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レポレッロ・レポは★こちら★
さて、紆余曲折?!を経て、開演一時間前にようやくゲットしたチケットで観た《ドン・ジョヴァンニ》。
果たして正常な精神状態で鑑賞できるんだろうかと、内心ドキドキだったんですが、始まってみると(チケット買うときに、レポレッロが本当に彼なのかどうかを確認し忘れていたので、出てくるまでは気が気ではなかったですけど)意外と冷静に鑑賞できました。
演出は、殆ど「あってないようなもの」でした。壁面も含めて全面黒塗りの舞台の、向かって右側の奥まった位置&左側の前の方にテーブルが2つ、対角線上な感じで置いてありました。装置は全編通してこれだけ。幕もありません。
こういう演出の時には、逆に個々の歌手の個性や解釈が、そのまま役作りに現れるような感じがするので、歌手にとっては個性を試される、ある意味難しい面もあるかもしれませんね。
この公演が始まる2週間前に、舞台装置のトラブルに見舞われて、構想を一から考え直さないといけなくなったそうですから、本当はもっとゴージャスな舞台だったのかもしれませんが、いずれにしても、至極オーソドックスな演出というコンセプトに変わりはないんじゃなかったのでは?と睨んでいますが。
席は2階の右サイドの、馬蹄形のカーブの位置あたり。この位置だと、右側4分の1ほどが見切れてしまいます。
ですので、右側のテーブルは隠れて全く見えませんでした。だから、右端で歌っている時は、姿が全く見えなくって・・・
(悲しいことに晩餐〜フィナーレまで、レポレッロはずっと右側でした^^;残念!)
距離的には、顔と雰囲気がぼんやりと判別できるくらいでしたが、初めて、咽から手が出るほどオペラグラスが欲しい!!と思いました。
歌手は、お歌の出来として一番良かったのは、オッターヴィオかな。フランチェスコ・ネーリ(Francesco Meli)という80年生まれ(!)のイタリアンで、ロッシーニなども歌っていて、あっちこっちでひっぱりだこだそうですが、それもうなずけます。第一声から引き込まれましたし、最後までじっくり聴かせてくれました。上にスコーンと綺麗に抜ける、モーツァルトを歌うテノールにピッタリの声だと思いました。
見た目も、遠くからだとそれなりに見栄えしますし。
オッターヴィオの人格はどうであれ、アリアの旋律は結構好きなんですけど、滅多にこれ!と思える人がいなくって。
単に退屈なだけになりがちなのに、聴かせてくれました。2つのアリアの最中、会場がシーンと静まって、聴き入ってる・・・って感じが伝わってきました。
調べてみたら、一昨年の秋にネット放送で聴いたシュロットのDG@ジェノヴァの時も、この人がオッターヴィオだったそうで、そういえばこの時の放送も、オッターヴィオが一番いい!!って思ったんでした。是非、フェランドとか、イタリア人なので歌ってくれないかもしれませんが、タミーノを聴いてみたいですね。
タイトルロールはエルヴィン・シュロット(Erwin Schrott)。昨年Metの来日公演でもこの役を歌っていて、話題になりましたね。
私自身は、ヴィノグラドフより4歳お兄さんで、ほぼ同世代、声域がほぼ同じで、レパートリーも被るものがいくつかあることから、何気に注目してはいたんですが、生で観るのは初めて。映像での経験はマチェラータの《ボエーム》と、音だけではネット放送での、先述のジェノヴァでのD.Gと、昨年2月のROHでのフィガロを聴いてます。その時は、あまり強い印象は残らなかったんですが、やっぱり生で観るといい!って素直に思いました。ここ数年、この役で大きなオペラハウスを席巻しているのも、自信に繋がっているんでしょうか。
なんといっても見た目と振る舞いに、この役には絶対不可欠な華があります。要所要所では、胸元をチラリと見せた衣装もサマになりますし。遠めで観てても、若さが匂い立つようでした。
まぁ、見た目だけで歌はねぇ…っていう方もけっこういらっしゃるようですし、歌は確かに、微妙に流しちゃうところとかもあるんですけど、声的にも私好みの重心の低い、バスのジョヴァンニですし、姿に騙されちゃうのか、私は気になりませんでした。
野性味溢れる、貴族の若様って感じでしたが、けっこう気障っぽい動きとかも、自然にこなしているし、嫌味に感じない。メトの来日公演をご覧になられたBelle de Nuitさんが
「クサイ演技だと安っぽいコメディになるし、演技が足りなければナルシーぶりが伝わらないしで難しいところだと思いますが、シュロットはギリギリの所でバランスをとって、ナルシストな(だから端からみたら笑っちゃう部分もある)カッコいい色男になりきってました。声もしっかりと太くて、俺様系列のドン・ジョヴァンニにぴったり。」
と書いていらっしゃいますけど、正にその通り!って思います。これ以上の形容は思い当たりません(笑)
ということで、今回一番可笑しかったのが、エルヴィラ登場のアリアの場面。堅物レポレッロにカタログを出させて、それを二人で見ながら、なんだかヒソヒソ…
さて何人目かな、と確認したところで、ヒョイ!と片足を出して、レポレッロに靴(ブーツ)を磨かせて、それこっちも頼むぜ!って感じで、もう片方も出して、最後に髪形も手で整えてから、口説きに入って「おまえ、エルヴィラかよ…」って、唖然(^^;
レポレッロは「あっちゃ〜(><;」ってな感じで頭を抱えてしまうし。
地獄落ちの場面でだんだん苦しんでいく所、内蔵から焼け付くような熱さが彼を苦しめている!って感じでの狂って行く様子、すごく良かったです。この部分は、それまで殆ど伴奏状態だったオケが、別物のような気合の入りよう+男声合唱+柔らかいけど力強い声の騎士長、ますますDeepでDarkになった声で、こういうアンサンブルでは本領発揮のレポレッロ、骨太声のジョヴァンニの、バスでもそれぞれ声の質の違う3人のアンサンブルも充実してましたから、本当に引き込まれました。流石にマゼール、聴き所のツボは外しませんね(^^!
この場面、途中で左側から若い女性の亡霊が10人くらい出てきて、ジョヴァンニを徐々に右側の方に追いやって、最後の瞬間は右側で「落ちた」ので、どうやって「地獄に落ちた」のか、しっかりとわからなかったのが、本当に心残りです。まさか、ずーっと右側に隠れていたレポレッロが、どっかの某有名音楽祭みたいに、最後に刺し殺した?!なんてことは有り得ないと思ってますけど。。。
ところで、最後の最後に「女性の亡霊たち」を登場させるのは、なんだかちょっと…な気がしました。それまで、全くひねりのない演出でしたし、この作品の場合、あまりいじってしまうのもなんなので、それはそれで、そのまま筋を通して、良いのではないかと。
だから、こういう「小技」は、この演出のコンセプトから、ちょっと外れているんじゃないかしら?と感じました。
ジョヴァンニは「女性を騙そうと思って関係した悪い男」ではないと思うから…女が彼を恨んで殺しちゃう…ってのは、有り得ないような気がするんですけどね。エルヴィラだって、死んでから化けて出るタイプとは思えないし(^^ゞ
私が最も苦手なのは、殆ど強姦魔寸前の、暗い目つきの「ワル」ジョヴァンニなのですが、その手のジョヴァンニならば、こういう最期も悪くないかもしれません。
でもシュロット・ジョヴァンニは「オレね、悪意があるわけじゃないんだよ、人生好きに生きてるだけさ、女も食欲もね!」って感じで、決してワルな役作りではありませんでしたし。
女性陣では、ツェルリーナのMaria Grazia Schiavoが◎。スープレッド系の声が細くって可愛くって、遠めで観ても可愛らしさ充分でした。お顔もちっちゃくって、役の雰囲気にピッタリでした。1幕のフィナーレ部分、ジョヴァンニに手を出されちゃう!ってところでは、ジョヴァンニに軽々と抱きかかえられて、危い危い(^^;まずまずな感じの田舎臭そうな好印象マゼット君との相性もばっちり。彼女のスザンナ、是非聴いてみたいです(^^)
アンナとエルヴィラは、二人とも若いソプラノさんで、それなりに期待していたんですが、伝統的な感じのドレスに、若さが埋没しちゃった感じで、あまり冴えなかったのが残念。特にエルヴィラは、レポレッロとの絡みが多いので、やっぱり公演の前半にキャスティングされていたフリットーリで聴きたかったと思いました。ネームバリューに拘るわけではないんですけど…
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