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7/6 オイラ 「懺悔」 7/16 オイラ 「響風記 開設おめでとう!」

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2001.7.16 オイラ 「響 風 記 開設おめでとう!」

本日リンクさせていただきましたが、うんざりコミュニケーション(掲示板)でおなじみの酔仙亭響人さんが、個人HPを開設されました。おめでとうございます。謹んでお慶び申し上げます。

酔仙亭響人さんは、東京都内にお住まいの会社員・男性です。うんざりライヴにはいらしたことがないと思います(うんざり活動休止後にお友達になったという、まさにHP効果ですね)が、フットワークも軽くいろんなコンサートに出かけていらっしゃるので、恐らくうんざりメンバーのプレイ姿は、全員みていらっしゃるだろうと思われます。

個人の方がHPを開設するにいたる心理状況というのは、一体どういうものなのか?オイラには良く分かりません。家族の写真を載せたり、「今日は息子の七五三でした」などと言われても困る。っていうか見たくないじゃないですか?

でも今回、酔仙亭響人さんがHPを開設するまでの意識の変化を、多少なりとも感じることが出来ました。そこで「ああ、個人HPもいいもんだな」って、考えるに至ることが出来ました。アクセス数だけでは計れない価値が、ある。

プレイヤーである我々は、音楽という形の中で何かを発信することで皆さんの感動を導き出そうとするわけです。いわゆる表現者。パフォーマンスすることが生業だと大手を振って世間にいえます。しかし実は人間というものは全員表現者でありえる。一般の人にだって世間に大声で叫びたいことが山ほどあるだろうし、本当の自分探しをしている。ただその表現テクニックがないために表に出ないだけでしたが、個人HPはそれを開放しようとしています。

表現とは、外に向かって行うものばかりでなく、自分の内側に向かって発信するものでもあり、時空を超えて過去・未来の己に対して強烈に現在の姿として楔(くさび)を打ち込むものでもあると思います。そういう意味で日記とは人類最高の表現媒体と言えるかも知れませんね。

HPが宣伝やコミュニケーションの場であることはすでに確立されています。しかしこの新しいデバイスをどう使いこなしていくのか?新しいHPの存在理由が、そこかしこで生まれ続けていると感じます。

オイラは最近まれにみるほどに落ち込みがちで、トークなんぞ書ける精神状態ではありません。この先も筆が遅くなるでしょう。弱気なオイラはこのページの閉鎖も真剣に考えています。活動休止したグループのHPに、今さらどんな存在理由があるのか?答えが見つからないです。

このページを発端に友達になった酔仙亭響人さんは、掲示板・メールを通じてオイラを励ましてくれています。ありがたいことです。そんな酔仙亭響人さんのHP開設は、またひとつ、オイラに元気を与えてくれました。

気が向いた方いらっしゃいましたら、どんどん酔仙亭響人さんにHPのフィードバックをお願いいたします。

で、酔仙亭響人さんに早速一言。はやくねるとんページを!


2001.7.6 オイラ 「懺悔」

このトークは7月初旬に書きましたが、アップしないでおりました。最近いろんな出来事が重なり、情緒不安定だったためです。お蔵入りになるはずの原稿ですが、友人からありがたい励ましメールをいただき、ちょっと元気になりましたので、その友人とこのページを訪れてくださった皆様に、感謝とお詫びの気持ちを込めてアップさせていただきます。


人間とは身勝手なもので・・・・ムムッ、この言い回しはちょっとよくないか。「人間とは」という言葉の裏に「自分はそこに気付いているから○○(この場合身勝手)ではない」と、暗に言っているようにとられてしまう。イヤ、確かにそういう意味を込めている気がする。ここは素直に「オイラ」で書いてみることにします。期せずして今回は懺悔。みなさまに置かれましては「オイラ」の部分を、「わたし」と自分自身に置き換えて読んでくださられますことを希望するものであります。

※オイラはなんて身勝手な生き物だと痛感することこれ、毎日同じ事のくり返しなんだか成長している証なんだか、気分次第でいかようにもとれてしまうわけですが、それこそオイラという生き物が真の身勝手な生き物である動かしようのない事実の証明だということに気付くとき、「オイラはどう転んでも日本人だぁ。もしオイラがシンガポール人だったら、絶対こんな事で暗い気持ちにはならんと思う!」などと「もし・れば・たら」に逃げ込む自分を見つけてしまい、その度に(以下この段落の最初※に戻る)

大体オイラという生き物は、うまくいっているときは自画自賛。「やはりオイラは天才だったのだ!もちろん昔から分かっていたけれど、ここにきて形としてあらわれたね」と思うこと幾千回。調子に乗ることにかけては抜きん出た才能があることは誰もが認めるところでしょう。

しかしながらうまくいかないとき、突然の障害物に行く手を阻まれると、とたんに他人のせいにします。脇道から飛び出てきた自転車、行き先までの切符の買い方が分からない電車(いいわけですが最近各鉄道会社の乗り入れ路線が増えたことで、切符の買い方が複雑になってますよね?)、コンサート終了後 汗びっしょりのプレイヤーに涼しい顔で「お疲れ様でした!熱いお茶どうぞ」って言い切っちゃう主催者(もちろん気持ちはありがたいですよ。)・・・

うまくいくと自分の才能&努力の賜物とし、ダメな場合はまわりのせいにする。これでは自分自身がどんどんすさんでいってしまうのではないか?

他人に文句を言っているときを少しだけ冷静に見直してみることにします。そうすると2種類あることに気付く。自分の利益やエゴを守ろうとする文句と、大きな視野から社会批判(つまりこのトークの冒頭のように『人間って〜』みたいな)している文句。だいたいこの2種類しかない (^_^;)、嗚呼、自暴自棄(以下※に戻る)。

自分が風邪ひいてダウンしたりすると、初めて健康の大切さに気付くように、うまく行かないときの方が、自分や社会に対して多くの「治すべき所」が発見できるのは確かでしょう。喉元すぎるまでにどれだけのことに文句を言えるか?そしてその文句のうち、自分の利益やエゴである部分は素直に反省し、社会批判をどれだけ的確に見つけだせるか?そういう行為が自分に対して包容力や奥行きを作り出すために必要なんではないかと思うんです。

世間には「勝ち組」「負け組」という言葉が存在し、事実会社を大きくして富を得る者と、リストラ等で厳しい生活を強いられている者がいます。「勝ち組」「負け組」という言葉はよくないけれど、仮に「勝ち組」があるとすれば、彼等は自分のことと社会のことの間にラインがなく、高いところから遠くを見渡す視線をいつも持ち続けることができる人たちのことだと思います。

視野が狭いと自分の利益やエゴでしか行動する事ができなくなる。貧富の差ではなく、いつも風邪を引いたときの辛さを感じていられる、調子に乗っているときもそこに奥行きを醸し出せる視点が必要でしょう。

その視線の先に見えているものを『ビジョン・夢』と言い換えると話がスッキリしてきます。「夢をあきらめるな」という使い古された言葉は、根性や努力だけをさしているのではなく、苦しいときに見つけた視野を持ち続けろ!と言っているように感じてなりません。

小泉内閣はビジョンを打ち出し、国民はささやかな夢を見ることができています。今は苦しいけど来年はもしかしたら・・・でもこの苦しさが自分のエゴだとしたら、小泉内閣の描いたビジョンも絵に描いた餅。景気が良くなって、調子に乗っているときよりも、苦しかったり悩んだりしている時の方が、夢を持つことが簡単なだけ幸せなんだなぁ。

オイラはよく相談役になります。友人の恋愛問題からドロボー対策、コンガのチューニングの仕方(これは指導か?)etc. 相談に乗ることで友人の悩みが少しでも軽くなれば嬉しい。ここにウソ偽りはありませんが、心のどこかでは、友人の悩みを聞くことで自分の人生をシミュレートし、自分を守る情報としていることも否めない。

また、自分のこととなるととたんに臆病になり、誰にも相談できずに心に閉じこめてしまう。そんな自分が嫌いです。人間として大人になることが美徳だとは微塵も思いませんが、本気で愛する人たちと物事を、命張って守る強さは手に入れたい。

だからオイラは好きな音楽のことを考えながら、自分のエゴを消し去った向こうに見えるものを探していく力を身につけたい。生きていくという事は懺悔のくり返し。調子に乗ったり、落ち込んだりをくり返しながら、遠くを見つめ続ける視力だけは保ち続けたい。

「オイラは無駄な人生を過ごしてしまいました」もし歳をとって、死を目前に、オイラがそんなセリフを吐いたとしたら、その時オイラは不幸なんだろうか?そりゃその当事者にならなきゃ分からないけれども、少なくとも「勝ち組」「負け組」などと安直な言葉で切り捨てられることだけはゴメンだ!

自分にとっての『幸福』は自分で決める。何がなんでも守りきる。そういう強さを身体に満たすため、今日は懺悔。明日があるさ!


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