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2003年1月のトークページです。
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2002年以前のトークはこちらです。
1/2 オイラ 「新年のご挨拶」 1/17 オイラ 「アンサンブルコンテスト」
実は去年、オイラは初めてアンサンブルコンテストの審査員をさせていただきました。今年は縁がなくてしていませんので、去年は審査員として自粛していましたが1年経ってトークに書かせていただいております。
日本では吹奏楽(世間ではブラスバンドと呼ばれます。この呼び方は正しくありません。ブラスバンドは金管バンドのことなので、木管を含む吹奏楽とは違う編成です。念のため・・・イヤ、タイコたたきからすれば吹奏楽<吹打奏楽だろ!>も、はたまた管弦楽<管弦打楽だろ!>も正しくないと、声を小にして言っておきます。)が学生を中心に盛んで、毎年夏から、「吹奏楽コンクール」が全国で開催されます。全国大会まで駒を進めてくる団体は、感動を通り越して驚愕の域に達していることも少なくないほどの熱演を聴かせてくれます。
オイラが今回審査員をしたのは、その冬の大会である、「アンサンブルコンテスト」です。3人から8人までの、吹奏楽部に所属する楽器による室内楽のコンクールです。
まず感想は、非常に楽しかった!です。
諸先輩方から「審査員は大変だよ」と聞かされていました。実際死ぬかと思うくらいでした。こんなにたくさんの演奏を聞き続けることは、他ではあり得ない世界です。10:30から20:00まで、合計72団体の演奏を聴き、採点するというのは、8/31になって絵日記を全部書かなければならないよりもきついかもしんない (^_^;)!しかしいろんなことを考えることの出来た、充実した一日でした。吹奏楽コンクールもアンサンブルコンテストも、オイラは学生時代に経験しました。右も左も分からないまま出場した中学時代には、惨憺たる結果に終わり、「コンクールとは何ぞや?」と真剣に考える日々を送ったことを、つい昨日のように覚えています。そう、演奏に優劣を付けるというのは非常に難しいし、ナンセンスなことかもしれません。
アンサンブルコンテストでは、打楽器四重奏も、クラリネット八重奏も、金管アンサンブルも何もかも同じ土俵で採点します。同じ楽器群なら採点できますよ。少なくとも技術的・音楽的には自分の経験に誇りを持って優劣をつけることができます。しかし他の楽器も一緒になると、いわゆる「絶対評価」を下すのはものすごく難しい。吹奏楽コンクールでは全て吹奏楽団ですから、曲が違えどまぁ同じ土俵ですが、アンコンはまるで、審査員の能力を試されているかの如く過酷な条件の中、審査しなければいけません。
吹奏楽コンクールやアンコンで金賞を取るためには「縦の線・横の線」を揃える練習を他の何よりも心がけることです。音楽が時間軸上での作品で、音程・和音をともなう訳ですから当然といえば当然です。ちなみに縦の線とは、「せ〜のっ」でみんな一緒に「ドンッ!」と揃っているか?で、横の線とは音程が合っているか?あるいはメロディと伴奏がかみ合いながら進行しているか?ということです。
しかし、そのために歌を犠牲にしては本末転倒で、これこそが音楽のコンクールにおける最大の問題点ではないかと感じています。中高生、しかもアンサンブルという形態の中では、縦を揃えるだけでも長い時間を要するのに、歌うところまでひとつの作品を持っていくのは奇跡に近い環境がないとあり得ないと思うからです。
審査員をしてみて、マスゲームのような一糸乱れぬアンサンブルは、感動を覚えるときもありますが、そのことを「技術がある」と採点する気にはなれませんでした。勘違いしないでいただきたいのは、そういう演奏をするためには大変な努力が必要であること、そしてそのような演奏を高く評価する審査員もいて、オイラもそれはそれでいいと思っていることです。オイラはそれよりも違う視点で審査していたという事です。いろんな着眼点を持つ審査員が複数いるのが、絶対がありえない「音楽に点数をつける」作業のひとつの回答だと思います。
アンサンブルの音楽には、大きく分けて2つ、音楽を創る手段があると思います。もちろんこれらはバランスの問題で、白黒はっきりと分けることは出来ません。
1つはリアルタイムでのコミュニケーション。これが顕著にあらわれるのがジャズでしょう。リハなんて無くても、プレイヤーがサウンドで瞬時にコミュニケートしていくなかで音楽が進んでいく形ですね。唄う・語る・しゃべる行為を見事音楽の中で繰り広げ、そのアドリブの妙を楽しむ。オーケストラなどのクラシックでも、巨匠と呼ばれる指揮者は、この本番上でのコミュニケートがずば抜けて素晴らしいです。リハーサルで創ってきたアンサンブルに最後の生命を吹き込む作業で、後世に語られるほどのライヴ演奏を残していくのでしょう。日本人の指揮者が物足りなく感じることがありますが、この能力が感じられないことが多いかも知れません。よく「練習で出来ないことが、本番で出来るはずがない!」といわれますが、リアルタイムでのコミュニケーションが成功すると、練習以上の200%の演奏や感動に繋がると思います。
もうひとつはリハーサルをくり返し、集団でひとつの音楽を作り上げるために主張と協調を構築していく手段です。簡単にいえばたくさん練習をしてきた演奏ですね。コンクールに出場するスクールバンドは全てこちらが主体になります。なぜならばリアルタイムでコミュニケートをする資質は、それまでの経験、人間性がないと育まれませんから。こちらの場合、「練習で出来ないことが、本番で出来るはずがない!」がほぼ当てはまります。グループが成長段階の場合は120%の演奏は可能かも知れません。「本番が一番良かったよ」って感想がよく聞かれます。
アンサンブルの場合、メンバーがどれだけの時間や労力を費やしてきたか、音にはっきりと表れます。学生の皆さんなら特にです。偶然上手くいったのか、練習を重ねてきたけど本番失敗してしまったのかは、今回審査員をさせていただいて驚くほど分かりました。
ですからオイラは一生懸命聴かせてもらって、結果伝わってきたものの中にアンサンブルをしようとするサウンドを見つけた団体にいい評価をしたつもりです。プロだって本番うまくいかないミスは星の数ほどありますから、オイラはそういうものに対して寛大な評価をしました。リードミスや(緊張のために)音程がうわずってしまうグループはたくさんありましたが、それでもみんなでひとつの音楽を唄おうとする姿勢を強く感じた場合、オイラは素直に感動してしまいました。
審査員は自分の経験や音楽観のもと、好き嫌いではない客観的な評価をくだします。これは絶対です。ここだけ勘違いしないでいただきたいのですが、オイラの好まない唄い方でも、伝えようとする気持ちをサウンドの中に見つけることが出来たら、オイラは審査員として感動し、高い評価を与えたつもりです。
しかしアンサンブルコンテストは、1団体の持ち時間が7分だったかな?しかも次の団体が始まるまでの転換がムチャクチャ早い!!そんな中で各団体にコメントを書くのですが、とてもとても追いつきません。『「はなやか」って漢字、なんだっけ?』なんてしてたら、次の団体始まります(^_^;)。時間に追われて点数つけて、感想を書く作業は自動車教習所の筆記試験を思い出しました。
オイラは各団体のいいところを一つ、直したらいいと思うところを一つ、コメントに書くように心がけたけど、果たして皆さんの役に立つことが言えたかどうか、今持って自信はありません。
でもコンクールで一番不幸なのはトップの評価をされたところだというのがオイラの信念というか、希望です。残念ながら銀賞・銅賞に終わって涙を飲んだ皆さんが、この先もっとがんばろうとか、コンクールを通していい仲間の存在に気付いて、それを今後大事に育てていくことに繋がってほしいと、強く強く思います。
プロアマ問わず、演奏を誉められたら嬉しいし、認められなかったら悔しくて悲しいものです。でもそんな自分の立ち位置から、前向きに行く力。そして何よりも周りを見渡す余裕。コンテストでいい結果を残せなかった皆さんの周りにも、いい仲間、苦楽を分かち合える仲間がいることに気付くことが出来たら、音楽に採点をつけるという愚にもつかないような行為も救われるような気がします。
明けましておめでとうございます。
今年もひとつ、よろしくお願い申し上げます。昨晩東京は初雪が振りました。
雨がいつのまにかふわっと雪に変わり、気付いた頃には雨になる程度のものでしたが、濡れたアスファルトに消えて行く雪は情緒たっぷりの空気の中、優しく映りました。
今年の抱負を抱く間もなく今年が始まり、このまますぐに年末を迎えてしまうような、刹那な感覚が世の中を包んでいるご時世ですが、こんな時にこそ音楽で自分も世界も明るい色で散りばめていきたいと、強く強く感じているオイラです。
去年の年末にはある人から強くて優しい力と、未だに体温が残る唄をもらい、新年のオイラは揺さぶられたまま感覚が鋭くなっているようです。この温度をオイラの中で発酵させたいと考え続けています。
今年のうんざり、残念ですが大きな変化は期待できそうにありません。しかしオイラのライフワークには代わりなく、新しいプロジェクトを模索する中にあったとしてもうんざりで育てた人と音楽の元に構築されていることは間違いありません。
最近はオイラというよりも、オイラの手兵であるタイコ達が吠えさせろ、吠えさせろと詰め寄ってきているので、なんとか重い腰をあげて、オイラはオイラの、今しか創り出せない唄を形にしていかなければ行けないと思っています。
このHPを通して、多くの人から元気を頂き続けていて、恐縮・反省・自責の念に渦巻いている訳でして、素敵な言葉で寿ぐ(ことほぐ)よりもまず、二酸化炭素をいっぱい携えた匂い立つ破裂音を発していきたいと思っております。
みなさまのご多幸をお祈りいたします。
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