2004/11/30 updated
ファーネリアは、復興のよろこびにふるえていた。
王の帰還が、人々を廃墟へと呼び戻した。そして、それを建て直す力を与えた。失ったものを忘れはしない。だが、嘆くだけで過ごすときはもう過ぎた。新たな王のもと、かれらはふたたび国を築くのだ。
その王は、ひとりの少女とともに王家の墓所にいた。
大樹に囲まれたその場所は、あの戦を、国を滅ぼした炎熱を知らぬかのような穏やかさに包まれていた。
「兄上……やっと帰ってきたよ。おれたちの故郷、ファーネリアへ」彼は白い墓石の前にひざまずいていた。ゆるやかに垂れた頭。表情は見えないが、声はあくまで静かだった。「どうか、ここから国の行く末を見守っていてくれ」
「ずいぶん昔のような気がする……あたしがはじめてこのファーネリアへ来たの」木々の葉のあいだから漏れさす日の光が、あたりを淡いかがやきに浸している。少女のやわらかな栗色の髪も、その情感豊かな瞳も。「これから、どうするの?」
立ち上がった彼の眼差しに、迷いはなかった。「ガイアの未来は、おれたちの想いが作っていくんだ」意を決したように、歩みだす。一歩、二歩。聖域を守護するかのごとくひざまずいた、巨大な機械仕掛けの守護神の方へ。
彼は顔を仰向け、強い眼差しでそれを見上げた。その足下でたたずむこと暫し。かるい身ごなしで立てた膝に登ると、彼は伝説の匠の手になる無敵の甲胄の胸から、赤くかがやく宝珠をとり出した。
甲胄から、光が消えた。かりそめの命を失ったかのように。
彼は飛び降りると、ふり返った。数多の戦をともにし、生死をもともにした、魔法の機械を。白い小鳥が、おそれげもなくその機械の上を飛びすぎた。鬼神のごとき戦いぶりを知らぬかのように——いや、そうではない。あたかも、二度とふたたび巨人が立ち上がることはなく、剣を持つことはないと……そう知っているかのように。
「ありがとう、……エスカフローネ」
見守っていた少女のかたわらに戻ってきた王の表情は、おだやかだった。バァン、と小さく名を呼ばれて、彼は少女を見た。
「エスカフローネには、眠っていてもらった方がいいんだ。あいつにたよらないファーネリアが……ガイアが、兄上の想いなんだ」そう言って、彼はその澄んだ視線を遠くさまよわせた。彼のだいじなひとの命がはかなく散ったはるかな地が、その眼には映っていたのかもしれなかった。「おれは、その世界を見てみたい」
「……あたしも、バァンと見たい」つぶやいて、少女は眼を伏せた。まつげが頬に淡い翳を落とす。「だめ、かなあ。あたし……このガイアが、ファーネリアが好き」そして、とつづく言葉はあったのかもしれないが、飲みこまれてしまい、声にだされることはなかった。
「かまわないさ」少年の声はやさしかった。「ひとみが、そうしたいのなら」
顔を上げた少女に、彼は微笑みかけた。あまりにやさしすぎて、せつないほどの笑顔で。「でも、おれたちはいつでも逢えるだろう? 想いが通じていれば」
バァン、と彼の名を呼ぶ少女の眼に、疵ひとつない水晶のように澄んだ涙が浮かんだ。
「これ……」白い指にからまった鎖の先に、淡く光る石が下がっていた。いにしえの力を秘めた首飾りは、少年が黙ってさしだしたてのひらに、するりと落ちた。「持っててね、……バァン」
受け取った手が、そのまま少女の手首をつかみ、引き寄せた。ふたりの影が、かさなった。
「あたし、忘れないから」少女の声は、ふるえていた。「おばあちゃんになっても」ほそい腕を少年の背中にまわし、決意をこめて、ささやいた。「……ぜったいに、忘れないから」
くり返すごとに、少年の腕に力がこめられた。
そのふたりの姿を、見守るものがあったかもしれない。かれらの想いを祝福するものたちが、ふたりを見守っていたのかもしれなかった。ひっそりと、誰にも気づかれず。
……そして。少年王は、右手を高くさし上げた。その掌中には、赤い宝珠が握りしめられていた。それはほかでもない、ふたりが初めて出会ったあの日、彼が獲得したものだった。機神を動かす力のみなもとだった、エナジスト。その内に宿された光が少しずつ強まり、ふたりを青白い光が包み——そして、光の柱が立った。
少女の身体が、ゆるやかに上昇をはじめる。
「あたし、忘れないから」涙ぐみながら、なんとか笑みを浮かべようとする少女を見上げて、少年は彼女の名を呼んだ。ただいちどだけ、万感の想いをこめて。
少女は光の渦にのみこまれ、天空高く飛び去った。
その日、少女を運んだ光の柱は、ガイアのいたるところで見られただろう。
ファーネリアの城下で、猫人の娘が少女の名を呼んで、大きく手をふったかもしれない。はるかアストリアでは天空の騎士とその妹が、空を見上げて別れを告げたかもしれない。高速艇で冒険をともにした男たちが、見送ったかもしれない。美貌の王女が、王城の露台から別離の言葉を告げたかもしれない。音に聞こえた豪商の跡取りが、浮き舟から氷塊のかなたにたつ光の柱を眺めていたかもしれない。幼くして一国を支えることになった青い瞳の王子が、僧らとともに祈りをささげたかもしれない。そしてどこか遠くで、もぐら人の男が、光の柱が消えゆくところを見守っていたかもしれなかった。
かれらは知っただろう。少年が、少女との約束を守ったことを。
これが、ファーネリア再興の祖、白き翼の少年王として知られるバァン・ファーネルの若き日の冒険のすべてである。彼と、彼の想い人たるまぼろしの月から来た少女との物語は、これで終わる。ふたりのあいだでは、それは永遠につづくのだろうけれども……われわれの知るところでは、もはやない。
Yufuko Senowo 2004 (first uploaded 1996 SUNRISE STATION@NIFTY-SERVE)

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