ビックファミリーツアー2008 無事終了しました。ありがとうございました!
2008/10/26 早川千晶
皆さん、こんにちは。
ビッグファミリーツアー2008、無事終了して、私とバーバマテラ長老は沖縄からケニアに帰ってきました。匡哉は11月5日まで日本に滞在しています。
バーバは村の暮らしに戻り、とっても元気です。
各地でお世話になった皆さん、イベントに来てくださった皆さん、主催してくださった皆さん、お手伝いしてくださった方々、共演してくださった方々、取材してくださった方々、心から感謝しています。本当にありがとうございました!
今回、8月8日に長崎からはじまって10月20日に沖縄で終了するまで、日本全国各地で行ったトーク&ライブは合計62回となりました。
10月20日に最後のライブが終了してからあと、近藤さんの家で沖縄のゆきちゃん&ともちゃんと一緒に打ち上げしながら、全国各地のひとつひとつを思い出しながらみんなで旅をたどりました。どれもこれも同じものは2つとなく、ひとつひとつがすべて思い出深く、各地の皆さんと大切に手作りで作ってきたとても良いツアーだったと実感しています。
たくさんの素晴らしい出会いに心から感謝です。
また今回は、日本各地で、体を張って活動をされている数多くの方々に出会わせていただき、多くの大切なことを学ばせていただきました。
ケニアと日本、一見とても遠くて表面的に表れている現実はまったく違うように見えても、根底にある大きな視点での課題は共通しているように思いました。ささやかな暮らしや大切な自然や子どもたちのしあわせをおびやかすもの、それに対して抵抗、改善しようと尽力している人々が各地にいるということ、ほんとにいろいろと深く考えさせられながらの今回の日本の旅でした。
私もまた、小さいながらも自分が手がけていることをしっかりと続けていきたいと実感しながらケニアの日常に帰ってきました。
結局、この世の中は、あっちにもこっちにも、問題がいっぱいです。
今回の日本ツアーで出会った方々は、各地で、それぞれの目の前にある問題に対して、真剣に取り組んでいらっしゃいました。
そういう方々に出会って、自分の知らない事実について教えていただいたり、取り組んでいらっしゃる方法について教えていただいたり、その活動の一端に触れさせていただくことから、言い知れぬ大きな力や勇気や学びをいただいてきたように思います。
バーバが伝え続けてくれたシンプルなメッセージの通り、私たちはみんなつながっていて、手を取り合ってつながりあっていくことでこの世界をもっと平和な場所にしていくことができるのだと思います。
今回、バーバが一緒に日本に行ってくれたことに、心から感謝です。バーバの体調の不安もありながら、ハードなスケジュールを組んでしまいましたが、あの包容力のある、のびやかなメッセージを各地で伝えてくれて、それは私にとっても想像以上のものでした。
バーバの話には、毎回、打ち合わせはなく、そのときに突然、バーバの頭にひらめいた話をするので、いったいこの話はどこに向かっていくのか?とドキドキしながら解説をしていましたが、バーバの話の内容をたどりながら解説しながら、私も皆さんと一緒に驚いたり感動したりしていました(ステージ上で!)。
心に残っているエピソードがいくつもあります。頭、心、目を、3つでひとつにしながら一緒に進まなければいけないよ、という話をしてくれたところがありました。頭で考えて計算してばかりで、心がおいてけぼりになってもダメ。心だけで感情的になって動いてもダメ。そして、目をよく開いて見つめなさい。目を見開くことで、どこに進んでいったらいいかその方向がわかるんだよ。その3つに磨きをかけて一体にしてこそ、私たちはより良く進んでいくことができるんだよ、と。
犬の話をしてくれたところもありました。もしも自分が自分の村でいつも犬をいじめてぶん殴っていたとしたら、日本に来ても犬が自分にほえるだろう。インドの犬もほえるだろう。犬は世界みんなつながっているからね。それと同じで、自分の身の回りの人を愛していたら、まったく別の場所で人々があなたを愛してくれるでしょう。
それから、各地でバーバが繰り返し言っていたことがありました。自分がどこから来たのか、今自分はどこにいるのか、そしてこれから自分はどこに向かっていくのか。それをよく知らなければなりません、ということです。人間と神様とをつなぐ道は、ご先祖様と精霊たちによってつながれていて、ご先祖様が嫌うことをしたら人間と神様との道は断ち切られてしまう。ご先祖様、といっても、自分のおじいちゃんとかおばあちゃんとかそういう近いご先祖様のことだけを言っているのではなく、それよりもさらにもっともっと古く、魂のふるさとのご先祖様たちのことを言っているのだなと私は思っていました。
もちろん、自分にとって近しいご先祖様たちもそれに含まれます。ご先祖様たちが大切にして愛してきた自然や文化や暮らしを壊し続けて、どれほど嘆いて悲しんでいることかと思います。だから今、そんな大事なものを守るための何かをする人たちのことは、ご先祖様たちが全力つくして応援してくれることでしょう。
バーバの話は難しくなく、当たり前のことを真心こめて話してくれていました。だからとても伝わったと思います。そしてもちろん、それを伝える音楽がありますから。
各地で、日本の子どもたちのところにも行きました。学校で演奏してお話をするのはとても楽しかったです。特にバーバの話は、子どもたちはとても真剣に聞いていました。実際にバーバは子どもたちのことが大好きですから、その気持ちはすぐに伝わって、子どもたちもすぐにバーバのことが大好きになりました。
とっても田舎の子どもたちのところにも、都会の子どもたちのところにも行きました。子どもたちはみんなほんとにかわいく素晴らしいです。
日本の子どもたちに感受性が欠如しているなんていうことは絶対にありません。むしろみんな、とても敏感な子どもたちでした。こういう、心のこもった話や音楽に、びっくりするほどの反応をしめしてくれました。
そして、アフリカの子どもたちが抱える問題に対しても、想像力をめぐらせてくれました。
釧路の郊外で、小中学校あわせてたったの20数名だけの小さな学校に行ったときのことですが、バーバが突然、こういうふうに言い出しました。
その20数名の子どもたちは、体育館で、3列に座っていたのですが、
みんなの前で、まずは私がキベラスラムの子どもたちのお話をしたあとで、バーバが登場しました。
さぁみんな、目をつぶって想像してごらん。とバーバが言いました。
ここは、みんなが暮らしている北海道の釧路の村ではないよ。(その子どもたちの暮らす村は、とても自然の豊かな場所で、ほとんどの子どもたちの家は牧場のようでした。)
1列目の子どもたちは、アフリカの子どもたちだよ。ひとりひとり、ケニアや、ソマリアや、ルワンダや、スーダンや、そんなアフリカの国の子どもだと想像して。
2列目の子どもたちは、アジアの子どもたちだよ。君はインドの子ども、君はバングラデシュの子どもだ。君は中国、君はイラク、君はアフガニスタンの子どもだよ。
3列目の子どもたちは、ヨーロッパやアメリカや、その他の世界中のいろいろな国の子どもだよ。ずっと戦争で苦しんだ国の子どももいるよ。君はイスラエルの子ども、君はパレスチナの子ども。さぁ、想像してごらん。
子どもたちは、みんなお友達だね。さぁ、まわりの人と握手をしてみよう。
誰か悲しい子や寂しい子や困っている子がいるとしたらおかしいよね。
みんなで一緒に、平和を祈ろう。みんなが各国の代表だよ。ひとりの声だと神様には届かないけど、みんなで声をひとつにしたら神様に祈りが届くよ。みんなが世界の代表の子どもたちだよ。
さぁ、いちにのさん! とバーバが音頭をとり、子どもたちは目をつぶったままですごく真剣に、アマーニ!(平和!) アマーニ! アマーニ! と大きな声をあげたのでした。
これは私にとっても思いがけないことで、バーバが突然何をやりはじめたのかとびっくりしましたが、それ以上に、ものすごく真剣に大きな声をあげていた子どもたちの姿にもとても驚き感動しました。
こんなふうに、世界の子どもたちに思いをはせて胸を痛めたり、みんなの幸せや世界の平和のために真剣に祈るというのは、子どもたちにとってこんなに自然で当たり前な気持ちなのだということをあらためて知りました。
これは、この子どもたちが田舎暮らしの純粋な子どもたちだからだということではありません。私たちは、東京の、都心の小学校にも行きました。都会の子どもたちも、同じようにとても素直な反応で、授業のあとにたくさんの子どもたちがケニアの子どもたちへのお手紙を書いて持ってきてくれたり、バーバ、バーバと集まってきて、素直な気持ちを聞かせてくれたりしました。
子どもたちが、大事なことをいっぱいおしえてくれます。私たちもみんなかつては誰もが子どもだったのだから、思い出そうとしたら思い出せますよね。
不登校の子どもたちの学校や、児童養護施設にも行きました。活動をされている方々から、日本の子どもたちの現状をいろいろとお聞きしました。日本全国各地で、児童相談所に虐待の被害にあった子どもたちや放置された子どもたちがあふれかえっているような状態だと聞きました。私たちが訪問させていただいた児童養護施設では、周辺の施設の子どもたちも招待して、みんなですごく楽しく音楽とお話の時間を過ごしたのですが、子どもたちはみんなほんとうにかわいくて、一緒にごはんを食べたり遊んだりして、私たちが遊びに行ったことをとても喜んで楽しんでくれました。こんなにかわいくていじらしい子どもたちが、なんの罪もない子どもたちが、大人たちに苦しめられて傷つけられているということはあまりにもひどいと思います。
どうか身の回りで寂しそうな子や困っていそうな子がいたら声をかけて手を差しのべてあげてください。私も日本各地を旅しているときに、何度も、街や電車の中などで、なにもそこまで怒らなくても、と思うくらい子どもを叱咤していたり狂ったように泣き叫ぶ小さな子どもを放置して立ち去ったりする光景を見ました。ケニアだと、そういう光景を見ると、通りすがりの人が声をかけたり、話しかけたり必ずしています。日本だと、どうしても回りは、見てみぬふりというか、「無視」していることが多いように思いました。そういうときに声をかけるのは、やはり勇気がいることですが、私も何度か声をかけました。バーバが一緒にいるときに、バーバが子どもや親に声をかけてくれたこともありました。
日本の子どもたちのところにもこれから、もっともっと行きたいなと思いました。
またバーバが一緒に行ってくれるチャンスもあるといいなぁと思います。
そんなこんなで、ほんとにいろいろな想いがいっぱいの日本ツアーでした。
ケニアに帰ってきたら、すぐにケニアの日常にどっぷりと戻りました。
目が回るようです。
事故にあったリリアンは、なんとか無事で本当に神様に感謝なのですが、帰ってきてすぐにリリアンに会い、事故についての詳しい話を聞きました。この事故は本当にひどいもので、リリアンのまわりの席に座っていた人々はみんな死にました。リリアンの隣りに座っていた人も、前の席の人も、その前の人も、みんな死んだのです。リリアンは奇跡的に、窓からそとに放り出されたらしく、気がついたら外で転がっていたそうです。前の前の席に座っていたカップルは、その事故の1分前に席替えをしたそうで、窓際に席を替えた女性が、頭から下にまっぷたつにちぎれて右側がふっとび、即死だったそうです。その隣りに座っていた彼氏は、それを見て半狂乱になり、ちぎれた腕をブラブラさせたままで四方八方を走り回り叫び狂っていたそうです。
そのような地獄の沙汰の真っ只中で、リリアンはさらに、生き地獄の光景を見ました。事故現場にすぐに人々が大勢集まってきますが、それは、人々を助けるためではなく、死人や怪我人の荷物に群がり、強奪するためです。群衆が狂ったように荷物を奪い合ったそうです。そんな中で、リリアンは善意の人に助けられ、車に乗せて病院に連れて行ってくれた見知らぬ通行人がいたそうです。リリアンは、となりの席に座っていたローズさんを助けだすためにまた車内に戻り、もうひとり、腕がちぎれて大量に出血している男性を抱えて、その善意の人の車に乗り込んで、町の病院まで行ったとのことでした。
その病院で、またさらに、地獄の沙汰を見ることに。
次々と担ぎ込まれてくる瀕死の怪我人や、すでに死亡した人々の遺体、そこで看護婦たちが何をしていたかというと、死人や怪我人の荷物に群がって、次々と中身を盗むことに忙しかったそうです。
これがケニアの現実です。貧困は、これほどまでに人の心や行動を醜くもします。
でもそんな中でも、決して人の荷物を盗むようなことはせず、困っている人を助けるために無償の好意で動く人もいます。リリアンを助けた人もそうです。結局彼は、リリアンたちを病院に連れて行って、助けて、そのまま名も名乗らず立ち去ったそうです。
こんなひどい事故を起こしたバス会社は、その事故の直後にも、「最も信頼おける安全運転のOX社」とCMを流していたそうで、そしてこうして被害にあった人々にもろくろく補償は出ません。
こうして九死に一生を得たリリアンのことを、キベラスラムの中では陰口をたたく人もいます。陰口をたたいている人は、私も知っている人だったりします。私たちが支援している貧困に苦しむ子どもたちの父兄だったりします。
リリアンが事故に遭い、マゴソの子どもたちやジュンバラワトトの子どもたちは半狂乱で泣きながらお祈りしていたそうです。バーティ君が、事故現場までリリアンを助けに行ってくれました。
ナイロビでも、私が書いた知らせを見て助けてくれたナイロビ在住日本人の皆さんがいました、ほんとにありがとうございました。
こんなふうに、この世は光と影に満ちているわけですが、何があっても焦点をぶらすことなく、光を見つめて生きていきたいと願います。
ケニアに帰ってきたら、あれもこれもやらなきゃいけないことが山積みで、あっという間に忙しい日常に戻りました。リリアンたちのワークショップも、廃材職人たちも、みんな張り切ってたくさん物品作って待っていました。受験の子どもたちもがんばって勉強しています。(トニーくんたち、いよいよKCPE受験です。)
ろくでなしの親や保護者に苦しめられている子どもたちも多いですが、今回の日本ツアーで話をしながら、そうやってろくでなしになってしまうそれほどまでに苦しい生活を強いられる世の中も悪いとつくづく何度も思いました。アピヨを血だらけになるまで虐待していた兄(先日、死亡しました)のことや、エミテワたちのことを数百円のお金で売った実のおばさんのことなど、何十回も何百回も講演で話しているうちに、同じ話を何百回も話しながら話すたびに自分の中でだんだん違う感情や別の理解が生まれてくることに気付きました。アピヨを苦しめた兄は20代で貧困の中に死にました、エミテワたちを売ったおばさんもとんでもなく貧しい村で、とんでもなく貧しい暮らしをしています。
リリアンが担ぎ込まれた病院で、死人や怪我人の荷物に群がる看護婦たちという地獄のように醜い光景とともに、目をそらしてはならないことではないかと思いました。
光と影を両方とも見つめて、その上で、光とともに生きていくということ、
そして、今自分が現実にできることを、小さなことでも一歩一歩やっていくこと、
がんばっていきたいと思っています。
皆さんどうかこれからも、一緒に歩ませてください。
これからもよろしくお願いします。
心から感謝をこめて
早川千晶
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