2001年1月のトークページです。
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12/1 オイラ 「年始のご挨拶にかえて」 12/18 オイラ 「冬のおもひで」 12/5 オイラ 「オイラの21世紀大予言」 12/21 オイラ 「的」 12/14 オイラ 「うんざり新年会」 12/30 オイラ 「ものすごく」 top |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links
寒い! 雪が降ると、その後の夜と早朝が凍えてしまうと思うほどに寒いです。
オイラは寒くても暑くても、我慢できる方だと思っていますが、それでも寒いんだから女性の方なんぞは生きていくのが嫌になるんだろうなぁと想像してしまうほどです。最近発見した裏ワザですが、寒空で耐えられないほど顔が痛いときあるでしょ?そのときに思いっきり顔をつぶすように目を閉じてみると、目が暖かいですよ!デジカメを連続使用していると相当熱をもつことがありますが、肉眼も随分と発熱していることを実感できる瞬間です。ムギューッと目を閉じると、涙の量も増えて目に潤いも戻ります。ドライアイの方もいっぺん試してみて!そして感動したら和菓子を。
それにしても最近ビックリすることは都内と郊外の温度差です。大雪降っても都内ではすぐになくなってしまうのに、オイラのすむ小平あたりになると10日経ってもそこらじゅうに雪が残っています。ヒートアイランド現象を目の当たりにできるこの状況。個人的には恐怖感さえ覚えます。
路面凍結している道でも、マンホールだけはキレイに雪が溶けていて顔を出しているのもビックリしているオイラです。鉄は熱の伝導性がいいんだなぁと、実感してしまう瞬間。んで凍結してないからマンホールを踏みつけるとツルッっとすべって転びそうになる。アイススケートはスケート部分で氷を溶かしながら、氷とスケート靴の間にできた水の上をすべっていると言われますが、「嗚呼、水はツルツルしてるのだなぁ」と理論上間違っているやもしれぬ想いをめぐらしてしまうのはオイラの好きな時間です。
地球温暖化問題では南極の氷が溶けだし、20年後には海面の水位が3センチ上がるとかいって、専門家は「大変だぁ〜!」と声を荒げていますが、これも実感がなかなかわかないですよね?そりゃオイラだって頭では「平均3センチってことは、場所によっちゃ海に沈むようなところも出てくるだろうし、生態系も変わるだろうし、異常気象で正月に初日の出見ながら海水浴ができるようになってしまうくらいの想像は、頭の中ではできるけれど、それを実感することは難しいです。
しかし都内は雪がなく、小平は氷の塊となっていつまでも鎮座している様子や、同じみちでもあっちはなくてこっち側だけツルツルと路面凍結している状況を見るにつけ、氷と水の差がなんと微妙な温度で成り立っているのかとまたまた恐怖感が訪れる昨今のオイラ。風が吹くだけで、マンホールがあるだけでなくなってしまう雪とか氷がさ、今まで海にプカプカ浮いているというのもマァスゴイと感じるし、それがちょっと温度が上がることでどんどん溶け出しますよー!っていう温暖化問題もなんとなく理解できてしまう気になるオイラの思考回路は正しいのか正しくないのか?
昨日はこの冬初めて半袖半ズボンで登校する小学生に遭遇しました。これだけ暖房や衣料が発達した時代に「寒い寒い」いってちゃいかんな〜!よし。今日は進んで凍結している道を歩くとしよう。結論として間違っていてもオイラの中では整合性。
ご報告が遅れましたが、今年から「i-modeページ更新のお知らせ」を送ることを停止させていただいています。事後承諾になり申し訳ありません。
その「更新情報」は、皆さんによかれと思いはじめたわけですが、どうも最近疑問を感じるようになったので発送を見送っています。なんか押しつけがましい気分になることが最大の原因です。覗きたい人が更新しているかもわからないままに来てくださることで、このページは成り立っている中、更新情報をi-modeページのみに限り送ることに疑問を持ったわけです。それならメルマガを発行して、少なくともアンケート(トップページ下部にあります)にお応えいただいた方全員に送るのが筋な気もしてきて、しかしそこまでの労力はかけられないのが現状です。また、このページの更新はほとんど深夜におこなっているために、更新と同時にi-modeに更新情報を発送することができない(携帯が夜中に鳴り出してしまう)ので、翌日の朝ないし夜になってしまうことも多々ありました。これはちょっと面倒であったことも事実です。
そういうわけでi-mode更新情報をいったん停止させていただきます。i-modeページの更新は今まで通りおこなって参りますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
『的を得る』という言葉がありますが、何となく考えると僕らのまわりには『的を得る』ことを求められる行為が多いとビックリしています。
「的(まと)」はもともと弓道の言葉のようです。弓矢を引いて遠くにある目標物を正確に射抜くことは、なんていうんでしょう、侍におけるステータスというか、今で言えばパソコンのプログラミングが3日間の徹夜でできてしまったり、九州旅行のもっとも安いプランを即答できるような・・・全然ちがうよ (^_^;)。
パーカッションは言い換えれば「的にバチ当て屋」でございまして、こう言ってしまうと他にことばが見付からないほどに「的」とは深い関係の中で日々生活している人種です。大太鼓やティンパニのように的がでかいと心休まり、マリンバグロッケンのように的が小さくてしかも、たくさん並んでいると血圧が上がっていくのは決してオイラだけではありません。
芸大の受験課題に「マリンバのスケール」がありました。スケールというのは音階のことです。全長調・全短調から当日指定された調性を「♪ドーレミファソレシドーレミファソラシドーシラソファミレドーシラソファミレド♪」と、2オクターヴに渡って行って帰ってくる課題がありました。
試験管の先生「では君はC-dur(ハ長調)をやってください。」
オイラ「ハ、ハイ。」ハ長調はマリンバでやると一番難しいんですね。白鍵しか出てきませんから、手がもつれちゃうんです。考えてみてください。左右に付いている手にバチ持って幅5cm未満の的にあてて行くんですよ!しかも往復!
ハ長調だけはどんなに練習しても受験当日までクリアできなかったオイラにとって、この課題は『不合格』と同義でした。しかし、何でも諦めてはいけません。奇跡が起こるかも知れない。テレビドラマじゃ毎日あんなにたくさんの奇跡が生まれているぢゃないか!
「♪ドーレミファソレシドーレミファソラシドーシラソファミレドーシラソファミレシィ♪」
奇跡がおきて的に当たりまくりましたが、最後が『シ』 (:_;)。オイラには「死」に聴こえたよ。最後がドで終わらないとどんなかんじになるか。教官は全員ずっこけ、オイラは苦虫をかみつぶした、人生最大の大失敗をしてしまった表情作り。ナゼか合格でしたけど (^_^;)。話がムチャクチャそれてますが、要するに的に当たらないパーカッショニストを「へたくそ」と呼ぶんですね。だから僕らは的に当てることは無意識下で随分とプレッシャーを感じているんです。
皆さんのまわりにもちょっと探せば毎日たくさんの「的を得」なければならない行動がありませんか?視界に捉え、そこを的に見立てることから「目的」という言葉が生まれたように、リモコンのボタンを押す行為までも「的を得る」行為の仲間だと言えると思います。ゴミ箱にナイスシュートが決まると、相当気持ちよくないですか?街を歩いていて丁度信号が青に変わったり、急行電車がきたりすると「今日はラッキーハッピー」になるでしょ?「味的にはイマイチだけど、値段的にはナットクだね」とほおばる焼き芋は、そのときのお腹の空き具合とホクホク具合により、的の広さが変化するのも不思議で面白いです。・・・ンムム!なんとも的を得ない表現 (^_^;)!文章的美的センス的に的確な的を得ていない、すいません。
ピッチャーはキャッチャーミット、ストライカーはゴールネット。漫才師は笑いのツボ、料理人は味の『的』を射抜くからこそのプロフェッショナル。的を得ていると気持ちがいい。うん。逆に言えば的を得ないタイコほど気持ち悪いものもないな。気をつけよう (^_^;)。しかしマリンバは的中率100%で当然なんだからやっぱ苦手だわ。それにしてもホントに寒い。この寒さの中オトコがもっとも的中に苦労するのがトイレ(小)。でしょでしょ(オイラだけか?)!特に朝方寝起きのトイレと、寒空から家に帰ってきたときの「2大難関突破」はオイラの毎日の生活の張りになるほどに存在感を強めている昨今です。このトークだってさ、おしっこしながら思いついたんだもんね。
身体が冷え切ってしまったときの、我がsunは探し当てて、つまみ出すことさえままならない。かじかんでろれつが回らないとちょっと楽しいのと同じで、そんなsunは可愛らしいのでありました。的に当たらないことも愛嬌愛嬌!
もっとも寒い季節になっています。みなさんいかがお過ごしでしょうか?
東京の冬は東北や日本海側のそれに比べれば、格段に過ごしやすいことは確実ではありますが、ただひとつ、雪が降ると大手を振って「ほらね!東京だって雪が降るとこんなにも大変なんだよ!」と自慢したくなるほどの生活苦に見舞われることがあります。
高校生の時、パーカッションのほかの奴等をそそのかして「アンコン出よう!」と張り切った冬がありました。アンコンとは「アンサンブル・コンテスト」のことで、日本吹奏楽連盟が主催する冬季コンクールです。夏場は吹奏楽コンクールを開催し、冬場は室内楽のコンクールということです。
オイラの高校は吹奏楽コンクールには出場しない活動をしていました。顧問の先生のお考えでしたが、オイラも賛同していました。そういう学校が「アンコンに出る」ということの大変さを、他パーカッションのメンバーは誰も感じていませんでした。悪徳勧誘のごときオイラのそそのかしに乗ってしまった彼等はオイラ的に言えば幸せな奴等ですが、本人にとってはいい迷惑だったと思います。
中学時代に悔しい思い出ばかりを積んだコンクールへの、オイラのささやかなリベンジでもありましたが、その練習は楽しくて仕方がなかった!!まず課題曲がなく、自由曲を1曲演奏するだけなので純粋に自分たちの演奏のレベルアップに没頭できます。課題曲があったり、その曲のワンポイントレッスンなどが吹奏楽専門雑誌に掲載されたりすると、どうしてもクリアしなければいけない課題や、コンクールで賞を取るためのトレーニングだけに陥ってしまいます。「やりたい!」がいつのまにか「やらなければならない」になることが問題なんでしょう。
パーカッションアンサンブルをやること自体、全員が初めての経験という状態の中で、楽器間のバランスを変えたり並び方を変えたり、ティンパニの女の子の手の動きを全員でマネしたりと、うんざりの活動でも顕著に見られるオイラのアドリブ的練習が、楽しくて仕方ありませんでした。毎日部活終了後にパーカッションだけ特別に居残りさせてもらい練習したことは忘れることのできない充実した時間でした。あ、これもオイラだけがそう思っているだけかも?他のメンバーはうんざりしてたかも (^_^;)。
年末年始は学校に入れませんでしたが、近くの高校は1/3頃から使えるというので、みんなで楽器持って練習しに行きました。あの頃はリヤカーにティンパニ積んで隣の高校まで行ってしまうことなど、アサメシ前だったなぁ。
コンテスト当日も、会場が割に近い私立高校の講堂だったのでゆっくり準備したら渋滞にはまり遅刻。ハハハ。楽器がいつまでたってもこない。やっと来たときに丁度うちの出番で火事場の家財道具のような楽器セッティング。んでもって金賞だって。
今思い返しても、産みの苦しみや演奏する難しさなんかをみじんも感じないでタイコを叩くことができたあの経験は、時が経てば経つほどに新鮮な輝きを増していきます。
先FPS(福崎パーカッションソサエティ)のうしおさんからお便りいただきました。アンコンに出場したFPSの演奏を聴いて欲しいとのこと。FPSがアンコンに出場していることはHPから知っていて、その掲示板でのやりとりを見るたびに自分の高校時代の経験を思い出し羨ましくも感じていたところでした。
FPSは今回やや不本意な審査結果だったようですが、MP3から聴こえてくる演奏は素晴らしいものに感じましたよ>うしおさん。まだ時間がないので詳しいことはあらためてメールさせていただきますが、緊張していることも、その中で理性と保とうとしていることも、一生懸命に演奏していることが手に取るように分かる好演だったことも十分に感じることができました。もちろんうまくなるためには課題も散見していることは確かですが、FPSのメンバーはオイラのうんざりと同じようにそれぞれにとってかけがえのない仲間であって、そのことこそが今まで積み重ねた最高の結果じゃないかと思います。ケンカしたりむかついたり、本気で吠えたり一緒に緊張したり、一喜一憂を共有することこそ唄うための最大で最低の音楽要素だと思いました。
アンコンはマイナーな催し物ですが、使い方によってはとても利用価値のあるコンテストです。音楽や演奏を点数化して順位を付けることはいいことではないし、「自分たちのために演奏する」コンサートであるコンクールは音楽における自慰の集大成かも知れません。しかし結果が全てではない。当日そこにいた審査員の意見で順位が付いているだけのことです。審査員が何を考えているのか疑問に思うことはいくらでもあるのが実体ですから、結果に惑わされるのはもったいないです。
アマチュアでしかも一般のグループがパーカッションアンサンブルをやることは非常に大きな労力を必要とします。燃費が悪いというか、高カロリーというかね。練習ひとつすることがすでに高いハードルの中で、FPSは羨ましい活動をされていることに感動させていただきました。うしおさんありがとう!
大雪のニュースを見たり寒い夜を迎えると、ケースから出した楽器が結露でくもったり、冷たすぎてスタンドを組み立てられないあの、『気持ちよさ』を遠いまなざしで思い返してしまいました。静かな冬の夜はいろんな記憶が脈絡もなく訪れては消えていくようです。
先日うんざり新年会をいたしました。ものすごい内輪ネタですが、ちょっとだけご報告。
活動をしていないと、メンバーが集まることも難しいので、久しぶりの集合。陽子、井手上(ポカの同級生)と理恵を交えて、ボウリング&飲み会。その後メンバーだけしぶとく残り、カラオケ。フルコースだな。集合するのは昨年9月のJOL&陽子リサイタル以来なので、共通の話題も少なくなってしまったメンバーですが、それでも以前と変わらないドロンとした雰囲気。やはりメンバーといるのは居心地がいい。最後のカラオケでは純粋にメンバーだけになることになったわけですが、何とも言えない「いい時間」を過ごすことができました。
大体最初にマイク持つのはオイラ (^_^;)。次にキク・JOLと相場が決まっています。けいこちゃんはタンバリンもって人が唄っている横で練習して、ポカは曲を決めるのに手間取るのがおきまりの風景。そのうちみんなでパーカッションやり出すと、部屋の中は唄が聴こえなくなり、そうするとけいこちゃんが「アニメメドレー」みたいな。JOLは歌える曲でなく、歌ってみたい曲を登録するので大体途中からしどろもどろでブーイング&キャンセル。ポカは「オッハー」みたいな早口でない曲を熱唱し、キクは焼きうどん。オイラは他人の歌にアドリブかませてライヴ気分。鬱憤を晴らすには短すぎるけれど、いい時間が流れました。
実は今年は、去年よりもメンバーそれぞれが忙しい活動を送ることになりそうなので、ライヴ活動を再開することは非常に難しいとオイラは考えています。しかしメンバーといるときの自分の精神状態は他では決して味わえないものであることを再確認して、またうんざりとしてステージに立つことを心に誓ったオイラです。
オイラは今までもずっと「次に活動するならば、どうするか?」を考えてきました。30を越えて、体力も音楽も、味覚もテレビ番組も嗜好が変わってきているのは事実です。今までと同じような活動は絶対にできません。他のメンバーもそれぞれの活動の中で、多くのものを栄養としながら大きくなっているはずです。そういうものをまとめこんで、うんざりの中で大きな渦を巻き起こしたい。小さいけれど、オイラの大きな夢です。
永い時間の中で、僕らができることは何もしないことに限りなく近いほど非力なものかも知れません。それでもやり続けるには、途方もない大きな想いが必要です。瞬間最大風速よりも、いつもコトコト煮込み続けていく優しさを理解し、求めるようになってきました。だから継続の本当の意味は、ひとりひとりの胸の中で育ち続けることができる「うんざり」であるかどうかが重要です。活動休止していても、ぽっと集合したときに感じるなつかしさと新しさ。そこに居心地の良さや刺激を感じることができる限り、うんざりは終わっていないんだとつくづく思いました。
今年もオイラは『何もかも足し、何もかも引く』です。そしてイコールしたときに残るものが何なのか?期待して1年間活動していきたいです。
でも本当は答えが分かっている。そういうものなんだろうなぁ。
毎年毎年新しい年を迎えるわけですが、とりわけ今年は新世紀の幕開けという事で気持ちも新たに迎えた方もたくさんいらっしゃるでしょう。
新世紀を迎えたことは、人類にとっては大きな出来事だと思いますが、さっきまで20世紀で今日21世紀だからといって、何かが大きく変わるわけではありませんよね。21世紀が大きく動き出すのはあと10年後くらいからじゃないでしょうか?
「Newton」などの科学雑誌やNASDAのHPなどを見ると、HAL(『2001年宇宙の旅』のコンピュータ。IBMのひとつ前のアルファベットを取って、未来のコンピュータとして命名したらしい。)の登場には間に合わなかったにしろ、ステキな未来の予感に胸躍らせることが出来ます。ぜひともアトムとドラえもんには間に合わせて欲しい!!オイラもまだまだ少年なのねン (^_^;)。
今まで一部のプロフェッショナルにだけ与えられていた出版の世界も、インターネットの普及で崩されています。オイラでさえ、こんな所でなにがしかの意見を外界に向かって発信できる時代です。情報の氾濫は今後益々進んでいくのでしょう。
オイラが期待する技術のひとつに、『世界中の人と会話が出来る世界 』があります。ドラえもんのポケットには入ってました、「ほんやくこんにゃく」だっけ?
音声認識技術・翻訳技術・テキストリード技術は日進月歩ですから、そう遠くない未来に実現するんじゃないかと期待しつつ、英語もドイツ語も勉強しないで待っている状態 (^_^;)。そのうち音声認識なんてしなくても、頭に埋め込まれたチップが言語中枢の微弱電波を読みとって、書き取ることが出来るようにもなるとこれまた面白い!そんな時代になったら電車の中でせっせと携帯メール打ち込む姿は歴史の1ページにも残らないかもしれません(ポケベルにものすごい速さで文字入力する若者はすでに忘れ去られているもんね)。
そういう時代になったら、「さっき面白いアイディアが浮かんだけど、忘れちった。」はなくなります。脳みそからダイレクトにメモれるんだもん。このページなんて毎日更新どころか、「30分ごとに更新」なんてことになっちゃいますよ。しかしそればかりでなく綺麗なお姉さんが目の前を通過したときに、何を想像し、思ったのかも全てデータとして残すことも可能になってしまう!これはハズカシでも読み返したい。 さらに「アタシの夢、お見せします」なんていうページをアップする人もでてきて、新しいアダルトジャンルとして一世を風靡することこれ間違いなし。夢盗撮も社会問題だね。
「さっきいいメロディ浮かんだのに、もう忘れた (:_;)」はオイラの日常ですが、それもなくなれば、全員が作曲家の時代に突入。今まで以上に音楽の使い捨てもすすんでしまうという悪循環にも出くわすでしょうね。
そんな時代になったら人類は外界から入ってくる情報に溺れるだけでなく『自分自身の情報氾濫』という新しい問題に行き着くことになるのかな?
そう考えると「忘れる」ってさ、ものすごぉく大事だぁ!人間の最高の財産かもしれん!!やっと思い出したときの快感は、忘れていないと経験できないしね。この最高の財産のことを『心が死ぬ』と書いた時代がいつか遠い過去になるのも時間の問題とは、オイラの予言です(ちなみに「忙しい」も『心が死ぬ』と書くね。)
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何事も快食快便。拾う神ありゃ捨てる神あり。忘れていくことが新しいものを受け入れる最良の手段なんだと、未来を想うオイラの妄想が申しております。正月の勢いで書いているからさ、忘れていいよ。イヤ、忘れて! (^_^;)
新年あけましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 2001年がやってまいりました!
今年1年、みなさんにたくさんの幸せが来ることをお祈りいたします。まだ今年が始まったばかりなので (^_^;)、気の利いたことは思いつきませんが、オイラは自然にいこうと思っている次第でございます。
あえて言うならば、昔ウィスキーのCMに「何も足さない、何も引かない」という名ゼリフがありましたが、オイラは『何もかも足し、何もかも引く』で行きたいと、常日頃思っています。まっすぐな道を車線に沿って走り抜けることはオイラにとって至難の業です。多少時間がかかったり大まわりになったとしても、左右の路肩に乗り上げながら、アクセルベタ踏み紆余曲折!時間と体力無駄遣いの中から最後に、力の抜けきった自分を見つけることが出来たらそのプロセスこそがオイラの好きなオイラぢゃないかと、そう感じること前世紀となんら変わることはありません。それがオイラの自然な姿。カッコつけてない、自分で自分を好きになれるやり方です。
みなさんにおかれましても、もし選択肢が複数あったり、どうしたらいいか悩んだときには、「こういう時にこういう選択をする自分が好きだ!!」という気持ちを大事にしていただきたい。まわりのことや「もし失敗したら?」と考えると、ブレーキを踏みすぎることになります。もちろんブレーキはとっても大事だけど、自分の好きなブレーキングをしていきませんか?
だからオイラは、いろいろ悩んだり、重くて辛いものを背負っている方々を中心に応援したいです。その辛い時間は『自分が好きな自分』を取り戻す最高のチャンスだから、全てを足して、全て引いて、結果トントンかあるいはマイナスかも知れないけど、そんな自分を愛しく思える絶好の機会を迎えている方々に共感を隠せません。
西暦のカウンターのように人生はリセットできるものではないけれど、幸せはオイラと、みなさんの内側にあるんだと思います。
よいお年を過ごしましょう!
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