さすがの私でもオペラを聴く前から作品名だけは知っていたのですが、こういう「濃い」ラテン系の作品には、心理的に抵抗が強くて、なかなか腰を据えて聴こうという気になれませんでした。どの登場人物も、自分の感性からは程遠く、音楽も馴染みのある旋律は多いものの、内心「そんなに面白いとは思えないけど…」と思っていました。
彼が人気闘牛士エスカミーリョ役をレパートリーに入れたのは、2005年の秋からです。男性低声歌手の華やかな役どころではありますが(でも実は、(*1)歌う箇所は少ない…)私はこの役を「バリトン」の役として捉えていたので「深いバス」の彼がまさかこの役を歌うとは、思ってもみませんでしたし、こんなコテコテのラテン系の、歯が浮くような台詞言いまくりの紙みたいな男の役なんて、恥ずかしいから絶対にイヤ!と、ずっと突っ張っていました。
そんな訳で、今の彼のレパートリーの中では、積極的に聴きたいとはどうしても思えませんでした。
(*1)闘牛士の歌&その後のカルメンとの台詞のやり取り+3幕のホセとの決闘&幕切れの舞台裏での「と〜れあど〜る♪」+4幕のカルメンとの短い2重唱、これを全部合わせても、20分前後というところでしょうか。
とはいえ、滅多にどころか殆どネット放送を行わないリンデンからの生中継があるとなれば話は別。しかも、フランスとドイツではTV中継までするという話で、にわかに身辺が賑やかになってきてしまったという訳です。
彼は来シーズンもこの役を歌うし、今後数年間レパートリーにすることも充分考えられるので、「作品と向き合ってみようかな…」と少し前から思い始めてはいて、図書館でCDを借りてきたり、手持ちの映像で、エスカミーリョが出てくるところをチェックしたりとか、下調べ?をやっていたのです。
映像があると、どうしてもエスカミーリョの気障な演技に目が行って気が散るので、音だけの方が「照れずに」鑑賞できるような気がしました。なので、いずれ映像が観られる可能性があるかもしれないとはいえ、先に音だけ放送してもらうのは願ったり叶ったりではあったのです。
エスカミーリョとは関係なしに、もう一箇所2幕冒頭の女声3人による「ジプシーの歌」が、とても気に入ってます。この部分は、家にあった古い録音を最初に聴いた時から、耳に残っていました。今回色々とつまみ聴きした中でも、やはりこの部分は印象的でした。
というわけで、2幕の前半が一応私の大きな聴き所、と言えるかもしれません。
全体はあとでゆっくり聴くとして、まずは2幕と3幕をちゃんと聴いておこうと思ったので、放送は2幕から聴き始めました。「ジプシーの歌」の部分から、私好みに、かなり派手に煽っていたので、すっかり気分は高揚状態。そして派手派手な登場の音楽に乗って歌い出す彼。
…なんか、超カッコつけ野郎じゃないの、もしかしたら…
ものすごく力が入っているところが、逆に私には「カッコつけ野郎」に聴こえてしまって、クスクス笑いが止まりませんでした。彼にしてみれば、滅多にない「若い男性の役」ということ+恐らくこの公演が、今シーズンのFinal Stageだと思うので、張り切っていたのか、この役を歌う時にはいつもこんな感じなのかどうか、気になりますけどね。
登場の音楽が派手派手で、これに合わせて出てくるのを想像しただけも、恥ずかしいと思っていたんですが、彼の固い歌い回しだと、寧ろこうやってアクセントを強くして、重戦車みたいに四角四面に煽られたほうが、しっくり来るんじゃないの?と何度も聴き返していて感じました。
そして、いやよいやよも好きのうち…というのか、私にとって、彼が歌う云々に関わらず、ここまで過剰反応を示した役柄って、エスカミーリョ以外に、他に思い浮かばない…ということは、それだけこの役に対する関心が強かったとも言えるわけです。
この役を彼に歌って欲しくないと、頑なに拒んでいた理由は、この役にはある意味男性の肉体的な強さ、すなわちセックスアピールを極端に意識させる点が備わっているからかもしれません。
私にとって、この声と歌い方で歌われ、且つオーケストラのリズムの取り方次第で、この曲には抗い難い男性的魅力があるのだということを、身体で実感しました。華やかなバリトンが粋に歌うのではなく、暗い音色のバスが歌うことによって、その「男性的強さ」がより明確に前面に出てくるような気がしました。
とはいえ、彼以外のバス歌手に歌われてもそういう風には全く感じないし、彼が歌わなかったら、この点には一生気がつかなかったかもしれません。
明け方に、お部屋真っ暗の中ヘッドホンで…という環境も影響したとは思いますが、理性で「ときめいちゃ、だめ」とブレーキをかけていても、たった5分間で顔だけではなく、体全体が熱く火照ってしまったら、もう抗えない…頭の中は真っ白…
ネットのお陰で、部分的にですが、いち早く映像を見ることができました。4幕のカルメンとの2重唱では、ずばり「それ」を示唆した舞台になっていると感じました。この部分、音だけだと彼の暗い声質も影響しているかと思うのですが、かなり格調高く決めているな…と思ったのですが、さすがにベルリンの舞台では、一筋縄では行かないと申しましょうかf(^^; ★こちら★
実は、3幕だけは回線が繋がらずに聴くことができなかったので、それ抜きの感想になりますが、全体的にもとても気に入りました。何しろ、大好きなオケの演奏ですしね。力んで歌う彼の「トレアドール」同様、洒脱で軽快とは言いがたいので、ラテンオペラが本当に好きな人には、なにそれー!って言われちゃいそうですが、こういう作品を重めのドイツのオケで聴くのは、悪くないと思います。この音色の程よい暗さ&重さ加減が、私には(そして、多分彼の歌にも)ちょうどいいのかもしれません。
バレンボイムの指揮が想像以上に良かったので、これは嬉しいビックリでした。昨年末の《ボリス・ゴドゥノフ》よりも、こういうラテン系の音楽のほうが、かえって合っているような気がします。前奏曲、「ジプシーの歌」を聴いてもそう感じました。こういう重めの煽り方は大好きです。また「花の歌」の伴奏部分の個々の楽器の色合いなど、今までに聴いた事のないような美しさで、歌よりもそちらの方に聞き惚れてしまいました。この放送を通じて、初めてこの作品が自分の中に、まっすぐ飛び込んで来たと言えるのかもしれません。
ドマシェンコは、知的な感じのカルメン。台詞の声は低いんですけど、歌うと結構澄んだ声に聴こえるので、爽やかなというか、もたれない感じで、いいと思いました。この役にも色々なアプローチがあるかと思いますが、私はドスの効いたカルメンよりも、こういう感じの方が好きかなぁ。
彼女はこの役を、ここ数年あっちこっちで歌っているからかしら、フランス語の言い回しは同じロシア人の彼よりも、数段こなれていると思います。彼は、台詞回しは悪くないと思うけど、今ひとつ馴染めてないような感じがしますしf(^^;
ホセのヴィリャゾンも、《ボエーム@パリ》のロドルフォで聴いた時よりも、程よい暗さが感じられました。
ですので、エスカミーリョとの2重唱を、どうやって歌っていたのかが非常に気になるところですが、気長に待っていれば、聴けるかもしれませんし、TV収録された映像も、いつか日本で見られれば嬉しいのですけど。
絶対に観たくない、聴きたくない、とあれだけ突っ張っていたのに、
聴いたら簡単に(どころか猛烈に)堕ちてしまうのが弱いなぁ…と思いつつ、それでも彼の新たな一面を知ることが出来たことは、やっぱり嬉しいです。
「観たくない、聴きたくない、なんてずっと言ってて、ごめんなさい。許して…」と、心の中でひたすら懺悔しておきましたf(^^;