
| ──2995年、アルマータ島。 | |
太洋の端に浮かぶこの島は、世界を大きく動かした。
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─ What's new ─ |
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■Awakening |
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| O.C.(オクスアイ共同体)の地質調査により、ある海域の浅瀬に、大規模なトリウム鉱床が発見された。 この発表に対し、テティスは鉱床の発見地点が自らの領海であると主張、領海内での無断調査に対する謝罪と賠償をO.C.各国に要求するが、O.C.側は同地点は公海であると反発。 国内のエネルギー関連企業に近海の探査権を与える。 テティスとO.C.のいつもの小競り合い、最初はただそれだけのことと思われていた。 |
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■Deterioration |
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| ただの広大な無人島であるアルマータ島がこの年、俄かに脚光を浴びるようになる。 本年初頭、採掘プラントの完成を間近にして、テティスが国際法を盾に鉱床の北西に存在するアルマータ島の領有権を主張し、鉱床が領海内であるという宣言の正当性を訴えたのだ。 しかしO.C.は、同島が共同体加盟国であるO.C.イェルダールの領内であったと発表、テティスによる領有権の主張自体が見当違いであると非難する。 元々歴史的に軋轢の多い二国だけに、その関係の更なる悪化に長い時間は要さなかった。 同年6月、領有問題の目処が立たないままテティスはアルマータ島北部に軍を派遣、駐屯させるという強硬手段に出るが、O.C.もこれに対抗して同島南西に共同体連合軍を派遣。 かくして自然の楽園であったアルマータ島に緊張が走る。 そして遂に同年10月、テティス側の進軍により、両軍は交戦状態に突入する。 ──様々な条件が重なり、航空機も戦闘車両も使えず始まった紛争。 それは、白兵戦などを含むゲリラ的戦術を中心とし、おおよそイメージされる「現代の戦争」の姿とはあまりにもかけ離れたものであった。 |
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■...In Alma-ata Isl. |
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開戦当初の熾烈な前線争いは既に息を潜め、島内は静寂に包まれている。僅か数十mを監視し、そこから監視される事で成立している戦争。 迂闊な攻撃は敗北を意味し、不用意な偵察は、敵の防御を促す糧となる。 まるで、予定調和の様な睨み合い。笑うと負ける、にらめっこ。 今日も、この島は静寂に包まれている・・・。 ──開戦当初、両軍は持てる軍を総動員して、敵防衛線の突破を目指した。 だが、島全体に広がる湿地と密林により攻撃は難航し、補給も困難を極めた。 その結果、兵站を重視した両軍は無理な攻撃を避け、防御に重点を置き始める。 ・・・こうして前線は西部より硬直化し、2997年初頭には全ての戦線が固定されていた。 |
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膠着する戦線を唐突に打ち破ってきたO.C.共同体連合軍。 敗北を覚悟したテティス兵の見たものは・・・ |
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──2996年、紛争の開始と共に、両軍はめざましい進軍を見せた。
それと同時に、島内の至る所でゲリラ戦の様な小競り合いが繰り広げられた。 ・・・彼らはまだ、この島の真の恐怖を知らない。 |
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■...In Alma-ata Isl. |
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──2997年8月、O.C.はCNNUと軍事協定を結び、彼らにアルマータ島への支援部隊の派遣を要請した。 同10月、CNNUは多脚有脚兵器「ヴァクロフ」をアルマータ島に投入。 それは対人戦闘に非常に優れたもので、テティス兵からは「鋼鉄の蜘蛛」と呼ばれ怖れられた。 その僅か2ヶ月後、O.C.の戦線は、テティス軍司令部の1km手前にまで肉迫。 テティスは司令部の後方移設を余儀なくされる。 |
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彼は、ただの新兵であった筈だった。 |
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睨み合いをする為に戦場に来た訳ではない。
両者に欠けているモノは、戦線を動かす「決定打」。 何でも良い、味方を揺り動かす「何か」が、両軍には必要なのだ。 |
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その部隊は歴戦を生き抜いてきた優秀な部隊であった。
だが、それは必ずしも全員が優秀な訳ではない。 その事に気付いた時、彼らのメッキは脆く崩れ去る。 |
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天運とも言える才能と、曲がりなりにも地の利を得て戦い抜いた3人の男達。
だが、それだけでは戦場を生き残る事は出来なかった。 しかし、彼らに人の利が加わった時──その恐怖は計り知れないものとなる。 |
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終戦後、撤退したテティス軍の司令部で、その戦闘記録を漁る影。 記録は2997年。 「鋼鉄の蜘蛛」が、逃げまどう敵を喰い散らしていた時である。 だが、残された戦闘記録に、その勇姿は無かった。 |
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■...In Alma-ata Isl. |
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──司令部陥落寸前に追い込まれたテティスはこの年の2月、試作段階であった“歩行戦車”「ルツィンデ」を急遽戦線に投入。 その戦果は凄まじく、有脚兵器同士による初の会戦「バラク─ヤディク渓谷攻防戦」では、敵ナユタ級12体を僅か2体で殲滅する程の快挙を成し遂げた。 同時に、テティスは歩行戦車の生産を本格化。戦争はその姿を大きく変えていった。 |
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「アルマータ症候群」と呼ばれる、テティス兵により多く見られた精神疾患。 |
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一体、何が善くて何が悪いのか? 何を信じて何を疑うのか? |
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080822) 一体、何が善くて何が悪いのか? 何を信じて何を疑うのか? 一体、何の為に戦い、何の為に散っていくのか? ──それらに解は不要だ。 少なくとも、この場所に居る限りは。 |
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■...In Alma-ata Isl. |
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全ては、ここから始まる──。 ──2997年末、アルマータ島において「戦線」という概念が消えた。 有脚兵器の機動性により両軍の作戦半径はかなりの広域に及び、テティス司令部南20kmの地点以南に、広範囲の「戦域」を形成したのだ。 2998年以降、情勢は加熱の一途を辿り続け、もはや「紛争」とは言えないレベルとなっていた。 しかし、CNNUと協定を結んだ事でO.C.が物量的に勝り、戦域を次第に北へ押し上げていった結果、紛争は終結へ向かっていった。 そして2999年12月8日、テティス中央議会はアルマータ島からの撤退を決定。 同23日、テティス大統領・フレンツヒェン・ゼーベック氏はO.C.より提出された降伏文書に調印、アルマータ紛争は終結した。 |
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共に歩を進める者が、同じ志を持つ者とは限らない。
利害の為には、主義主張を捨てねばならない事もある。 当然“僅かな代償”を支払わされる者も、少なくはない。 |
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確かに腕の立つ兵士であった。
そして、頭の回転も悪くは無かった。 ・・・しかし、自分が運命に弄ばれようとている事に、気付いてはいなかった。 |
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少なくとも、想像していた「地獄」とは違った。
そこには、広大な殺人現場と、怯えた目をした殺人鬼達以外何も見えなかった。 これならば、人外のモノが蠢く地獄の方がどれだけマシだろうか。 |
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逃げ込んだ地下室は、下へ下へとさらに伸びている。 最初は誰もがそう思った。
しかし、調べているうちに判って来る。 「下」と上の連絡の為に、この地下室が後から作られたのだという事を。 |
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モノを隠す時は、却って目に付く場所に置くと良いと云う。
それはヒトを隠す場合であっても同様だ。 そして彼もまた、そうあった。 |
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既知の情報、未知の事象。 その間で揺れ動く憶測、妄想、感情。 下した決断に評価を与えてくれる「誰か」はここにいない。 |
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090304) 新たな仲間。 新たな脅威。 自らの 意志に関わらず、状況は流転する。 この長い一日に、終わりは来るのだろうか。 |
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090304) 目前の「敵」を排除するために、より利害の対立が少ない相手と手を組む。 これが「利口なやり方」というもの。 ──本当に? |
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090310) それを相応しい末路と見るか。 それとも私刑と批難するか。 おそらく正解は存在しないだろう。 あるいは間違いも。 |
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written by Yaoroz and G.T. illustrated by. sagittal [ mail to writer : gt_alb at msn.com ] |