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2003.3.27 オイラ「どんぐり」今月中に書きたいことがいくつかあったにもかかわらず、すでに月末。いやはや無精でしょうがない最近です。
戦争の報道を見ていると、どんどん時間が流れていき、圧倒的な情報量と映像に飲まれてしまい、「自分は戦争を肯定しているのか、はたまた反対なのか?」考える間もなく時が過ぎてしまいます。ガソリンの価格がじわじわと上昇する以外は未だ実感のないテレビの世界。ガンダムや宇宙戦艦ヤマトとなんの差もないような感覚を振り切って、生きることについてイマジネーションを膨らませようと努力しています。 正義も悪も、オイルも核も、もう戦争の理由にしてはいけないと考えるのは理想論なんでしょうかね?
戦争が始まって書きづらい気もしますが、オクレバセながらのご報告です。
今月の8日、うんざりは群馬県の幼稚園でコンサートしてきました。アレ?やっぱり導入が戦争だとなんだか書きにくい(^_^;)。負けずに筆を進めますっ!
群馬県にある木ノ実幼稚園主催のコンサートで、実は去年も演奏いたしました。去年が好評だったらしく、引き続き今年も演奏させていただく機会を設けていただきました。今回は都合によりポカが欠席のため、後輩のピロリをメンバーに加えてのコンサートでした。ついでにいうと、幼稚園児の前で「うんざり」もなんなんで(^_^;)、グループ名は「どんぐりパーカッションズ」!!木ノ実幼稚園ですからね、うんざりはどんぐりと改名してのコンサート。
デジカメを持っていきましたが、いつも撮影してくれるキクも演奏者のために本番中の画がありません。よってどんなコンサートだったかはお伝えしにくいんですが、結果とても素敵なコンサートになりました。最後は園児たち全員ステージで踊りまくり!お客でいらしたご父兄や地元の皆さんにも楽しんで頂けたと思います。
というわけでサイトうんざり初登場の後輩ピロリ!並びにリハ中のキクをご覧くださいm(__)m。 子供達のためのコンサートは、あらゆる意味で僕らプレイヤーの栄養になります。興味を示し、演奏中だろうがなんだろうが、自分の気持ちと機嫌を主張しまくるチビッコの前で演奏すると言うことは、コンサートにおける骨組みや心構えをしっかりと持っていないと、とても太刀打ちできません。大人だったら芸術とか、アートなんちゅう微妙な言葉遣いと演出で、空気を創り出すこともできますが、園児の前では全ての面においてはっきりとしたテーマやメッセージを求められます。そして何より、お母さんが誕生日にご馳走をたくさん作ってくれるがごとく、一生懸命な気持ちを必要とします。そして(これはどのコンサートでもそうですが)子供達が主役であることをいつも忘れずにステージにいること。
そしてこのことを忘れずに演奏すれば、子供達は自分の興味ある場所を本能で探し出し、そこらのコンサートでは絶対にあり得ないほどの一体感を作ってくれます。コンサートという時間と空間を共有し、楽しむことにおいて、子供達は天使にも悪魔にもなる。
オイラが子供達に送るメッセージはひとつ。『音楽の楽しみ方に決まりなし!』です。聴く・感じる・体験するが3本柱になりますが、聴く行為が中心のコンサートでいかに伝えるか?1月ごろから練りだして、みんなでリハを進めながらコンサートの骨組みを作っていく作業は、楽しいものでした。
今回は「みんなでいろんな『風』の音を出してみよう!」というコーナーを作りました。幼稚園で用意してもらったタンバリンやカスタネットをみんなに配って一緒に音を出すんです。涼しい風、暑苦しい風、嵐、夜の鈴虫が鳴く風、いろいろと注文してみんなで自由に音を出しました。メンバーもステージの楽器をバシャバシャやって。面白かったですよー!それぞれ出ている音に大差があるはずもないのに、紛れもなく冷たかったり、渇いた風の音がしました!これ大人相手じゃゼッタイムリ!
このコーナーでオイラはここ数年で一番大事な栄養をもらえた瞬間がありました。
「みんなで音を出すと、とっても楽しいね!」オイラが何の気なしにしゃべると子供達、
「た"の"し"い"ぃ"ー"っ!!"」って!嗚呼、そうだよ。みんなで音を出すだけで楽しいんじゃん!他になんにもいらないんじゃん!こんなシンプルなこと忘れてちゃもったいないじゃん!
子供はすごい!音楽はいい!
今さらオイラが言うまでもなく、世の中はどんどんおかしな事態になっています。おかしな事態になってきた、というよりはいろんな所に積もっているストレスが吹き出してきているという方が正しいのかも知れません。
戦争という行為を今でも求めている人類にとって、燃料電池だの次世代エネルギーだのと、ほざいていたとしても未だに石油、そして核というモノのもつ呪縛からは解き放たれていないということに、オイラは落胆しています。
それでも、政治的なかけひきがあるにせよ、戦争反対を唱える人たちや各国政府が多いことだけは、「もしかしたらこの先変わっていけるかも知れない!」といちるの望みを抱かせてくれます。
日本人も他人事では済まされない事態が地球上で起こっている最中に、オイラが最近憤りを覚えているのは東京電力。最近までエネルギー源の分散を高らかに謳っていたこの会社、原発停止に追い込まれて電力不足をおこし始めています。この会社を通して日本人の「平和ボケ」も垣間みえるだけに、大企業に対する不信感が更に増大しています。
去年の夏頃までは「エネルギー源を分散することで危機回避しております!」なんてCMを流しまくり、原子力こそ今後の日本のエネルギー事情を支える柱だなんてほざいておりましたが、多くの不祥事、原発が存在する地域が、ここにきてそのストレスをぶちまけたことでほぼ全ての原発が停止。社長を解任したとしても、万が一の時には雪印や日本ハムとは比べものにならない被害を及ぼすことが明白な原子力に関して、企業責任を放棄しているとしかオイラには映らない状態です。
で、今年に入って、「エネルギー危機に直面しております!」だって。オイラにも電気料金明細にまぎれて入ってきたけど、中東情勢の不安定さがからまって、さらに事態は深刻化しているらしい。
石油依存には大きなリスクがあるから火力を減らして原子力-これが東京電力の姿勢で、今になって原子力も大きなリスクがあることに気付いた(ような)顔をしていることに腹が立って仕方ありません。いや、ホントは気付いていないとさえ思う。まだそこかしこに「原発は安全なのに、国民の一部が反対しているせいで、止めなくちゃいけないよ。」という匂いがプンプンする。
改めて申し上げます。原発も火力発電も、お湯湧かしているだけなんです。湯気でタービン回す(自転車のライトと同じように)ことで電気作っているんです。原子力は人類にとって魅力的な技術かも知れないけど、少なくとも実用化するほどリスクが薄いものではないことは明白だと思うんだけどな。
自分も含めてもっと電気を使わない生活をする事は絶対可能だと思います。訳のワカラン「痛み」はイヤだけど、エネルギーを節約することは「平和ボケ」した僕らができる一番最初の「痛み」として甘受できると思うんです。東京電力が企業として出来ることは「安定した電力供給」じゃなくてさ、「限りあるエネルギーをどう使っていくのかの啓蒙」でしょ。もう大企業の「僕たちが導くから、不安がらずに任せときなさい」という姿勢では、誰も信頼しないことに気付くべきだし、僕らも声を上げていかなければいけないと思うんですね。
戦争は建て前の正義でなく、土地・食料やエネルギーから生まれる欲望や憎悪から始まることは今も昔も変わらない。いつまでたってもボスザルになりたがるさみしい動物だけど、オイラは見ていないテレビを消すことから自分を見つめ直してみようと思います。そして戦争のことも。
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