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10/8 オイラ 「塊多」 top |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links
久しぶりのトーク更新です。みなさま大変ご迷惑をおかけいたしています。申し訳ございません。みなさん元気でお過ごしですか?ちょっと気恥ずかしいなぁ (^_^;)!
更新、すなわちオイラにとって発言することを躊躇する心境が続いています。この数カ月間、みなさまにお話ししたい面白い出来事、トークで発言したい想い、たくさんありました。でも何故か筆が進まず現在に至っています。掲示板に書き込みはしましたが、パワーブックのHDクラッシュによるHPデータの損傷・復旧の大変さも手伝ってのことではありますが、恐らくそれ以上に大きな倦怠感を感じています。
今回こうして筆を持つに至ったのは、いくつかの要因がありますが、なんと言っても最大の要因は先月起こったアメリカテロ事件です。まずは、テロ事件によって亡くなられた多くのみなさまにご冥福をお祈り申し上げます。
昨日アメリカ・イギリス軍によるアフガン空爆が始まりました。そしてここで書くのはみなさんの為でなく、自分のため。自分の気持ちを整理するためであることをお断りさせていただきます。ただ、恐縮ではありますが、みなさんの気持ちの中にも必ずある『わだかまり』のようなものに対して、オイラの発言で解消に向かうお手伝いが出来れば...そんな風に思っております。 何からどう書いていけばいいのか見当も付きませんが、筆を走らせてみたいと思います。内容が内容だけに失礼な物言いがあるかも知れません。ご批判甘受するつもりで書かせていただきます。よろしければお付き合いの程。
オイラが常日頃からなりたいと思っている自分、その目標はただひとつで、『愛するべき人を守る』です。かけがえのない友人・家族・恋人を守るために、自分に厳しくありたいと思っています。そのためには自分が愛されるに値する人間にならなければならない。お金がなくても、命や人生が変わることになっても、守りたいと心の底から感じる人間に出逢うには、まず自分がそんな人物にならないといけないとも思っています。
そしてもうひとつオイラには守るべきものがあります。それは音楽。オイラの音楽を守りたい。オイラの音楽を守るためには、守るに値する音楽がオイラの中に流れていなければならない。オイラの音楽を鍛え、守るべきものにするために演奏し続けているといっても過言ではないでしょう。うんざりもそんな想いが溢れる形で取り組んできました。
最近、今までのうんざりのサウンドソースを、HD(ハードディスク)にレコーディングする作業に没頭しています。6年ぶりにデスクトップを買い換えたので可能になりました。
本番のみならず、リハーサルにはいつもメンバーそれぞれにカセットデッキを持ち込んで、録音してきたので膨大な量がオイラの部屋には溜まっています。それをひとつずつ、マックに取り込んでCDに焼く作業をしているわけです。この作業の中から、オイラは何かを取り戻したいと思っています。今はまだその「何か」を探している途中ですが。うんざりの音はオイラを癒してくれます。うんざりのサウンドはいつでも熱い。ショボイ演奏でテンポも揺れまくるライヴ (:_;)。それでも必死にお客さんへ伝えたい心が詰まったサウンド!まるで中学の頃書いたラヴレターを読み返すような恥ずかしさにまみれているけれども、今のオイラが見失っているもの全てがあるような気がします。
この夏、ある1枚の絵に出逢うことが出来ました。作者は村山槐多(むらやまかいた)。享年22歳で亡くなった若者でした。絵画よりも小説や詩の世界で有名かも知れませんがオイラよく知りません。彼のことはテレビ東京『美の巨人たち』(毎週土曜日10:00〜10:30放送)で知りました。長野まで出かけて出逢えた1枚の絵はその番組で紹介された「尿(いばり)する裸僧(1915)」です。自分でも気付かなかったけれど、まるで連絡を取り合うこともしなかった昔の大親友に出逢ったような、そんな気持ちにさせられました。
デカダンスという言葉がよく似合う彼のその絵は、あの日以来オイラの腸内に住み着いています。ガランス(血の色といわれる絵の具)を塗りたくったその絵は、今にも爆発しそうな温度を保ち、86年後のオイラに住み着きました。
99年9月のトークで、原爆資料館を訪れた時の気持ちを書かせていただきました。資料館には特別展示として、被爆者による絵が所狭しと並んでいました。そこで感じたことは、今生きていることへの喜びと重さです。夢を持つことが難しい世の中だと、だれもが思っているけれど、そんなことはない!生きているのなら夢は持ち続けられる!それがオイラの学んだことでした。この時感じた気持ちと、槐多に出逢えたことがオイラの体内でクツクツと音を立てて何かを変えようとしています。
今の僕らが感じている幸せとはなんなんでしょうか?
長生き?お金?自由?それとも愛すること?愛されることか?そもそも幸せのために生きているのか?正義は幸せの代名詞じゃないだろう?天才のオーラに包まれた槐多の世界は、苦しすぎる!でも何故だかものすごく羨ましいと感じます。昔のうんざりのサウンドにあったものを、彼は1000倍の温度を保ったまま放ち続けているのかも知れません。あの日槐多に逢ってからオイラの持っている夢が、守りたいものがどれだけエゴにまみれ、ちっぽけなものか思い知らされている毎日です。
ブッシュ大統領はさかんに「正義」という言葉を使い、今回報復にのり出しています。
アメリカ国民の団結心を強くするために音楽もたくさん使われています。国家は有名な歌手に唄われ、国民は手と手を取り合い合唱。音楽の持つ強さと同時に恐さを感じる瞬間です。ブッシュ大統領の言う「正義」は信用できないオイラです。もちろん大統領として愛すべきものを守るために命を貼る、その気持ちは伝わってくるけれど。「スタン」をまとうイスラム圏の国々は、アメリカによい印象を持っていないようです。アメリカが今まで彼等にどのようなことをしてきたのか、恥ずかしながらオイラは知りませんが、相当根強い反米心があるように思えます。パキスタン・ウズベク・タジキスタンはアメリカに協力する声明をだしてはいるものの、国民レベルで反対している人はたくさんいるでしょう。アメリカ同様に彼等も彼等の信じる「正義」を信じて、犠牲をいとわず守るべきものを守ろうとしている。
ビートたけしさんがテレビ番組で発言していました。「イスラム圏の人たちは経済的に持たざるものだから、持てる国・アメリカへのストレスを発散する方法はテロしかないのが現状だ」つまりテロを肯定することは出来ないかもしれませんが、テロをする、または支持する国民の気持ちを理解する事は出来るのではないか?そう感じずにはいられません。
正義はひとによって違うもの。イスラム圏の皆さんの報道を見て、戦中の日本が重なって見えるのはオイラだけではないでしょう。そんなところで正義をかざしても分かり合えなくなるばかりだと、学ぶことは出来ないんでしょうか?異文化を受け入れるということと、国際常識が折り合わないことへの解釈が、残念ながら今の人類にはできないということでしょうか? ・・・どうしたらいいんでしょうか?
全ての人々が自分の無力さに打ちひしがれているのが今かも知れません。オイラも自分の無力さに情けなくなる気持ちです。
だからこそ改めて!オイラは自分のために書きます。「手のひらを太陽に」がなんて素晴らしい唄なんだと、思わず感動してしまう心境を大事にしたい。
生きているから『夢』を見ることが出来る!『夢』を見ることで活きるための『希望』を追い求めていこう! 守るべきは、愛すべき生命!top |Schedule | Profile | Listening room | Talk | Repertory | Report Guide | Communication| Links