ケニア大統領選挙32
がんばろう!
2008/1/7
今日はまたぞくぞくとキベラから子どもたちが脱出してきました。
これで今日は30人くらいになっただろうか? (超えているかも。)
あぁ~ でも子どもたちの顔を見て、ほんとにほんとに安心した。
まさやに本当に感謝。そして応援してくれている皆さんに本当に本当に感謝です。
子どもたちはすごく怖い思いをしてきたようで、表情も堅く、いつになくことばも少なかったけれど、とにかく、仲間たちと再会できて少しはほっとしたことだろうと思います。
まずは写真見てください。
今日のまさやのうち
男の子たち(再会できて本当によかった)
女の子たち
リリアン
リリアン (相変わらずハラが座っている。ヨークと離れ離れになっていたときはかなり弱っていましたが、たくましさ復活! 動き回っています。)
今日はキベラのそばのナクマット(Ngong Road)で、朝早くからキベラの人々対象の食料配布がされていました。
だけど、もちろんみんなに行き渡るには全然足りなかった。
やっとのことでナクマットまで来たのに、もらえなかったマゴソのお父さん・お母さんたちに、お米1キロづつを渡しました。
わずかばかりだけれども、おなかペコペコだったということで少しは足しになってくれるかな。
あちこちのナクマットで、困っている人々に届けようという呼びかけがいち早く行われていて、入り口のところにそのコーナーがもうけられている。
大量に買ってそのコーナーに置きにいく人々、家から持ってきた古着など、次々と集まってきている。
こういうときにいつも思う。ケニアには、人の痛みを自分のことのように感じられる人々や、すぐに行動に移せる人々がたくさんいる。
キベラの中は、まったく落ち着いていない。
数日前からすごい勢いでキベラの中でムンギキがうごめいている。
夜に殺戮が行われるので、みんな恐ろしくてまんじりともできないでいる。
今日も、キベラから多くの人々が家財道具を抱えて移動していく人々がいた。
だけど、キベラ人の多くは、キベラ以外に行くところなんかない人々だ。
マゴソの子どもたちの多くもそうだけど、帰れる田舎ももうすでにない、もしくは田舎があってもあまりにも貧しすぎて生きていける状況にない、そんな人たちが多い。
もしも仮に、一時的に疎開させてもらえるような田舎があるような人であっても、キスムやカカメガ方面にはいまは移動ができない。
エルドレットーナイロビ間は、やっとのことでポリスエスコートがついて何十台でコンボイを組んで何とか移動できるようになった状態。
私の家族の一員のシルビアが、帰省先のカカメガから、昨日やっとのことでナイロビに到着した。ふだんだったら夜行バスで1晩で移動できる距離に、なんと、まるまる3日間かかってやっとのことで到着した。(命がけの移動だった。)
そんなにしてまで彼女が命がけで移動して帰ってきてくれたのは、私が明日の朝から仕事でガーナに行かねばならないことを知っていたからなのです。(彼女は私の留守中にも我が家の子どもたちをしっかり守ってくれている人なのです。)
自分がいなけりゃ私が困る、と知っていて、彼女は、危険地帯を命がけで移動して帰ってきてくれたのでした。
まさか、このような状態で移動してくるとは思ってもみなかったので、再会できたときはほんとに抱き合って泣きました。
彼女は、カカメガから、早朝移動開始してやっとなんとかキタレに到着、そこから先のバスがなくてキタレで1晩スタック。
その翌日、なんとかキタレからエルドレットに移動、しかしエルドレットから先のバスがなくてそこでまた1晩スタック。
そして、翌日、ナクルまでなんとか通過。(だけど何度も途中で立ち往生したらしい。)
そして、ナクルからナイロビへ。
と、ほんとに、やっとのことでの移動でした。
途中で、見るも無残な焼け跡や、傷だらけの人々をたくさん見たということでした。
マゴソスクールの先生たちも、ミゴリやキスム周辺の村に里帰りしているときに騒動になり、帰ってこれずにスタックしている人々がたくさんいます。
こんな状態ですから、キベラからなんとか疎開させてくれるような先があったとしても、移動することも簡単にできない。
だけどキベラの中での夜は、様々な恐ろしい音が響き渡っていて怖くて怖くてまったく眠れない。
・・・と、そのような状況です。
通常の仕事や物の仕入れやいろいろなことも麻痺している状態だから、お金を稼ぐ手段がない、そして食料を買いたくてもお金もない。
という中で、キベラでも、キベラだけじゃなくて国中のあちこちで、真昼間にも盗みが横行している。
食料を買出しに行って、その帰り道にすべて取られた人がたくさんいるということ。
私たちもとにかく、マゴソの子どもたちのために食料を買い出してマゴソまで運ぼうとしたけれど、キベラそばのナクマットでは早々にウガリの粉も売り切れ、そして買えたとしてもそれを運ぶのをどうしたらいいのかと、頭を悩ましています。
運んでいる最中に襲われる危険性がとても高い。
(マゴソはスラムの迷路の奥にあるので、車は入ることができない。)
こんな状態ではあるけれども、私は今日ほんとにつくづく思った。
これは簡単に解決できることではなく、今日解決して明日からは以前どおりの普通の生活に戻れる、というような状況ではない。
だけど、そういうときだからこそ、マゴソは早く通常通りの活動が復活できるようにするのが大切だと思う。
一刻も早く給食も復活させ、怖い思いをしてきた子どもたちがとにかく集まれる場所があって、1日1回はちゃんとごはんが食べられるようにしたい。
そして、どんな状況であっても、学校の授業も再開できるようにがんばる。
子どもたちには、それが救いになるから。
ジュンバ・ラ・ワトトの子どもたちは、なんとか全員見つけ出すことができ、明日(月曜日)の朝のバスでミリティーニ村に向かうことになった。
マゴソから先生が2名、付き添って連れて行く。
リリアンが子どもたちみんなに話をした。
いろいろ怖い思いをしたと思うけれど、子どもたちにとって大切なのは、勉強をすることだよ。と。
みんなで仲良く、助け合って、がんばって勉強しなさい。
キベラのことも心配だと思うけれども、ミリティーニ村に戻ったら、できるだけ考えないように、忘れるようにして、毎日楽しんで学校に行くこと、勉強をすること、それに集中するんだよ。
それが私たちの最大の願いなんだから。
だからみんなで助け合って仲良く幸せに安全に暮らしなさい。
ルオも、キクユも、ルヒヤも、カンバも、ドゥルマも、私たちみんなみんなまったく何の違いもなく、一緒に生きていく兄弟姉妹だよ。
そうやってリリアンが話して、マシモニ・ユースグループのジョンがお祈りをしてくれました。
ジュンバ・ラ・ワトトの子どもたちが15名、明日のバスで村に移動するけれども、まだまだたくさんの子どもたちがまさやの家に残り、そしてキベラの中でどうなっているか心配な子どもたちもたくさんいる。
お父さんが大怪我をしていて歩くことができず、お母さんが妊娠中でまもなく出産・・・という子どもたちもいる。
長期的にどうしていくかこれから考えていかないといけないけれど、今はとにかく、まだ再会できていない子どもたちの状況確認、ひどい状態の子たちはまさやの家に避難するかマゴソの中に避難する。そしてマゴソの給食復活と授業再開。家の状態がひどい子のところにはお父さんやお母さんに食料を渡したり、など。
そんなことを大急ぎで進めていきます。
私もこんなときだからよけいにしっかり仕事してこなきゃ。と思ってます。何事もお金がなければ動けないのだし、こうして仕事をさせてもらえることは本当にありがたいことです。
まさやは現在、私生活ゼロ状態でほんとに大変だと思うのですが、本当に心からありがとう。
そして協力してくれて応援してくれている皆様。ほんとうにありがとう。
ここ数日も、ナイロビ在住の日本人のご家庭が食料や毛布、タオル、服、日用品などを届けてくれたり、今日はナクマットで買出ししていたところに日本人の方々と出会い、声をかけてくださって、そしてその場で「これで子どもたちに食べるものを買ってください」となんと5000シリングも置いていってくださった方がいました。
このことをすぐにリリアンや子どもたちにも伝えました。
リリアンは、「ひとりじゃないって思えて、すごく励まされる」と言って本当に喜んで感謝していました。
本当にありがとうございます。
心は必ず伝わるし、伝わったときに何百倍もの力になってくれるということを実感します。
さっきUPした写真を撮るときに、子どもたちに、「日本ですごく心配してずっと祈ってくれているお友達がたくさんいるよ。そのお友達たちに、私たち無事だよ、元気だよっていう写真を送ろうね」と言って写真を撮りました。
子どもたちは、いろいろ怖い思いをしてきたらしく、すごく表情が暗くなってしまっていて心配だったのですが、そう言って写真を撮ったら、一生懸命笑顔を見せようとしていました。
そんなこんなで・・・
今日はほんとに、非常事態時にいかにして平常心で日常を取り戻していくかということがとても大事だと痛感しました。
マゴソで給食再開できるような準備や、ジュンバ・ラ・ワトト再開の準備など、リリアンとまさやと話し合い、お金も用意しました。
カテンベも帰省先から学校に戻らなくてはなりません。状況見ながら、十分注意しながら、です。
フリーダさんは、こんな状況下でもずっとキベラの中で怪我人、病人の世話をしていて、あのひどい状態になった夜に10人も赤ちゃんが産まれ、それなのにパッドが1枚もなく、・・・とそんな状態だったそうです。フリーダさん、本当にすごいです。
フリーダさんの診療所も、暴徒によって放火されそうになったところを、まわりの人々が必死でそれを防ぎ、守ったということです。
今日の新聞で、ケニア国内で難民状態になっている人々の数は17万人以上にのぼっていると書かれていました。
では、私は明日から22日まで行ってきます。皆さんどうかこれからもよろしくお願いします。
本当に本当にありがとう。
早川千晶
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