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6/4 オイラ 「夜中の青い記憶」 6/13 オイラ 「落書き全開!鉛筆パワー!」
6/7 オイラ 「夜中の青い記憶2」 6/20 オイラ 「100円ショップ」

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2001.6.20 オイラ 「100円ショップ」

100円ショップが今、大盛り上がりですね。デフレ効果か?激安・ディスカウントを謳っているお店ばかりが繁盛する世の中です。

つい最近までのイメージでは、西友とかイトーヨーカドーの入り口に陣取って、自転車置き場のおばちゃんに「あんたらのせいで自転車置き場がギュウギュウじゃないの!!」とにらまれつつ営業していたものでした。それが最近は都内一等地に店を構え、ものによってはビルひとつが100円ショップなんてものも出てくる状態。スゴイね。オイラはネクタイ買っちゃったよ!100円で。

先日は小平に新しくできたドンキホーテで、エンビ服用の蝶ネクタイ(白)も買ってしまいました。ちなみに伊勢丹などで生地のいいものを購入すると5,000円〜10,000円ですが、これが800円!(数カ月前に新宿の紳士服屋さんを渡り歩いて、見つけるのに3時間くらいかかったんですよ)もちろん安物だとは一目瞭然(どちらかというと、宴会のときにつけるようなシロモノ)だけど、それでも安いよ。予備として充分!白蝶なんてマニアックなものなのに。

皆さんはブックオフに行ったことありますか?ブックオフとは大きな古本屋です。先日初めて店内に入りましたが、その在庫量には圧巻でした。確か酒屋だか米屋と手を組んで、日本中から家にあまっている本を入手し、外観を綺麗にリフォームして定価の半額で売っています。リサイクルという意味でもいいお店です。特にマンガや芸能人のエッセイなどは街の本屋さんよりも充実しているくらいで、これは巷の本屋さんや、今までの古本屋さんには大いなる驚異ですね。

激安ショップにはどうしても足が向いてしまいますが、ユニクロにしろ、ドンキホーテにしろ、ブックオフにしろ不景気な世の中にあって低価格路線で利益を伸ばしている会社に、これでいいのか?という想いを抱くことはありませんか?

都内にはホームレスの方々がたくさんいらっしゃいます。彼等はいつからか、電車や駅の中に捨てられた雑誌を集め、1冊100円で売り出しました。今日発売の雑誌が昼過ぎにはうずたかく積まれ、路上で売っています。朝雑誌を買って、会社に着く前に捨ててしまう日本人のエコロジーのなさを逆手にとっているだけでなく、日本の経済に対するアンチテーゼとも読みとれる現象じゃないでしょうか?100円ショップもブックオフも、もとを正せばホームレスの彼等からアイディアをとったんじゃないかしら?

新宿にいるというホームレスのおじさんが、まわりのホームレスに声をかけて始まったこの商売。今ではこのおじさんは月収200万とも300万ともいわれています。ホームレスはみんなPHSを持ち、各売場で在庫が滞らないように移動したり、警察の取り締まりを腰の低い態度でかいくぐり、日銭を稼いでいるそうです。

「安物買いの銭失い」という言葉に反し、安くて質のいいモノが溢れている現在のニッポン。消費者にとっては悪くないことですよね?特に生活必需品はどんどん安くなった方がいい。今までの日本の物価が高すぎたんでしょう、衣食住に関してね。

でも、絶対に長続きしない状態であるとオイラ、思います。どうしてかってことは言えませんが、オープンしたてに足を運び、その後何度か通ってみての想像です。お店は洒落ているし、モノも豊富。だけどお店で見て良く見えても実際買って帰ると、何だか見栄えがよくないことも多い。100色セットの色鉛筆は飾ってあるだけで美しいけど、机に転がっている1本の赤鉛筆はショボくみえるのに良く似ています。安いことがいいことなのか?デフレまっただ中の状況では見つけにくい、違うアングルから見たモノの価値を見つけたいですね。

少なくとも『高いモノがいいモノ、安いモノは質が悪いモノ』という考えが壊れていくことは悪くありません。そこから僕らが自分自身に必要なモノに対してお金をかける道が、見えてくる気がします。


2001.6.13 オイラ 「落書き全開!鉛筆パワー!」

今月前半は時間がたくさんあったので、曲創り『ウィーク*2』と命名し、デスクワークに奮闘しました。

改めて書くまでもなく、オイラは時間があればマックの前で曲を創ることが多いんですが、最近食傷気味で、出てくるフレーズやメロディが味気なく感じてしまうようになっていました。固まり気味の頭をほぐそうと思い、ふと数年前のうんざりレパートリーや、学生時代に創った作品に目を通してみたり。まるで卒業アルバムを覗く感覚でした。引き出しの奥にしまっておいて、忘れていたものを見つけちゃったような感覚です。昔の作品は、なんとも単純で恥ずかしくなるくらいのシロモノなのに、譜面にはそこはかとない勢いが宿っているんです。

そこで学生時代に創った作品を、FINALEでマックに入力してみました。まだ五線紙で書き続けていた頃の作品ですがなかなかの大作で、結成前のうんざりメンバーで音を出したことのある作品(「ぬ」で始まるアレ。分かるかな?>うんざり)。

マリンバとヴァイブはユニゾンだわ、今では決して使わないティンパニがいるわで、稚拙な想像力と、どこからかパクった旋律が乱れ飛ぶものの、譜面から伝わるエネルギーは今も衰えず、音だしたくなる暑苦しさを顕示していました。 封印されていた昔の所業を反省も込めてなぞることにより、いつしか奮闘するに足る熱意がこみ上げてきました。

我々プレイヤーは、音を出してナンボの人間です。自分で曲を描いてみるとわかりますが、譜面上の音には明らかに力を持った音符が存在します。その音符のパワーが強ければ強いほどに作品全体を掌握して、プレイヤーに確実な音を紡ぎ出させてくれます。逆に言えば、音楽理論に縛られていたり、生気のない作品は簡単に生まれ、演奏者が音に命を宿す気持ちになれないような譜面がたくさんあると言うことです。

そういわけで(どういうわけだかモーレツに割愛していますが (^_^;))、久しぶりに鉛筆で曲を創っています。

お気に入りの五線紙と、お気に入りの鉛筆、それと定規消しゴム机に並べて、せっせといそしんでみようという気になっている昨今です。

オイラのワーキングデスク。

これでも撮影用に片づけました (^_^;)。左上の小さな横長メモ帳は、普段持ち歩いているミニ五線紙。この備忘録五線紙はオイラの大事なネタ帳です

若い頃の勢いは悲しいかなありません。よしんばあったとしてもそれは、いつかはなくなるもの。若いという絶対的な生命力を帯びていない作品に、生命力を与えるにはどうすればいいか?これは演奏にもあてはまるし、ひいてはオイラの人生のヒントにもなるかも知れない。まぁ、そんな想いから、ひさしぶりに五線紙と格闘する勇気が湧いてきた訳です。そう、FINALEで作曲するのになれると、五線紙と鉛筆に回帰するのに勇気がいるんです。まるで直筆で手紙を書くのに似ています。いつのまにかオイラもFINALEを使いこなしているつもりで実際は、FINALEに使われていたのかも知れません。

ここ何年もフレーズがオイラに降りてくるのをじっと待つ。そういうやり方をしてきましたが、違う描き方を試している最中です。具体的には時間制限を設けて、その中で必ず終わらせる!時間内に曲として最後の小節まで描ききることを目標に描いています。今までとは違った闘争心、よりプレイヤーに近い感覚を取り戻そうという試みです。

この方法、確かに描く音符に勢いがのりうつります!頭の中には多くの道具(曲を作るための手段)が蓄積されているので、考えすぎると添加物だらけの清涼飲料水みたいになっちゃって、新鮮さとか、あとからジワッと来る味わいとかが薄れがちになりますが、時間制限の中で生まれるフレーズは非常にナチュラルで気持ちいいです。

このやり方だと確かに秀逸なフレーズやリズムは産まれにくい。でも人間の感じる自然とは、どこにでも転がっている石ころやタンポポ、電柱や空気のような、存在感を完全に消し去っているものに囲まれていることがベースになっているはずです。全てが存在感を主張し、非現実的な物質で囲まれてしまえば、「見る者(聴く者)によって与えられる新しい存在感」は芽ばえません。ディズニーランドは夢の世界を創り出し、僕らをワクワクさせてくれるけれど、時には近くの公園にぶらりと散歩して、空が青いことに安心する気持ちから新しい価値観を見いだすこともあります。今のオイラはそういう感覚をむさぼっている。そういうことのようです。

最近お気に入りの鉛筆。新宿世界堂で購入した、ドイツの鉛筆です。昔から好きな三角鉛筆で、黒いドットが丁度良い滑りどめの役目を果たしています。芯が日本製より脆いようで、削る回数が増えましたが、それはそれでまた心地よい休憩になります。
FABER-CASTELL というメーカーでしょうか?高級すぎず、どっちかというと安物っぽい風情を漂わせていながら、使用にストレスを感じない優秀な鉛筆です。お勧め!

白紙の五線紙を見つめ、鉛筆を削り、頭で鳴っているブレンドされた音色を実現するために楽器を考え(この「楽器を考える」ってやつに関しては、圧倒的にパーカッションは有利です!楽器は星の数ほど在りますからね) 鉛筆がすべらせる感覚。すべり出したら止まらない、いや、意地でも鉛筆を止めない気持ちよさ!!

汚した五線紙に残る筆跡は今のオイラのよりどころ。五線紙に曲を描くというのはキャンパスに絵の具を走らせることと全く同じ行為です。少なくともオイラの中では。

お気に入りの五線紙と鉛筆が、オイラの思考を邪魔しないよう、献身的なほどに存在感を消して待ってくれている。音を出しているとき以外の、もう一つの至高の瞬間!今月はほぼ1日1曲ペースでオイラの落書きが増えてます。


2001.6.7 オイラ 「夜中の青い記憶2」

<前回から続く。>

「そんなつもりじゃないんだから〜、イーヤーダッ!!」
エンディングはあっけないものでした。彼は若いから、急ぎすぎてしまった。彼女は彼を拒みつつ、しかも気を遣いながら「また今度ね!バイバーイ!!」と言い残して、自転車をすべらせて行ってしまいました。

ああ、良かった。彼女はいい娘だ!君が惚れるのも分かるよ。そしてオイラは安心して眠れる。zzzzzzz.....

「寝なければいけない」という状態はなんでこんなに辛いんでしょうか?普段夜更かしで体内時計がリセットされている身体にはこの『早寝』は非常にきつい。乱暴に言えば人生の中で一番嫌だと言っても過言ではないほど!「早く寝なければならない」と思うだけで、真綿で首を絞められるような、足の指の間をナメクジがゆっくりとはいつくばっているような嫌悪感と緊張感を感じてしまいます。

しかし不思議なもので、こういうときに一番頭が良く回り出す、皆さんも経験するでしょ?前述の若い二人の会話も、日中の覚醒時に聞いたのならここまで想像は絶対に膨らまない。深夜にだけある鋭敏さを憶えてしまった身体は、眠りを強制しても確実に拒絶します。

明日の仕事の忘れ物に気付いちゃったり、半年前に「そろそろやろう」と思っていて、すっかり忘れていたことを思い出したりします。そのうちにどんどん体が熱くなってきて、頭もフル回転!目を閉じているのにも関わらず、瞳孔が開いていく感覚。明日のことからイメージは発展していき、「来年になったらあれをするぞ!そのためには今年の夏までに準備することが・・1コ,2,コ・・・3,・・・・4,・5,6,・・・・・・」頭の中のイメージはどんどん枝分かれしていき、カテゴリ分類されていきます。

これが曲のアイディアだったりすると、もう次の日の寝不足と疲労は覚悟しなければいけません。すっくと布団の上に立ち上がり、マックを起動したら台所で湯を沸かし、水を一杯。FINALE(楽譜作成ソフト)を起ちあげ煙草をくゆらせ、無我夢中で入力!もともと夢と現実のはざまで湧き起こったアイディアは、半減期が1分未満ですから、新鮮な内に入力しないと揮発していってしまいます。オイラもやっと夢うつつのアイディアを取りこぼさずに記録する段取りを身体が覚えました。

想像の力は現実の行動を上回ることが良くあります。次の日遠足で眠れないのは至極当然のことかも知れません。本当の遠足では思ったより面白くなくて疲れちゃったとか、友人と楽しく遊ぶはずが、ひょんなことから口ゲンカ、気まずくなることもあるでしょう。しかし前日のワクワク感に満たされた中で膨らむ想像は一種、憧れをそれ以上に飛躍させてくれるアミューズメントですからね。動物園、象の前のベンチで憧れの女の子と二人っきりでお弁当食べるなんて想像は、120%遠足という状況下ではありえないけれど、イメージの中では果てしなく可能性のある現実的な妄想です。

この想像とか妄想ってヤツ?オイラは好きだなぁ!

夢は人生に倍の楽しみを与えてくれます。眠れない夜はバーチャル・アミューズへの入り口!寝ちゃうのがもったいないよ!そういう意味で前述の若い二人には今になって感謝しています。まるで藤子不二雄氏の短編ラブストーリーのよう。スゥーッと駆け抜けた彼等の人生の小さな局面は、眠りよりも気持ちのいいものをオイラに与えてくれたようです。

そこまで考えた上でさ、眠れなくて苦しい「早寝」は、3文よりずっとお得なパラダイスです。


2001.6.4 オイラ 「夜中の青い記憶」

確か3月か4月の初めのことです。次の日早起きしなければいけなかったので、煎れておいたハーブティを飲み干し、とにもかくにも布団に入って目を閉じました。やはりなかなか眠れない・・・辛い。

やっと眠りについた頃、おそらく午前3:00頃です。声が聞こえてきました。女の子の声。

夢かと思いましたが現実の声です。聞いたことのない若い女の子の声は中学生くらいかな?別にオイラが部屋に連れ込んだわけじゃありませんよ。良く聞くと外から聞こえてきます。風を通すためにちょこっとあけてある窓からのよう。だんだん眠りから現実に引き戻され、浅いレム睡眠を漂いながら女の子の声にオイラは耳を傾けていました。

夜中に若い女の子の声、元気ではしゃぐような声は誰かと会話していました。相手の声は全然聞こえませんが、どうやら男性と会話している様子。眠りにまどろむオイラは彼女(達)の会話に引き込まれ、どんどん想像が膨らんでいきます。つぶった瞼の中で瞳孔は全開、耳は獲物を狙った猫のそれのように敏感になっています。

ここからはオイラの想像を交えてお読みください。眠りながらオイラのイメージではここまでキャラクター設定が出来上がってしまいました。

彼女と彼は中学時代の同級生。その日は卒業して1年めの同窓会、というか仲の良かった6,7人が集まって遊ぶ約束をしていました。彼女は活発で誰からも好かれるタイプ。商業高校にいきました。一方彼は公立校に進学した気の優しい青年。いわゆる「○○君っていい人だよね」タイプで真面目。しゃべることはちょっと寒いけど、中学時代は頼りになるクラスメイト。今日の同窓会も彼がみんなに連絡して、日程合わせなどをやりました。

彼は中学の時から彼女のことが好きでしたが、言い出すこともできないままに卒業を迎えてしまったので、今日の集まりには是非とも彼女に会いたかった。告白できるかは時の運だけど、会って元気をもらいたかった。

ボウリングして、ファミレスでご飯食べて、ゲーセンで遊んで、それから駅前のカラオケで盛り上がるというフルコースを企画し、大盛り上がりになりましたが、時間がどんどん過ぎてしまい夜中になってしまった。でもこれも彼の小さな計画。時の運ではあるけれど帰りが遅くなったら彼女を送ろうと、そして告白しようと淡い期待を持っていたんです。二人は仲間と別れてから途中まで二人きり、別れ道でチャリンコから降りてしばらく立ち話。その立ち話がオイラの夢に侵入してきた彼女の声。彼女よりも、聞こえない彼の声を想像している内にとうとう、オイラは彼の顔までもリアルに浮かんでいる始末。ああ、眠れないじゃぁないか!しかも楽しいじゃぁないかぁ!

彼女はたのしそうに夜中のお喋りを楽しんでいましたが、突然声が聞こえなくなりました。「バイバイ」も聞こえないのにどうしたんだ!するとしばらくして、
「ヤだよぉ〜、やめてよぉ〜」
「・・・・・(聞こえない彼の声)」
「そんなつもりじゃないんだから〜、イーヤーダッ!!」
おいおい、どうなってるんだ!君たちまだ高校生じゃないか!だめだよ、そう彼女、逃げるんだ!もしくはタスケテーと叫べばオイラいくぞ!!せっかくの同窓会を台無しにしちゃダメだよぉー!!

次回へと続く。


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