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2004年4月のトークページです。

2004年 1月/2月/3月/4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月

2005年 1月/2月/3月/4月/5月/6月/7月/8月/9月/10月/11月/12月

2003年以前のトークはこちらです。

4/6 オイラ 「センセー2年目の抱負」 4/13 オイラ
4/11 オイラ 「久しぶりに1」 4/19 オイラ 「優しい人たち」


2004.4.19 オイラ「優しい人たち」

いい季節です。適度に湿った風をうけて、青々とした木々が爽やかな風を知らせてくれています。いろんな緑に囲まれ、色とりどりの花がまさに、吹き出るように咲き出しています。穏やかで平和な電車の中では、スゥーッと眠りについたりして。今日も何か、楽しいことが起こるかも知れないなんて、ワクワクするような季節です。みなさんは元気ですか?

イラク邦人人質事件で5人の日本人が拉致されましたが、無事に解放されました。本当によかった。想像できる中で一番いい結果となりました。関係者の皆さんの努力の結果でしょう。

しかし最近の政府の対応や報道の仕方について、オイラはどうしても理解できません。どうして?特にボランティアでイラクに入り、拉致された若者と女性は心身ともに傷を負い、また彼らの家族も大きな傷を負っている現状で、どうして政府は「経費の一部を負担してもらう」とか「二度と同じような過ちをしないで欲しい」などと発言できるんでしょうか?

そりゃもちろん彼らは軽率だったかも知れません。救出のために大きな労力とお金も動いたことでしょう。助かったからいいものの、生命を落としていてもおかしくない状況だったんだから、それ相応の後始末なり反省なりはするべきだと思いますよ。でもそれはもっと後で話し合えばいいこと。

まずオイラは同じ日本人として、イラクの人々のために乗り込んでいくボランティアの皆さんに敬意を表したい。だって自分では絶対に出来ないことですよ。日本の国内で起こったとしても、自分は生命の危険を知ってまで、危険な地域に行けるか分かりません。事実阪神淡路大震災だって、オイラはテレビで状況を見ているだけだったし、募金さえもした覚えがないほどの利己主義者であることを告白します。そんなオイラは彼らに対して、自分が絶対に出来ないと思っていることを、自らの意志の力で成し遂げようとした行為に対して、ただひたすらに敬意を表すだけです。

もっと身近な話を考えてみます。
電車に乗っていて、座席に若者が座っていたとしますよね、それも相当ににガタイのデカイ、いかにも血の気の多そうな、ケンカっぱやそうな若者。しかも3人!彼らが7人掛けの座席を3人で大股開いて占拠している車両に居合わせたとします。ね、もうこの時点で「あー嫌な車両に乗っちゃったナー。次の駅で隣の車両に移るかナー」なんて考えるよ。オイラは。

で、その若者の前に、老夫婦が立っていたとして、あなたならどうしますか?「席を譲りなさい」じゃなくていいですよ。「少し席を詰めれませんか?」と提案するだけでいいんです。できますか?オイラは出来ないかも知れない、いやいや、きっと出来ません。怖いもん。しかもそのときにオイラは出来ない理由を正当化しようと頭の中をめぐらすでしょう。
「おじいさんとおばあさんだって、あそこに座りたいとは思わないだろう」
「ホントに座りたかったら、譲ってくれそうな人の前に立たなきゃ。」
「それにもしかしたらあの若者だって座っていなければいけない理由があるのかも知れない」

などと並べ立て、「そうだ、明日のために譜面に目を通しておくつもりだったんだ!」と、おもむろにカバンの中からやっと探し出した楽譜を、いつもより増して眉間にシワをよせながら、読みふけったりしますよ。ホントに恥ずかしいけれど。

もしそのとき他の誰かが「君たち、お年寄りを座らせなさい」と言ったら、どうなるでしょう。結果若者が逆ギレして、車内で暴力事件になったとしたら、「だから無闇に正義感だしたらいけないんだよ」って、オイラは思うのでしょうか?

彼らボランティアの人たちは、きっと自衛隊のみなさんよりも純粋な気持ちと奉仕の気持ちを強く持ってイラクへ行った。自分の親戚でも、同じ国民でもない人たちが嘆き叫んでいる現場へ行かずにはいられなかった。誰かが困っているのを見過ごせなかった人たちが、今帰国して同じ国民からバッシングを受けて苦しんでいます。家族でさえ敵に思えるほどの、いたたまれない状況に置かれているのではないかと思うと、いたたまれない気持ちになります。

イラクの人たちは、アメリカ撤退を世界に訴えているだけに思えます。彼らからしたらアメリカ軍は無差別に人を撃つ悪魔にしか見えない状態がずっと続いているんだと想像できます。民主主義を確立するため?嘘でしょ単に選挙とアブラが欲しいだけの行動であることは、全世界の人が知っていることです。日本政府が拉致被害者に対して「自己責任といえども、謹んでいただきたい!」と声を荒げるのは、被害者が出てしまった後の支持率と選挙の行方が怖いからだということを、僕らはわかっているべきです。政府は、渡航の自由を認めている時点で、あらゆる手だてを講じて人質救出するのは義務ですから、それを「こんなに多くの人に迷惑をかけて!」と政府が言うなんて!!

日本人はアメリカといういじめっ子にいじめられた記憶から、今も引きこもりなんでしょうか?世界のどこかで起こっている悲しい出来事を、自分のことのように受けとめることの出来る人たちを、責めるしか出来ないんでしょうか?そうだ、自分のこととして考えなければいけません。他人や政府のせいにするのは簡単です。オイラは何を愛しているのか?愛しているものを守るために、生命を張れるのか?

イラクの皆さん、僕らの誇りである優しい人たちが、風を感じて草花を見て「嗚呼、美しいな」って思える明日は一体どこにあるのでしょう?

考えよう、考えよう、考えよう。

考えましょう。


2004.4.13 オイラ「久しぶりに2」

<前回の続きです>
今年から定期的に再開しているうんざりリハです。

目的は「ライヴをするため」あるいは「ライヴをしたくなるため」ですが、僕らが今やる必要のあることは、今までのプレイと曲を思い出しながら、過去と現在のギャップを埋める作業でした。

みんな確実に年を重ねていて、どうあがいても5年前の体力やパワフルなステージは無理です。今までの作品は当然そういうパワフルなステージを想定して音作りをしてきていますから、「昔みたいにいかない!」という現実と直面しながら、新しいこれからのスタイルを模索しなければならないわけです。もちろん四六時中リハの最中に、そんなことを念頭に置いてやっているわけではないんですが、その作業をしないと、今までのライヴ経験だけを糧とした、回顧主義的なステージにしかならない。僕らが演奏することで、聴いてくださっている皆様に何をどう伝えたらいいのか?活動再開したときに「やっぱりうんざりはいいねー!!」って楽しんでいただくためには、イメージの共有とブレの修正が必要です。

しかしこれがなかなかうまくいきません。たとえば1年ぶりに田舎のおばあちゃんに会ったとするでしょ?最初こそとまどうにしてもすぐに方言でしゃべりあったりするじゃないですか?あるいは同窓会に行くと、最初みんなの姿や老けた顔にショックを受けるけど、間もなくして昔の関係に戻れたりしますよね?学生生活がつい昨日のような感覚に思えてきて、懐かしくハナシをしたりして。だけどおばあちゃんは子供の頃よりずっと弱々しくなっていたり、密かに憧れを抱いていた女子がぷくぷくの巨漢に育っていたり!昔の自分に戻る感覚と、現実の間でギャップが巻き起こす脳内パニックを処理していかないと、「あー年はとりたくねぇーなー」とただひたすらに感傷的な気分になって黄昏てしまいます。
今のうんざりリハはそんな状況によく似ているんですね、昔気持ちよかった感覚が取り戻せないジレンマや、やっぱり気持ちいいよねーと簡単に上手く行く部分のギャップを見逃さないようにして、今の僕らのいい部分を認識して磨きをかけること。そうやって少しずつ新しいスタイルを増やしていくためのリハであると言えます。

一番シンプルで手堅い方法は、レパートリーの中でも十八番ではない、あまりステージでの場数を踏んでいない曲、あるいはまっさらの新曲に取り組むことだと思います。

そこで最近は主に新曲に取り組んでいます。これは今までとちょっと違う編成の作品で、オイラはこの曲を通して、うんざりの引き出しを増やしたい、そう思っています。そして先日のリハで、オイラはやっと同窓会のような感覚から抜け出す光明を見つけたような気がしました。それがまだなんなのかまったく見当がつかないけれど、変えないことを恐れず、変わっていくことを楽しんでいくための土台を作り出せるスタート地点に、やっと立てたような感覚を覚えました。

ここで突然ですが今年の最初のトークを引用します。

---例えば病気にかかったとき、ある人に言われた「大丈夫!」。この一言で心穏やかになり、さらには病気に負けない気力が戻ってくることありますよね。ある人が言ってくれたこの言葉が本当なのか、単なる励ましなのか、そんな勘ぐりさえ馬鹿げている『強さ』を感じたとき、その言葉は沁み入っていくのではないでしょうか?そしてその人の言葉に感じることの出来る『強さ』こそ、オイラが今年考え続けていきたい風の流れの全てであると思います。----

『強さ』。これこそが今のうんざりの最大のテーマであり、目標であることを改めて思います。そして時間をかけて積み上げたうんざりの強さを、ステージにつなげたいと思います。聴いてくださった皆さんと僕らメンバーが「大丈夫!」と胸をドンッと叩いて委ねあえるような関係をステージで築けたら、どんなに素晴らしいか!すべてを受け入れるホスピスののようであり、血が騒いで誰にも止められない子供のようでもあるステージを目指したい!まだまだホントに些細な感覚だけど、オイラはちょっとだけ、「うんざりライヴ」が過去のものから未来の目標へとシフトチェンジができた気がしています。


2004.4.11 オイラ「久しぶりに1」

ひさしぶりに、最近のうんざりについて少々語りたいと思います。

2月、3月には『どんぐりパーカッションズ』としての活動をレポートいたしました。もちろんこれもうんざりの姿に変わりはなく、うんざりのメンバーでしか出来得ないコンサートを創りあげたつもりですが、どうしたって『どんぐりパーカッションズ』の枠内のこと。

そう考えると去年の8月に行った、福井県武生でのライヴレポート以来、このページではうんざりについて触れず語らずだったんですね。まったくなんのためのページなんでしょか(^_^;)!!

今回うんざりについて書こうと思ったのには当然ながらきっかけがあります。先日のうんざりリハでオイラはかすかな --実感とも言えないほどではあるけれど-- 手応えのようなものを感じることができたからです。

ハナシが見えない文章ですね、ごめんなさい。なんせずっと語っていなかったもんですから時間軸がメチャメチャなんだな、反省。少し整理いたします。

去年の年末に、うんざりメンバーで話し合いをしました。珍しく真剣に意見を言い合うミーティングでした。うんざりというユニットがそれぞれのメンバーの中でどういう位置づけなのか、また逆にそれぞれのメンバーから見て、うんざりというユニットはどういう存在であるのか。話さなくても分かり切っているようなお題目を話し合いました。
正直オイラはとても怖かったんです。みんなが違う世界を見ていることが白日の下に曝されてしまったら、この先どうしたらいいんだろう?と考えると、これすなわち「見解の不一致」「思考停止」を経て「事実上の解散」という結論も十分考えられるお題目ですから。

メンバーから浮かんできたキーワードはたくさんあったんですが、オイラが恐怖し、心配していたような方向にはいきませんでした。つまりみんな同じ事を考えていることを確認できました。うんざりが持っている、あるいは無くしてはいけないSPIRITを、全員が欲しているんじゃないか? 無論結成した当初とはまったく異質の情熱と、今までのいけなかった部分、それぞれに傷も負っていることもにわかに浮かび上がったことも事実です。だけどすべて無駄ではなく、うんざりが獲得してきたすべてのものにプライドをもっているから大事にしているSPIRITが、色褪せず、逆にそれぞれの胸の中で成長していることを確認しあえました。

うんざりはこの数年間の、あまり活動しない、言い換えると意欲的ではない期間を通して、多くのものを見つめ直してきました。そしてメンバーの気持ちを確認することから、今までにない強さを実感するに至っています。

「必ず、自主ライヴをやろう。」

これがそのときの話し合いの結果となりました。単純明快な答えを導き出すのに数年かかったけれど、僕らにとって深い重みのある中身の濃い結果です。「じゃあすぐにでもやればいいじゃない」と思われる方もいらっしゃるだろうし、そういう意見も出ましたが、僕らはリハを重ねて気持ちのいいタイミングが来ることを待つ選択をしました。それまでリハを重ね、話し合いを重ね、一緒にメシ食ったり遊びに行ったりする時間を大事にしていこう。焦らなくてもいい強さと信頼を持って、これから望んでいこう。そういう気持ちで今年に入ってから、決して多くはありませんが、時間を見つけては音を出すというリハを重ねている最中です。

そんな経緯から始まっている今年のうんざりリハ。先日のリハでオイラはやっと少しだけリアリティを感じ始めた、そんないい気分になっているんです。

<続く>


2004.4.06 オイラ「センセー2年目の抱負」

新年度が始まりました。社会人の皆さんはとっくに仕事が始まっていますね。学生の皆さんはもうすぐ新しい環境での学園生活がスタートします。別れの季節でもあり、出逢いに胸膨らませる季節でもある日本の春。

オイラの生活の中では今まで新年度という感覚はほとんどありませんでしたが、この春はちょっと学生に戻ったような感覚で春を迎えています。というのも、昨年度からある音楽高校で、打楽器の講師を務めはじめたからです。手探り状態の中、やっと1年間が終わりました。

昨年度まではオイラ、ほとんど個人的に生徒を持ったり、人にレッスンをすると言うことはしていませんでした。レッスンしてほしいと依頼があっても、仲間の誰かにお願いしていましたが、環境の変化でしょうか?昨年度は音楽高校の講師以外にも数名の生徒を持って、レッスンするようになりました。今年度もそのまま続いてレッスンを続けていくことになっています。

今まで生徒を持ってこなかったのは、オイラが飽きやすいというか、生徒よりも自分のことに興味が集中していたからだと思います。集団レッスンや1回だけの指導は全然苦にならないのですが、通年通して面倒を見なければならないと言う、ある種強迫観念にも似た状態に縛り付けられることがすごく面倒に感じていました。「人に教えるくらいなら、自分の練習するか、ネッコロがっていたほうが有益だ!」くらいの勢いです。

1年前、オイラにとって大事な人からの依頼で、引き受けさせていただいたことから始まった「先生」という立場ですが、そういう訳で去年の今頃なんか、ものすごく面倒なものを背負ってしまった気持ちに、心身共にだるくなるような春を過ごしていたわけです。

しかし、年間通してレッスンをしてくると、生徒というのはみんな可愛いものです!大体において最初は生意気なやつらで、教えたことは覚えてないわ口の聞き方は馴れ馴れしいわ、オイラが言っていることをほとんど理解しないで結果ばかり追い求めようとする奴等に、ムカつきイラだち「あーめんどくさー」と思うことこれ毎回。下手っぴなのに「自分はレッスンを受けている」というだけで上達したような気分になってんじゃねーぞっコラァ!と感じないレッスンはなかったくらいに感じていたものです。っていうか今でも変わっていないと思いますが(笑)。

そんなレッスンの中で、「僕はタイコが好きです!」「もっと上手くなりたい!」という純粋な気持ちが生徒から発せられる瞬間が、少しずつ増えて行くんですね。決して上達していないし、態度もデカイから、「もう止め止め!」と言いたい気持ちはいつも喉元で待機していることに代わりはないけれど、彼らは自分の気持ちを表現することが、タイコを叩くよりも100万倍へたくそなんだと気付くと、その瞬間オイラとの関わりにおいて、最初の扉が開くことになります。

レッスンにつきたいとか、音楽高校に入学してくる生徒たちは、今までは周囲から『タイコを叩くのが上手な子供』だったんだろうし、「お前の演奏は駄目だ」なんて言われた経験自体がないのかも知れません。そいつらが「まてよ、自分はもしかしたら全然へたくそなのか?」「俺はイチローでも中田でもないんだ」と気付いて、音楽を演奏すると言うことに対して、自分の真ん中で一生懸命受けとめようとする気持ちになって初めて、もっと広い世界に目が向いて行くんだと思います。

これから先、音楽を続ける限り、いやいや人生を送っていく限りこの気持ちの連続こそが成長する鍵なんだと思います。本当の挫折や屈辱、そして至極の笑顔はまだまだオイラだって味わっていない。逃げないで考え、行動することが活きるための唯一の方法かも知れません。

「おい、ちょっと上手くなったな」 「えっ、マジで?」という表情、自分が上達していることに気付かないくらい踏みしめてきた一歩一歩は、生徒たちに極上の笑顔をプレゼントしてくれます。あの笑顔が見たくて、あの笑顔があることに気付いたからオイラはこれからもレッスンを続けていきたいと思っています。彼らよりもオイラの方が学ばせてもらってきたこの1年、新年度になった今、ちょっとだけ振り向いて、またこれから一心不乱に生徒たちと向き合っていこうと思います。


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