの好きな曲とか想い出のコンサートとか、ある?
★カレル・フサの「プラハのための音楽」って知ってる?学生の時フサの曲いっぱいやったんだけど、おいら吹奏楽の頂点だと思うな、フサは。
☆なにをマニアックなことを!オイラはリードとバーンズで育った健全なブラス少年だよ!
★おいら国立音大ブラスオルケスター出身だからさあ、大編成ブラスなんだよねえ。ビータ先(ビータ=業界用語で演奏旅行のこと)で「国立プラスオールスター様ご一行」とか書かれたりしたけど、青春だったなあ。
☆オイラも中学時代にブラスオルケスターみたよ。ホルストの「惑星」とか、大栗さんの「仮面幻想」とか、感動しました!音大生だから演奏も素晴らしいし、大編成でパワフルでね。
★コンクールなんかでよくオケアレンジやるじゃん。玄幡さんアレンジのブラスオルケスター編成だからオケの曲もサマになるんであって、普通の編成だったらやっぱりオリジナルだと思うんだけど。カットしちゃうのキライなんだよ。

☆そうね。これはオーケストラを経験していないとわかりにくいことだけど、原曲があって、そのサウンドを知っていると、ブラスになるだけで抵抗あるからカットするなんて怒りさえ覚えることもある。でも、ブラスっていうか、吹奏楽はもともとオーケストラへ行く前の練習っていう意味あいから発達してきた歴史もあるから、学生にとってはいいこともたくさんあると思うよ。オイラ中学の時はドヴォルザークの「新世界」ってブラスだと思ってて、かっこいい曲だぁ!って感じていたけど、そのあとオーケストラの原曲を聴いてさらにシビれた事あるよ。
★うん、おいらも「運命の力」オケで初めてやったとき、半音違うと思った・・・。イ短調なのね、原曲って(笑)。確かにブラスっていろんなジャンルの曲を実体験出来るというおもしろい側面もあるね。うんりきのあとにディズニーメドレーやったりスクエアやったりさ。
☆そうそう。そういう意味ではオイラ的にはスクエアのF-1Grannd Prixにティンパニが入っているアレンジの方が、オーケストラの曲のアレンジより違和感感じてたなぁ。やはりあの曲はシンセのオーケストラ・ヒットだからカッコいいのに。まぁ、どちらにしてもジャズから演歌まで、いろんなジャンルに足をつっこめるところが吹奏楽のいいところだと思うな。だから中・高校時代に吹奏楽を経験したら、一般バンドでやるのもいいけれど全然違う音楽をはじめている人を見ると、嬉しくなっちゃう。
★オイラも高校の時の演奏会でレッツダンスやってジャズに目覚めて、卒業後ブラス仲間とジャズバンド作ったけど、すぐつぶれちゃった。オイラドラム向いてなかったの・・・。
☆まぁそれはそれで嬉しくなっちゃう!

☆ところでここまでいろいろ書いてもらったけど、N響の肩書きでこんなんでいいの(笑)?隠しておく?
N響ってどんな感じで見られてるんだろう・・・。硬いとか偉そうだとか、冷たい演奏だとか思われてる?

☆オイラが感じるにはN響はやっぱメディアの露出度はずば抜けてるし、オーケストラ界の巨人軍だと思うよ。僕らはN響の団員であれ、フリーであれ、そんなことあまり気にしないことでも、一般には「N響の方々は偉い、いばってる」っていう印象はあるんじゃないかな? この点はこのページを読んでくれた皆さんの意見を是非聞いてみたいね。
★まあ、こんな人もN響にはいるということで。楽しいときは楽しく、怒れる曲では激怒に身を任せた「自然体」の演奏を目指してます。是非打楽器セクションにご注目ください。損はさせないぞぉ!
☆じゃ、ひとつだけ質問。N響で今まで経験した中で一番強烈だった指揮者っていうと誰?
★一番大嫌いで一番大好きなホルスト・シュタイン!。
☆ありがとうございました。
★オイオイ、一番本格的なとこなのに終わりかい!理由とか聞けっつーの!
☆ウヘヘヘッ!ブラックホール。

皆さんに植松さんの人柄が伝わったでしょうか?少なくとも他のサイトやメディアでは決してマネできない内容になったと思っています。6時間超にも及ぶ対談で、2人が家路につくころには新聞配達の時刻。この場をお借りしまして植松さん、デニーズのお姉さんにお礼申し上げます。原稿料もギャラも発生しないこの企画に、お付き合いいただきまして感謝です。今度気が向いたら掲示板にも出没してくれると約束してくれましたので、期待して待ってますよ!


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