大阪府 現代芸術文化センター(仮称)


ヒアリング実施日:1997年2月4日Tue.
大阪府生活文化部文化課 H氏
同学芸員 M氏



現代芸術文化センター(仮)の概要

 現代美術を中心に、デザイン、芸術文化情報、ホール等に関する機能を兼ね備え、大阪の文化の中核となる複合芸術文化施設。機能は以下の通り。(写真は大阪府庁)

1)美術館:現代芸術
2)美術館:デザイン
3)パフォーミングアーツの紹介、展開
4)多目的ホール
5)芸術文化情報の集積、提供
6)教育普及/啓発活動
7)サービス(カフェなど)




予定地 南海電鉄難波駅南側(難波再開発地区内)
交通  地下鉄、近鉄、JR、南海の難波駅から徒歩5〜15分
予定面積 敷地:5000F
     延床:4万F

今までの経緯

 大阪は、昔から優れた文化を持った土地なのだが、芸術文化事業を行う上で中核となる施設がない。また都道府県立で美術館を持っていないのは大阪の他、青森、鹿児島、沖縄の4県だけである。その中で沖縄と青森では既に計画があり、そうすると大阪だけ取り残されてしまう。文化都市大阪を提唱する以上、中核となる施設は必要である。そういう方向で、設立の準備は進められてきた。
 現代芸術文化センター(仮)の構想検討委員会が出来たのは昭和63年である。まず昭和47年に大阪文化振興研究会ができ、そこで大阪にふさわしいセンター的な美術館がいるのではないかという提言が出された。また、昭和56年に大阪文化問題懇話会が開催されたのだが、そこでは大阪府の文化行政はどうあるべきかという話し合いがなされ、その中で、「まず必要なのはハードである。箱が出来れば中味は後からついてくる」という提言が出された。そしてそれを大阪府が文化政策の中に落とし込み、平成元年3月、大阪文化振興ビジョンという形で大阪府の文化振興政策がまとめられた。
 そして同年、構想委員会が現代芸術文化センターに対する基本構想を報告。
 平成3年3月、立地を難波再開発地区内に決定。
 平成4年10月、現代芸術文化センター(仮)基本計画検討委員会設置。
 平成5年2月、同委員会、基本計画に関する報告書を知事に提出。
 平成9年8月現在、現代芸術文化センターは財政難のため計画凍結。

 また現代芸術文化センターは、民間大手企業5社が進める難波地区再開発事業と密接に関係している。これは設立予定地が難波再開発事業地区内にあるためで、センター設立は府と再開発事業の二つの間に挟まれているのである。

難波再開発事業とは

 難波では、土地区画整理事業と再開発地区計画の二つが同時進行で行われている。土地区画整理事業というのは、浪速区難波中2丁目から敷津東1丁目にかけて、現在色々な企業が入っている土地を、一度ごちゃ混ぜにしてきれいに整備し直し、同時に御堂筋に通じる道路も拡幅するというものである。土地区画整理事業で土地の有効利用を計ることができ、容積率を拡大することが出来る。また道路が拡幅されることによって接続もよくなる。
 そして、それに加えて再開発整備事業がある。これは、今まで使い勝手が悪く、有効利用されていなかった土地を、壁面後退*や公開緑地*といった都市計画上の手法を使うことで、容積率をもうワンランクアップさせるというものである。それによって、結果として800%の建蔽率を確保することが出来る。この二つの事業によって、現在の予定延床面積が実現可能となった。そして、この事業主体である大阪スタジアム興業、クボタ、高島屋、南海電気鉄道、難波ニッピ都市開発の5社がおのおの土地を出しあい、その上に現代芸術文化センターを設置する、というのが現在の構想である。

  *壁面後退:面した道路から建物を少し後退させること。
  *公開緑地:高いビルを建てたときに一定面積を公開緑地とすれば、それだけ建蔽地を付加することができる。

立地の理由

 行政側としては、昭和56年頃から採算性を含め立地場所について色々と検討してきたのだが、最終的に難波の再開発事業に乗る形で決定した。
 この理由として、難波の再開発事業とシンクロすることによって、土地が安価に提供される、また、難波の企業にとっても、文化センターが出来ることで客層が多様化し、地域の活性化が図れる、という利点があったためである。このようにして両者の利害が一致した。また難波という土地は若者が多く集まる場所であり、現代美術に適しているのではないかという考えもあった。

建設凍結の理由

 土地区画整理事業および再開発地区計画の二つの事業は、大阪スタジアム興業、クボタ、高島屋、南海電気鉄道、難波ニッピ都市開発の5社が事業主体となっている。しかし、はじめのうち、計画は思うように進まなかった。道路整備について大阪市と事業者でなかなか折り合いがつかず、また、二つの事業を同時に行うことは全国的にも例が少ないため、建設省から二重取りではないかという意見が出ることもあった。加えて、地権者の同意が得られなかったため土地買収が遅れた、などというのがその理由である。しかし、景気の底打ち感が出てから逆に進みはじめ、平成7年11月に土地区画整理組合が設立、平成8年3月、仮換地*が出来た。
 そして平成8年7月、府都計審にて諮問、承認され、平成8年8月に都計決定がされた。それによって、都市計画上の行政関係における条件はすべて整ったわけであり、今後の進行は事業主体である5社がどう進めていくかにかかっている。
 しかし事業主体5社の間で、再開発計画に対して微妙な温度差が出てきている。また大阪府でも財政危機が叫ばれており、その状況の中ではどうしても文化事業は後回しにされがちである。また、インフラ整備ができないうちに現代芸術文化センターだけ建ててしまうのはリスクが大きすぎるという考えもある。大阪府だけ突出してしまうのではなく、あくまで企業の足並みが一致した上で、難波地区全体の開発計画と整合性を図りながら進めていきたいと考えており、そのために 計画凍結のまま現在に至っている。

  *換地:(公共に提供するために)土地を交換すること。また、その交換した土地。

大手5社の現代芸術文化センターに対する評価

 事業主にとって、現代芸術文化センターの設立は悪いものではない。むしろ再開発計画を推進することが大阪経済の活性化に役立つものと自負し、その開発の核となる同センターを早急に完成させてほしいと考えている。また企業側にとっては、先に文化施設を建てることで、周辺の賑わいをつくっておいてほしいという思惑もある。

美術館機能

 大阪府では、現代芸術を中心に扱っていく予定である。近代絵画などは、大阪市が既に多額の金額をかけて蓄積しており、今からではとても太刀打ちできない。
 また現代芸術と言うと普通は戦後をさすが、大阪府では80年代以降を中心にしていくこと考えている。関西で存命の作家、若手作家を中心に、お互いにコミュニケーションをとりながらやっていけるような美術館にしていきたい。
 日本の美術館の場合、現代芸術でも海外の有名なものに一気に手を出すといった傾向がある。しかしそうすると、海外でそこそこの値段しかつかないものでも、日本なら高く売れるというので、非常な高値で持ち込まれることが多い。そういうことにはしたくない。学芸側としては、自分達がよく知っている作家の支援、収集だけをやっていきたいと思っているし、また、やっていかなければならないと考えている。
 大阪府では1990年から大阪トリエンナーレを開催しており、その入賞作品を買い取る活動もしている。大阪トリエンナーレは、欧米中心の現代芸術にかたよらず、アジアやアフリカ、オセアニアの作家も現代芸術として取り上げていこうという主旨で行っており、今回で8回目になるのだが、その蓄積は意義のあるものとなっている。
 その他、関西の現代作家の作品、現代写真、版画、彫刻など。写真や工芸では、1990年に開催された「国際花と緑の博覧会」の出品作品がコレクションの核となっている。平成8年度における作品購入予算は7500万円。現在の収集作品は約1500点、評価額は約10.億円である。

設立準備

 センター設立に対する先行事業として、大阪府では平成2年度より中ノ島の現代美術センター等において、国際現代造形コンクール、大阪トリエンナーレ、平成4年度よりART-EX(芸術家交流事業)の実施、各現代美術企画展、体型的な現代美術作品の収集を行っている。
 また建物に関しては、しっかりした事前調査がなされていないと実際使用するときに不便な面が出てくる。そうならないよう、現在実際にかかわっている学芸員が全国の美術館にヒアリングするなど、細かい調査を行っている。そして、現時点で考えられる問題に関してはすべて解決できるよう、建設会社等と話を進める上で必要な資料を蓄積している。
 また、実際中に入る人材、情報システム等のソフト面については、これからじっくりと検討される予定である。

大阪府の姿勢

 美術館がないというのは、大阪府の中で一つのコンプレックスになっているようである。しかし、いざ具体的にということになると、後込みしてしまう。でもそれは財政難という現状のためで、以前は違っていたし、だからこそここまで計画は進行した。
 財政が苦しくなると、文化は後ろへ後ろへと追いやられてしまう。また大阪は商人の町という気風が強く、文化意識という点において、他と比べて理解が少ないように感じるという担当者もいる。財政難だからこそ、全体を引っ張っていく意味でも芸術文化活動に力をいれていくべきなのではないかという意見も聞かれた。
   

今後の見通し

 まず、ハードを用意し、そしてそこからソフトを展開するという当初の方針を効果的に行っていく方法を考えていかなければならない。それから既存ストックの有効活用も考える必要がある。また、これは文化振興ビジョンの柱なのだが、地元の芸術家に光りを当てる、地元と密着していくことが必要であると考えている。
 現代芸術文化情報センターについては、平成8年、9年は計画凍結の方向が示されているが、これまでの経過や府の文化振興施策における重要性や難波地区開発再開発との一対性を考え、凍結解除後はすぐに計画に着手できるように協議、調節を進め、準備を続けていく。

所感

 ハードからソフトへというやり方は、一つ間違えると単なる押し付けになってしまいかねない。そうしないためには、実際の芸術の現場と密接にかかわり続け、常に先の動きに対応していかなければならないのだと思う。そういった意味で、中に入る人材が非常に重要になっていくと思われるのだが、そういった実際面のことがあまり煮詰められていないような印象を受けた。また大阪府では、20年以上前から芸術文化に対する助成活動が進められているのだが、そういったソフトに当たる部門と、現代芸術文化センター、いわゆるハードを推進している部門との意思疎通も、納得できるようには行われていないように見受けられた。
 しかし、建物に関する準備については、地方の公立美術館でよくみられるような、デザイン重視で使い勝手が悪いというものにならないよう、学芸員の方がかなり力を入れて事前調査を行っているようである。これは、これだけでも大変評価できることであるし、それだけに現代芸術文化センターの完成が楽しみに思える。
 計画凍結で十分な猶予期間も出来たのであるし、「つくること」を最優先するのではなく、実際につくってから必要になるディティールを綿密に詰めていってほしいというのが、正直な感想である。


その後の「現代芸術文化センター」
 建設を予定していた「現代芸術文化センター」ですが、2001年2月5日に計画の大幅な見直しが決定され、所蔵作品はインターネット上で公開されることになりました。理由は大阪府の財政難。府は2001年度予算案にホームページ作成関連経費2000万円を盛り込み、年内の開設を目指しているそうです。
 また、これらの作品は今までにもモノレールの駅などに展示用として貸し出されていましたが、展示場所をさらに広げるため、商店街の空き店舗を活用した「商店街あーと・WALK21」もはじめるとか。どんなものになるんでしょうね。(参考:日経新聞2001.2.8夕刊)



■大阪府DATA■
人口 881万5,959人(平成9年2月1日現在)
主産業  卸売り、小売業


NEXT DATA

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