1999年9月のトークページです。

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最新のトークはこちら。

9/1

オイラ

「原爆資料館にて」

9/17

オイラ

「カリスマミュージシャン」

9/4

オイラ

「タブー」

9/18

オイラ

「JPCの思いで話」

9/5

オイラ

「うんざりケーキ」

9/19

オイラ

「うんざりの色」

9/8

オイラ

「休養宣言」

9/21

オイラ

「今日の出来事-リハのはしごで疲労困憊-」

9/9

オイラ

「明日から合宿に行ってきます」

9/23

オイラ

「ナーヤとかぐやみっちりリハ」

9/10

オイラ

「麻薬とモラルと音楽家」

9/24

オイラ

「作品は大事な仲間」

9/11

オイラ

「毎晩飲み会」

9/25

オイラ

「海外の友人より」

9/14

オイラ

「学生達へ」

9/27

オイラ

「もっと知りたいこといっぱい」

9/15

オイラ

「僕らの夜想曲に想う」

9/28

オイラ

「このページについて」

9/16

オイラ

「ケラタウレス・マグヌセディウス」

9/30

オイラ

「これ以上」

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1999.9.30 オイラ「これ以上」

今日は(も)大きなニュースがあり、憂鬱です。ライヴについての話も書きたいですが、今日はニュースの話です。

茨城県東海村の放射能処理施設で放射能漏れがありました。従業員の方3名が被爆し、現在危篤状態とのことです。

原子力発電についてはオイラは「絶対反対」です。
今回に限らず、今までの様々な事件のたびに日本の動燃(現在動燃は一応解体されてます。)には怒りを覚えます。

高校生時代に、原発の危険性を世にといたルポライターである廣瀬隆さんの本を読みあさった経験も影響してます(彼については賛否両論あることは承知しています。)。しかし、今回の事件でもそうだけど、なにかトラブルが起きたときに、今どこで何が起こっていてどうしなければならないのかという基本的な知識と、そのトラブルを最小限に回避するためのシステム作りが何もなされていないことが原発反対の最大の理由です。今回も事故発生後何時間も避難勧告が出ていません。

皆さんは原発や火力発電所で、何をして電気を作っているか知ってますか?

知らない皆さんはビックリすると思います。 お湯。お湯沸かしてんですよ!
原発も火力発電も、沸かしたお湯の蒸気でタービンをまわし、電気を起こしているんです。小学生の理科の実験でも出来そうな原理です。つまり、半減期(ある放射性物質の放射能の強さが半減するのにかかる時間)が数万年もする危険なモノを原料にお湯湧かしているんです。

そんなモノを日本中の風光明媚な海岸に建てまくること、お願いだからやめて欲しい。
死の灰の処理方法を完璧なまでに安全化する技術を開発するまでは、実験室レベルでの研究にとどめて欲しい。
原発のある地域に大地震が起こらないで欲しい。
原発で働く皆さんが、知らず知らずの内に危険きわまりない仕事をさせられていない事を祈るばかりです。

原発に関しては批判してもしたりないくらいの気持ちがありますが、それを正確な言葉にする文章力がないのでこれ以上書きません。それよりも現在も臨海点らしいというあやふやな現状がこれ以上悪い方向へ行かないことを願うばかりです。

放射能被爆は、確実に孫の代へ影響します。濃縮作用により、母体から赤ちゃんの体へ放射能は確実に移動します。食品であるたまご、木の実、果実も同様です。

ヒロシマのある日本。世界中が撤退している原発をむりやり推進する国日本。

日本中の人が「もう日本はダメかも知れない」そう思うと、きっと本当にそうなってしまうと思います。だからいつも希望や夢は忘れてはいけない。起こってしまったことを省みながら、苦い歴史を無駄にしない品格を持ち続けたいと思うばかりです。もうこれ以上何も起こるな!


1999.9.28 オイラ「このページについて」

毎日たくさんのメールを皆さんからいただいてます。
皆さんに簡単なお礼の返事は出しているんですが、ときどきメールアドレスが間違っているらしく返信できない方がいらっしゃいます。ごめんなさい。折角小さな勇気を出してメールやアンケートにお答えいただいたのに、なしのつぶてでは嫌な気分にさせてしまっていると思いますが、オイラはメールに関しては全てお返事させていただいてます。届いてらっしゃらない方、どうかご了承ください。そして出来ましたらまた、メールください。

最近は「チラシください」というメールが一番多いです。チラシはスケジュールのページに掲載してあるんですが、それでもあえて「欲しい」と言ってくださると、とても嬉しいです。
あとはこのトークに関してのご意見も時々いただきます。トークは本当にオイラが思っていることをつらつらと書きつづっているだけなんですが、皆さんに読まれていると思うと、「もっとわがままな意見を書きまくらねば!」なんて思ってしまいます (^_^;)。
過去のトークを読み返してみて分かりますが、ここの所特にシリアスな内容が多くなっているんですね、そんなつもりはなかったんですが。オイラが本音を吐ける場としてこのページが機能してきているんだと実感しました。

それにしてもこのページって、皆さんはどう思っているんでしょうか?皆さんに読まれるページだと再認識すると、意見を言うのにこんなに便利なページもないと思いつつ、こんなに卑怯な方法も他にないとも感じます。
だってオイラ(や他のメンバー)がここに書いたことは、あくまで独り言の範疇だし、たとえ間違ったことや心にもないことを書いたとしても、何の責任も発生しません。誹謗中傷はいけないけど、他に書いては行けない事なんてないんです。

「オイラさんのトークに書かれていることは、間違ってます。やめてください」
「そうでしたか、ごめんなさい。」

これだけで終わってしまいますよね。
オイラはこのページもライヴも、なるべくありのままの姿を出したいと思ってます。そのことでご迷惑をかける事なんてザラにあると思うけど、そうすることで成長していくうんざりと自分の姿を映し出していきたい、そう考えてます。

他のあるミュージシャンのサイトでは、実際にトーク(その人のページはコラムとなっています)に関して、新聞記者を名乗る人から反論、抗議のメールが来たそうです(確かあるコンサートについて「オレはアイツの演奏が嫌いだ」みたいな意見を載せたんです)。そのミュージシャンはそのことを同じトークのページで公開して、反論(表現の自由などを訴えていたと思いますが)していました。
逃げることもできるし、反論することもできる。掲示板のない「サイトうんざり」に限っては、このページをみにいらしてくださる皆さん方が横に繋がることもできない状況です。つまりオイラのトークに反論がある場合、オイラにメールを出すことしかできないわけですから、このページで発言すると言うことは非常にオイラ(やメンバー)に有利なズルい場でもあるんです。

掲示板の設置に関してはオイラは今のところ考えてはいません。他のページをみてもあまり有効に使われていると感じないし、何よりも掲示板に対してどういう意図で使われるのか?活発なページになるのか疑問がたくさんあるからです。
もし、皆さんの中で「掲示板を作って欲しい」というご意見がありましたらぜひともオイラまでメールください。「なるほど」と思えたなら、1通しかご希望がなくても設置いたしたいと考えてます。よろしくお願いいたします。

明日から怒涛のリハに突入します。でもまだやらなければいけないデスクワークもたくさんあるのでどうなるか心配ですが、出来る限りその日その日に感じた事をこのページにアップしていきます。また覗きに来てくださいね。


1999.9.27 オイラ「もっと知りたいこといっぱい」

新宿へ行きました。

今日は今度のライヴの衣装を探すために新宿へ出てきたんだけど、もうひとつ、オイラには大きな目的がありました。

10年ぶりに辞典を買おう!という目的です。それも国語(あるいは漢字)辞典。トークやプログラムノートを書いていると自分の知識のなさに情けなくなると同時に、もっと知りたいことがたくさんあるように思えてきました。

このページではオイラ、よく使う言葉に「唄う」がありますが、日本人の「うた」にはたくさんの意味があり、それに付随して漢字もたくさんあるんです。歌・唄・詩・謡・謳・詠・唱などなど。それぞれの意味が分かっているようで分かっていない。オイラの中ではそれなりの法則を持って使っているけれど、ちゃんと本当の意味を把握したいと思い、辞典を買いました。
新宿紀伊国屋書店には恐ろしい数の辞典が並んでいて、どれも一長一短。比べていると全部買いたくなりそうだったので、いそいそと気に入ったものをレジへ持っていきました。(ちなみに購入の決め手は出版社と検索方法です)

人間が人間であるという証は、「学習」なんですね。知らないことを知りたいと思う生き物のことを地球では人間というんでしょう。「勉強」っていうと強制的に知識を与えられる印象があるけれど、今まで知らなかったことが分かるとか、分かろうとするとき、人間は快感を覚えるんだと思います。「あるある大事典」しかり「ためしてガッテン!」しかり、報道番組やワイドショーネタでさえ、人間のそんな一面をうまくくすぐるからこそ、倫理などと言う理性に勝てない人類の40億年で培ってきた「知りたい」欲望を喚起させるんだと思います。

みなさん、SETIやヒトゲノム計画って知ってますか?ご存じの方も多いと思いますがチョットだけ説明します。
SETIはThe Search for Extraterrestrial Intelligence の略で、簡単に言うと「みんなで地球外生命を探そう計画」です。通信機能を持ったパソコンを持っている人(つまりあなたやオイラ)が任意で参加して、宇宙からの微弱電波を解析しましょうと言う計画です。パソコンを使っていない時間に解析をし、その結果をSETIのホームページに送るんです。まさにみんなで協力して人類の「知りたい」に挑戦する壮大な計画です。
ヒトゲノム計画は、人間の遺伝子30億個を世界各国の研究者が協力してひとつずつ解析していく計画で、これによって全ての病気の原因がわかったり、進化の法則が分かったり、医療全般が革命されると言われています。すでに計画が始まって7年経っているそうです。もしかしたら老化のプログラムも解明されて、人類は不老不死の生物になるかも知れませんよ!

この2つはとてもとても興味があるんだけど、まだ勉強不足で分からないことだらけです。勉強する時間もないけど、でも知りたい!裏ではいろいろあるかも知れませんが、インターネットの普及や科学の進歩によってもたらされたこの2つの計画は、お金儲けとか、地位名声とか、そういう次元の上の発想だと思いませんか?つまり、自分が知っていることをみんなで共有するということが目的の計画だと思うんです。知的所有権とか、著作権なんてことでもめたりしないで、みんなで協力して人類の「知りたい」を調べようとするなんて、ただそれだけで心踊る話じゃないですか!ね!

手塚治虫先生のまんがに「鳥のアンソロジー」というのがあります。
地球上でもっともすぐれた生物は鳥で、本当は鳥が人類になる予定だったのがヒトになってしまったのを見かねた宇宙人が、鳥に能力を与えて地球を支配させる話です。鳥達は最初ヒトのまねをしますが、貧富の差や階級制度、公害の問題にめざめ、全てを捨てる決意をします。似たような話は藤子不二夫先生のSF作品にもあります(こっちはゴキブリが地球に愛想をつかせて、冷蔵庫を改造した宇宙船で脱出する話)。

戦争のない平和な人類を本当に目指すのなら、捨てないといけないものがある。きっとみんなうすうす分かっているけど現状はどうにもならないんでしょう。台湾であんなに悲しい出来事があっても、神戸の時のように悲しみが深くない日本人イヤ、オイラがいます。恥ずかしいけど。
コンクリートに発泡スチロールや空き缶いれて水増しなんかしないで普通の技術でビルをたてたなら、たくさんの人が助かっていたかと思うと、お金儲けや貧富の差や、知りたいと思う気持ち、生きたいと願う情念、そんなものがオイラの頭の中で複雑に交錯している数日間です。

いつかみんな死ぬ。でも死ぬまで勉強。だって知りたい気持ちこそが生きてる証拠だもん。自分の可能性を知りたい、うんざりをもっと知って欲しい、どこまで出来るのかはきっと、死ぬまで忘れたくないオイラの生き方です。

辞典が自分の手のようになるまで使い倒して、オイラの大好きなオイラの音楽に活かしていきたいと心新たにした1日でした。


1999.9.25オイラ「海外の友人より」

先日1通のメールが届きました。

そのメールはアメリカからのもので、デモテープを売って欲しいという外人さんからのものでした。最初のメールでは「デモテープを売ってくれ。返事くれ」って書いてあるだけで(もちろん英語です)、名前も分からないものでしたので、嬉しい気持ちは半分であと半分は怪しいメールでは?との疑いの念でした。ウィルスメールではないらしいのでちょっと安心しましたが。

うんざりの仲間では陽子がボストンに留学していたので英語には強いんだけど、ちょうど今は長い演奏旅行に出ているためにつかまらず、JOLがオイラのメールを英語訳してくれました。メールの内容は、
「メールありがとう。君の希望に応えてぜひテープを送りたいと思っているが、君は名前も名乗らない不届きものだ!セキュリティのことでも気にしているんだろうが、もう少し詳しく君のことについて教えてくれ。大体サイトうんざりは日本語なのになぜ我々のことを知っているんだ?君は我々から見るととても怪しい奴だ。」(一部デフォルメ)

数日後、彼からメールが来ました。今度はとても丁寧なメールです。

「ハーイ、ワタシワ○○(名前)トイイマス。LAデサッキョクノ ベンキョーシテル ダイガクセイデース。ウンザリハ JAPANノ フレンドニ オシエテモライマシタ。 パーカッションノ キョクオ カクタメニ サンコウニシタイノデス。 オカネ、ハラウヨ。」(一部デフォルメ)

メールに書いてある彼の住所に近々テープを発送します。お金はどうしようか(ドルでもらうか円でもらうか)決めてませんが、悪用される(悪用しようがないけど)こともなさそうだし、高額なものでもないので送ろうと思います。彼が喜んでくれるといいんだけど。

メンバーの会話
けいこ「海外にテープが渡るなんて、すごいね」
オイラ「もしかして、アメリカから仕事来るかね?」
全員「来ない来ない(笑)」
ポカ「金額どうしようか」
オイラ「手間かかるから10ドル」
JOL「それじゃ高くない?」
ポカ「じゃ、うんざりシールもつけてあげよう!」
オイラ「なら25ドル!」
JOL「なんでやねん!!」
けいこ「おまけにうんざりうちわもつけよう!」
オイラ「OK。それで70ドルね」
全員「かんぱ〜い!!」

メールやインターネットのおかげで、こうして見ず知らずの方々にうんざりを知っていただくことが出来るのはとても嬉しいし、幸せな気分です。デモテープやチラシ希望のメールもたくさんいただいていて、本当に嬉しい。相手の顔や年齢や性別までもわからないけれど、うんざりを応援してくださる方が少しずつでも増えていくのを実感として感じます。メールくださった皆さん、本当にありがとうございます。
デモテープやライヴを聴いてくださったら、僕らはもう友達。そんな気分ですよ。

だから今度のライヴも友人をたくさん招待したパーティみたいな気持ちの高まりを感じてます。そしてまた新しい友人に出逢える。アメリカの彼にも、いつかは「生うんざり」聴いて欲しい。

まだまだ精進しなければいけないことがたくさんあるけれど、皆さんの事を考えると苦しみも喜びに感じることが出来ます。当日までがんばります。
皆さんはうんざり4人の顔が浮かぶでしょ。僕らもステージから皆さんの顔をしっかりと見ながら、一緒にいられる時間を楽しみたいと思います。その気持ちを100%音にのせられるように今日も張り切ってます。
皆さんに尽くす気持ち。僕らのたくさんの想いを受け止めてください。


1999.9.24 オイラ「作品は大事な仲間」

久々に大遅刻ぶっこきました (^_^;)。

でもおかげさまでオイラは昨日とは雲泥の差で元気なリハが出来ました。
代わりにオイラの遅刻のために2人で楽器を移動しなければいけなかったJOL&けいこには悪いことをしました。ごめんなさい。

SSMの優美(ビデオ係をしてくれます。ちなみに昨日はキクが来ました)がお手伝いに来てくれました。なんと夕食の差し入れを持ってきてくれました!!いつも手作りお菓子とか持ってきてくれるんだけど、今回はおこわと肉団子と漬け物と野菜の煮物とゴマプリン!特に今日はオイラが寝坊したこともあり時間が足りなかったので、夕食を買いにいく時間が省けてたすかりました。美味しかったね。(残念ながらむさぼり食ったので写真に収めるのを忘れてしまいました。ゴマプリンだけお楽しみを)

今日のリハは昨日に引き続き、曲ごとに細かい練習を重ねた後に2nd の通しリハをしました。
今回のライヴにおいて、今までともっとも違うのは作品に対する意識です。今まではメンバーそれぞれが唄うための素材だった作品ですが、今回はその作品にある唄を活かすことが重要になっています。つまりうんざりの作品もメンバーと同等の仲間である、という意識を持って演奏しようと思っています。

メンバーの個性やキャラクターは皆さんに受け入れられ始めていると思ってますので、今度は作品のキャラクターを磨き上げることに重きをおいているつもりです。ライヴの流れを構築した後にパーツとしての作品を差し込むという発想ももちろんありますが、その中で各楽曲が輝くことが今度のライヴのカギであり、目標です。

残り少ない時間でどこまで達成できるかはこの際関係ありません。僕らは今の僕らを飾らずにさらけ出す以外にないからです。必要なのはイマジネーションと唄。すでに作曲者のオイラの手を放れて成長し続けている作品を生命宿る存在として受け入れることがどこまでできるか?今回の僕らのチャレンジは渋いけどやりがいのあるものです。皆さんにステージの上から伝えたいことがまたひとつ、増えた気がします。

時間はあらゆるものを歩かせる。
止まっているように見えてもそれは確実に歩いている。
移動するものを移動しながら見つめるとき、「先入観念」ほど邪魔なものはない。
「先入観念」も時間によって歩かされているのだから。

明日からしばらく休日のオイラです。プログラム作りに励もうと思います。


1999.9.23 オイラ「ナーヤとかぐやみっちりリハ」

今日は小平でリハでしたが、お彼岸のため小平駅周辺道路は大渋滞でした。いつもお墓参りのシーズンは小平霊園へ向かう人の波で道路も駅も混雑します。オイラは実家からリハ室までは車で2分なのに、今日は10分かかりました(それでも10分だけど (^_^;)。JOL&けいこはさぞ大変だったでしょう)。

昨日【ケラタウレス・マグヌセディウス】ライヴだったこともあり、体が疲労していたために今日は終止ゆったりとしたリハとなりました。この先だんだん殺気だってくる直前の静けさのようなリハです。
ですので、激しく汗をかきながらのリハではなく、細かい部分について曲をいじっていきました。主に「ナーヤの贈り物」と「僕らのかぐや姫」について、細かい作業を重ねました。昨日のライヴは当日譜面が来て1回リハで本番なんて曲もあるようなステージでしたが、うんざりは本当に1曲ごとに無駄な時間をかけます (^_^;)。「ナーヤの贈り物」は3、4時間かかったと思います。バチの選定やニュアンスの試行錯誤、正直言って無駄なんですが、うんざりにしか出せない音を創るためには絶対に欠かせない時間です。また、この曲は暗譜が非常に大変らしく(レパートリーですが、今回は全員パートを入れ替えたために暗譜のし直しを強要しています)、みんな四苦八苦しています。オイラのパートはまだ楽器も決まってません。

「僕らのかぐや姫」はタイトルのもとにもなっている今回の新曲です。この曲も実に繊細な仕上げを必要とする曲です。今になって創ったことを後悔するくらい (^_^;)。テンポも絶妙に嫌な感じだし、ストーリー展開をしっかり把握して音を出さないと単なるサンバ・ボッサになってしまいます。音色、リズム、グルーヴ感すべてにこの曲のためのオリジナリティを植え付けたいと思うんですが、遅々として進まない感じです。決して焦らず、目指す音に近づけていかなければ!

明日もリハです。今日はこの辺でお休みなさい。


1999.9.21 オイラ「今日の出来事-リハのはしごで疲労困憊-」

すいません。疲れちゃって、何が言いたいんだかトークです。ご了承の上よろしくお付き合いのほどを。

今日のうんざりリハは小平が押さえられなかったので、井草(荻窪のちょっと北)にあるコミュニティセンターでおこないました。たまに別のスタジオでリハをやると小平のありがたみが心底しみますよ。僕らは搬入する楽器がハンパじゃないのでよ〜くわかります。

練習室は楽器の出し入れや使い勝手なども重要だけど、一番大事なのはやはり「出音」です。その部屋の形状や天井の高さ、吸音材や床材によって決定しますが、今日の練習室はどの楽器も聴こえやすく、ストレスのたまりにくい部屋だったので助かりました。今度のライブは直前3日間がこだいらでなく、けいこちゃん以外初めてのスタジオにこもるので、そこでどのくらいストレスを溜めずに詰められるかが心配です。
話がそれました。要するに今日は初めてのリハ室にも関わらず、アンサンブルがしやすかったのでいいリハができました。そうそう、これが言いたかったの!

今回のライヴでオイラが狙おうとしているコンセプトについて、メンバーは良く理解してくれています。だから今日は新曲や、最近ご無沙汰で大味な演奏になっている曲を中心に細かいリハをしました。特にライヴ冒頭からの5曲はそれでひとつの「うんざり的交響詩」というか(大げさだなぁ、表現が。)それぞれの曲に流れている物語をオムニバス風に並べることで、ひとつの大きな世界を醸し出したいと思ってます。「夜、星空と共に訪れる遠い記憶」とか、「別れた人のことを独りで思う時間」、「静かな闇の中で躍る心」、そんなストーリーを重ねることで、ひときわきらめく「夜想曲」を創造しようと思ってます。この最初の5曲はうんざり的ではなかったり、安易な解決法に傾きそうになりますが、そこを何とかこらえてうんざり独特の世界を展開したいなぁ。

リハの後半は2nd Stageを仮通ししてみました。全体的にやや重い印象が残ったかな?いつもの激しさが影を潜めすぎているかも知れません。録画したビデオを見て手直しをしていきます。

それでも今回はオイラの中でさほど迷わずに全体像が創られていますので、おおきな変更はないでしょう。今日の感じをスタートとして、演出などでいじるのではなく、「唄」を磨いていけたらと思います。

★明日は先日のトークでもお話ししました、【ケラタウレス・マグヌセディウス】のライヴです。オイラはうんざりリハの後、21:30からそちらのスタジオへ向かいました。他では聴けない楽器群でのセッションです。どうなることやら。楽しみでもあるけど今は不安と疲労のなか、困ってます (:_;)。
良かったら来てください。19:00、BUDDYです。


1999.9.19 オイラ「うんざりの色」

最近やっと曲創りの欲望が戻ってきました。

「僕らのかぐや姫」以来、野外ステージやその他のことで忙しく、気持ちもずっとプレイヤーモードなために曲のイメージが浮かばない時間を過ごしてきました。子供たちのための打楽器アンサンブルは書き上げたものの、うんざりの新曲として使いたいフレーズやイメージは何一つ出てきませんでした。

毎年秋から冬にかけて、オイラは作曲モードに陥るんです。今年もその波が近づいてきているのを感じます。電車に乗っていたり、自転車で鼻歌を歌ってたりすると、たくさんフレーズが浮かんでは消え、形を変えては消えるようになってきました。こんな時のためにちいさな五線紙ノートを持ち歩いているんだけど、メモする前に忘れてしまいます。もっと強い唄が浮かばないと。

オイラの音楽活動はいつでも映像と結びついています。演奏にしろ作曲にしろ、いつも映像があります。たまに匂い(薫り)のときもありますが、ほとんどが映像を音として具現化するための行為が音楽活動です。
幼稚園のころ絵画教室に通っていたことも原因だと思います。小学生までは毎日絵を描いてました。
マンガも大好きで、よく描いていたのはロボットや宇宙戦艦ヤマトに出てきそうな戦艦です。あ、あと野球場もよく描いてた (^_^;)。野球場はその頃横浜球場が新しくなったり、近くに西武球場ができたことで興味を示して、こんな球場があったらかっこいいのに、っていう球場をよく描きました。自分が監督になったチームのロゴマークも描いたりしたなぁ。

映像も音楽も素敵なところは時間が経つと変化することではないかと思います。CDやビデオではなくて、頭に記憶された映像や音楽のことです。逆に言葉は変化しません。言葉の場合はその言葉の持つ意味自体が変化することが素敵ですね。昔おこられた先生の言葉の意味が、今の年齢になってはじめて分かったり出来る。

「青」、オイラは名前が「まさお」だからなのか、色は青が一番好きです。この青ひとつとっても表現するとなるとのたうちまわるほど大変な作業です。

最近知りましたが、日本人の青と欧米人の「ブルー」には大きな相異があるようです。

日本人の「青」とはすなわちいきいきと育つ様とか、若いという意味が含まれています。青物野菜なんていうでしょ。青々と茂った森とか、青リンゴ(英語だとグリーンアップルでしょ)とか、青二才とか。でも植物は緑じゃないですか?本当は。子供の頃は「マサオ、信号は青になったら渡るんだよ」なんて両親に言われても、「信号は緑じゃないの?」って思ってました。そんな経験ありませんか?
欧米人の「青」は植物ではなく、水から来ていることが多いようです。海の色から連想されることが多いんでしょうね、きっと。
日本にはたくさんの青があります。藍、蒼、碧などなど。だけど緑は少ないんです。もともと緑は青に含まれている色でしたから。
色について詳しく知りたい方はどうぞ勉強してくださいね。オイラもよく知りませんので。

つまり、色一つ取っても人によって違う訳ですね。その人が生きてきた道筋によって感じ方も違う。ということは昨日まで綺麗と思っていた色も今日になったら不快に感じることもあるでしょう。そこにはきっと辛い思いでが伴っているんだと思います。
曲にもそれぞれ固有の色が存在します。少なくともオイラの曲はそうです。もちろん時間経過と共に変化することもよくあります。うんざりの曲はライヴを基本とした曲創りをしているので、前後の曲によって色を変えることもあります。いずれにせよ、そこで具現化したい色をどこまで具体化するか?どこまで抽象的に残すかは大きなテーマです。

今度のライヴは「夜」。オイラの夜のイメージはそのまま青につながります。青という色の持つ深さや強さ、宇宙や闇にもつながっています。この色をどう表現するかをずっと考えてきました。
先日のリハでその全体像がつかめそうなところまでイメージが固まりました。少しずつ他の色も混ぜながら深くて薫り高い「夜」になればと思ってます。ホントはエロティックな部分も欲しいけど、うんざりはねぇ〜そういうの一番苦手なので (^_^;)。

皆さんも好きな色、自分にない色、自分のなりたい色、考えてみてはいかがですか?


1999.9.18 オイラ「JPCの思いで話」

日本最大の打楽器専門楽器店のジャパン・パーカッション・センターのコンサート情報のページに、うんざりライヴの日程を入れていただきました。まゆみさんありがとうございます。

というわけで今日はJPC(ジャパン・パーカッション・センター)の話題。

JPCはオイラ中学生の時から行ってます。まだ右も左も分からない、とにかく部活で太鼓をたたくことが大好きだった頃、中高吹奏楽部員に人気のある「バンドピープル」という雑誌(残念ながら今年の3月を持って廃刊)にJPCの広告を見つけました。

浅草にあるその楽器店は、パーカッションのみを売っているという、信じられないものでした。だって楽器屋さんっていうのはピアノがグランドとアップライトと1台ずつあって、バイエルとかブルグミュラーなんていう楽譜がずらりと並んでいるところだって思ってますもん、小平の青少年たちは。んでレジ横のちいさなスペースに飾りとして、タンバリンやトライアングルが置いてあるくらい。スティックは近くのレコード屋さんで買っていたのを覚えてます。
それがですよ、よりにもよって打楽器だけ売っているなんて、商売になるんかいな?って半信半疑でした。しかも場所は浅草。意味もなくその歴史ある地名に「いかがわしい匂い」を感じずに入られませんでした。

1ヶ月ほどたった日曜日に意を決してJPCに行こうと決めました。
それは当時のオイラにとっては大冒険ですよ。ひとりっきりでいかがわしい匂いのする打楽器ばかり並んでいるお店に行こうというんです。前の日は興奮してました。
JPCの電話番号をバンドピープルから控えてくるのを忘れてしまったので、104に電話して聞こうと思いました。たしか最寄り駅は「田原町」だったよな?

「もしもし、あの〜、打楽器ばっかりうっているお店なんですけど〜。じゃぱん・ぱーかっしょん・せんたーっていうんです。」
「ご住所はどこですか?」
「え〜っと、最寄り駅は【たはらちょう】です」
「・・・・そんな駅はありません。」
「ええ!!」

結局電話番号は分かりませんでした。【たわらまち】が正解なんです (^_^;)。いよいよもって不安に襲われ、眠るどころではありませんでした。お金はいくら持っていくといいんだろう?何か買いたくなったらお金ないとこまるし、でも恐い人に取られちゃうかもしれないし。

朝早起きして行ってきました。いまではビルの2階から6階まで楽器で溢れていますが、当時は2階だけでした。田原町で降りると、看板をすぐに発見しお店に入りました。
最初に目があったのはヒゲを蓄えた悪役商会なみの人相を持つおじちゃん。売り物のコンガをポコポコ叩きながらオイラに「ヨォッ!」って声かけてきます。「変な客だな〜やっぱり。やばいなぁ〜」このおじちゃん、店員らしいことに気付きました。この方こそ現在高円寺でプロフェッショナルパーカッションという楽器店の店長である、貞岡さん(5月のライヴレポートに写真掲載してますよ!)だったんです。

レジの中には相反して優しそうなお姉さんがニコニコと迎えてくれました。今もJPC4階のエスニック・シティで働いてらっしゃる、まゆみさんです。オイラが珍しそうに店内を歩き回っていると、

「君、このお店はじめて?」
「は、ハイ。(おいおい、ここはキャバレーかい!)」
「そう、打楽器やってるの?中学生?」
「はい、まぁ、そうです。」
「ねぇねぇ、よかったら会員にならない?」
「え!(とうとう本性見せたな!その手にはのらん)いや、いいです。」

まゆみさんの会員勧誘の言葉にビビり、一目散に帰ってきました。怖かった!
でもJPCの店内は衝撃的経験でした。スティックは束で置いてあって(レコード屋さんは綺麗に1組ずつビニールに入ってる)、はかりも置いてありました。自分でスティックの重さを調べることができ、また試奏もOKだったんです。商品なのに、商品なのに、商品なのに!店員が叩いているなんてことも信じられない出来事でした。オイラのうちは昔呉服屋だったんですが、お客に売る前に着物着て躍る店員さんなんて見たことなかったから。

数カ月後、ちょっとだけお金を貯めてまたJPCに行きました。自分にあったスティックの選び方を勉強しての御入店。今度はお姉さんだけ店内にいました。

「こんにちは。あ、君前に来たことあるよね?」
「!!!!覚えてるんですか!!?」

お姉さん(まゆみさん)は何カ月か前に来て、逃げるように帰ったオイラを覚えていてくれたんです。大感動でした。これで勝手にこのお店が大好きになってしまい、そのあと何か困ったことや相談があるとまゆみさんや貞岡さんに逢いに、浅草へ行くようになったんです。もちろん、その日すぐに会員になりました。

先日久しぶりに行ってきました。シンバル3枚とヘッド6枚買ってきましたが、昔に比べるとお店自体がデカくなったために、オイラが中学の時に感じたあのいかがわしさがなくなり、ちょっとだけノスタルジーです。お店の皆さんも愛想が良く、感じの悪い人はいないんですが「タイコが好きだからタイコを売っている」雰囲気が何一つ匂わなくなっているように感じました。仕方ないのかな?

あの時出逢ったまゆみさんと貞岡さんは、今でもオイラやうんざりを気にかけてくださっています。本当に嬉しい限りです。みなさんも是非一度、「タイコばっかり売っている楽器屋さん」、出かけてみてください。楽しいですよ!

JPC 03-3845-3041 
 営団銀座線「田原町」駅下車徒歩1分
プロフェッショナルパーカッション 03-3314-6811
 JR中央線「高円寺」駅南口下車徒歩10分(来月移転予定です。注意)


1999.9.17 オイラ「カリスマミュージシャン」

今日は山形から帰ってきました。
一泊だったので、サクサクっとしたものでした。

仕事柄、演奏旅行は多いんですが、やはり夏は毎年各地へ飛び回ってます。今年はおそらくこの旅行でおしまいだったと思います。妙高高原、志賀高原、徳島、松山、広島、岩国、山形etc.。今年は沖縄にも行きました。ちょっと羨ましいでしょ!実は観光なんてほとんど出来ないけど、いろんな地方に行くのはやはり楽しみでもあります。いつもと違う空気をすうことで生まれた曲も少なくありません。昨日は米沢牛の美味しいお店へ行っちゃいました!

話題大転換。

「カリスマ美容師」。変な言葉だと思いませんか?「カリスマ美容師、無免許で指導」、これも何だか笑っちゃうくらい変だよ。ははは。カリスマの意味についてオイラ良く分かりませんが、昔の独裁的政治家の名前でしたよね?確か?彼の名を取って「カリスマ的」というようになったんだと思うんですが、どうやら原宿界隈にはそのカリスマさんがたくさんいらっしゃるようで、不思議な街です、原宿。そのうち「カリスマ寿司屋」「カリスマ保育園」「カリスマ病院」も続々登場することでしょう。

美容師免許を取得していないままに有名人となり、高額な料金でヘアーカットをしていたのはまずいことだと思います。皆さんの中には「実力があって、それでお客さんが満足するのならいいんではないのか?」と思う方もいると思います。オイラもそう思いますが、美容師さんは理容師さんほどではないにしても人に対して刃物を向ける職業(理容師さんはカミソリも使いますね)だし、化学薬品を使用する職業だということを考えると、まずいと思います。命に関わらないとしても、人体に影響を及ぼしかねない作業であることは確かです。特に人気のある職業でもあるので、その中で一目置かれているような売れっ子美容師さんですからね。「オイこら!オレは無免許だがお前らを今の100倍魅力的にしてやる」くらいのけんか腰ならまだしも、嘘ついてちゃカリスマも聞いてあきれてしまいます。しかし、カリスマが指導(しかも渋谷区 (^_^;))されるってのはやっぱり変だよ。恥ずかしいなぁ。

ふと考えると、音楽家はその職業において全員無免許です。いやー良かった良かった。国家資格が必要なんていわれたらどうなることでしょうか!
試験管「オイラさん、曲指定のテンポをまもらなきゃ!そんなにテンポ揺れたんじゃいつになっても合格できないよ!」ひえぇぇぇ〜〜!!
「あのね、オイラさん、アナタは歌手検定は受験もしてないんだから、演奏中に声出しちゃダメなの。分かってる?このまんまだと練馬区から指導されちゃうよ」、、、マジで有り得そうでコワイ。

こんな事書いてますが、音楽業界にも似たようなことがあります。「コートジボアール国際音楽コンクール最優秀賞受賞」とか、「オレは昔ザ・スパイダーマンズのバックでドラムやってたんだよ」なんて言葉ひとつで、その人の演奏にはくが付いちゃうんですよね。かくいうオイラだって知らず知らずのうちに「北島三郎さんは凄かったよ。後ろでティンパニ叩いていても鳥肌が立ったよ」なんて言って、自分をブランド化しようとしたことが良くある気がします。きっと今でもあるんでしょう。まぁ、カリスマということとは違いますけど、そういう噂や肩書きである種のブランド化を果たしているという意味では同じです。

でもそう考えていくと、そういう肩書きのようなモノが全くない職業も見あたりません。能力を判断できない職種について人間は、肩書きによって安心と安全、そして信頼を求めようとしているんです。テレビ出演した医者、神と交信した教祖、野外ライヴしたうんざり (^_^;)などなど。ということは利用するお客側の責任や問題も多分に含んでいる気がしてなりません。

オイラはそのカリスマ美容師さんがどのような技術やセンスを持っていたのか、全く知りませんが、本当にその人の能力に惚れ込んで予約を入れていたお客さん達にはぜひ心からの謝罪をして欲しいと思います。だって免許があろうとなかろうとカリスマ美容師さんを信頼して来ていたお客さんですから、裏切ったことになりますから。お客さんも無免許だと知っていたんなら別ですけど。

オイラが言いたいことはそれ以外のお客さんがきっとたくさんいただろうということです。髪型はその人の生き方を象徴する部分でもあるし、どれだけ自分の魅力を知っているのかということにも繋がる大事なパーツでしょう。髪型ひとつで自信が湧いてきたり、なんだかさえない気分になることもありますよね。カツラが何百年も前から存在することでもそれは自明の理だと思います。
その髪型に「自分」がいるのか?かっこいいということをはき違えているお客さんがたくさんいた気がしてなりません。「今一番有名な○○さんにカットしてもらった」ことが大事で、それが自分の髪型であるかないかはどうでもいい。これでは自分で自分を否定していることに他ならない。「あたしは流行の髪型、だからハイセンス!」ブランド志向の方々や、やたら肩書きを気になさるクラシック愛好家や、すでに自分では判断が付かないまま行列に並んでラーメンを食べる皆さん(これはオイラ (^_^;))、後でそれが偽物と分かったり、本場の味ではなかったとしても自分が正しかったと胸を張って言えるくらいの審美眼を持つようになりたものですわ。

それでも流行には流されたい自分。はぁ〜哀し (:_;)。


1999.9.16 オイラ「ケラタウレス・マグヌセディウス」

今度あるセッションに参加します。

ホルンの古田儀左エ門さんが主催する「ケラタウレス・マグヌセディウス」というユニットにパーカッションとして参加します。ホルン4本を中心に、ベース、ギター、サックス、ヴォーカル、そしてパーカッションを加えてのライヴです。編成を聞いただけでもなんだか面白そうだと思いませんか?

先日リハがありました。曲はジャズ・スタンダードから、儀左エ門さんの新曲(儀左エ門さんはホルン、サックス、作曲編曲などマルチ・バラエティプレイヤーです)まで、盛りだくさんで、しかもオイラには「ドラムでもなく、ラテンパーカッションでもなく、オイラ風に頼むよ!」なんて注文を出されているのでうんざりライヴの前なのに随分と頭悩ましています。

それにしてもホルンでジャズやったり、ライヴハウスでセッションを敢行するなんて、ホント、それだけでうんざりリーダーとしては応援(っていっしょに演奏するんだよって!)したくなるほどの挑戦的自暴自棄企画です。本当にどうなることやら。

先日のリハに行くまでは「何もホルンでズージャ(ジャズ)しなくてもいいのに」とか「この編成でどうなるんだろう?」とお先真っ暗な気分でしたが、曲を全て音だししてみたり、儀左エ門さんの考えを聞くにつれどんどんオイラは納得させられました。

うんざりがライヴをするにもたくさんのこだわりやアイディアが詰まってます。それはオイラやメンバーがステージでやりたい理想を実現するための工夫の数々です。マリンバやヴァイブ、パーカッションの苦手なところを補ったり、お客との距離感を減らすためにセッティングひとつで話し合いをしたり、そんなことの積み重ねです。そんなうんざりの空気と同じモノを儀左エ門さんにも感じとることが出来てオイラも俄然やる気が出てきました!(偉そうに申し訳ありません。オイラは下っ端のほうなんです)
ホルンという楽器は金管楽器の中でも一番唇に高い圧力がかかる楽器のひとつです。ハイトーンを吹き続けたり、早いパッセージをトランペットのように吹きまくることは楽器の構造上困難です。でも儀左エ門さんの中にはそんな常識を打ち破ってもの凄い世界を夢見ている気迫を感じるし、その夢を実現するための試行錯誤が今回の編成であり、プログラミングなんでしょう。

無理を承知で、でも気合いは入りすぎずいつも楽しむ姿勢を壊さない儀左エ門さんの姿勢に、とても刺激を受けている最中です。本番では儀左エ門さんの期待を見事に裏切ったドラミングで皆さんをお待ちしてますので、興味がありましたら是非来てくださいね。うんざりとは違うオイラにも逢えますよ!


「ケラタウレス・マグヌセディウス」

とき:   1999年9月22日(水) 19:00〜
ところ: 江古田BUDDY
チャージ:3,000円

Horn     古田儀左エ門・丸山勉・海野貴裕・内藤貴司
Sax     佐野・パキータ・麻美子
Guiter    竹中俊二
Bass     高橋ゲタ夫
Tuba     古沢・ベス・充
Vocal     山本京子
Percussion  山下・オイラ・雅雄

お問合せはオイラまでメールにてお願いします。


1999.9.15 オイラ「僕らの夜想曲に想う」

今日は久しぶりのリハでした。

予定が合わない中で無理矢理差し込んだリハなので、時間がほとんどなかったんですが、内容のあるリハになったと思います。ライヴを想定しての通しリハだったんですが、思っていた以上に「僕らの夜想曲」で求めようと思っているイメージに近いプログラミングが出来そうな手応えを感じることが出来ました。

今回の新曲はタイトルにも登場する「僕らのかぐや姫」のみです。
でも全体の雰囲気やライヴの流れを作るために、今までのレパートリーも曲のイメージやテンポ、細かいアレンジなどを施す必要があります。今まで何度も演奏してきた曲も、テンポをいじるだけで、またはイメージするものを替えるだけで全く別の曲のようにアプローチが変わってきます。これはオリジナルレパートリーを演奏するユニットだけの面白さでもあり、その反面危険な部分も持ち合わせています。あんまりいじりすぎると、その曲が本来持っていた力を削いでしまうこともあります。

「僕らの夜想曲」は、春夏と駆け抜けてきたうんざりが、涼しい風と瞬く星たちに包まれて、また一つ大きくなった優しさと唄を皆さんと一緒に分かち合いたい、そんな気持ちをこめてタイトルとしました。
「ビート」「元気」「エネルギー」から、「癒し」「リラックス」「開放」というキーワードで今のうんざりがどこまで皆さんと一緒に楽しめるステージングが出来るか?これが今回のテーマです。
8月の野外ライヴをこなしたことで、僕らとお客さんの間にあるギャップや相異を乗り越えるヒントをもらった気がします。精神力、気迫、集中力の使いどころのコツを掴んだんだと感じています。だから今度のライヴではもう一歩前進して、皆さんに元気をあげたりもらったりするだけにとどまらずに、僕らの唄でもっともっといろんな世界を表現してみたいと思ってます。

今まで多くの方々からたくさんの励ましを頂いてやってこれたうんざりです。
アナタがいたから今オイラは、僕らは次を見つめることが出来る。そんな気持ちを胸にいっぱい詰め込んであと3週間ちょっと精進していこうと思ってます。

「僕らの夜想曲」、期待してください。泣くことと克つことを積み重ねてきたうんざりがそこには待ってます。


1999.9.14 オイラ「学生達へ」

先日大学オーケストラの合宿から帰ってきました。
学生の皆さん、ホテルの皆さんにはお世話になりました。ありがとうございました。

大学生の連中と丸2日以上を共にすると、こっちも何だか感化されてきて、「それってチョーやばくない?」なんて言葉を使うようになっていて、それが自分の中でも違和感を覚えなくなるから不思議です (^_^;)。集団生活の面白さでしょう、そんな自分をオイラも楽しんできました。
反面そういう生活の中に浸かっていると、弊害もたくさんあるように感じました。学生は朝から晩まで熱心に練習するんだけど、寝不足も手伝って集中力が欠けてきます。そうすると集団の中のほんの数人がデリカシーのない音を出したりし始め、最終的には全員が乱暴で雑な演奏をしていることに疑問さえ持たなくなってしまう(これはトレーナーであるオイラも含めて!)んです。


これは非常に危険な現象だと思います。どんな組織や集団にも必ずあると思われる、そこでしか通用しない「常識」はこうやって作られ、先輩から後輩へと受け継がれ、悪しき伝統に育っていくのでしょう。特に学校という閉ざされた空間はいま、日本中が侵されているといっても過言ではないと思います。生徒だけでなく、教師も袋小路のような悩みに陥っていると思いますが、もっともっと社会や世間とつながりを持つことで吹っ切れる事はたくさんある気がしてなりません。ぜひ彼等(大学オーケストラの彼等)も、トレーナーとしてプロプレイヤーを自分たちの領土へ引き込んで教えてもらうだけでなく、外に出ていくことを勧めたいです。
自分たち以外の集団の中に飛び込んで、カルチャーショックや今までの常識が吹っ飛ぶような経験をたくさん積むべきです。教えてもらうという姿勢ではなくて、観察したり盗んだりしないと創造力は絶対に身について行かないでしょう。そういう経験を積まないと、疑問にぶつかっても解決しないことに慣れてしまったり、疑問があること自体に気付かないまま、大事な学生生活が刻一刻と過ぎ去っていくことになってしまうと思います。

とにかくノウハウを求めたがる(オイラが教えている生徒たちはそうでもなくなってきたと思いますが)学生を、どうにかして自分の力で音や音楽をイメージさせるか?まずは今まで自分たちがやってきたことを否定してやろうと思いました。自分の中の常識が間違っている(かもしれない)ことを認識させることから始めないと、「じゃぁどうしたらいいか?」「何が正しいのか?」疑問さえ浮かびません。
この短い時間で伝えられることは限られているので、たくさん疑問を持ってもらうことで、合宿後の練習で何かをつかむためのヒントになればと思い、いろいろとしゃべりまくり、音を出してきました。
「そうじゃない、もっと深く!」「赤ん坊を抱き抱えるかぁちゃんみたいなタッチとかさぁ、もっと優しさや暖かさとかさぁ、そういう音だせよ!」
彼等の頭の中は混乱し、どんどん悩みにはまっていったようです。初日に聴かせてもらった演奏が一番まとまっていて良かった。それがどんどんと崩れていったんですが、そこには「違う、こうじゃない」という、イメージする音を求める、イヤイヤ、自分がイメージしたい音は何だろうか?という試行錯誤が生まれ始めていました。


特に今年は新入生の女の子が2人いました。彼女達の出す音は何色にも染まっていない状態で、オイラにはとても新鮮に聞こえました。彼女達もいろいろと考えて音を出す行為に挑戦し始めてくれたように感じ、この先今の気持ちのままで音楽(打楽器でなくてもいいから!)を続けていってくれたらと願わずにいられません。

オイラが帰る最終日の夜は、アンサンブル大会がありました。希望者がやりたい曲を自分たちだけの手で仕上げて仲間の前で発表する場です。上級生達のアンサンブルは確かに上手で、大学からヴァイオリンを始めてもこんなに上達するんだ!と感心しました。下級生達は想像を絶するほど下手っぴ(当然ですよ。楽器持って5ヶ月の人ばかりです)で、身の毛もよだつ想いでしたが(御免。)自分が演奏したい曲を自分なりに演奏する彼等の音はたくさんのメッセージで詰まっているようでした。「俺が出したい音はこんな汚い音じゃない!」演奏している本人が一番気付いていて、一番恥ずかしいだろうに、みんな最後まで演奏を続けていく姿はオイラの心にも深い感銘を与えてくれました。(一番下手っぴで、しかも一番唄おうともがいていた、バッハを演奏した1年生のグループに、オイラから「夏のミステリー・ホラー賞」を差し上げてきました)

実はオイラも出演させていただき、オケの楽器各種とコンガを演奏してきました。彼等の前で演奏するのは初めてだったし、「タイコの先生って、いっつもヘラヘラしてて飲み会の時だけ元気だよねー」って噂がたち始めている気配もあったので (^_^;)、ごくごく真剣に楽器に向かって演奏してきました。
オイラの皆さんへ対する想いを感じとってくれるようにオイラとしてはめずらしいくらいに一生懸命演奏したつもりです。
彼等がオイラから何か盗んでくれたことを祈ります。そしてうんざりライヴに来てくれることを\(^o^)/。


1999.9.11 オイラ「毎晩飲み会」

今日は一日レッスンをしました。大学オーケストラの合宿に参加中です。

オーケストラや吹奏楽の合宿ですごいのはやはり夜です。特に大学生は毎晩凄いことになります。今晩も今終わったところ。4:00です。彼等は7:00起きでラジオ体操だそうです。

最近はここの大学もようやくオイラの手中に収まりつつあり、あんまり酒が強くないオイラも楽しい一時を過ごしています。今日はのりすぎて芸までやってしまった (^_^;)。トランペットのある男性は、オイラのツボにはまってしまい、笑いすぎで顎をはずしてしまいます。

昼間若い連中が少しずつ上手になるのを見るのも嬉しいけれど、夜いろんな話が出来ることも有意義なことです。

最近いろいろとくたびれていますが、この合宿でたくさん元気をもらって帰りたいと思ってます。

明日もいいレッスンが出来るといいなぁ。


1999.9.10 オイラ「麻薬とモラルと音楽家」

合宿場所が全然通信できない所なので (:_;)、アップが遅れてました。

槙原氏が麻薬常習で逮捕されました。
全作品の出荷停止と回収という措置をとるらしいです。レコード会社(確かソニー)の自主的制裁なのかはちょっと分かりません。

麻薬についてはオイラはやったことがないんで、その効能というか症状は分かりかねますが、正直言って「オイラも一度はやってみたい」と思うことはあります。ごめんなさい。不謹慎です。でも本音でもあります。きっとオイラは小心者だから未経験のまま一生を終わると思っている前提での話ですので、勘弁してください。

ミュージシャンが麻薬で捕まるという事件は昔から後を絶ちません。クラシックもポップスも、歌謡界もジャズも枚挙にいとまがないほどにたくさんのミュージシャンが逮捕されています。

この気持ちは分からないでもありません。音楽を創り出す仕事に従事している人間は微妙なバランスの上で自分の音楽を発信し続ける宿命にあると思うからです。反社会的な思想や恋愛音楽、平和を唱える音楽など、いろいろと音楽の内容は違うでしょうが、どんな音楽でも、またプレイヤーでも作曲家でも、「社会性」と「非社会性」をいつも天秤にかけながら自分の行く道を模索しているんだと思います。
時代や世代に関してセンシティヴであることと、己の内面を噴出させる作業は相反することが多々あるけれど、そのなかで渦巻く矛盾と葛藤をくり返しながら、血を吐く想いで音を紡ぎだしていくより他にないんだと思います。時代によって変化していくモラル、正義、常識を理解することが大事です。反面それらに異議を唱えたり、間違っているかも知れないが自分の気持ちに正直になることも音楽家にとっては(あるいは芸術家にとっては)必要不可欠だと思います。

作家(文筆業)の方々の感覚に近いと思いますが、突然一行も書けなくなるスランプやくすぶりが音楽にも確実にあるんです。突然なにもひらめかなくなり1小節も曲が描けなくなったり、自分の出したい音を追求していくうちにどんどん深みにはまってしまい、音を出すことが恐くて仕方がないことなんて日常茶飯事です。オイラがトークのページに書くネタが見つからなくて悩むなんていうのは、ただ文才がないだけの話で、それとは次元が全く違うところで苦しんでいるわけです。胃がよぢれるような想いで天上の輝くメロディが降りてくるのを待つんですから。死ぬほど好きな女性に至高のラヴレターを書き続けることがどれだけ難しいことか!

槙原氏も人には言えないところで苦しみもがいていたんだと、オイラは思います。彼の音楽はメッセージ性が強く、聴いた人に勇気や元気を与える曲相ですから、その苦しみを唄に乗せて吐き出すことも出来なくなっていたのかも知れません。世間が創り出した、あるいは自分が望んだキャラクターに自分を見失ってしまったのか?

ヒットを飛ばさなければいけないという大きなストレス以上に大きな苦しみを抱え込んでしまった、そんな気がしてなりません。悪魔に魂を売ることで自分の理想のメロディが手にはいるのなら、喜んで捧げよう。悪夢や幻を見ることで音楽に生命が宿るのなら、躊躇せずになんでも試したい。これは偽らざるオイラの気持ちです。
麻薬を服用することはいけないことなんだとは思います。でも地獄に堕ちてもいい覚悟で命をかけて取り組んだ結果だとしたら、これまでに彼が残した作品まで奪うのは間違っているとも感じます。

煙草や酒に溺れることはよしとされ(よくはないけど逮捕はされない。人に迷惑をかけない限り)、麻薬中毒は逮捕される。末期のガン患者はその苦しみをひととき逃れるために医者からモルヒネを投与される。人間は体内に麻薬物質をもともと備えてもいるし、う〜ん。人が生きていくためのモラルをどうとらえていくか?オイラには答えが見つかりません。

何年か前のテレビ番組で知りました(ので現在の状況はわかりませんが)。スイスは未成年の半数が麻薬(だかコカインだか)を使用してしまい、使いまわされた注射器からエイズ患者が激増したそうです。そこでスイス政府のとった苦肉の策。「未成年者に無料でコンドームと注射器を配布」だそうです。この現実をふまえたとき、音楽のために生命を縮めることは仕方ないなんて軽はずみなことは言え絶対に言ってはならない。

今の時代は明るい希望が見えないなかで、世界中の人が苦しみ悩んでいる。オイラに出来ること、音楽で少しでも世界を変えていけたら、世界なんて仰々しいけど、要するに聴いてくれた人たちとうんざりのまわりに集まってくれた皆さんと一緒に、今活きていることの素晴らしさを共有していくことを少しづつでも成し遂げていきたい。

槙原氏がこの一件から立ち直り、いつの日かスケールの広がった歌声を僕らに聴かせてくれることを期待します。がんばれ!マッキー!がんばれ!オイラ!


1999.9.9 オイラ「明日から合宿に行ってきます」

明日から某大学のオーケストラの合宿にトレーナー(コーチ)として行ってきます。

プレイヤーというより、指導者として数日間を過ごすことになるわけです。頭の切り替えが必要です。これがなかなかしんどい作業です。

小学生や中学生のみんなには、タイコの面白さや音楽のすばらしさを実体験として養わせていきたい、そういう想いが強くありますが、大学生にはなかなかそういうスタンスで指導することが難しいです。これは当然ですよね。大学生は将来確実に音楽家にはならず、自分たちの目指す道をすでに決めていますから、オーケストラ部で活動する意味あいもずいぶんと違うわけです。大学によって差がありますが、簡単に言ってしまえば指導者に望むことは「技術」。それも「短期間でモノになる技術」なんです。

少ない練習時間の中、テストやレポートを提出しながら一生懸命に好きな楽器を楽しむ時間を作っている大学生にとっては、これは当然の要求かも知れませんが、オイラはなるべくそういうことはさせたくない。そういう気持ちです。

教えられたことが演奏会で出来た。これはこれで素晴らしいことだし、そんな積み重ねが経験になって行くんですが、出来ればもう少し自分の生き方とか、気持ちの伝え方、表し方を大学生の彼等には教えていきたいし、感じとって欲しいと思います。

演奏も作曲もトレーナーも、オイラはオイラなりに夢を持って望んでいるつもりです。それはきっと頭の中では超わがままな「理想」です。この「理想」に「現実」を近づけていくための力、オイラなりの武器をしっかりと用意して明日から合宿に行ってきます。たったの2日間という現実のなかで彼等との音楽を楽しんで来たいです。

彼等が社会人になったとき、仕事の中にしっかりと自分の居場所を見つけることが出来るための夢や理想を持って欲しいと思います。カイシャでたまったストレスを発散するだけの社会人オーケストラは哀しすぎる。彼等が胸を張って家庭も会社も自分の人生だといえる、そんな音楽との関わり方を伝えられたらと思います。明日のためにではなく、今日のために生きている大学生達に、たくさん出逢えることを期待しています。


1999.9.8 オイラ「休養宣言」

昨日うんざりリハが終わり、家に帰ってから24時間、寝てしまいました!

おとといはポカの母校での打楽器アンサンブルコンサートがあり、昨日はうんざりリハと最近は疲労もたまっていたんですが、恐ろしいほどに眠りまくってしまい、ボーッとしてます。

夜の11:00ころ眠ってしまいました。実家で寝てしまったんです。
昼の2:00におふくろに起こされ、寝ぼけたままチャーハンを食べたらまた眠りにつき、夕方妹とその娘が遊びに来て、起こされ、一緒に晩飯を食べたらまた眠り、23:00すぎにやっとおきてまたメシを食うという、ずぼらなオイラにとっても久々に大がかりな「食っちゃ寝フェスティバル」でした (^_^;)。最後はどうしても我慢できないオシッコのために起きることにしました。

やらなければいけないことが山積してくると、現実逃避したくなりませんか?今回は「ああ、早く片づけなきゃ」という仕事に追われていながら疲労がピークに達していたために、「このまま死ぬのかしらん」なんて想いながら夢の世界をさまよう24時間を過ごしてしまいました。おふくろは眠り続ける息子を見て本気で心配してました。

今年はめずらしく夏バテもせずに一夏を越え、やっと涼しくなってきたところで充電切れをおこしているようです。思えばずっと突っ走ってきた気がします。きっと体がオイラにリミッターをかけてくれたんでしょう。リミッターが効いているうちはまだまだ無理をしても回復できますからね。またすぐに元気を取り戻せると思います。

今は体と気持ちを休める期間だと決めました。やりたくなるまではダラダラと時間を無駄遣いしようと決めました。ライヴが近づくにつれて焦りも増していく最近ですが、腹の下あたりから熱くて芯のある「やる気」がわき起こるまで、リラックスして体に栄養をため込むこと専念しようと思います。

最近お疲れのアナタ。アナタにも「休養宣言」お勧めいたします。


1999.9.5 オイラ「うんざりケーキ」

明日は以前にもお話ししましたが、ポカの母校にあたる中学での打楽器アンサンブルコンサートです。うんざりメンバーに陽子ともう一方、我々の先輩にあたる某オーケストラの主席ティンパニストを迎えて開かれるコンサートです。今日は最終リハでした。

今日はビックリすることがありました。ちょっと嬉しい出来事だったので皆さんにも聞いて欲しくて書きます。
リハをしている最中に、突然キクが入ってきました。今回のコンサートはキクには関係ないんですよ。

「まさおさぁ〜ん!誕生日おめでとー!」

いないはずのキクがいることにビックリ。んでオイラの誕生日(9/3です。ちなみに)のお祝いらしいことに、もひとつビックリでした。

他のメンバーと一緒に仕組んだらしいんですが、正直言って明日のコンサートのために頭も体も疲れがピークの状態だったので、心動かされず (^_^;)。キクがケーキらしき箱を指さして「開けて開けて!」とシャウトするので開けると、うんざり君ケーキがドドーンと目に飛び込んできました。イヤイヤ、嬉しかった(気がする、今考えれば嬉しいこと)です。ギザギザのチョコレートケーキからは腕がちゃんと2本はえてるし、表情もそのまんまうんざり君の特製ケーキをオイラに内緒で用意してくれました。

うんざりの仲間ではよく誕生日に内緒で準備してお祝いするんですけど、オイラはそういうのやられるのは得意ではないので今まではほとんどメンバーからお祝いされることはなかったんですが、今日はそこらへんのオイラの性格や行動パターンまで完璧に先読みされてしまいました。

うんざりのみんな、ありがとうでした。

「このメンバーといつまでも一緒にやっていこう」という気持ちと「何でこんなに相性の合わないやつらと演奏してんだろう?」という気持ちが毎日、いや、数時間ごとに入れ替わり押し寄せながらも今まで苦楽を共にしてきた連中がオイラのまわりにはたくさんいることのありがたみをケーキの上に立つろうそくが教えてくれました。

うんざりを構成している彼等は優秀な人材ばかりなので、いつまで一緒にステージ立てるか分からない、いつかは解散すべき時が来るだろうと心に決めながらも、いつまでもこのまま一緒に年をとっていくことが出来ればいいとも感じます。とにかく今、喜びを分かち合いながら、喧嘩を仕掛けながらタイコを叩ける現実に感謝の1日でした。

★ケーキには太いろうそく3本、細いろうそく1本が揺れていました。
明日の「野性的な七面鳥」、コンガソロはお誕生日バージョンでーす!


1999.9.4 オイラ「タブー」

8月も終わり季節的には晩夏、初秋となりました。
去年の今頃はポカを迎えて初リハを重ねていた時期でしたが、1年経った今年はライヴを2本、野外ライヴを3本もこなしています。この1年間がこれからの1年間に結びつくことを願ってやまない今年の9月です。

今日次回のライヴのチラシとチケットが印刷屋さんから上がってきました。ワクワクドキドキです!
チケットは想像通りの仕上がりでオイラ的には満足でした。うんざり君をフォトショップで少しぼかしたんですが、その具合もよく出ています。
チラシの方も全体的にはいい感じですが、タイトルの「僕らの夜想曲」が時間をかけて加工した成果があまり出ませんでした。フォントをそのまま印刷したように見えてしまうのがちょっと残念です。もうちょっと大胆な加工をするべきだったと反省中。

早く皆さんにお見せしたいと思ってます。来週頃には発送いたしますのでお待ちください。また、今までライヴには行っていないが、チラシ(案内状)を希望する方はこちらまで御連絡ください。御氏名とご住所、出来れば電話番号もお書きの上、メールを頂ければチラシを送らせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

今回はチラシをデザインするにあたって、少しだけデザインの参考書を読んで勉強しました。書いてあることはライヴを創るときに音楽上でいつもおこなっていることと同じ事なので、「そりゃそうだよ。当たり前じゃん。」って思うんです。見る側に立って創ること、こちらが発信したい情報やメッセージを効率よく配置することで、視線(目線)をコントロールすることなど、ライヴのプログラミングと凄く似ています。
でも、勉強してから時間をあけて今までのチラシを見直したり、今回のチラシをもう一度みると、「ありゃ、こんなはずじゃなかったのに〜。」なんて反省することばかりです。やはりなれない畑は難しいです。思っていることと言いたいことが、行動として表に出るためにはいろんな事を知らなくてはいけないことを痛感しています。と同時に世の中に溢れているデザイン、特に印刷物(電車の中吊りや、イエローページの広告など)には惚れ惚れするようなチラシから、見ているだけで頭が痛くなってしまうようなデザインまでいろいろあることに気付きだしました。読む気もしないものからいくら読んでも内容が頭に蓄積されないもの、逆にいつまでもそのチラシから目が離せないほど素敵なものもたくさんありました(もちろんオイラの主観です)。今までは何も感じなかった物事に対して、曲がりなりにも自分の判断が付くようになることは楽しいことです。

うんざりもきっと皆さんに同じような目で見られているんだろうなぁと思います。

「あのユニットは全然ダメだ。○○ができてない」なんて辛らつに批判する方。この方々の声はなかなかうんざりには届きません。きっと2度とライヴにいらっしゃってくださらないでしょうし、見込みのないものに意見を言ってくださるほど時間をもてあましている方は多くないでしょう。

「ここをこうした方がいいんじゃない?」とアドバイスや感想をくださる方が一番多いと思います。この方たちのご意見はとても参考になります。全然違うアングルからうんざりをとらえてくださる。視野が広がる想いです。でも、そんな皆さんの意見がライヴに反映するには非常に時間がかかるし、あえてそうしていないこと(そうした方が良くなるのは重々承知の上で、うんざり独自の道を切り開こうと突っ張っていること)もたくさんあります。うんざりがそんな皆さんに応えるためには「前のライヴではこう思っていたけど、今回のライヴを観たらうんざりのやりたいことが何となく分かったよ」って思っていただけるように、もっと強く、うんざりがうんざりらしくあるための方法論を確立して、いい演奏をお届けするほかありません。皆さんに愛想を尽かされないように祈りながら前へ進むことで応えていきたいと思います。

うんざりを非常に好意的に受け入れてくださるお客さんもたくさん増えてきました。本当にありがたいことですが、うんざりはまだまだ思い通りのステージをこなしきっていないので、嬉しいのと同時に恐縮してしまいます。このような見守ってくださる皆さんに対してはいい意味でもっともっと裏切っていきたい。そう思います。

デザインするなかで一番難しいこと、プロの方と絶対的にある差は、
「タブーを犯す勇気とセンス」だと思っています。

見やすいレイアウトが出来たら、そのなかで一番大事な要素をデフォルメしたり、やってはいけない技法を使ってインパクトを加えること、これは勇気とセンスをバランス良く持ち合わせていないと、ぶちこわしになってしまうか、どこにでもある、見やすいけど目に付かない「普通の」印刷物に成り下がってしまいます。

チラシのデザインをすることで得た教訓や経験を、ぜひうんざりの演奏で、ステージ上で現せることが出来たらなぁと思っています。今のうんざりはインパクトを追い求めすぎててはいけないし、かといって保守的な演奏は絶対に御免です!犯すべきタブーと犯してはいけないタブー。見極めるためのプロの目を養っていきたいと思ってます。


1999.9.1 オイラ「原爆資料館にて」

開き時間を見つけて原爆資料館を訪れました。

高校の修学旅行で来て以来2度目ですが、あの時はゆっくりと見る時間が無く恐怖心を感じただけでしたが、今日は整理が付かないほど心が締め付けられました。

特別展示として被爆者達の絵画を展示中で、そこには単なる記憶や後世に残したい想いでははかり知る知ることの出来ない念が渦を巻いていました。 70歳以上の方(絵を描いた当時の年齢です。20年前から現在までの絵がありましたので、もうお亡くなりになっている方も多いと思います)の描いた絵には、こんなオイラにも熱くて重いものを語りかけてきました。

あるおじいさんの絵には文章がしたためてあります。
「決して思い出したくない記憶だ。」
目の前で無傷(外見は普通なのに、被爆してしまっている)の女性達が泡を吹いて死ぬのを待っている現場を描いたおばあさんは、
「あの当時は何も感じなかった(自分も大怪我をしていてそれどころではなかった)けど、この絵を描いていたら涙がボロボロとまりませんでした。」

若い人に、平和のために絵を描くことが、たくさんのおじいちゃんおばあちゃんが深く閉じこめていた傷口を開くことになる。生きるだけで、生きているだけで苦しいのに、です。それでも2000人以上の方々が描いてくださっています。

原爆資料館にはオイラだけでなく、カップルや20才前後の若い人がたくさんいました。原爆で亡くなった若者の情念を、僕らがどれだけ受け止め、活きていくことが出来るか?
震災でも交通事故でも病気でも同じですが、今生きながら夢を持つことが出来る僕らに出来ることは、供養でも悲しむことでもいいけれど、やはり活きるために生きることだけではないか、そう強く感じています。

僕たちは夢を見ることが出来る。にんべんに夢と書くと「儚い」になるけれど、それでも夢を見ることが出来ます。夢を見ることで生きていくための「希望」を追い求めて生きていきましょう。みなさん!
ヒロシマは昔のむごい記録を今の僕らの記憶にするために存在しているのではありませんでした。希望の持つ力、人間のたくましさを教えてくれるところがヒロシマです。

今日はこれからオーケストラの本番です。今やっている曲はロシアの作曲家の曲で、オイラのパートは戦争のメタファーです。(ショスタコーヴィチ交響曲第5番です。ちなみに)人間としても音楽家としても未熟なオイラですが、今の気持ちを深く唄う演奏をしたいと思います。


演奏会が終わりました。今日オイラが感じたこと、その気持ちをもって演奏したことは、オイラの音楽活動の中でも分岐点になるような気がしました。昨日までとは違う自分自身を感じています。


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