こんばんわ。
マイシャの二本木です。
この度はご署名頂きまして誠にありがとうございました。
24日、再申請をしましたが、残念ながら許可を頂く事ができませんでした。
お力を貸してくださったのにも関わらず良いご報告が出来なかった事が本当に悔しいです。
しかし、署名という機会を持った事で、人の温かさに触れ、大切さを実感する事が出来ました。
本当にご協力頂きましてありがとうございました。
2007/8/25
署名のお願い
2007年8月19日
皆様 こんにちは。
ナイロビの早川千晶です。
本日は、緊急の署名運動へのご協力をお願いしたくメールさせていただきます。
私たち、早川千晶、大西匡哉、バーティ・アスマン(Ali Bati Athman ケニア人伝統
音楽家)の3名は、58回ピースボートにバンクーバーから横浜までの区間に乗船させていただくことになっています。
ピースボートは、3ヶ月間をかけて地球を一周しながら世界各地で交流し、世界平和への様々な活動を行っているNGOです。
ピースボートのホームページ → http://www.peaceboat.org/index_j.html
私はこの船に、2006年1月(52回クルーズ)から水先案内人として乗船させていただくようになり、今回は5回目の乗船となります。
船の中で講座や音楽ライブ、座談会や討論会、ワークショップなどをしながら、皆さんと交流させていただいています。
ケニアの現状やキベラスラムのことなどを知ってもらうというためだけではなく、世界平和のために私たちひとりひとりができることを共に考え、これから先の人生への第一歩を一緒に踏み出していこうとしています。
54回クルーズと56回クルーズでは、マテラ長老をはじめとするケニア人伝統音楽家たち、そして大西匡哉も一緒に乗船しました。コーチン(インド)でも原爆の日の平和祈念イベントに出演させていただき、とても素晴らしい交流をさせていただきました。
今回、58回クルーズでは、地球一周の最後の区間となる、バンクーバー(カナダ)からスワード(アメリカ合衆国)、そして横浜までの17日間に乗船させていただくことになりました。
私たちはその後、9月19日に横浜港に到着してからすぐ、10月末まで日本全国ツアーをこのメンバーで行います。
今回、ケニアから参加してもらうことになったバーティ君は、昨年来日したマテラ長老の弟であり、カテンベ君の叔父にあたります。ドゥルマ民族の伝統音楽の巨匠、故ムゼーマサイの実の息子で、25歳の男性です。若手の伝統音楽家であり、今後の可能性が未知数の才能溢れる人物です。ピースボート、および、その後の日本ツアーで日本の皆さんと交流をさせていただくことは、彼にとっても素晴らしい学びの機会になることと思います。それと同時に、日本の皆さんに、アフリカの現状を知っていただく機会を作り、共に世界平和について考えていくことが出来る場を作って行きたいと思います。
ところが、このバーティのアメリカビザ取得が難航しています。
6月から、ナイロビで、カナダビザとアメリカビザ取得の手続きをはじめました。カナダは、空港から港までのトランジットで1泊のみの滞在ですが、このビザ取得も大変難しく、一度目には却下され、再申請の2回目でやっと取得することができました。
その後、アメリカビザを取得するべく、在ケニア・アメリカ大使館に出向きましたが、問い合わせのために門から中に入れてもらうこともできませんでした。門には、ケニア人の守衛さんがいて、その人が「オンラインでインタビューの予約をしてから来て下さい」とおしえてくれたので、すぐに在ケニア・アメリカ大使館のウェブサイトにアクセスして予約をしようとしました。http://nairobi.usembassy.gov/non-immigrant_visas.html
ところが、7月31日時点で、面接予約は10月18日まで満員で、予約を入れることができません。
そこで、記載されていた問い合わせ電話番号に電話をしてみました。ところが、出るのは機械の声で、「そのままお待ちください」と言われ、しばらく待ったあとで「おつなぎします」と言われるのですが、その後、ぶちっと電話が切れる。ということを繰り返しました。30回は電話しましたが、毎回同じで、結局一度も電話は人間につながりませんでした。
困ったので、メールアドレスにメール問い合わせをしてみました。何度もメールしましたが、一度も返答が来ていません。
再び大使館まで行ってみましたが、やはり門番は中に入れてくれず、問い合わせにも応じてくれません。
そこで困り果てて、インターネットで東京のアメリカ大使館のサイトを検索しました。
そこに問い合わせ電話番号とメールアドレスが出ていましたので、問い合わせをしてくれるよう、東京のピースボート事務局にお願いしました。メールの問い合わせには1回につき1500円かかります。問い合わせしたのは、「日本在住ではないケニア人が東京のアメリカ大使館で観光ビザの申請をすることができますか」と言う内容です。
「申請に必要な書類と情報がそろっていれば、申請は受け付けられる」という回答をもらいました。
なので、日本でビザの申請をするべく、予定を早めて、バーティと大西匡哉は8月14日にナイロビを出発しました。
15日到着、そして16日に準備をして、17日にアメリカ大使館に面接を受けに行くように予約を入れました。
すべての書類を完璧にそろえました。ピースボートの乗船バウチャー、日本に再入国するためのビザ(ダブルエントリービザを取得しました)、アメリカの前のカナダのビザ、ケニアの文化庁からのサポーティングレター、ピースボートからの招待状、早川からの身元保証書、バーティの地元の政治家からの身元保証書、行動予定表、バーティの行動にかかる費用をまかなうための銀行口座の残高証明、など。
必要書類はすべて完璧であったと思います。
アメリカの入国は、9月8日の am7:00入港、pm20:00出港予定 ですので、13時間のみの滞在です。
しかし、このビザがなければ、船に乗ることができません。たとえ船から一歩も外に出ないとしても、ビザが必要です。ビザを取得していなければ、乗船すること自体ができないということです。
8月17日、アメリカ大使館で面接を受けました。申請には、申請のたびごとに100ドル(12100円)がかかります。これはビザがおりなくても返金はありません。
短い面接後、申請は却下されました。
理由はわかりません。言われたのは、「在ケニアのアメリカ大使館から、面接の予約がいっぱいだというレターを持ってきなさい」ということでした。
しかし、門から中に入れてもらうこともできず、問い合わせ電話にも出てもらうこともできず、メールに対しても返事をもらえないのですから、どうやってそのアメリカ大使館から証明レターをもらえばよいのでしょう?
私たちはあきらめずに再申請をしたいと思います。が、必要だと言われた、「ナイロビのアメリカ大使館では面接の予約がいっぱいだというアメリカ大使館発行のレター」はもらうことができませんので、他の方法で説得をしなければなりません。
在東京のケニア大使館に相談をすることにしました。本日、8月20日(月)の朝に、一等書記官の方が快く面会を承諾してくださいました。
さらに、バーティのアメリカビザの再申請をサポートするための、嘆願署名運動がはじまりました。東京の、マイシャ・ヤ・ラハ基金が中心になって取りまとめしてくださっています。
今回、バーティはアメリカで何らかの活動を行うためにアメリカビザを取得したいのではなく、目的はあくまでも、ピースボートに乗船して日本の皆さんと交流をすることなのです。ですが、このアメリカビザが取得できなければ、乗船することがかないません。
私たちは、これからのドゥルマの社会をになっていく若者のひとりであるバーティ君に、様々な学びの機会とを提供したいです。そしてさらに、日本の皆さんにとっても、アフリカを知り、共に影響を与え合える、良い交流の場を提供し、これからの未来に向けての良い動きを作り出していきたいと願っています。
どうか心からのお願いです。この署名運動にご協力をいただけないでしょうか。
以下は、一足先に日本入りした大西匡哉が書いたメッセージ、そして、それに続いて、マイシャ・ヤ・ラハ基金の代表 二本木希衣子さん 副代表 一和多澄佳さんからのメッセージです。
私は8月30日にナイロビを出発して日本に向かいます。31日の夜に日本到着、そして、翌日の9月1日には私、大西匡哉、バーティの3名で成田からバンクーバーに向かいます。これが可能になりますよう、どうかご協力をお願いいたします。
いつも本当にありがとうございます。
皆様にお会いできるときを楽しみにしています。
早川千晶
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●大西匡哉からのメッセージ
大西匡哉です。現在ケニアから一緒に来日している相棒のALI BATI ATHMAN君のアメリカビザ取得のための著名活動を行っています。
9月2日からピースボートにカナダのバンクーバーから乗船するのですが、途中アラスカのスワード港にたった13時間寄港するために必要なアメリカビザを17日の申請では拒否されてしまいました。ケニアでは申請の手続きさえ出来ない状況だったので、あえて日本で申請するために彼は現在来日しています。
23日に再度申請手続きをしに行くのですが、その前にケニア大使館に行って協力を御願いようと思います。
より多くの著名が集まればビザ取得に繋がると思うので、皆さんご協力御願いします。
メール署名にご協力をお願いします。下記に必要事項をお書きになってコピペして、info@maisha-raha.comにお送り下さい。お願いいたします。
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・お名前
・メールアドレス
・ご住所
・私はAli Bati Athmanさんがピースボートに乗船し、Kenyaの伝統音楽を通じで、世界に平和の音楽を広める事を応援します。
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●マイシャ・ヤ・ラハ基金からのメッセージ
マイシャヤラハ基金より、皆様にお願いがあります。
私たちはケニア在住の早川千晶さん、大西まさやさんと共に
現在、活動しています。来月から日本での秋のツアーが始まります。
その前に、9月1日からピースボートに乗船します。
今年はドゥルマの若きパーカッショニストのBatiも参加し
三人でピースボート、そして各地を周る予定です。
Batiはドゥルマ民族の伝統音楽一家の末っ子として生まれ
5歳の頃には家の中にあるナベなどを並べて叩きはじめ、
10歳の頃には村祭りや兄たちの伝統芸能グループに参加して
ステージに立ちはじめました。
1992年から、ケニアミュージックフェスティバルに参加し、
94年から98年の間は毎年優勝し、小学校卒業後、様々な
ダンスグループのパーカッショニストとして活躍。国内外の音楽祭に出場し、数々の賞を受けました。
2006年4月、ウガンダのアマクラ音楽祭にケニア代表として出場したセンゲーニャ若手のNo1です。
しかし、Batiのアメリカビザが発給されず彼が乗船出来ない
可能性が出てきている次第です。
ナイロビで何度かチャレンジしたのですが予約がいっぱいだと言われ、
止むを得ず、日本で発給してもらう為に8月15日に大西さんと
来日しました。
しかし、17日の再チャレンジも虚しくとり合ってもらうことが出来ませんでした。
私たちは、昨日、Batiに会い話をしました。
彼は、僕はとにかくピースボートに乗りたい!そこで太鼓を
叩きたい!と強く訴えていました。
覚えたての日本語で「オネガイシマス」と神に祈るかのように
気持ちを伝 えてくれました。
もしピースボートに乗れなければ彼が今まで懸命に練習を
してきたことが水の泡になってしまうんです。
なんとかビザを発給してもらいピースボートに乗せてあげたいと思っています。
私たちなりに出来る限りの事をしようと思い、嘆願書を作成しケニア大使館に持参して彼の人物を認めてもらってから、
アメリカ大使館に行く計画をしています。
この計画は、もしかしたら駄目かもしれません。
しかし、後悔はしたくないんです。やれるだけの事をしようと
思っています。
時間が迫っている今、早急に動いて進もうと思っています。
私たちは、一人でも多くの方からの声を頂きたいんです。
彼が悪人ではないこと、ケニアの太鼓を知ってもらう為に努力
している事、ピースボートでたくさんの経験をしそれをケニア
で
伝えたいと希望している事など彼を認めて頂けるような一言
もしくはメッセージを書いて頂いて(可能であれば英語、ご無理なようでしたら日本語で結構です)共にお名前、ご住所を添えて下記メールアドレスに送って頂きたいと思っております。
<info@maisha-raha.com>
どうか皆様のお力をお貸し下さい。誠に勝手極まりないお願いで申し訳ありません。何卒宜しくお願いします。
マイシャヤラハ基金
代表 二本木希衣子 副代表 一和多澄佳
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●バーティ君のプロフィール
●アリ・バーティ・アスマン (ALI
BATI ATHMAN)
ケニア人パーカッショニスト。26歳。ケニアのモンバサ近郊ミリティーニ村在住。
1981年、ドゥルマ民族の伝統音楽一家の末っ子として生まれる。母親は伝統祈祷師、父親は伝統治療師。
父親(故アスマーニ・マサイ)はセンゲーニャと呼ばれるドゥルマ民族の代表的な伝統音楽のリーダーであった。
子どもの頃から様々な伝統儀式を見て育ち、そこで行われる音楽を自然と身に付けていく。
5歳の頃には家の中にあるナベなどを並べて叩きはじめ、10歳の頃には村祭りや兄たちの伝統芸能グループに参加してステージに立ちはじめる。
1992年から、ケニアミュージックフェスティバルに参加し、94年から98年の間は毎年優勝しつづける。小学校卒業後、様々なダンスグループのパーカッショニストとして活躍。国内外の音楽祭に出場し、数々の賞を受ける。
2006年4月、ウガンダのアマクラ音楽祭にケニア代表として出場。2006年8月、ピースボート54回クルーズに参加。現在26歳、まだまだ発展途上の若者代表。