21世紀に向けて−豊田市の試み
Toyota Municipal
.ヒアリング実施日:1996年10月23日
豊田市秘書室 M氏
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1990年代に入り冷戦が終結、これによって国際社会の仕組みが変容した。そんな中日本のバブル経済も崩壊し、日本はこれからの国の在り方を自分で考えなければならなくなった。国際社会、国際経済の変革への対応は、国家レベルで対処していくしかない。この変革にはリスクを伴う場合もある。また、この変革によって生じる振動、ストレスは市民生活に大きく影響してくる。この時都市は、市民生活における振動をできるだけ小さくするとともに、社会全体が将来へ展望を持ち、混乱なくそれに向かっていけるように準備しておかなければならない。
そのために何をしていけばよいのか。
■新たな産業と人材
まず必要なのは、社会の中で漠然と存在はしているもののまだ具体化していない欲求、潜在的ニーズを見出すことである。そしてそれを具体化し、産業の中に取り込んでいく。「産業のヒューマンウェア化」である。そのためには、集められた情報を「価値ある発想」にすることのできる、最先端の感性を持つ人材が必要になる。それは世界でも優れた「芸術家」「事業家」「宗教家」「科学者」などである。加えて、発想を加工し実現していける経験とノウハウをもつ人材の雇用が課題となる。
「産業のヒューマンウェア化」は、新しい産業哲学と考えたほうが理解しやすい。伝統的で洗練されたモノづくりの技と、柔軟で奥深く、人智を極めた発想力とが融合して、必要で求められるものの具体化、提供が可能となるのである。そうすると、これらをコーディネイト、管理していける新しい企業の育成が必要となる。そこで行政は、優秀なベンチャー企業が育つ社会の雰囲気づくりをリードしていかなければならないのである。
■「人」のネットワーク
*ハードの建設
以上のことを踏まえ、豊田市は「産業文化交流都市」を目標に掲げている。世界的レベルの人は、また異なった分野のトップレベルの人達ともつながりを持っている。「世界的レベルでの交流の仕組みをもった教育、文化、スポーツ交流施策」は、このつながりを豊田にももたらすものである。そのため豊田市では、世界に通用する本格的な文化・スポーツ施設の建設、いわば文化交流のハードとなる部分の建設を進めている。
*市民の意識
文化施設、政策などのハードの他に、市民の意識というソフトも重要である。「人」のネットワークこそが、これからの先進国の原動力となるものなのである。そのために、本市は国際都市にならなければならない。国際都市として世界に認知されるようにならなければ、世界的レベルの人達との交流も生まれてはこない。また「人のネットワーク」を維持するために必要なのは、人の「厚み」である。市民レベルの、生活レベルの交流の歴史を通してはじめて、互いの間に信頼関係が生まれる。来訪者が違和感を持たず、気持ちよく知的に行動できる開放的な空間。その空間を作り出すハードとソフトが揃ってはじめて、世界のトップレベルの交流地となり得るのである。
■ゆとりをもたらす環境
知的で自由な人々の解放空間と、行動するのに十分な施設。もう一つ必要なのは、住みよい環境である。これには「のどかさを生活の中に生かした町づくり」という看板を掲げている。人に個性があるように、都市にも個性がある。これは意図してつくるものではなく、そこに住む人が気付いて生かしていくものである。みんなが憧れる名優にいそいでなる必要はない。しかし、味のある端役にはならなければならない。「あの役はあの役者じゃなけりゃ」というイメージをつくりだし、アイデンティティーを確立する。これは都市においても同じである。
幸い豊田市は自然に恵まれており、豊かな水と緑による「のどかさ」は「心の解放」につながる。この、訪れて気持ちよくくつろげる「心の解放」を、「あの町にいくと充実感がある」という評価につなげていかなければならない。
■都市はサロン
そして、それらの要素が揃ったところで、豊田市での世界の交流が可能となる。本市では「都市は国家のサロンである」という位置づけをしている。都市の前に国家としての国際性が洗練していなければならないのは確かだが、「お手本のない時代」は市民意識の気運によって方向を見出していく方が間違いが少ない。それだからこそ、市民の声が直に反映される都市が国家を方向づける結果となるのである。
TOYOTA、豊田市は、先人の努力によって国際的な経済基盤を持ち、世界に名を知られる都市となった。これは大きな財産である。加えて下水道や道路などの基幹的な整備も目処がたち、美術館、図書館などの文化施設、スポーツ施設など、21世紀に向けての仕掛けも準備済みである。そして今、21世紀万博、サッカーW杯の開催をにらみ高規格道路網や都市幹線道路網、鉄道の複線化の検討も行われている。
チャンスは今をおいてない。
■市民主体の重要性
日本の産業施策はよく「護送船団方式」と言われる。「右へならえ」の一律引率方式で、またそれが効果的でもあった。そして市民生活においても行政依存型で、上が動かなければ何もしない、また上の行うことには、反発はあっても最終的には肯定してしてしまう消極的肯定主義をとってきた。しかし先進国の仲間入りをし、 経済的にも強国となった現在、今までの様なやり方を継続させていくことは許されない。
そして国民もまた、自分の主体性を発揮できる機会を求めはじめている。自己開発、自己革新ができる様々な機会があり、自分の主体性を向上させることが可能な社会を求めているのである。
実際、市民の自発的行為により「まちづくり協議会」が組織され、河川の科学的調査などが行われている。環境保護もセンチメンタルな動機ではどうしようもないが、彼等は科学の目を取り入れて分析し、解決策を考えている。このような市民の自発的な動きは各地で出はじめている。
そのような動きが出てきたとき、それらが機能できる環境が必要である。そういう社会であってはじめて、個人の自律性が発揮できる。自律性とは、個人が自分で考え、自分の責任において物事を行っていくことである。それがやりやすい社会とは、市民がみなそういう価値観を認める社会である。そして行政は、人使いのプロであればいい。
各地で変革の芽を芽ぶかせる。豊田市は、そうした一つの芽になるにはちょうどよい大きさである。例え豊田が失敗しても、前例をつくっておけば他のところがそれを引き継ぎ、向上させていくことができる。
■所感
行政が「場」を整えてしまうことは、市民にとって必ずしもプラスになるとは限らないし、あらかじめ用意されていることで、本当の意味での自発的な行動が出にくくなるかもしれない。しかし、市が仕掛け人になって市民の意識を引っ張り上げる、そして市民が気付いたら、あとの発想はそちらにまかせ、今度はサポートする側にまわる。このやりかたは、うまく機能すれば市民意識の回転を加速させ、面白い方向にいくのではないかと思う。少なくとも、地方自治が思いつきのその場限りの事業ではない、長期的なビジョンに立った事業をはじめるという事は、それだけで評価できる。岐阜にしろ豊田にしろ、地方で徐々に気運が高まってきたということは、個人一人一人のレベルでも考え方に変化が出てきたことの現われではないだろうか。
そういう意味で、市民の主体性を全面に押し出しているのは、重要であるし意義のあることだと思われる。しかしこういう場合、どうしても誤解が生じる。中にかかれているようにセンチメンタルな動機からの環境保護運動や、どうしてもわがままとしか受け取れない発言も出てくるだろう。そういう時、どのように対処していくのか。役所全体でコンセンサスがとれていないと、こういう事に対する対処は難しいのではないかろうか。
しかし言ってしまえば、「例え豊田が失敗しても、前例をつくっておけば他のところがそれを引き継ぎ、向上させていくことができる」のである。今回岐阜と豊田の二つの都市の考えを聞いて思ったことは、いいと思われることをとりあえずやっていく事が、今は一番効果的なのではないかということである。
■豊田市DATA■
人口:34万人(1996年9月1日現在)
主産業:自動車製造業
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