2000年11月のトークページです。

1999年 4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月

2000年 1月/2月/3月/4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月

2001年 1月/2月/3月/4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月

2002年 1月/2月/3月/4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月

最新のトークはこちら。

11/16 オイラ 「ご挨拶」 11/26 オイラ 「フリーのたわごと」
11/21 オイラ 「ライナー・ゼーガース」 11/28 オイラ 「でんでん」

top |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links


2000.11.28 オイラ 「でんでん」

スポーツ学の世界では身体の仕組みを知る研究がさかんにおこなわれています。シドニーオリンピックの頃は、たくさんのテレビ番組でメダル候補者のトレーニングやその秘訣などを放送していましたが、全てに共通していると思われることは、自分の競技で必要な筋肉を見極め、そこを重点的に鍛えると言うことでした。無駄のない、その競技のためのマシンを作り上げるという印象を持ちました。

陸上短距離の世界を席巻したのはアメリカのトレーニング会社に所属する選手達でした。たしかH.I.Sというトレーニング会社です。男子100メートルのモーリス・グリーンをはじめ、彼等の所属していた会社では今まで無視されていた体内の筋肉(骨盤からももに向かって伸びている小さな筋肉)に焦点を当て、そこを鍛えるメニューを選手に課すことで飛躍的な記録の向上に成功したそうです。当然の事ながらこれは秘訣の中のほんの一部でしょう。

我々音楽家も、スポーツ選手ほどのシビアさはないけれど、演奏中の身体の動き方については常に意識しています。

オイラが芸大の学生時代、高校時代の後輩が「幼児障害者のリハビリのために打楽器演奏を取り入れたいので、演奏しているときの身体の動きを撮影させてくれ」といわれたことがあり、ビデオ撮影をしたことを思い出しました。上半身裸で、背中、肩、腕などあらゆる関節部分に白黒のシール(車の衝突実験で車体に貼ってあるシールに似てました)をはり、筋電図の電極を筋肉にペタペタ。まさにモルモット状態での撮影を体験しました。その後輩は「ほほう、なるほど!」などとオイラの分からないところでオイラの身体見て興奮していたっけ。ちなみに女性の後輩です。(行ってみたら、スタッフ全員女性で、その前で裸になってポコポコタイコを叩くのは、恥ずかしくもあり、ニュープレイの発見でもアリでした。)

話を戻します。オイラが身体の動きでもっとも意識していることは、「軸」です。

頭のてっぺんからまっすぐ下に伸びる1本の軸を感じることが、動物の動きの基本だと思っています。背骨を中心として、身体に回転・ひねり・湾曲などを加えることで安定したいわゆる『腰のある』サウンドに結びつくと考えています。ドラムセットやティンパニをやると実感しやすいですよ。

バッターやピッチャー、それに水泳選手はまさに身体の軸を必要とする動きが求められます。オイラのレッスンを受けたことがある人は何度か聞いているかも知れません。また、脊椎動物の動きもその通り、というか勉強になります。とくに4足歩行動物。犬や猫の身体のねじり方や前足の動かし方は背骨を軸としていることがよくわかります。軸がしっかりしているから脳のある頭がほとんど揺れることなく移動できるんだと思います。

別の言い方をすれば、でんでん太鼓。縁日とかの出店で売っている子供のおもちゃね。あれは竹トンボのようにクルクル回すと、ひもの腕の先の玉が身体の部分のタイコを叩きます。軸がしっかりとし、うでは脱力(リラックス)の極致。なんつったってひもですから。まぁ、オイラはボディ・パーカッションでも腹太鼓でもない(でもないけど (^_^;))から、叩く対象物の位置が違いますが、でんでん太鼓を眺めると力の伝え方に新たな発見をすることがあります。

「腰がはいってない!」「腹に力入れて!」なんて何かの場面で注意された経験は誰でもあるでしょ?文字どおり身体の要である腰は自分の身体を知るキーポイントですが、ニッポン人の精神性にも通じるこの言い回し、オイラの言う「軸」とほぼ同義だと思ってもらっても構いません。人間は2足歩行を始めたために、手足と背骨で支えていた体重を、腰や膝などの限られた間接部分で衝撃吸収しなければいけなくなったので、腰が重要になってしまったんだとオイラは解釈しています。腰痛は人間特有の現象です。

電車の中で吊革とかに掴まらないとフラフラしちゃう人、もしいたら試してみてください。身体の軸を意識して、電車の揺れに逆らわず上半身を(でんでん太鼓のように)ひねることで力を逃がすことが出来ますよ。あんまり派手にやると駅長室でまずいお茶飲む羽目になるかも知れませんけど。

それにしても満員電車でよっかかってくるオジサンって、なんであんなにムカついちゃうんだろう?お姉さんだと全然そんなことないのになぁ。


2000.11.26 オイラ 「フリーのたわごと」

それにしても、トークをさぼっていたせいか、どうも筆が遅くなり内容がまとまりません。今回も支離滅裂ではございますが、お付き合いくださいませ。

オイラは普段何してるかっていうと、フリープレイヤーとして演奏活動しているわけです。既存の音楽団体、オーケストラや吹奏楽団、またはイベントのために結成されたスペシャルグループなどで、人が足りないときに行くわけです。そんな生活を10年近く続けています。

こう書くと「やっぱり音楽で食べていくのは大変だ!」という印象になっちゃうかも知れませんね。イヤイヤ、その通りで貯金などいっこうに増えず、ハッと気付くと口座のケタがひとつなくなっていて、「イカン!年が越せない!当分シャワー禁止だぁ!」なんていう家庭内ドラマを繰り広げつつの10年間でした。

しかしフリーというのは性にあっていることも確かです。特に30をこえてもなお、フリーで活動しているプレイヤーというのは、そこそこに評価も高い証拠です。若いうちは若さと情熱で演奏をこなしていけますが、年をとると言うことはそれなりに演奏にアクも出てくるし、イエスマンでは終わらない個性が身に付いてきますから。それでも演奏活動を続けているというのはどこかに魅力があるんでしょう。もちろんオイラの自慢話でなく、総論ですよ。まぁ自慢話でもありますけどね。そういうプライドがないとやっていけない世界でもあるし、そんな中で個々に活動の場を確保しているうんざりメンバーはやはりスゴイ奴等だと、我ながら誇りに思えてきます。

音楽に限らず、芝居や美術の世界でもそれだけでは食べていけないひとがたくさんいる中で、うんざりのメンバーはまがいなりにも生活しているという事はそれすなわち「プロフェッショナル」の証であるというのが資本主義の定説であるという事です。

音楽団体の中で異色な存在はオーケストラです。
オーケストラ(だけといっていい。ほとんどの場合)におけるプレイヤーは給与所得者、すなわちサラリーマンです。これは非常に特異な存在です。ほかの世界に目をやってみてもそうあるものではありません。
ひとつの会社としてなりたつためには相当数の観客動員力をもつか、助成金などのスポンサーに頼るしかないからです。劇団四季はブロードウェイのミュージカルを武器にロングランを続けていますから、四季に所属しているダンサーや歌手、それにバンドマンの皆さんくらいですよ。今オイラが思い浮かぶのは。

ちなみにつけ加えますと、オケでも海外では年俸制のところがあります。日本には現在ありませんが、絶大なる権力を持った音楽監督がプレイヤーの人事にまで権力を持った場合などは、プロ野球選手のように1年ごとの契約になるオケもあります。

しかしオーケストラは東京だけで9団体!内情は火の車で、どこのオーケストラも明日潰れても変じゃないくらいの経済状況だけど、それでもがんばっていることは確かです。N響・都響・読響の「御三家」は大手企業のバックアップにより他から見ると潤沢な懐ですが、それでもオーケストラが活動して行くには充分ではありません。

フリーの生活で一番いいのは、「休みたいときに休める」ということです。逆に「休みたくないのにまだ休み」ってときもありますが (^_^;)、いきるハイブリッドカーと化した僕らは、収入がなくても燃費を押さえる術を持ち合わせています。この点も立派な「プロフェッショナル」 (^_^;)。

いろんな考えを持った人がいますが、フリーとは、仕事を選ぶ権利があるものだと、オイラ考えます。

例えば「今月仕事少ないなぁ」と腹の虫の大合唱がおこっているときに電話のベルが鳴りました。


「もしもし。オイラさんですか?○×音楽事務所のヨモギダ(仮名)といいますが、8/10から3日間仕事頼みたいんですけれど、空いてますか?」
「ヨモギダさんこんにちは。お久しぶりデスね。ちょっと待ってください、今手帳見ます......(といいながらそこら辺にあるマンガを大げさにペラペラとめくる)......あああぁぁ!ごめんなさい。そこは埋まっちゃってます。」
「そうですか、ではまたの機会にお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願い申し上げます。」

こんなことが出来るわけです。もちろん実力の世界と言っても人と人との信頼関係で成り立つのが基本ですから、誠意のない返事をしてはいけません。しかしそれは依頼する側にも言えることで、上の電話のやりとりを例に挙げると、日程しか教えてくれてないんです。これって変だと思いません?でも実際にはよくあることなんですよね (:_;)。もし仮に「そこは空いていますよ」ってオイラが答えたとすると、その時点で仕事が決定したようなもんなんです。本当は仕事の内容やギャランティ、拘束時間や楽器の持ち出しなど、仕事を受ける前に確認したいことがたくさんあるんですけどね。ちなみにオイラの仕事の選択におけるもっとも重要なポイントは「仲間」です。いい仲間がいると全てが楽しくて嬉しくなる。そういう気持ちの中から出てくる音は「唄」に満ちています。でその次が時間(朝早いときついので、前後の仕事で早起きが続きそうなときはキャンセルします。だって寝坊しちゃうもん)でその次がお金でしょうか。

音楽家は一生夢を追い続けるものであるべきだし、オイラもそうありたいと常日頃思っています。しかしながら「プロフェッショナル」とは、もっともっと生活感がにじみ出ているもので、理想だけではなかなか太刀打ちできない世界です。お金のために演奏することこそがプロの証。どの世界も同じなんでしょう。

お金のためということは、社会の人のためとイコールだと思います。プロの音楽家は、社会人・文化人であるべきというのはオイラの持論です。お金の向こうにお客さんの顔をイメージできるプレイヤーでありつづけたいと、感じる年末です。


2000.11.21 オイラ 「ライナー・ゼーガース」

昨日20日、ベルリンフィルのティンパニ奏者であるライナー・ゼーガース氏の公開レッスンが東京音大でありました。以前トークに登場していただいたN響打楽器奏者、植松さんに誘われていってきました。植松さんはベルリンでライナー氏に師事していました。

まず驚いたことに、東京音大は私立大学でありながら、オイラのような外部の方々にも無料で見学を許可していました。こういう恵まれた機会を公開してくださった東京音大と、その打楽器の教授の方々に感謝と尊敬の念を抱かずにはいられません。菅原先生、久保さんありがとうございました。

レッスンは東京音大の学生さん4人が、エチュードや交響曲をレッスンしてもらう形で進行されました。このページはレポートではないので詳細には触れませんが、学生さんはみんなとてもがんばっていて、いい演奏をしてくださっていました。中でも1年生の男の子は十分練習を重ねてきたことがよくわかり、またライナー氏のアドバイスをセンス良く受け入れていたのが印象的です。「この部分をもっとなめらかに」などと言われても、頭では納得しても身体が反応することは非常に難しいことです。普段から幅広い練習をしていないと出てこない音を彼は聞かせてくれました。

ライナー氏はスラッとした長身で、カウボーイハットと馬が似合う風貌。アメリカ人じゃないですけど (^_^;)。彼の演奏する音はまさに変幻自在で、バチを持ってティンパニに向かうときの表情が印象的でした。

学生さんにアドバイスするときの彼は包容力に満ちています。「君の演奏はとてもいい。でもこういう方法もあるし、僕ならこうするよ」と緊張している学生の目線で発言していましたが、模範を示すために自ら演奏するときは表情が一変します。

身体はストンとニュートラルになり、リラックスしています。しかし身体には軸がしっかりと残っていて、大リーグ屈指のピッチャー、ランディジョンソンのようなしなやかさを生み出していました。われわれプレイヤーは腕の使い方とか、スティックコントロールに目が行ってしまいがちですが、彼の凄さは重心の安定だと感じました。遠くのティンパニを叩くときに状態が崩れていても軸と重心は残っている。だから上半身がトレーニングされたままの、いい状態を保ち続けることが出来る。目は譜面に描かれた音の意味を深く追求しながら、耳から入ってくるサウンドを注意深く聴いていることがよくわかります。すごい人です。

彼の演奏やその姿勢から伝わることは、音楽に尊敬の念をもって臨んでいることです。ゴッホの絵画を至近距離で眺めているような感覚に陥りました。そのダイナミックレンジ。唄がいつもあり続けるために「僕はこうしているよ」と言うところを、惜しげもなく披露している姿に感動させていただきました。

しかし日本は本当に恵まれていると感じます。オイラも学生時代にライナー氏の前のベルリンフィルティンパニ奏者であるフォーグラー氏や、ソウル・グットマン氏のレクチャーを受けさせていただきました。先日はウィーンフィルのアルトマン氏の公開レッスンもあったし、なんだか不況のこの日本、まだまだ贅沢の極みなんではないかと、国会中継見ながら感じ入った1日でした。嗚呼、自民党!(変な締めだな (^_^;))


2000.11.16 オイラ 「ご挨拶」

久しぶりにトーク更新となります。なんだかぎこちないというか、気恥ずかしいな (^_^;)。

簡単ではありますが、まずは皆様に更新を停止していた主な理由を述べておきます。

本当はいくつかの理由(風邪をひいたとか、ネタがまとまらなかったとか、単純に更新がおっくうになっていたとかetc.)がからんでいますが、一番の理由はオイラのオフクロが病に倒れたことです。

オフクロはもともと心臓に障害があり、子供の頃に医者に見放され「あと1ヶ月でしょう」と死を宣告されたにもかかわらず、今まで生き続けてオイラを産んじゃったので、オイラも「とうとう来たか。」などと変な覚悟を決めていました。しかし生命力が強く、大事にいたることなく今は回復に向かっています。血管破裂とか脳梗塞ではなくて内耳障害によるめまいという診断結果。現在は家の中を自由に歩き回るほど元気になり、オイラもホッとしているところです。

そういうわけで、いつもトークを書くための時間は姉妹と交代でのオフクロの看病になり、その間にオリンピックやら食中毒やら演奏旅行などネタになりそうな出来事はたくさんありましたが、文章にする時間も脳味噌もありませんでした。みなさんごめんなさい。

掲示板にはときどき書き込みいたしましたが、長期間ページを更新していないにも関わらず、アクセスしてくださっている事をずっと心の痛みにしておりました。音楽のこと、パーカッションのこと、又はオイラが感じたことを通じて、皆さんに何かを伝えられたらと考えているのに、皆さんに励まされてばっかり。本当にありがたいことだと感謝の気持ちでいっぱいです。掲示板をもりあげてくださった酔仙亭響人さんやうしおさん、ロムしてくださったみなさん、ありがとうございました。

これから年末にかけて、オイラも最後の一稼ぎ。忙しい毎日が続きます。風邪でダウンもしてられません。オフクロも全快していないので気にかける日々が続くので、活発な更新は出来ないかも知れませんが、このページは自分のために書いている気持ちもあります。今後ともお付き合い頂ければ幸いです。

本日はこの辺で。ご挨拶でした。


top |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links