癒し絵作家〜絵描きのやす 本文へジャンプ
プロフィール


癒し絵作家〜絵描きのやす 経歴

1963年 
京都市中京区に姉二人の後、末っ子長男として生まれる
祖父は三重県鈴鹿出身、蒲鉾屋営むため京都へ、父は会社員

1976年 
京都市立龍池小学校卒業(跡地は国際マンガミュージアム)

1979年 
京都市立城巽中学校卒業(現在御池中学校に移転)

1982年 
京都市立堀川高等学校卒業

1983年 
大阪にあるデザイン専門学校に在籍し、
京都国立博物館内食堂にてアルバイト(多くの作品と出会う)

1984年 
専門学校を中退し、某図案会社に就職し染色家として
プロの絵描き人生の始まり

1987年 
図案会社が突如倒産、
得意先の仕事を引き継ぐため自宅にて独立

1990年 
得意先の社長が亡くなると同時に仕事も無くなり
縁日や個展などで絵を売る
本友禅染技術者研修課程修了
(他に金彩友禅、ロウケツ染も修了)

1991年 
松竹梅倶楽部というサークルや野球リーグを作り
人脈を増やしていく
この頃から今の画風の癒し絵に当たるまんぷく猫を描き始める
鹿児島にて初めての催事に染色作家として招かれる

1992年 
京都工芸ギャラリーなどにて個展や全国への出張が増え始める
友禅染の先輩の紹介により赤松燎先生に弟子入り

1995年 
裕美(ゆみ)と結婚、
式当日の深夜まで掛ってお色直しの振袖を描き上げる

1998年 
長男、宇応(うおう)誕生、
名前は好きな画家、円山応挙から取る
呉服の催事が一挙に増え、
年間50以上のイベントをこなすようになる

2001年 
母、喜久子が脳梗塞で倒れ、現在も病院で寝たきりとなる
大阪教育大付属池田小学校殺傷事件にお地蔵さんの絵を寄贈

2002年 
JHAA日本癒し絵協会設立

2003年 
お地蔵さん、梟などの絵が話題になり
テレビ、新聞などに出始める
デパートや市町村などのイベントでの
即興パフォーマンスに長蛇の列ができるようになる

2004年 
次男、竜仁(りゅうじん)誕生、
名前は龍のように優しく強くなれるようにとつける

2006年 
父、進、闘病生活後に死去

2007年 
全国24局放送のボランティア番組や夕方のニュースで
癒し絵効果が話題になる
東京と京都のNHKにて癒し絵展開催、
東京では過去最高の来場者数記録
東京ビッグサイト3万人イベントでゲストとして講演
板橋区役所にて癒し絵展と教室開催し、
十日町商工会議所でも講演
京都府お「手」伝い体験事業の講師に任命
着物ブランド「絵描きのやす」発売開始

2008年 
東京自由が丘「絵描きのやすギャラリー」誕生
橋下大阪府知事に癒し絵
加古川市にある刑務所にて癒し絵教室
板橋区役所にて第2回癒し絵展と教室開催
漫画「菱屋善兵衛物語」制作
京都みやこめっせにて表現者たけ氏とのコラボ展

2009年 
絵描きのやす25周年記念癒し絵展開催


医学博士に癒し絵効果を認められ
介護施設等で教室を開講したり学校や病院へ絵を寄贈するなど
絵が伝える感動を通して傷ついた心のケアに尽力する

本友禅染技術者研修課程を修了し
染色家として日本文化、癒し世界の伝承にも情熱を注ぎ
文化庁・東京都・京都府・京都市の事業にも参加
日本画、漫画、似顔絵とタッチも幅広く活躍中で
スポーツ選手、芸能人、政界人なども癒し絵を所有している
代表作「しろいとりとあおいとり」「開運招福図」「六地蔵」


公式ページ http://yasu.1c.cc
携帯サイト http://i-yasu.1c.cc



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JHAA日本癒し絵協会
〒604-0026
京都市中京区大恩寺町248

絵描きのやす自由が丘ギャラリー
〒158−0083
東京都世田谷区奥沢5丁目20−3 クリスタルパレス内

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公式ページ「絵描きのやす」




















ekakinoyasu@nifty.com